AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 10 2017, Vol.355

掻くべきか? 掻かぬべきか (To scratch or not to scratch)

他の誰かが掻いているのを見ると,自分もそうしたくなることがある。このかゆさの伝染は,サルやヒトで観察されてきているが,げっ歯類の動物ではどうだろうか? Yuたちは,他のマウスが掻いているのをみると,マウスも確かに真似して掻くのを見つけた。著者たちは,視交叉上核と呼ばれる脳領域が,かゆみの伝染を仲介する重要な回路であることを特定した。この伝染性行動を伝達するのには,ガストリン放出ペプチドとその視交叉上核中の受容体が必要十分だった。(MY,kh)

【訳注】
  • ガストリン放出ペプチド:脳や消化管において神経伝達物質の一つとして機能する物質。細胞表面にあるGタンパク質共役型受容体に結合することで、細胞内のシグナル伝達系を活性化する。
Science, this issue p. 1072

与えられた遷移状態から始める (Start with the transition state)

ゼオライトは工業的に用いられる幅広い反応を触媒するが,それが触媒する反応の特定は,試行錯誤によってなされる傾向が強い。Gallegoたちは,ゼオライトの空隙や管状細孔を作り出す足場となるような構造指示薬剤を用いることにより,この過程を合理化する方法を提案している(Milliniによる展望記事参照)。彼らは,エチルベンゼンのキシレンへの異性化のような反応に遷移状態が似ている分子を構造指示薬剤として選び,反応基質の転化率や生成物の選択性が向上した触媒を特定することに成功した。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1051; see also p. 1028

骨をまねた鋼 (Bone-inspired steel)

金属部品に対するくり返し負荷は疲労を招き,き裂の進展により最終的には破損に至る。Koyamaたちは骨から発想を得て,き裂の進展を阻止する層状の下部構造をもつ鋼を開発した。得られた階層材料(hierarchical material)は,他の鉄合金より耐疲労特性がはるかに良好だった。この方策は鋼に限定されるものではなく,他の金属合金もまた,こうした微細構造工学が有効であろう。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • 階層材料:構成成分がさらに内部構造をもつ材料。
Science, this issue p. 1055

日なたで涼しく過ごす不精な方法 (The lazy way to keep cool in the sun)

受動型の放射冷却は、日射を通過させつつ熱を放散する材料を必要とする。Zhai たちは、銀の薄層で裏打ちし、微粒子を包埋させた重合体層で構成したメタ材料を構成することにより、この難題を解決している(Zhang による展望記事参照)。その成果は、昼間の放射冷却の理論限界に近い、製造容易な材料となっている。その半透明で可撓性の薄膜は、様々なエネルギー技術の応用のために、大量生産が可能である。(Sk,kh)

【訳注】
  • メタ材料: 光を含む電磁波に対して、自然界の物質には無い振る舞いをする人工物質。
Science, this issue p. 1062; see also p. 1023

海洋pHに関する長期的展望 (The long view of ocean pH)

海洋の酸塩基平衡は、地球の居住可能性を維持し、初期の生命出現を可能とする上で決定的なものであった。この重要性にも関わらず、過去の海水の系統的なpH推定はなされていない。HalevyとBachanは、1億年に近い期間にわたる海水の化学現象とpHのモデルを開発した。海水のpHと化学現象に関する非常に頑健な、確率に基づく彼らの歴史は、地球の大気、海洋、地殻の進展する特性を反映したものである。海水のpHは、およそ 6.5~7.0という初期始生代の値から、およそ7.5~9.0という、より最近の値に増加した。これは、主に太陽の光度増大、海水と海洋地殻の間の相互作用減少の結果である。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1069

セイレーン分子は歌声朗々と蚊を呼び寄せる (Siren molecule calls loudly to mosquitoes)

マラリアに感染した人々は、その病気の媒介動物である蚊により好かれるようになり、結果としてマラリヤの蔓延を助長する。Emamiらは、マラリヤ宿主の赤血球が、マラリヤ原虫に由来するHMBPPと呼ばれるイソプレノイドに応答して、二酸化炭素、数種のモノテルペン、アルデヒドの産生を増やすことを発見した。HMBPPの急増した血液を与えられた蚊は、マラリア原虫に特異的な遺伝子転写の変化を呈し、結果として蚊に対する誘引力の効果を増強した。HMBPPは蚊の吸血とマラリヤ原虫の生殖にも刺激を与えている。このようにマラリヤ原虫は、HMBPPで哺乳類宿主を操作して媒介昆虫に対してより魅力的なものにし、また同じ分子を使って感染を拡大する。(ST,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1076

T細胞活性化の柔軟な制御 (Flexible control of T cell activation)

以前に抗原と遭遇したことのあるエフェクターT細胞と比べて、ナイーブT細胞は活性化するためにより強い刺激を必要とし、結果として誤った活性化を防ぐ。Thaulandたちは、ナイーブT細胞がエフェクターT細胞にくらべより剛直で、そして抗原提示細胞との間に作る免疫シナプスはより小さいことを示した。ナイーブT細胞の柔軟性低下はコフィリンの活性化減少によるもので、このことがアクチン細胞骨格をより剛直にしている。したがって、T細胞の剛直性を薬理学的に調節することにより免疫活性化の閾値を変化させることができるかもしれない。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エフェクターT細胞:免疫系を活性化するT細胞。
  • ナイーブ T細胞:抗原と接触したことのないT細胞。
  • コフィリン(coflin):アクチン・フィラメントの分解に関与する脱重合タンパク質。
Sci. Signal. 10, eaah3737 (2017).

賦活化のワクチンを打つべき時? それよりも口を開けよう! (Time for a booster shot? Open wide!)

誰も注射をされる側に立つことは好きではない。結果として普通の幼児期ワクチン接種を特に扱い難くしかねない。 Aranらは、口内動作の無針薬物送達装置を開発した。 このMucoJet装置は、ウサギの頬の内側に接して取り付けられると、簡単な化学反応を使ってワクチン(この場合は卵白アルブミン)を噴射し、頬粘膜を貫通して体内に送達する。ウサギは、ワクチン接種の6週間後、頬組織と耳静脈の血液試料中に卵白アルブミンに対する抗体の証拠を示した。(Sh,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • MucoJet装置:クエン酸と重炭酸ナトリウムが入ったチャンバーと、そのチャンバーと可動ピストンを介して接するノズルを備えたワクチンチャンバーからなる。反応により二酸化炭素を発生させ、ワクチンの高圧液滴をノズルから吐出させ粘膜層を貫通させる。
Sci. Transl. Med. 9, eaaf6413 (2017).

ドーピングによるフォトニクス (Doped photonics)

半導体材料に不純物原子をドーピングすることで、機能性を増大する光電子特性の制御が可能である。Liberal たちは、一群のフォトニック材料に対する類似のドーピング効果を、数値的および実験的に述べている。彼らは、本来なら非磁性である材料中に誘電体を導入し、結果として磁気的応答を生み出した。この方法は一般性があるので、増強され制御された電磁気応答を有する、フォトニック材料の設計を可能にするであろう。(Sk,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1058

共鳴から遠く離れて (Going way off resonance)

遷移金属ジカルコゲン化物(TMD)材料の単原子層の電子構造は、不等な二重谷構造を持つ。この単原子層に可視光を照射すると、左円偏光の場合、一方の谷の電子状態を変えるが、他方の谷では変化が生じない。Sieらは、硫化タングステンについて研究した。彼らは、共鳴周波数とは大きく異なる周波数の赤外光の場合、両方の谷のエネルギー状態が影響を受けることを見つけた。他方の谷のエネルギー準位変化は、いわゆるブロッホ・シーゲルト効果によって説明できるという。これらの発見は、TMDのバレートロニクス (valleytronics)特性を操作する上で重要であるに違いない。(NK,kh)

【訳注】
  • カルコゲン化物: 酸素族元素(硫黄、セレン、テルル)とそれより電気陰性度の低い元素との化合物。
Science, this issue p. 1066

社会的既成観念を通しての学術的能力 (Academic merit through a social filter)

科学者は能力のみに基づいて業績を評価することを好む。しかし、学術分野での出世のことになると、能力以外の因子が重要な役割を果たす。展望記事でXieは、中国科学アカデミーと中国技術アカデミーの選挙において、出身地の結びつき、即ち中国語でいう「関係」が果たす中心的な役割を明らかにする最近の研究にスポットを当てている。選考委員会のメンバーと出身地が同じであることが、選考に通る確率を約40%上昇させた。米国科学界でもまた、社会的ネットワークが、学術機関における雇用決定や業績の認定において重要な役割を果たしていることが示されてきた。かように科学者たちは、どのように能力を評価するかという点に関して、社会の他のメンバーとそっくり同じにふるまうのである。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1022

PHDはヒストン・コードを盗み読む (PHDs crack the histone code)

エピジェネティック・リーダは、ヒストン修飾を認識し、ヒストン・コードに基づく転写プログラミングを促進するタンパク質である。ブロモドメインと植物ホメオドメイン(PHD)を含むタンパク質は、ヒストン上のアセチル化とメチル化のそれぞれのリーダーとしてしばしば働く。Mehtaたちは、免疫細胞におけるブロモドメインとPHDを含むリーダーである、SP140の機能を調べた。彼らは、SP140がマクロファージの系列不適遺伝子の発現抑制に必須の役割を果たしていることを見出した。更に、機能的に損傷したSP140の多形性はクローン病の発生と関連している。このように、エピジェネティック・リーダは正常な状態と病的状態における免疫応答を調節することができる。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ヒストン・コード:ヒストンはアセチル化、メチル化、リン酸化等の化学修飾を受けるが、これらの複数の組み合わせがヒストンの特異的機能をもたらすという仮説をヒストン・コード仮説と呼ばれる。
  • ブロモドメインタンパク質:アセチル化ヒストンに特異的に結合する転写活性化因子として作用する。
  • ホメオドメインタンパク質:動、植物、及び菌類の発生の調節に関係する相同性の高い DNA配列をホメオボックスという。このホメオボックスは180程度の塩基配列を有し、DNAに結合するタンパク質部位(ホメオドメイン)をコードしおり、このタンパク質を言う。
  • クローン病(Crohn's disease):消化器官全体に炎症や潰瘍が発生する原因不明の病気。
Sci. Immunol. 2, eaag3160 (2017).

ポリコーム群遺伝子の抑制 (Polycomb group gene silencing)

ヒストン・タンパク質はDNAを巻き付け、ヌクレオソームを形成して後生動物のDNAを核内へと梱包する。クロマチンの凝縮も、発生期におけるポリコーム抑制複合体1(PRC1)による相同異質形成(ホメオティック)遺伝子の抑制に不可欠であると信じられている。Lauたちは突然変異分析と発現解析を用いて、この遺伝子抑制(サイレンシング)の機構を調べた。PRC1凝縮領域を変更することが、マウス体軸の転写抑制と原型形成に影響した。それ故、クロマチンの凝縮が、胴部原型形成に関与する遺伝子の、安定で遺伝性のある抑制を駆動する可能性がある。(NA,MY)

【訳注】
  • 後生動物:細胞が分化して形成された種々の器官を持つ、通常見られる多細胞動物のこと。
  • 相同異質形成(ホメオティック)遺伝子:体のある一部の組織や器官が別の組織や器官となる変化を起こす遺伝子。
  • ポリコーム抑制複合体:ヒストンを修飾することで転写を抑制する機能をもつことが知られているタンパク質。
Science, this issue p. 1081