AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 24 2017, Vol.355

この分子はどんな匂いがするのだろう? (How will this molecule smell?)

人は、与えられた物質がどの様に匂うのかまだ把握できていない。Kellerらは、分子の匂いがどのように人に認識されるのかの解明を多くのチームが競い合う、国際クラウド・ソース競技会を立ち上げた。参加チームは匂いを記述したデータベースへのアクセスを許された。それは多くの分子を嗅ぎ、性質が様々に異なるそれらの匂いを評価するよう依頼された被験者たちの回答を集めたものである。また、チームは嗅ぎ対象となった分子の物理的及び化学的特徴を網羅したリストも与えられた。参加チームは匂いの性質とその分子との間の対応を予測するアルゴリズムを構築した。この取り組みから浮かび上がったモデルの最適のものは、新しい分子がどのように匂うのかを正確に予測できるかもしれない。(NK,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 820

あなたの皮膚を戦場とする細菌の戦い (Bacterial battles on your skin)

正常なヒトの皮膚には通常では害のないさまざまな細菌が棲みついている。しかしながら,そのような細菌の1つである黄色ブドウ球菌は,アトピー性皮膚炎の症状を悪化させることがある。Nakatsujiたちは,健康な人の皮膚に常在する他株のブドウ球菌が,黄色ブドウ球菌の増殖を阻止することができる抗菌ペプチドを産生することを報告している。ブタやマウスの皮膚にこれらの保護作用を持つ片利共生生物を移植すると,黄色ブドウ球菌の増殖が低減した。さらに,少数のアトピー性皮膚炎患者での細菌自家移植が,皮膚上の黄色ブドウ球菌の数を劇的に減らした。片利共生生物のこの皮膚移植は,アメリカ食品医薬品局で認可済みで,臨床治験が進行中である。(MY,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaah4680 (2017).

とても賢いハチは道具を使う (Very clever bees use tools)

認知的複雑性の顕著な特徴は、具体的な目的を念頭に置いた上で物を取り扱う能力である。このような「道具の使用」は、かつては人間だけに帰せられていたが、その後、霊長類が、次に海洋哺乳動物が、そしてさらに後には、鳥類が持つものとされていた。我々は現在、目的を達成するのに特定の物をどのように使うことができるのかを思い描く能力を、多くの種が有していることを認めている。Loukolaたちは、この洞察を無脊椎動物に広げている。マルハナバチを、報酬を得るのにボールが使えると分かるように訓練した。これらのハチはその後、機会が与えられると自ら進んでボールを転がした。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 833

欠陥のある血液細胞と心疾患 (Faulty blood cells and heart disease)

高齢者の血液細胞にはしばしば、幾つかの後成的制御因子をコードしている遺伝子に変異が潜んでいることを最近の研究が示している。これらの遺伝子変異は変異性血液細胞のクローン増殖に導き、これが血液ガンと循環器疾患の危険を高めることがある。Fusterたちはマウス・モデルを用いて、これらの遺伝子の一つであるTet.2が、粥状動脈硬化の発生にどのような影響もたらすかを調べた(Zhuらによる展望記事参照)。彼らは、この疾病がTet.2の欠乏した骨髄細胞を移植されたマウスにおいてより急速に進行することを見出した。これは、インフラマソームの作用に依存する過程において、Tet.2の欠乏したマクロファージによるインターロイキン1βの分泌増加によるものであった。(KU,kh)

【訳注】
  • インフラマソーム:炎症やアポトーシスに関与するタンパク質の複合体でインターロイキン1βの分泌を促進したりする
Science, this issue p. 842; see also p. 798

銀河系外中性子星に回転をつける (Spinning up an extragalactic neutron star)

超高輝度X線源(Ultraluminous x-ray sources ULXs)は、銀河系外銀河にある奇妙な天体で、従来の恒星質量の天体への降着現象では説明することができない。このため、長い間探されている中間質量のブラックホールのような、新奇な説明へと導いてきた。Israel たちは、近傍の銀河 NGC 5907 のULXを観測し、それは新奇なものではなく中性子星であることを見出した。回転する中性子星は、大量の物質を急速に吸着しているため、その回転周期は急速に加速している。これらの特性を説明するに十分な物質をULXsが消費できる唯一の方法は、強力な多重極磁場を持つ場合である。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 817

細胞シグナル伝達に光を照らす (Shining a light on cell signaling)

タンパク質キナーゼは細胞内のシグナル伝達に使われるタンパク質である。Zhouたちは,可視光でオン・オフ切り替えができるさまざまなキナーゼを作った。彼らは蛍光タンパク質Dronpaを,通常の四量体で存在するのでなく、紫色光で二量体化し,青緑色で解離するよう修飾した。彼らは、様々なファミリーからの代表キナーゼに、このタンパク質複製体を2つ取り付けた。このように作られたキナーゼは,空間的時間的に正確な光切替が可能で,さまざまなシグナル伝達経路の研究でうまく使われた。(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 836

どのようにして対立物を相溶させるか (How to make opposites compatible)

ポリエチレン(PE)とアイソタクティック・ポリプロピレン(iPP)は、二つの最も広く用いられる汎用樹脂であり、従って廃棄物の流れの大部分を占めている。しかしながら、この二つの樹脂は混じり合わず、それが混合廃棄物の処理の選択肢を制限し、再生品の価値を減少させている。Eaganたちは、アイソタクティック構造を選択的に生成する重合開始剤を用いた、iPPとPEの多重ブロック共重合体の合成について報告している(Creton による展望記事参照)。この高分子量ブロック共重合体は、iPPとPEの界面を強固にするよう用いることができたため、二つの重合体を混ぜ合わせることを可能にする。(Sk,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 814; see also p. 797

レッド・ベリーはどのように炎症を軽くするのか (How red berries reduce inflammation)

炎症誘発性サイトカインであるインターロイキン17 (IL-17) ファミリーのメンバーは,感染に対する免疫応答において重要である。しかしながら,IL-17による過剰なシグナル伝達は,喘息,乾癬,関節リウマチのような自己免疫性炎症性疾患を伴う。Liuたちは,低分子選別を行い,IL-17の受容体に結合できる化合物を探した。彼らは,レッド・ベリーや他の果物で見つかるフラボノイドの一種であるシアニジンが,IL-17受容体に結合し,その受容体へのIK-17Aの結合を妨げることを見出した。炎症性疾患に対する幾つかのマウス・モデルでシアニジンは,IL-17Aが作り出すT細胞によって誘発される炎症を軽減した。(MY,kh)

Sci. Signal. 10, eaaf8823 (2017).

複製に関する多様な分子の舞踏術 (Diverse molecular choreography of replication)

次世代への遺伝情報の正確な複製と伝達には、複雑な分子集合体が必要である。Bleichert たちは、複製起点の選択とヘリカーゼの装荷に焦点を当て、生物の三種のドメインにわたり、複製開始について概説している。これらの過程が可能な複製起点を確認し、起点にその後の両方向への複製開始に向けて準備をさせる。真核生物、真正細菌、および古細菌の間では、複製機構の基本点では類似しているが、その先では多くの差異があり、まだ答えの出ていない多くの未解決の疑問がある。(Sk,MY,nk,kh)

【訳注】
  • ヘリカーゼ:DNA を複製する際、二本鎖のよりを戻して一本鎖にする酵素
  • ドメイン:生物分類学における最上位の階級(真核生物、真正細菌、古細菌の三つ)
Science, this issue p. eaah6317

プロテオームはどのように暑さに耐えるのか (How proteomes take the heat)

生体はとても高い温度感受性があり、その感受性の多くは、タンパク質の構造と機能に対する熱の影響に起因している。Leuenbergerらは、限定タンパク質加水分解と質量分析の組み合わせで、細菌、酵母菌、ヒトの細胞について、プロテオーム全体の規模における熱安定性を調べた(Vogelによる展望を参照)。彼らの結果は温度変化による細胞死が、主要な機能を持っているタンパク質の一部分が失われることで起こることを示唆している。この研究は、タンパク質とプロテオームの安定性についての分子的かつ進化論的な基礎に対する洞察も与えている。(ST,MY,ok,kh)

Science, this issue p. eaai7825; see also p. 794

複製調整で帯電するDNA (DNA charged with regulating replication)

DNAは長い距離にわたって電荷を輸送することができ、シグナル伝達系として作用する潜在能力を持っている。幾つかのタンパク質で見つかっている鉄-硫黄複合体[4Fe4S]は、酸化還元反応に関与することが知られている。真核生物のDNAプライマーゼはDNA複製に関与しており、DNA複製用のRNAプライマーを合成するのに必要な[4Fe4S]原子団を含有している。O'Brienらは、DNAプライマーゼ中の[4Fe4S]原子団が、DNAに対するこのプライマーゼ・タンパク質の結合活性を、DNAの媒介する電荷輸送により調整できることを示している。この調整により、次に、プライマーの複製開始と長さ決定が行われる。(NA,MY,kj,kh)

Science, this issue p. eaag1789

耐性を背景とする抵抗性 (Resistance on a background of tolerance)

細菌は抗生物質暴露から,抗生物質がほぼ最高濃度の時点で休眠状態にあるか(すなわち耐性),あるいは能動的に働く生化学的抵抗機構を獲得するか(すなわち抵抗性)により,生き残る。耐性,抵抗性は両方とも,野生型からの変異の獲得に関係する。Levin-Reismanたちは,人工環境での進化実験を用いて,抗生物質アンピシリンに対して遺伝的に抵抗力を持つ細菌集団が,耐性変異を背景として,非常に急速に抵抗力を持つようになることを示した(LewisとShanによる展望記事参照)。耐性のある微生物が生き残る確率はより高いため,その後,抵抗性変異を獲得する機会がより高くなる。耐性は医療機関でしばしば見過ごされるが,抵抗性の獲得率を低くするため,将来的には,選別やより正確な標的化がなされるべきである。(MY,kh)

Science, this issue p. 826; see also p. 796

折り畳みの中に何が? (What's in a fold?)

PSM(phenolsoluble modulin:フェノール溶解性モジュリン)として知られている細菌性分泌ペプチドは、炎症反応を刺激し、ヒト細胞を溶解し、そしてバイオフィルムの構造形成に寄与する。PSMα3は、黄色ブドウ球菌が分泌する毒性の22残基アミロイド・ペプチドである。Tayeb-Fligelmanたちは、このアミロイド配列の全長を包含する高分解能構造を報告している。その構造は、通常のアミロイド・クロスβ折りたたみ構造様式からの予想外の逸脱を示している。その代わり、PSMα3は両親媒性のαらせん体を形成し、このαらせん体が折り畳まれて、シート状にアミロイド繊維軸に垂直に積み重なっている。この異常なクロスα構造はアミロイド繊維の毒性に影響した。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • クロスβ構造体:タンパク質のβシート構造がアミロイド繊維軸に垂直に並んでいる構造体
  • 両親媒性:分子が親油性(疎水性)と親水性の両方をもつこと。
Science, this issue p. 831

恐竜はどのようにして空に向かったのか (How dinosaurs took to the air)

鳥たちは動力飛行のために翼を用いるが、Brusatteが展望記事で説明しているように、これは翼がこの目的のために進化したことを意味するわけではない。初期の有翼恐竜は、飛行できなかった。もっと後の恐竜は、滑空から初期の羽ばたきに至る、異なる能力を可能にしそうなさまざまな種類の翼を持っていた。ずっと後になって初めて、鳥の祖先が適正な体の大きさ、翼長、および解剖学的構造を発展させ、動力飛行が可能になった。どの有翼恐竜が空中を移動できたのか、そしてどのようにそうしたのかを詮索するには、生体力学の研究が不可欠である。(Sk,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 792

T細胞の年輪を定義する (Defining the tree rings of T cells)

T細胞の機能は年齢と共に低下する。T細胞の老化は分子レベルでどのように見えるだろうか? T細胞分化と加齢を制御する転写プログラムを理解するために、Moskowitzらは、若年者と高齢者からのCD8陽性T細胞で、クロマチン接近可能性についてのゲノム全体にわたる地図を作成した。高齢者のナイーブCD8陽性T細胞では、転写因子として働いてミトコンドリア・タンパク質の発現を制御する、核呼吸因子1(NRF1)を勧誘するプロモーターへの接近可能性がより低かった。このようにNRF1結合の減少は、老化したT細胞での代謝活性低下の一因となり得る。この研究によって明らかにされた転写経路は、高齢者のT細胞機能を修正するための手法の枠組みを提供する。(Sh,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • プロモーター:各遺伝子の上流にあり,RNAポリメラーゼが特異的に結合して転写を始めるDNA上の領域で,この領域に転写因子が結合して転写が開始される。
  • ナイーブCD8陽性T細胞:骨髄で分化してまもない、まだ抗原に接してないCD8陽性T細胞。
Sci. Immunol. 2, eaag0192 (2017).