AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 17 2017, Vol.355

ケレス上で検出された有機化合物 (Organic compounds detected on Ceres)

水や有機分子は、彗星や小惑星の衝突によって初期の地球に届けられた。De Sanctisたちは、Dawn宇宙船がケレスの周りの軌道に乗った時にその宇宙船により撮られた、赤外スペクトルを調べた(Kuppers による展望記事参照)。ケレスは、小惑星帯の中では最大の天体である。彼らは、表面の幾つかの小区画で脂肪族の有機化合物に特徴的な吸収帯を検出した。著者たちは、衝突のような外部起源である可能性を除外して、その物質がケレス上で形成されたに違いないことを示唆している。これは、以前検出された他の化合物とともに、ケレスの歴史のある時点で生物誕生以前の複雑な有機化学環境が存在したことを支持している。(Wt,kh,nk)

Science, this issue p. 719; see also p. 692

免疫細胞の低酸素調教 (Hypoxic conditioning of immune cells)

酸素欠乏,即ち低酸素症は,免疫細胞の機能を変化させる。この低酸素症の誘発する免疫細胞変化が,細菌感染症に対する宿主の応答にどのように影響するのかは詳らかでなかった。Thompsonたちは,マウスにおいて,急性低酸素症が,好中球の介在で細菌感染症により生じる罹患や死亡率を高めるが,感染以前の慢性低酸素症が,なんとこれらの病理的応答を防いだことを報告している。あらかじめこの低酸素状態へならしておくと,好中球のブドウ糖使用が減り,関連する病状が低減した。このため,免疫を標的にすることが,成人呼吸促迫症候群や慢性閉塞性肺疾患に起因する全身性低酸素症や慢性感染症の患者の助けとなるかもしれない。(MY,kj,kh,nk)

Sci. Immunol. 2, eaal2861 (2017).

細胞壁合成と細胞分裂を調整する (Coordinating cell wall synthesis and cell division)

ほとんどの細菌はペプチド・グリカンから構成される細胞壁で守られている。また,この細胞壁は,細胞分裂のため再構築される必要がある。細胞分裂には,後に分裂が生じる部位を定める,進化的に高度に保存された細胞骨格重合体,チューブリン相同タンパク質FtsZを必要とする。Bisson-FilhoたちとYangたちは,FtsZフィラメントによる動的な強制走行が,随伴する細胞壁合成酵素の位置と活性の両方を制御していることを見出した。この動きが,細胞を分ける分裂面の周囲を回って,細胞壁合成の不連続部位を作り出す。(MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • ペプチド・グリカン:ペプチドと糖からなる高分子で,真正細菌の細胞膜の外側に層を形成する細胞壁の主要物質。
  • 動的な強制走行:細胞膜内側のFtsZの連なりが,前方側で新たな個別FtsZが加わり後方側で外れ,あたかもベルトのように動き,細胞膜外側の細胞壁合成酵素を牽引すること。
Science, this issue p. 739, p. 744

水素を押しつぶして金属の極印をつける (Stamping hydrogen into metal)

1935年、WignerとHuntingtonは、25GPaの圧力下で分子状水素は原子状金属になるだろうと予測した。予言から80年後、予測値より400GPa以上高い圧力で、DiasとSilveraは低温条件下で、ついに金属水素を作り出すことに成功した。金属化は、温度5.5ケルビン、圧力465から500GPa近くまでの間で生じた。分光測定により水素が原子状態にあることが確認された。この研究は、WignerとHuntingtonがずっと以前に予測した金属水素を見出す、予想外に長びいた探索に終止符を打つものといえる。(NK,MY,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 715

糖で生き生き (Sugar rush)

飛翔は多量のエネルギー生産を必要とし,そして筋肉の酸化障害の原因となる。食物由来の抗酸化剤はそのような損傷から身を守ることを可能とするが,花蜜にはこれらの化合物がない。Levinたちは,高濃度の糖を与えられた花蜜摂食性スズメガが,与えられていないガより損傷のレベルが低いことを見出した。糖を与えられたガは,ブドウ糖をペントース・リン酸経路に差し向けることにより,抗酸化性化合物を産生した。この機構がエネルギー大量消費型の飛翔性蜜食動物の進化を可能にしたのかもしれない。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • ペントース・リン酸経路:グルコース-6-リン酸を出発物質とし,核酸の生合成に不可欠な各種ペントース(糖の構成単位に含まれる炭素数が5のもの)の産生に関与する経路。
Science, this issue p. 733

突然変異がいつ真の遺伝的変異になるのか? (When is a mutation a true genetic variant?)

大規模な配列決定の研究は、個人と集団における低頻度の病原性の遺伝的変異を究明するために始まっている。しかしながらChenたちは、大きな公開データベースにおける多くの、いわゆる低頻度の遺伝的変異は、配列決定操作過程におけるDNA損傷による可能性があることを明らかにしている。彼らは、DNA損傷・修復の酵素混合物がある場合とない場合とで配列決定されたライブラリを点数付けし、まさに珍しい変異の割合を評価した。変異をより正確に評価するための、最善の配列決定前DNA修復法はまだわからない。(KU,MY,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 752

ビタミンB3は、マウスを緑内障から守る (Vitamin B3 protects mice from glaucoma)

緑内障は、アメリカ合衆国では加齢に関係した視力喪失の最もありふれた原因である。現在のところ治療法はなく、一度視力を失うとその状態はもう元には戻らない。Williams たちは今回、ビタミンB3(ナイアシンとしても知られている)が、緑内障易発性のマウスを眼の変性から防ぐことを報告している(Crowston と Trounce による展望記事参照)。若いマウスの食べ物にビタミンB3を補うと、緑内障の初期の兆候が避けられた。ビタミンB3は、また、すでに病気の兆候を示している高齢のマウスの緑内障のいっそうの進行を止めた。このように、ビタミンB3の健康的な摂取は視力を守る可能性がある。(Wt,nk)

Science, this issue p. 756; see also p. 688

腸病原体の毒性を加減するタッチダウン (Touchdown for gut pathogen virulence)

大腸菌は、病原性遺伝子塊(PAI)と呼ばれる遺伝因子の獲得によって片利共生体から病原体へと変化する。Katsowichたちは、病原性大腸菌 (EPEC)が宿主の腸細胞に付着するとき、EPECのPAI病原性遺伝子がどのように応答するかを調べたが、常に病原体になるわけではない。EPECは最初に線毛によって宿主に固着し、その後 PAIを符号化する3型分泌系 (T3SS)を用いて、宿主細胞中に複数のエフェクターを注入する。しかし、すべての病原性仲介因子が注入されるわけではない。例えば、細菌性シャペロンであるT3SCesTは、自分の細胞質内で病原性のエフェクターをT3SS分泌系の装置に配送するが、その後、細胞質のCsrAと呼ぶ遺伝子抑制因子と相互作用する。これが細菌の遺伝子発現を再プログラムしてその細菌が上皮細胞に着生した生活に適応するのを助ける。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 病原性遺伝子塊(pathogenicity island):微生物ゲノム中で病原遺伝子を含む可動性領域
  • 片利共生:共生によって一方が利益を得るが、もう一方にとっては共生によって利害が発生しない関係
  • エフェクター:タンパク質に選択的に結合してその生理活性を制御する小分子
  • シャペロン:タンパク質の折りたたみを助けるタンパク質の総称
Science, this issue p. 735

HIV血症の最悪期はCD8陽性T細胞を後押しする (Peak HIV viremia pushes CD8+ T cells)

HIVは広範な免疫機能障害を誘発する。サル免疫不全ウイルスを用いた動物研究は、初期のCD8陽性T細胞の応答が、ウイルス負荷を減らす可能性があることを示唆してきた。Takataらは、抗レトロウイルス療法(ART)を受けたHIV患者の大規模な集団を調べた。彼らは、T細胞の活性化とHIVウイルス負荷を経時的に評価し、それにより、急性HIV感染の初期におけるARTに基づいて、免疫機能を精細に分析することができた。CD8陽性T細胞の応答は、立ち上がりは少し遅かったが、ART開始後に存在する活性化したCD8陽性T細胞は、ウイルス保有細胞を減少させた。したがって、CD8陽性T細胞を感染症初期に標的にすることは、ウイルス根絶につながる可能性がある。(Sh,kj,kh,nk)

【訳注】
  • ウイルス負荷:感染者が持つウイルス量
Sci. Transl. Med. 9, eaag1809 (2017).

インスリン放出を理解する (Understanding insulin release)

インスリン放出は二段階で起きる。最初に急激な放出が起き、続いて一連の小さな細胞外放出が起きる。後者は細胞質のCa2+濃度の脈動スパイクと同期する。第二段階はII型糖尿病患者では損なわれていて、その分子的な基盤を理解する重要性をはっきり示している。Leeらは、小胞体-原形質膜接触部位に集中する脂質輸送タンパク質のTMEM24が、細胞質Ca2+の脈動性やホスホイノシチド・シグナル伝達を調整する機構を報告している。この過程は次に、ゆっくりしたインスリン放出段階における脈動的なインスリン分泌を調整する。(NA,MY,kj,kh)

Science, this issue p. eaah6171

宿主-病原体の得点-対抗得点 (Host-pathogen point-counterpoint)

病原体と宿主の間の戦闘競争はよく知られた現象である。Maたちは今回,酵素活性のないタンパク質がどのようにして病原体の感染力に手を貸すことができるのかを特定した。病原性卵菌Phytophthora sojaeは,ダイズ(大豆)の細胞壁を損傷するキシログルカナーゼを分泌する。お返しにダイズは,分泌されたキシログルカナーゼに結合して不活性化する防御タンパク質を分泌する。この植物防御に対抗するため,卵菌は自身の遺伝子対の産生物を配備する。これは,ダイズの防御タンパク質に結合する不活性酵素である。防御タンパク質が無駄にこのおとりと結合させられるので,卵菌はうまくダイズの細胞に侵入できるのである。(MY,ok,kj)

Science, this issue p. 710

ヒドロアミノ化反応は光の力を得て坂を上る (Hydroamination gets a light push uphill)

オレフィンのヒドロアミノ化反応は、炭素−窒素結合を作るための広範囲に有用な方法である。しかしながら、アミンとオレフィンの双方が複数のアルキル置換基をもつと、この反応はエネルギー的に不利になる場合がある。Musacchioたちはこの障壁を乗り越えるために、青色光のエネルギーを用いた (BuchananとHullによる展望記事参照)。光励起されたイリジウム錯体がアミンを酸化し、それが次にオレフィンに効率的に結合し、その後チオフェノール共触媒が電子を元に戻した。この反応は広範囲のアミンとオレフィンの組み合わせに作用するかもしれない。(KU,kh,nk)

Science, this issue p. 727; see also p. 690

毛包:傷跡ができるのを防ぐ秘密? (Hair follicles: Secret to prevent scars?)

ある種の動物は容易に手足を再生したり損傷した肉体を治したりする一方で、哺乳類は一般的にはそのような天賦の能力を持っていない。けがは毛包と皮膚脂肪の欠損によって特徴づけられる傷跡を残すことがある。Plikusらは今回、ネズミと人間との両方における毛包が、傷中の主要な真皮細胞である筋線維芽細胞を脂肪細胞に転換できることを示している(ChanとLongakerによる展望参照)。骨形成タンパク質(BMP)のシグナル伝達経路と、筋線維芽細胞内の脂肪細胞転写制御因子とを、毛包が活性化した。このため、BMPを加えることにより、けがの後の傷の痕跡形成を減らすことができるかもしれない。(ST,MY,nk)

Science, this issue p. 748; see also p. 693

ペロブスカイト中のトラップを不活性化する (Passivating traps in perovskites)

液相法で作られる平面状の有機-無機ペロブスカイト太陽電池の低温製造法は、より簡単な製造や柔軟な基板の使用を可能にするだろう。しかしながら、現在使用されている材料は、電荷輸送担体の捕捉状態を持つ界面を形成し、それが性能を制限する。Tanたちは、電子選択層として塩素で被覆されたTiO2のコロイド・ナノ結晶の薄膜を用いて、液相法による太陽電池における界面の電荷再結合を制限した。そのような電池は、1.1 cm2 の作用面積で、19.5%の認定効率を達成した。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 722

選択的に感染症と闘う (Being selective in fighting infection)

抗生物質耐性の菌株が、何も症状を示さない健康人に見つかることが増えている。その結果、彼らは、致死的になり得る侵襲性感染症に対して、より脆弱になっている。展望記事においてTacconelli たちは、現存の、大抵は薬効範囲が広い抗生物質ですらこの脅威に対抗するには不十分であり、これらの菌株の蔓延を制御するには新たな戦略が必要であると主張している。彼らは、他の細菌を損なわないで、ヒトの腸で特定の病原体を選択的に標的にする薬の開発を呼びかけている。監視の改善および抗生物質の使用低減と共に、そのような選択的除菌剤は、抗生物質耐性感染症の増加を止める手助けになるかも知れない。(Sk,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 689

脳炎を強化するマイクロRNA (An encephalitis-boosting microRNA)

ジカ・ウイルスや西ナイル・ウイルスと関連する、日本脳炎ウイルス(JEV)は、中枢神経系を標的とする。JEV により誘発される脳炎は、神経に損傷を与え、致命的になる可能性もある。Hazra は、マウスとヒトの神経細胞のJEV感染が、マイクロRNAである miR-301a を通して抗ウイルス性サイトカインの生成を減少させることを見出した。JEV感染マウスを、miR-301a 阻害剤で治療することにより、抗ウイルス性サイトカインの生成が増加し、ウイルスの複製が減少し、生存性が向上した。このように、miR-301a の標的化は、JEV感染症に対する有効な治療法になるかもしれない。(Sk,MY,kh,nk)

【訳注】
  • マイクロRNA:真核生物において遺伝子の発現調節に関与する、20-25塩基長の1本鎖RNA分子
  • サイトカイン:生体内の多彩な細胞間情報伝達を担う可溶性タンパク質
Sci. Signal. 10, eaaf5185 (2017).

藻場が無くなれば微生物をぬぐいとれなくなる (Missing meadows fail to mop up microbes)

多くの健全な沿岸生態系に目立つ特徴である海草藻場は、しばしば浅瀬のサンゴ礁も伴う。たくさんの植物は生物学的環境修復の資質を有しており、海草群のうち、60かそのくらいの種類が天然の殺生物剤を作り出す。Lambたちは、インドネシアのスラウェシ島近傍の有人環礁の海草藻場が、人類活動由来細菌からの海水汚染を改善したことを見出した。この効果は海洋無脊椎動物や魚類に対する潜在的な病原体に及んだ。海草藻場のへりをなしている礁では、サンゴや魚の病気による影響が著しく少なかったのである。(Uc,MY,kh,nk)

Science, this issue p. 731