AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 27 2017, Vol.355

運び屋としてだけでなく (More than a vector)

蚊は、マラリアを含む重篤なヒト疾病を伝染することができる。では、何故に蚊自身は感染症に罹らないのか? Castilloたちは、マラリア原虫のPlasmodiumに対する蚊の免疫応答を研究した。Plasmodiumに感染した蚊の中腸における硝化が、血球由来の微小胞の放出を誘発した。これらの微小胞は蚊の補体系に似たものを活性化し、Plasmodium感染症を押さえた。このように、Plasmodium感染症への蚊の応答においては細胞性免疫が重要な役割を果たしている。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • 補体系: 生体が病原体を排除する際に抗体および貪食細胞を補助する免疫系
Sci. Immunol. 2, eaal1505 (2017).

つかみどころのない三体問題 (Elusive three-body matters)

希薄原子気体は相互作用が調節できるので、多体系の集団動力学を研究する上で理想的な対象になっている。気体が、互いにスピンが逆向きに均等に分けられた強相関フェルミオンの2つの集団、からなる場合、その性質の多くは突き詰めると二体相関から導き出すことができる。Fletcherらは、同一の粒子がいくらでも集まれるボソン気体では、これは成り立たないことを示している。彼ら研究者たちは、熱共鳴相互作用しているボーズ気体において三体相関だけで決まる物理量を観測した。この測定により彼らは、測定困難な相関を定量化することや、多体状態の物理における三体相関の効果を曖昧さなしに立証することができた。(NK,MY,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 377

森林特性の空中計測分光 (Airborne spectroscopy for forest traits)

熱帯における保護の優先順位づけは、生物の多様さに関する地上データがまばらであることや、衛星からの遠隔広域データが相対的に粗いため、しばしば、その進展が阻まれている。Asner たちは、航空機からの計測機器を開発して、ペルー・アンデスとアマゾン流域の7,200万ヘクタールにわたる森林の機能的多様性に関する大規模な地図を作成した(Kaposによる展望記事参照)。彼らは、レーザー誘導画像分光法により森林樹冠の機能特性マップを作成し、それを使って森林機能分類をはっきりと定義した。これらは次に、国の森林伐採や土地配分のデータと比較された。これにより、この地域での保護に対する脅威の解析や機会分析ができるようになった。(Wt,kj,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 385; see also p. 347

粉塵から氷に (From dust to ice)

どのようにして大気中浮遊粒子に、氷が形成されるのであろうか? その過程は気候や大気の特性にとって重要であるが、分子レベルではほとんど解明されていない。その理由の一つは、氷の成長が始まる部位の性質が不明なことにある。Kiselevたちは、電子顕微鏡とコンピュータ・シミュレーションを用いて、鉱物質粉塵の主成分である長石表面への、整列した氷の結晶の凝結を研究した(Murrayによる展望記事参照)。長石の表面欠陥が、その高い氷核形成能力の原因であった。(Sk,kh,nk)

Science, this issue p. 367; see also p. 346

プロテアソームとSUMOが染色体と相撲をとる (Proteasomes and SUMO wrestle chromosomes)

減数分裂は,二倍体の親細胞から半数体の配偶子を生み出す2回の細胞分裂である。最初の減数分裂期における相同染色体の対合が,染色体の完全一式を配偶子各々が受け取ることを保証する。一方,プロテアソームは,細胞内で除去用の目印がつけられたタンパク質を分解する分子機械である(Zetkaによる展望記事参照)。Ahujaたちは,プロテアソームが,減数分裂期における相同染色体同士の対合の確保にも関与していることを示している。Raoたちは,SUMO(低分子ユビキチン様修飾因子)タンパク質,ユビキチン,プロテアソームが相同染色体間の軸に局在化することを示している。これらのタンパク質はこの場所で,相同体間での染色体の対合・組み換えに対して仲介している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • SUMO:細胞内のタンパク質と一時的に結合するユビキチン様の低分子タンパク質。
  • ユビキチン:低分子タンパク質で,数珠上に連なったポリユビキチンとして標的タンパク質を修飾し,様々な作用を誘発する。誘発される作用はユビキチンの連なり方で異なり,代表的なものとして分解対象のタンパク質に対する分解用目印となることが挙げられる。
Science, this issue p. 349, p. 408; see also p. 403

ニッケル・メッキ程度の価値の転移エネルギー (A nickel's worth of transferred energy)

伝統的な有機光化学は、多くの場合、効率的に光を吸収した後にそのエネルギーを他の化合物に渡して反応性を刺激する分子である、増感剤に頼っている。Welin たちは、この手法を有機金属ニッケル触媒を刺激するのに活用した。彼らは、青色光でイリジウム錯体を光励起した。続いて起きるニッケルへのエネルギー転移は、 C-O 結合の形成を可能にし、ハロゲン化アリールをカルボン酸に結合させた。同様の手法は、光増感させた遷移金属触媒により、種々のさらなる反応様式を生み出すことができるであろう。(Sk,kh)

Science, this issue p. 380

才気に関して出現する態度 (Emergent attitudes toward brilliance)

学術分野での女性と男性の分布は、知的明敏さに対する観念に影響されているように思われる。Bian たちは、幼い子供たちを研究して、これら相対的な観念が現れる時を評価した。5才では、子供たちは「ほんとうにほんとうに賢いね」と言われたい気持ちにおいて、少年と少女の間には差はみられないようである。この「ほんとうにほんとうに賢いね」は、大人の明敏さの子供版といえる。しかし、6才までに、少女たちは、より多くの少年たちを「ほんとうにほんとうに賢いね」のカテゴリーにまとめ、自分たちは「ほんとうにほんとうに賢い」子供用に用意されたゲームからは離れるようになった。(Wt,kj,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 389

デング・ウイルス病を悪化させるまれな能力 (A rare ability to enhance dengue virus disease)

幾つかの場合で、デング・ウイルスの二度目の感染は極度に重篤となる場合があり、血漿漏出や血小板減少症、そして出血性疾患をもたらす。この現象は抗体依存性の重篤化に起因するとされてきた。Wangたちは、抗体の特定のサブクラス(免疫グロブリンの重鎖の Fcセグメントに存在するフコシル残基の欠如している)、IgG1のレベルが、重篤なデング病再感染患者において上昇していることを示している。この非中和性抗体は活性化している Fc受容体に結合し、血小板抗原と交差反応して血小板枯渇を引き起こし、血小板減少症に寄与するらしい。(KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 395

ERKは脳に睡眠の準備をさせる (ERK prepares the brain for sleep)

なぜ睡眠不足期間の後や、身体的や精神的に活動的な日の後に、より疲れを感じ、より長くより深く眠る傾向にあるのか? Mikhailらは、睡眠不足や起床時間中の活動が、部分的にキナーゼの一つERKに依存する方式で遺伝子発現を刺激することを示唆している。ERK経路によるシグナル伝達は、マウスの睡眠時間を増し、睡眠パターンに影響を与えた。対照的に、皮質ニューロン中でのERKの遺伝子欠失やERK阻害剤の頭蓋内注射は、睡眠量を減らし覚醒状態を長くした。(Sh,nk)

【訳注】
  • ERK:細胞外シグナル制御キナーゼ。休止状態にある細胞に増殖因子が作用すると細胞表面の増殖因子受容体がシグナルを発信し、細胞質中のERKを介しシグナルが核へと伝わるERK経路を構成する。
Sci. Signal. 10, eaai9219 (2017).

不要な酵素を除去する方法 (How to remove unnecessary enzymes)

タンパク質末端のアミノ酸はタンパク質の寿命を決定することがある。Chenたちは今回、彼らが酵母で発見した、第3のN末端法則経路を描写している。プロリン/N末端法則経路と呼ばれるこの経路は、糖新生酵素がもはや必要とされなくなった後での、この酵素の転換に関与している。著者たちは Gid4をその経路のプロリン/N末端残基認識酵素として同定し、細胞タンパク質においてN末端プロリン残基と隣接する配列様式の組み合わせに対するその特異性を解明した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • N末端法則(N-end rule):タンパク質N末端の認識によりタンパク質の分解速度支配する法則
  • N末端残基認識酵素(N-recognin):N末端法則活性を持つタンパク質はN-recognin酵素により認識されユビキチン化されて分解される。詳しくは http://kiea.w3.kanazawa-u.ac.jp/lara/lec114.html参照
Science, this issue p. eaal3655

電荷と熱の輸送の脱結合 (Decoupling charge and heat transport)

金属においては、電子が電荷と熱の両方を輸送する。結果として、導電率と、熱伝導率への電子的寄与は、通常互いに比例する。Lee たちは、VO2ナノ・ビーム(ナノ梁)の金属-絶縁体転移近傍で、このいわゆるウィーデマン・フランツの法則の大きな破れを見出した。金属相では、熱伝導率への電子的寄与は、ウィーデマン・フランツの法則から予想されるものよりずっと小さかった。この結果は、強相関系での電荷と熱の独立した伝搬という点から説明可能である。(Sk,kh)

Science, this issue p. 371

全窒素環への塩辛い経路 (A salty route to an all-nitrogen ring)

窒素分子の頑強な安定性とは対照的に,窒素だけからなり窒素分子よりも大きいどんな分子も不安定である。にもかかわらず,これらの分子は,爆薬や推進剤への応用に対して依然として魅力的な対象である。Zhangたちは,アリール置換された前駆体のC-N結合を酸化開裂することにより,負電荷を帯びた窒素だけの五員環であるペンタゾール塩イオンを作ることに成功した(Christeによる展望記事参照)。この分子は,固体状態で塩化アンモニウム水和塩として安定化され,単離された。分光学的および結晶学的評価により,この環が平面構造をとることが確認された。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • 窒素だけからなる化合物の単離:3つの窒素だけ,および,5つの窒素だけからなる直鎖カチオンは塩の形で単離されているが,環状物は,5員環のペンタゾール (HN5) を含め単離されていなかった。
Science, this issue p. 374; see also p. 351

無関係な記憶が共にぼやける (Unrelated memories get blurred together)

同じ時間帯に二つの記憶を思い出すとすると、少数のニューロンが両方の記憶に関与するようになるだろう。Yokoseたちは、このような二つの記憶間の関連付けの根底にある細胞集団の機構を研究した。マウスにおいて、ニューロンの一小集合がその関連付けに介在している。二つの記憶が同期して思い出され、或る結合を作るときに、その脳内で二つの無関係な情緒的記憶に対する記憶痕跡が部分的に重なり合った。重なり合っている記憶痕跡の活性を抑制すると、もともとの記憶を損なうこと無くその結合が遮断された。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 398

新しいクロマチン(染色質)を形成するための基盤 (The platform for building new chromatin)

DNA複製を促進するようDNAから除かれたヌクレオソーム(クロマチンの基本的構成単位)は、ゲノムを守るため、素早く戻されなければならない。親のヌクレオソームに蓄えられた後成的情報もまた、娘DNA鎖に保存されなければならない。複製タンパク質A複合体(RPA)は、DNA複製機構の必須構成要素である。RPAは一本鎖DNAに結合する。Liuたちは、複製フォーク部の一本鎖DNAを模倣した合成鎖による実験で、その合成鎖に結合したRPAが隣接する二本鎖DNAに向けて、H3-H4ヒストン4量体の組み立てを補充し、促進することを示している。RPAは、新しいヌクレオソームの組み立てを促進する特定のH3-H4シャペロンもまた補充する。(NA,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 415

巨大分子を引き離す (Pulling macromolecules apart)

多くの生物学的過程に巨大分子の相互作用が関わっていて,これらの相互作用の結合エネルギーを知ることが機能的な理解に対して極めて重要である。巨視的な溶液内での結合エネルギーを計算する実験的な取り組みは幾つかあるが,これには結合が溶液内で熱平衡状態にあることが要件となる。巨視的な測定はまた,異なる結合モードや,幾つかのサブユニットによる協奏的な結合を覆い隠してしまうかもしれない。Camunas-Solerたちは,結合反応に対する揺らぎの定理を用い,単一の結合反応を調べる力測定の実験から,リガンドの結合エネルギーを直接抽出した。彼らは,特異的および非特異的なDNA結合部位へのペプチドの結合エネルギーを6桁にわたる親和力で解析した。(MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 揺らぎの定理:ある遷移過程における順過程と逆過程のエントロピー生成率の関係を定める
Science, this issue p. 412

骨を作る新しい方法 (A new way to build bone)

骨は不活性に見えるが,実際は,骨芽細胞と呼ばれる細胞により絶えず沈着形成され,また,破骨細胞により絶えず壊されており,常に変化している。Andradeたちは,ガンや骨粗鬆症のような病気における骨の劣化が,少なくとも一部は過剰な骨破壊経路によって引き起こされることを見出した。この経路では,シグナル分子であるMSP(マクロファージ刺激タンパク質)が,その受容体である宿主細胞上の受容体型チロシン・キナーゼ,RONを活性化する。このシグナル伝達を遺伝的あるいは薬理学的な手段で遮断すると,ガン転移やエストロゲン枯渇による骨粗鬆症のマウス・モデルで,骨破壊が妨げられた。この歓迎すべき方法は,ヒトでもまた効くかもしれない。RONのキナーゼ阻害剤はガン患者の骨代謝を遅くしたのである。(MY,nk)

【訳注】
  • 受容体型チロシン・キナーゼ:細胞膜に存在し,細胞外にシグナル分子への結合部位をもち,細胞質領域にタンパク質のチロシン残基を特異的にリン酸化するチロシンキナーゼ活性部位をもつ。細胞の分裂、分化、形態形成で重要な役割を演ずる。
Sci. Transl. Med. 9, eaai9338 (2017).

トマトの失われた風味を探し求める (Looking for lost flavor in tomatoes)

商業的に入手可能なトマトは、丈夫なことで近頃有名だが、たぶん風味についてはそうではない。一方で伝統品種は、過去のトマトのより豊かな風味や甘さを維持している。Tieman たちは、味覚評価の結果を、400品種近くのトマトの化学およびゲノムの分析結果と結びつけた。彼らは、長年の間に失われてしまった風味豊かな成分の幾つかを同定した。これらの風味成分と同様に欠落してしまった遺伝子の同定は、商業的に栽培されるトマトに風味を復活させるための道を提供する。(Sk,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 391