AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 10 2017, Vol.355

初期太陽系における隕石の磁場 (Meteorite magnetism in the early solar system)

若い太陽系は、ガスとダストの円盤を含んでいた。そして、その中で惑星形成が起きた。その円盤は、太陽が点火し惑星が形成された後、最終的には散逸したのだが、正確にいつそれが発生したのかを決めることは難しかった。Wang たちは、アングライトという非常に古い種類の隕石中に維持されているごく小さな磁場を測定した。彼らは、太陽系形成後およそ400万年後の磁場強度の落ち込みを、磁場を保持していたガスが磁場と共に散逸して行ったことを示す現象として説明している。この結果は、われわれの太陽系とともに他の太陽に似た星のまわりの惑星形成に関する理解を高めるものである。(Wt,nk)

Science, this issue p. 623

何が分岐を駆動するのか? (What drives divergence?)

馬の進化は適応放散の典型的な例としてとらえられてきた。臼歯の高さの増加が新しい草の食料を開拓し、分岐に導いたと考えられてきた。Cantalapiedraたちはしかしながら、Equinaeは多くの分岐を経験してきているが、このような枝分かれの開始時には、特定の表現型の変化と関係した形跡がないことを見出した。それよりは、外部環境的な駆動要因や、移動や孤立の様式が集団分岐を開始させ、ひとたびその系統が分かれ始めると表現型の変化が現れてくるらしい。(Uc,MY,nk,kh)

【訳注】
  • Equinae:ウマ科の亜科
Science, this issue p. 627

デカン高原の2人組暴れ者 (Double trouble for the Deccan Traps)

デカントラップとして知られているインドの大陸洪水玄武岩は、恐竜が絶滅に向かったころの溶岩大量噴出によって形成された。この事件は、景観を劇的に作り変え、気候を変化させた。GlišovićとForteは、時間軸を反転させる対流のモデル化を行い、この巨大なマグマ事象の起源を再構成した。彼らは、6500万年前、二つの異なる深部のマントル・ホットスポットが合力して、地球上で最大の火山性地形を生み出したことを見出した。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 613

タンパク質相互作用ネットワークの頑強さ (Robustness of protein networks)

遺伝子重複は,遺伝子の頑強性を細胞が維持することの助けになると考えられているが,これが筋書きのすべてではないらしい。Dissたちは,酵母における重複遺伝子間のタンパク質-タンパク質相互作用の運命を調べた。相互作用するこの重複タンパク質の中には相互依存を展開し,かえってより脆弱な系に至ったものもある。この発見は,遺伝子重複に対する進化的軌跡の理解や,一見すると冗長な遺伝子がどのようにタンパク質相互作用ネットワークの複雑性を増すことができるのかの理解を助ける。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 遺伝子重複:ゲノム中にすでにある遺伝子が重複してゲノム中に作られること。
Science, this issue p. 630

タンパク質発現の神経細胞内制御 (Intraneuronal control of protein expression)

細胞や組織中内で,mRNAのコピー数はマイクロRNA(miRNA)の数をはるかに上回る。そうすると,miRNAはどのようにして,特定の標的mRNAの転写を効果的に規制できるのだろうか? Sambandanたちは,高解像の原位置ハイブリッド形成法を用い,ラット神経細胞の樹状突起内のmiRNA前駆体を検出した。彼らは,miRNA成熟に対する蛍光レポーターを海馬神経細胞に導入し,細胞体と樹状突起の両方で,前記レポーターを用いてシナプス活性依存性成熟を検出した。この局所的なmiRNA前駆体の成熟は,確かにタンパク質合成の局所的な低減を伴った。このようにして,miRNA 成熟の局所化が標的遺伝子発現の, 空間的・時間的に精度良い調整を可能にする。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • マイクロRNA:多段階的な成熟過程を経て産生し,標的とするmRNAに結合してその翻訳反応を物理的に阻害することで、さまざまな遺伝子発現を抑制する20~25の塩基長の一本鎖の微小RNA。
  • miRNA前駆体:成熟miRNA(上記マイクロRNAのこと)に至る前の前駆体で,ここでは二本鎖部分とループ部分を持つヘアピンループ構造をとった長鎖RNAのことを指している。ループ部分の切断,二本鎖の一本鎖化等の過程を経て成熟miRNAに至る。
  • 原位置ハイブリッド形成法:ここでは上記miRNA前駆体のループ部近傍二本鎖部分に蛍光分子,ループ部分に蛍光消光分子をつけ,ループ部分が切断される成熟過程を蛍光強度の増大として蛍光顕微鏡で検出する手法が用いられている。
  • レポーター:対象とする過程や結果が実際に生じたのかの観測を容易にするもの。
  • 細胞体:神経細胞を構成する主要3区画(細胞体,樹状突起,軸索)の1つで,細胞核が存在する区画
Science, this issue p. 634

頭蓋内動脈瘤に対する標的 (A target for intracranial aneurysms)

頭蓋内動脈瘤に対して、外科手術は今日利用可能な唯一の治療選択肢である。Aokiたちは、頭蓋内動脈瘤を引き起こし、それを拡大させる炎症を制限するために、薬理学的に標的となり得うるマクロファージにおける自己増幅シグナル伝達経路を描写している。マクロファージにおける EP2(プロスタグランジンE受容体サブタイプ 2)の刺激により、COX-2(EP2に対するリガンドを合成する酵素)とMCP-1(マクロファージに対する誘引剤)の濃度が増加した。EP2拮抗物質のラットへの投与は、頭蓋内動脈瘤の形成と進行を防いだ。(KU,nk,kj,kh)

Sci. Signal. 10, eaah6037 (2017).

病原体を飢えさせる (Starving the pathogen)

病原菌を活発に殺すことは免疫応答の重要な機能である。同等に重要なものに,栄養的免疫(nutritional immunity)として知られている過程である,病原菌に対する栄養利用性の制限がある。インターロイキン-22(IK-22)は,皮膚,肺,腸を含む上皮性関門部位での感染治癒において,必須の役割を果たしている。Citrobacter rodentium感染の全身性モデルを用いてSakamotoたちは,肝臓由来のヘム捕捉剤の産生増大を促進することで,病原菌に対して鉄の利用可能性を制限する,IL-22の予期せぬ役割を明らかにした。このようにして,IL-22は上皮性関門部位における免疫を超えて,全身性細菌感染において栄養的免疫を調整する付加的役割を果たしている。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • Citrobacter rodentium:ヒト腸管病原性/腸管出血性大腸菌に類似したマウスの腸管病原細菌。腸管の粘膜に接着,増殖し大腸炎をひき起こす。
  • ヘム捕捉剤:ヘモグロビンなどから遊離したヘム(鉄を含む錯体化合物)に結合して回収する役割を持つ糖タンパク質。
Sci. Immunol. 2, eaai8371 (2017).

もつれさせへの相転移的な取り組み (Transitional approach to entanglement)

複数の粒子がもつれた系においては、一つの粒子の状態を変えると系全体に影響を及ぼす。この特性は、量子情報処理の資源として利用できるが、多くの粒子をもつれ状態にすることは厄介である。Luoらは、量子相転移と呼ばれるもう一つの集団的現象を用いて、ボーズ・アインシュタイン凝縮物中の900個以上の原子をもつれさせた。もつれさせられた集合のサイズが安定であったことは、精密測定向けてこの取り組みを現実的なものにしている。(NK,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 620

長過ぎるテロメアを刈り込むタンパク質 (A protein to trim too-long telomeres)

テロメアは、真核生物の線状染色体の末端を覆う。それらは、短いDNA反復配列の複数の複製からなる。 テロメアの長さはゲノムの安定性にとって重要である。 短くなり過ぎると、個体はガンや早老になりやすくなる可能性がある。Liらは、そうではなくテロメアが長くなり過ぎるのを防ぐタンパク質、TZAP(テロメア亜鉛フィンガータンパク質)を発見した(LossaintとLingnerによる展望記事参照)。TZAPはシェルタリン複合体と競合して、テロメアDNA反復配列に直接結合する。それはテロメアの刈り込みを促し、異常に長いテロメアを防ぐ。(Sh,MY,nk,kh)

【訳注】
  • シェルタリン:テロメアに結合するタンパク質複合体。テロメアを伸長させる酵素テロメラーゼのテロメアへのアクセスを制限する。
Science, this issue p. 638; see also p. 578

血圧管理のための基本的なアイデア (A radical idea for blood pressure control)

高血圧は、特に高齢者では非常に一般的であり、多くの他の心臓血管障害の一因となる。この状態に対しては様々な治療処置を取り得るが、どれも特効や長期持続性がなく、全て副作用を起こす可能性があり、治療継続率を低下させる。Hilgersらは、遊離基を除去し、かつ酸化によって損傷を受けたタンパク質を復元するタンパク質であるチオレドキシンの発現増加が、マウスの高血圧を減らすことを見出した。組換え型ヒト・チオレドキシン注射も、マウス・モデルで高血圧を低下させ、その保護効果は数週間持続した。これらの結果は、この手法をヒト患者の長期治療に適応できるかもしれないことを示唆している。(Sh,ok,kj,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaaf6094 (2017).

利する方へ変わる (Change for good)

免疫系において,オートファジーは形質細胞や免疫記憶細胞の維持・生存に関与するとされてきたが,ウイルス感染初期のB細胞におけるオートファジーの役割は,依然として不明のままである。Martinez-Martinたちは,革新的な造影法,薬理作用物質,遺伝モデルの組み合わせを用いて,B細胞中でのオートファジーの役割を調べた。感染でB細胞が活性化すると,オートファジー速度の向上が引き起され,また,標準のオートファジーから制御因子WIPI2の関与する非標準経路へと,オートファジー機構も転換した。B細胞でWIP12の遺伝子を破壊すると,非標準のオートファジーが促進された。したがってB細胞の活性化時には,WIP12がミトコンドリアの状態が関与する機構を通じて,非標準のオートファジーを抑制していると考えられる。それ故,標準から非標準へのオートファジーへの転換が,ウイルス感染期におけるB細胞の分化と運命を規定するのである。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 形質細胞:血液細胞の一種で,抗原によりB細胞が変化した最終形態。
  • 免疫記憶細胞:特定の抗原に対する免疫応答を保持している細胞。次回の抗原感染時に免疫応答を迅速に発動する。
  • B細胞:抗原の侵入に応答して増殖し,抗体を生産する細胞へと分化する細胞。
Science, this issue p. 641

前進するために振り返る (Looking back to move forward)

自然界において現在進行中の人類の影響は急速で破壊的であるが、種の入れ替わりや変化は、生命の歴史全体を通して生じてきた。保護を行うための最善の取り組み方に関して多くの議論がなされているが、結局、我々は、自然体系が将来にわたって適応し機能し続けられるように、その回復力に機会を与えたり高めたりする必要がある。総説において、Barnoskyたちは、これを行う最善の方法は、変化に直面したときに生態系の回復力が如何に維持されるかを理解する手段として、古生物の歴史を振り返ることであると主張している。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. eaah4787

より焦点の合う超解像画像形成 (Superresolution imaging in sharper focus)

光学顕微鏡は、対象物間が光の半波長以下で隔てられているのを識別することができない。超解像技術がこの「回折限界」を打破し、細胞生物学におけるわくわくするような新たな洞察を提供してきた。それでも、そのような技術は、およそ10nmの分解能で限界に達している。Balzarottiたちは、MINFLUXと呼ばれる、単一分子の位置を特定するもう一つの方法を述べている(XiaoとHaによる展望記事参照)。光活性化局在顕微法および確率論的光学再構成顕微鏡と同様に、蛍光体は確率論的に点滅するが、誘導放出抑制顕微法におけるのと同様に、ドーナツ形状の励起ビームを用いて発光体 (蛍光体)の位置が求められる。発光が最小となる点を見つけ出すことで、発光体の位置を求めるのに必要な光子数が減少する。MINFLUXは 1nm以下の精度を達成し、単一粒子の追跡においては、時間分解能で100倍の向上を達成した。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 606; see also p. 582

分化全能性の潜在的可能性を制限する (Limiting potential for totipotency)

マイクロRNAとしての生物学的役割は、RNAサイレンシングと転写後の制御に限定されるわけではない;今日、マイクロRNAはまた、細胞の多能性をも調節していることが示されている。Choiたちは、マウスの胚性幹細胞からmiR-34aを除去し、そしてその細胞が双方向的な細胞運命の可能性を示すこと、即ち胚性系列と胚体外系列の両者を生成することを見出した (HasuwaとSiomiによる展望記事参照)。miR-34a欠乏の際に、内在性レトロウイルスが、少なくても部分的に Gata2依存的転写活性化により誘発された。このように、タンパク質符号化遺伝子、非翻訳RNA、及び内在性レトロウイルスの相互交流が、細胞運命の可塑性と多能性幹細胞の発生上の可能性を変えることができるかもしれない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • miR-34a:マイクロRNAの一種で tumor suppressor microRNA
  • 内在性レトロウイルス:ゲノム中のウイルス様配列の中でレトロウイルス(一本鎖RNAウイルスで宿主に感染してそのDNAに逆転写される)由来の配列を言う
  • Gata2:DNAに結合して遺伝子の発現や細胞の性質を制御する転写因子
Science, this issue p. eaag1927; see also p. 581

機械学習と量子物理学 (Machine learning and quantum physics)

多体の量子相互作用系の挙動解明は、物理学における最大の課題の一つのまま残されている。伝統的な数値解析法は多くの場合うまくいくが、最も興味深い問題のいくつかには悩まされている。CarleoとTroyerは、機械学習の能力を、量子多体問題に対する変分的手法の開発に利用した(Hush による展望記事参照)。この方法は少なくとも、典型的な二次元問題に対する評価基準を定める、最先端の手法と同様の性能だった。さらに開発が進めば、首尾よくそれが量子道具箱中の価値ある要素だとわかるかも知れない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 602; see also p. 580

化学的に導かれる微生物相機能の概要 (Chemically guided functional profiling)

ヒトの体内或いは表面に棲んでいる微生物相によって提起される大きな課題は、それらが我々に何をしているかを解くことである。微生物は大量のペプチドとタンパク質を生成するが、それらは宿主に深い全身的効果をもたらし得る。Levinたちは、微生物のメタゲノム・データを入手し、生物情報学的手段の或る組み合わせを用いて、似たような生物学的機能を共有している一連の酵素を群ごとに分けるネットワークを作った (Glasnerによる展望記事参照)。実験により、これらの相同性と構造化学的つながりが検証された。この解析から、嫌気性短鎖脂肪酸の生成とL-プロリンの生合成(この両者は微生物相と宿主の間の健全な共生に関する重要な介在因子である)に関与する酵素が同定された。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaai8386; see also p. 577

他のイオウ部位でタンパク質を標的にする (Targeting proteins at the other sulfur)

チオール(SH)基を持つ唯一のアミノ酸として、システインは手軽に部位-選択的タンパク質修飾の標的にされる。疎水性のメチオニンもまた、側鎖にイオウを持っているが、イオウを覆っているメチル基が類似の標的化の努力を妨げていた。Linたちは補足的実験手順を導入し、システインの存在下においてすら、メチオニンにのみ新たな置換基を結びつけている。彼らは酸化剤としてオキサジリジン基を用い、スルフィミド(S=N) 結合を作った。この方法により、反応性のメチオニン・イオウ残基に対する抗体‐薬剤の共役作成と化学的タンパク質探索が可能となった。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. 597

測定誤差についての誤解 (Misconceptions about measurement error)

雑音の多い条件下での研究で、ある程度の効果が得られた場合、多くの研究者は、雑音が無ければ、その効果はもっと強くなっていたであろうと想定する。しかし、LokenとGelmanが展望記事の中で説明しているように、この想定は大規模で情報量の多い研究に対してのみ当てはまる。雑音の多い環境では、測定された効果は、測定誤差の影響が無かった場合よりも大きくなることが度々ある。このように統計的に有意な効果を見極める場合、測定誤差や制御されていない変動が、軽減(した方がよい)因子にいつもなっているとは限らない。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 584

多機能ディスプレイ (Multifunctional displays)

我々はあらゆるものを統合し結合する「Internet of things」を進める時、それを実現するための多機能性を持つ技術を開発することが必要である。Ohらは、光を吸収・発生でき、かつ情報処理能力を持つ量子ドットに基づく素子を開発した。彼らの設計は二重ヘテロ結合をもつナノロッド構造に基づいており、適切にバイアスをかけることで発光ダイオードあるいは光検出器として機能することができる。このような二重機能素子は、自律的なセンサーのネットワークのための知能型ディスプレイ開発に貢献するだろう。(ST,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 616