AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 3 2017, Vol.355

コロイド金を包接化合物に変える (Turning colloidal gold into clathrates)

包接化合物は、別の分子を閉じ込めることのできる広い空隙構造を含有する。Linたちはコロイドによる包接化合物の類似物を作ったが、そこではDNA分子で機能付与された両錐形の金ナノ粒子が多面体の集合体へと組み立てられ、開孔構造を作り出している(SamantaとKlajnによる展望記事参照)。この包接コロイド結晶は並外れた構造複雑性を示し、DNA風の方法論から与えられた範囲と可能性の双方を大きく広げるものである。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. 931; see also p. 912

素子内蔵のマイクロ波源 (An on-chip microwave source)

超伝導量子回路の能動素子は典型的には、マイクロ波パルス放射を用いてアドレス指定され制御される。マイクロ波は通常外部で作られ回路に結合されるが、その結果、システムがかなり大型化する。Cassidyらは、高品位マイクロ波空洞内に収められた超伝導ジョセフソン接合を用いて、素子内蔵マイクロ波源を開発した。その集積回路版は、小型化された量子回路を扱う制御能力を高めるだろう。(NK,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 939

間接的軍事同盟が戦争を減少させる (Indirect military alliances reduce war)

第二次世界大戦の終結以降、世界では大規模な軍事衝突が「研究」対象であり続けながら、ほぼ起きてこなかったことは注目すべきことである。どのような仕組みで、この長期の平和が説明されるのだろうか? Liたちは、1965年以降の世界全体の軍事紛争に関する詳細な歴史資料を用いて、平和の促進に対する、間接的同盟のネットワーク効果を見積もった。国々は、一段階、あるいは二段階でも間に挟まる同盟関係により、世界的な同盟のネットワーク内で間接的に接続されていた場合には軍事的に争うことが少なかったが、それ以上少しでも隔てられていた場合は違った。この抑制効果は、主に密に同盟を結んでいる国々の大きな集団により推進されたので、その解体は世界的な紛争の危険性を増加させた可能性がある。(Sk,MY,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1601895 (2017).

マントル温度の上昇 (Turning up the mantle temperature)

地球のマントルが溶け始める温度は、地球科学の長年の課題である。Sarafianたちは、一組の巧みな実験によって、マントルの岩石の溶融温度へのごく微量の水の影響を決定した(Asimowによる展望記事参照)。この結果に基づいて、マントルの溶融状況に関する地球物理学的観測結果を再解釈し、マントル温度がこれまでの推定よりも高くなる可能性を示した。マントルがこれまでの想定より高温であるとすると、マントル溶融と地球ダイナミクスのプロセスの解釈に多くの影響を与えることになる。(Wt,tf)

Science, this issue p. 942; see also p. 908

信頼性と効率性が高いDNAの情報貯蔵方式 (A reliable and efficient DNA storage architecture)

DNAは大規模な情報を貯蔵する潜在力を持っている。しかしながら、現在のやりかたは理論的に最大な貯蔵量のうちの一部分を使うことができているだけである。ErlichとZielinskiは、DNA Fountainという方法を提示して、ヌクレオチドあたりの格納情報に対する理論上の最大値に近づけている。彼らは、コンピュータのオペレーティングシステム全体を含む情報をDNA上に効率的に符号化し、そして複数回のポリメラーゼ連鎖反応の後にそれらを大規模に解読出来ることを実証した。(ST,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 950

広範な抵抗性とその局所的解放 (Widespread resistance, localized relief)

イモチ病はコメの収穫を壊滅させることができる。イモチ病菌に抵抗性を付与する遺伝子は,通常コメの収量を落とす。Dengたちは,イモチ病に抵抗力があるが,それでも高収量のイネ変異体の分子的根拠について解析した(WangとValentによる展望記事参照)。これに関する極めて重要な遺伝子座は,幾つかのR(抵抗性)遺伝子を符号化している。ある遺伝子は抵抗性を付与し,イネ全体にわたり発現するがイネの収量を低くする。もう一方の遺伝子は抵抗性を付与できず,花粉や円錐花序(籾を実らせる花房)でのみ発現し,コメの収量を上げる。Rタンパク質は二量体で機能するため,花粉や円錐花序内における異種二量体化が抵抗性を無効にしている。このようにして2つの遺伝子を発現するイネは,より小さいがより多くの籾を実らせ,このことが収穫を維持する一方,イネ本体はイモチ病菌に抵抗する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 異種二量体化:二量体を構成する2つの単量体が互いに異なるものにより二量体化すること
Science, this issue p. 962; see also p. 906

初期のアジア人の形態学的モザイク (Morphological mosaics in early Asian humans)

東アジアにおける人骨発掘が、人類の進化や移住に関する情報をもたらしつつある。Liたちは、中国中央部で見つかった、10万年から13万年前の二個のヒトの頭骨化石を分析した。これらの頭骨は、東ユーラシアにおける、ヒトの形態学的進化の様相を明らかにしている。ある特徴は祖先的で東ユーラシアの原人や旧人の特徴と類似しており、ある特徴は派生的で同時代またはその後の新人に共有されており、そしてある特徴はネアンデルタール人の特徴により近い。この解析結果は、人類に共通する生物学的適応の長期的傾向を明らかにすると同時に、後期更新世において、東西ユーラシア集団間の交流が存在したことを示唆している。(Sk,bb)

Science, this issue p. 969

副作用のない鎮痛薬 (A pain killer without side effects)

オピオイドは,とても強力で効果の高い鎮痛薬である。しかしながら,それらはよく知られた様々な副作用も持ち,依存症を引き起こす場合がある。炎症や外傷のような疼痛状態は,しばしば局所組織の酸性化を伴う。Spahnたちはオピオイドの受容体に対する新規な作用薬を作った。この作用薬は,臨床上用いられるオピオイドと異なり,上記の酸性化した組織で受容体を最高に活性化する。炎症痛のラット・モデルで,この新しい薬剤は,基本的には標準オピオイドでの副作用がない強力な鎮痛作用を発揮した。(MY,kh)

【訳注】
  • オピオイド:ケシから採取されるアルカロイドやそれから合成された化合物で,モルヒネ,ヘロインを含む。
Science, this issue p. 966

ナノ加温が凍結保存を改善する (Nanowarming improves cryopreservation)

臓器移植は、提供者からの生きた臓器の入手可能性により制限されている。凍結保存により臓器摘出と移植の間の時間を延ばすことができるかも知れないが、再加温に対する現状のゴールド・スタンダード、対流加温は、数ミリリットルより大きな試料で亀裂や水の結晶化をもたらす。Manuchehrabadiたちは、凍結保護液中に懸濁させた磁性ナノ粒子を用いて、細胞や組織を高周波誘導加熱で再加温した。このナノ加温技術は、凍結保存された繊維芽細胞、豚の動脈、豚の心臓組織を急速かつ均一に加温し、対流で再加温したものよりも高い生存率で組織を得た。(Sk,MY,kj,kh)

【訳注】
  • ゴールド・スタンダード:信頼度が十分に高く、医師間で標準とみなされる手法
Sci. Transl. Med. 9, eaah4586 (2017).

分子組み立てのための構造体 (A framework for molecular assembly)

共有結合性分子構造体は結晶性の微多孔物質で,reticular synthesisと呼ばれる過程で,有機分子から強い共有結合を介して組み立てられる。DiercksとYaghiはこの領域における進展を,構造体の組み立てと共有結合による原子の分子への組み立ての間の類似性に注目して,ちょうど一世紀以上前にLewisによって記述されたように概説している。新たな課題には,既存構造体の機能化や,織物構造の設計による可撓性材料の創成が含まれる。(MY,kh)

【訳注】
  • 共有結合性分子構造体:一般的には「共有結合性有機構造体(Covalent Organic Framework)」の語が用いられる。
  • reticular synthesis:形状や官能基を適切にした組み立てパーツとなる剛体分子を,共有結合により,所定の大きなくり返し単位構造からなる網状構造体へと組み立てる合成方法。
Science, this issue p. eaal1585

調節下の細胞興奮の舵取り (Navigating regulated cell excitation)

電位依存性ナトリウム(Nav)チャネルは、ナトリウム・イオンの細胞内への移動を許して電位変化に応答し、かくして電気的信号伝達を開始する。Navチャネルの変異は、神経疾患と心血管疾患を引き起こすので、チャネルは重要な治療標的である。Shenらは、輪紋ゴキブリからのNavチャネルの高分解能構造を電子顕微鏡法で決定した。この構造は、電圧感知とイオン透過性を理解するうえでの手掛かりとなり、Navチャネルと関連するCavイオン・チャネルの機能と疾患メカニズムを理解するための基盤を提供する。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • Cavイオン・チャネル:電位依存性カルシウム・イオン・チャネル。
Science, this issue p. eaal4326

アマゾン森林に対する過ぎ去ったヒトの影響 (Past human influences on Amazonian forest)

熱帯の森林への有史以前のヒトの痕跡は、現在もなお検出可能である。Levisたちは、アマゾン盆地全体で、植物の分布、遺跡の場所、環境データを比較した。アマゾンの森林では、コロンブス到着以前のアメリカ先住民により栽培された植物が、他の種よりも支配的である見込みが非常に大きい。さらには、遺跡の場所に近い森林では、しばしばより多量で豊かな栽培種が存在する。このように、現代のアマゾンの樹木群落は、盆地全体にわたって、ヒトの昔の利用によって概ね組織化されたまま残っている。(Wt,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 925

ホウ素が二様の反応を振り付ける (Boron choreographs a double reaction)

広く用いられているSuzukiカップリング反応において、ホウ素は炭素−炭素の結合形成の途上でオレフィン置換基を金属触媒に引き渡す。Kischkewitzたちは、金属を用いない別経路を報告している。その反応において、ホウ素はオレフィンの一方の末端に結合したままであり、一方炭素ラジカルは他の末端を攻撃する。電荷移動が次にアルキル基或いはアリール基のホウ素からの移転を促進して、別の炭素−炭素結合を形成する。ホウ素は続いての置換が可能で、単純な前駆物質から多用途の一連のアルコール、ラクトン及び第4級炭素中心を持つ化合物を作る。(KU,kh)

Science, this issue p. 936

層特異的な介在神経細胞の活性 (Layer-specific interneuron activity)

ソマトスタチンの発現する介在神経細胞は、脳における抑制性神経細胞の重要なグループであり、錐体細胞の樹状突起を標的とし、結果として制御する。この介在神経細胞は、感覚運動の統合、反応強化の符号化、そして選択的注意に役割を果たしていることが最近示された。Muñozたちは、チャネルロドプシン・アシスト・パッチング法を用いて、生体内での新皮質樹状突起の抑制に関する時空的様式を研究した。彼らは、行動しているマウスにおいて、すべての新皮質層のソマトスタチンを発現している介在神経細胞の活性を記録することができた。その結果は、活動的行動の際に新皮質に起こる樹状突起抑制の変化を理解するための構造を与える。この構造は、新皮質の表層における介在神経細胞に限定された以前の記録から得られた見解と非常に異なる。(KU,kh)

【訳注】
  • ソマトスタチン(Somatostatin):成長ホルモン放出抑制ホルモン。14個のアミノ酸からなるペプチドで、視床下部のみでなく中枢神経系等に広く分布している。
  • 錐体細胞(pyramidal cell):大脳皮質に存在する興奮性の神経細胞。
  • チャネルロドプシン(channelrhodopsin):光駆動性の陽イオンチャネルで青色光の吸収で陽イオン(特にNaイオン)を取り込むタンパク質。このタンパク質を神経細胞に発現させ、青色光の照射でNaイオンが細胞に流れ、脱分極が生じ神経細胞が興奮する。この方法を用いて神経細胞の集団を時空分解能で神経細胞を興奮させることができる。
Science, this issue p. 954

気候が導く選択 (Climate-driven selection)

気候変動は自然界の多くの側面を根本的に変化させるであろう。どのように種がこの変化に適応できるかを理解するために、変化する気候のどの側面が最も強い選択圧を発揮するのかについて我々は理解しなくてはならない。Siepielskiたちは、種と地域の全体にわたる選択の研究に注目し、生物群の全体にわたって、最も強い選択の源が、降雨と蒸発の変化であることを見出した。重要なことに、局所的・地域的な気候変動の方が、全世界的な変化よりもずっと選択傾向を説明できていた。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 959

タンパク質のほぐれを分析 (Pulling apart protein unfolding)

複雑なタンパク質がどのように折り畳まれているかの詳細を明らかにすることは、長年の課題である。多様なタンパク質の解きほぐし経路に関する重要な洞察が、文字通り一つずつタンパク質分子を引き離しながら行う単一分子間力分光法(SMFS)実験からもたらされた。Yuらは、未変性の脂質二重層中の個々のバクテリオロドプシン分子を、1μsの時間分解能でほぐすことができるSMFS技術を開発した(MullerとGaubによる展望記事参照)。この技術は、以前のバクテリオロドプシンの研究よりも100倍以上の改善をもたらし、今まで見られなかった多くの中間体を明らかにした。著者らはまた、中間状態間の解きほぐし移行や再折り畳み移行も観察した。(Sh,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 945; see also p. 907

新種はどのように進化するか (How new species evolve)

最近の研究は、種の分化をもたらす、環境と遺伝的変化の相互作用に光を当ててきた。展望記事において、GrantとGrantは、ガラパゴス諸島のダーウィン・フィンチに関しての彼ら自身の数十年にわたる実地調査を含む、さまざまな種による証拠について論じている。同時に、その研究は、種が分岐するにつれて、どのようにして遺伝的変異が生み出され得るのかを示している。選択の理由や適応の結果を理解するためには、突然変異や逆位、浸透性交雑、および隠された変異の発現のような遺伝機構の知識が、集中的な実地調査により補足されなければならない。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • 逆位:染色体異常の一種で、染色体上の遺伝子の配列順序が部分的に逆転したもの。
  • 浸透性交雑:遺伝的に分化した集団間で交雑が生じ、生まれた交雑個体と親種との間で交雑が繰り返されることで、一方の集団内に他方の遺伝的特徴が混入していく交雑のこと。
Science, this issue p. 910

悪いストレスから心臓を守る (Protecting the heart from bad stress)

作業負荷の増大は心臓が拡大する原因となる。高水準のストレスへの応答でこれが生じる場合,それは病的状態であり,心不全の一因となる。タンパク質複合体であるmTORC1は細胞増殖を促進し,細胞消化の一形態であるオートファジーを抑制する。Simonsonたちは,マウスにおいて生理的ストレスではなく病理的ストレスが,mTORC1の阻害剤であるDDiT4Lの濃度を高めることを見出した。心筋細胞やマウスにおいては,DDiT4Lの過剰発現は,mTORC1によるシグナル伝達の減少とオートファジーの増加を伴った。このため,DDiT4Lによるストレス誘発オートファジーの調節で,心臓が病理水準のストレスに対処可能となるかもしれない。(MY,ok,kh)

Sci. Signal. 10, eaaf5967 (2017).