AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 20 2017, Vol.355

ロボットは心境の変化をきたす (Robots have a change of heart)

補助人工心臓は、血液を圧送することにより心機能の不全を治すが、血栓の形成を防止するために監視および抗凝固療法を必要とする。Roche たちは、本来の心組織と類似の材料特性を有する、軟らかなロボット装置を作り出した。それは心臓の周りにぴったり収まり、そもそも血液に触れることもなく心室の補助を行う。心臓にかぶさって働くこのロボットは、圧縮空気を用いて、正常なヒトの心臓の動きをまねて加圧したりねじったりする人工シリコーン筋肉に動力を供給する。この装置は生体外でと、成体ブタへ埋め込んだ場合には薬物による心停止の間、心臓の吐出量を増大させた。(Sk,MY,ok,kh,kj,nk)

Sci. Transl. Med. 9, eaaf3925 (2017).

アルコールがリチウムを除去してナノワイヤを作る (Alcohols remove lithium to make nanowires)

金属および金属酸化物のナノワイヤを作る多くの既存の手順は複雑で、強い溶剤を必要とし、容易に規模拡大できない。Lei たちは、アルコール溶媒を用いることにより、抽出法を開発してアルミニウムあるいはマグネシウムの合金からリチウムを除去した。その結果生じる高い反応性の Al または Mg 原子はアルコキシド・ナノワイヤを形成し、高温処理で酸化物に転換できた。著者らは、この手法を、リチウム電池の安全性を増大させる Al2O3セパレータの作成に用いた。(Sk,kh,kj)

【訳注】
  • アルコキシド:アルコールのヒドロキシ基の水素が金属(ここではAl または Mg )で置換した化合物。
Science, this issue p. 267

C-FおよびS-Fの結合破壊のX線投影図 (An x-ray view of C–F and S–F bond breaks)

X線吸収分光法は、分子反応における元素固有の動態の有用な探査法である。しかしながら、シンクロトロンのような高価な専用施設以外では、それに必要なX線束が得られることはめったになかった。Pertot たちは、フェムト秒の時間分解能で、炭素K端や硫黄L端の吸収を探るX線領域まで十分に及ぶ、卓上の、レーザーに基づく高周波源を開発した。彼らは、このX線源を用いて、レーザー誘起イオン化後に、これまで把握が困難であったガス状の四フッ化炭素および六フッ化硫黄の解離の動態を追跡した。(Sk,kh,nk)

【訳注】
  • K端、L端:それぞれ主量子数 n=1、2の内殻電子に対応する、X線吸収スペクトルの吸収端。
Science, this issue p. 264

根を水密に保つ (Keeping roots water-tight)

カスパリー線は植物の根に防水機能を与え,水や無機質が無秩序に流れ込むことから根を守っている。カスパリー線が完全に働くか否かは受容体様キナーゼ SGN3に依存している。DoblasたちとNakayamaたちは今回,根の芯(中心柱)においてカスパリー線の形成を調節するSGN3のペプチド・リガンドを特定した。受容体様キナーゼ SGN3は,中心柱を取り囲む根の内皮細胞の外側を向く面に発現する。内皮層がカスパリー線で封じられると,前記ペプチド・リガンドはその受容体に達することができない。損傷あるいは拡張によって内皮層が破損すると,前記ペプチド・リガンドが受容体に達し,リグニン析出を促すシグナル伝達を活性化し,カスパリー線を支えるのである。(MY,ok,kh,kj)

【訳注】
  • カスパリー線:植物の内皮細胞の周囲を囲む、脂質ポリマー(スベリン)を含む部分。水の輸送に重要と考えられる。
  • リグニン:植物に含まれるフェノール性化合物を構成要素とする三次元高分子。セルロース繊維同士を接着し木材などの強度を向上させる。カスパリー線にも含まれる。
Science, this issue p. 280, p. 284

タンパク質折り畳みの絵の空白を埋める (Filling in the protein fold picture)

14,849の既知のタンパク質ファミリーのうちで、実験で決定された構造を持つメンバーを少なくとも一つ持っているのは1/3以下である。このことによって、構造情報をもたない5000以上のタンパク質を放置してしまっている。進化のデータから推定される残基間の接触を用いたタンパク質のモデリングは、未確認構造のモデリングを成功させたが、しかしかなりの数の配列アライメントを必要とする。Ovchinnikovたちはメタゲノム配列データを用いて、このような配列アライメントを増加させた (Södingによる展望記事参照)。彼らは、モデリングを可能にするために必要な配列の数を決定し、モデルの質を判定する基準を開発し、そして可能であれば、推測される接触を既知の構造に整合させることでモデリングを改善した。彼らの方法は、614のタンパク質ファミリーに対する質の高い構造モデルを推測し、その内のほぼ140は、新たに発見されたタンパク質の折り畳みを示している。(KU,ok,kh,kj,nk)

Science, this issue p. 294; see also p. 248

過去の海表面温度 (Sea surface temperatures of the past)

温暖期が過去の海水位にどのように影響したかを理解することは、人間活動が将来の海水位にどのように影響を与えるかを予測するために非常に重要である。Hoffmanらは、およそ12万9千年前から11万6千年前まで続いたこの前の間氷期における海表面温度の推定をまとめた。この前の間氷期における地球全体での海表面の年間平均値は150年前のものより約0.5℃高く、1995~2014年の平均値とは差がなかった。これは酔いを覚ますような主張である。なぜならばこの前の間氷期の海面高さは、現在よりも6から9メートル高かったからである。(ST,MY,kh,nk)

Science, this issue p. 276

タンパク質の運命を決定する (Deciding a protein's fate)

細胞内でのタンパク質合成は,恒常性を維持するようタンパク質分解と精巧に釣り合いがとられている。Shaoたちは,3つのシャペロンの親和性の差や結合における動力学が,尾部係留(TA)膜タンパク質の運命をどのように統制しているのか示している。シャペロンSGTAはTAタンパク質に結合し,第二シャペロンである品質管理モジュールBAG6のC末端ドメインを介して,それを迅速に第三シャペロンである標的化因子TRC40へと移して輸送を成就する。SGTAから解離したTAタンパク質はSGTAに再結合するか,あるいはより遅い速度でBAG6のN末端ドメインが結合する可能性がある。後者の場合,TAタンパク質は分解の道へと進む。この3種のシャペロンによる階層構成は,TAタンパク質においては生合成がより高い優先度を持つが,過剰な遊離TAタンパク質は分解されることを意味している。(MY,kh,kj)

【訳注】
  • シャペロン:他のタンパク質分子が正しく折りたたまれ,機能を獲得することを助けるタンパク質の総称
  • TA膜タンパク質:C末端側に1つの膜貫通領域を持ち,N末端側の領域が細胞質にある一群の膜タンパク質。TA膜タンパク質の場合,その行先は合成後にリボソームから切り離された後にTRC40により認識される
  • 標的化因子:合成されたタンパク質を行先の小胞体膜受容体へと運ぶタンパク質
  • TRC40:リボソームで合成された直後のTAタンパク質のシグナル配列を認識して小胞体へと誘導し,その小胞体膜への挿入に介在するタンパク質
  • 品質管理:正しく折りたたまれていないタンパク質を分解する細胞内の機構
  • ドメイン:タンパク質を構成するコンパクトな3次元構造の単位で、それぞれ独立な機能を持つ
Science, this issue p. 298

TNFR2を鍵掛けして卵巣ガンを殺す (Locking TNFR2 to kill ovarian cancer)

TNF(腫瘍壊死因子)リガンド群は腫瘍の増殖と進行を促進する。Torreyたちは,免疫抑制性制御T細胞や一部の腫瘍細胞で見つかるTNF受容体であるTNFR2を不活性状態に鍵掛けする抗体を開発した(ChenとOppenheimによるFocus記事参照)。TNFR2は,免疫抑制性制御T細胞や一部の不活性状態の腫瘍細胞で見つかる受容体である。これに対する抗体は,制御性T細胞の増殖を抑制した一方で,卵巣ガン患者の転移部から単離されたエフェクターT細胞の増殖を促進した。この抗体は,正常な提供者からのT細胞に対してはそれほど影響を与えなかった。このためこの抗体は,TNFRに対して現在用いられている抗体よりも特異性が高く,毒性が少ない可能性がある。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • 免疫抑制性制御T細胞:免疫応答が過剰とならないよう免疫応答の抑制的制御を司るT細胞の一種
  • エフェクターT細胞:免疫系を活性化するT細胞で,ヘルパーT細胞や細胞障害性T細胞が含まれる
Sci. Signal. 10, eaaf8608, eaal2328 (2017).

対として作用する (Working as a pair)

酵素は、化学反応を促進する足場を提供する。酵素の活動力は、その酵素が反応物と生成物との間の遷移状態を取り出すことができることで、しばしば反応性を高める。Kimたちは、二量体の酵素であるフルオロ酢酸脱ハロゲン酵素における活動力の役割を調べた (SalehとKalodimosによる展望記事参照) 。彼らは、二つのプロトマーが非対称であり、その内の一方のみが、同時に基質に結合できることを見出した。非結合プロトマーは、相手方のエントロピー損失を補償するためにより活動的になることで触媒作用に寄与した。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • プロトマー:会合体(ここでは二量体)を形成する単位である単量体、或いはサブユニット
Science, this issue 10.1126/science.aag2355; see also p. 247

類臓器研究の倫理 (Ethics of organoid research)

機能するヒトの皮膚や内臓の培養は、再生や修復に大いに必要とされる素材を提供するかもしれない。新しい技術はこの方向に我々を連れて行っている。再生医療におけるこれらの使用に加えて、類臓器として知られている内臓に近似した構造へと成長し姿を変える幹細胞は、薬品開発や毒性試験で使用することが可能である。この潜在的な発展性や将来性は多方面にわたり、生体臨床医学だけではなく、動物実験・胎芽や胎児に関する研究・倫理評価そしてインフォームド・コンセントのような、倫理学的議論が現在進行中の分野にも影響を及ぼす。Bredenoordたちは、類臓器が現在の倫理学的議論にどのように影響を及ぼし、新しい倫理的ジレンマや職業的責任の議論をどのように引き起こすのかについて、報告している。(Uc,MY,kh,kj,nk)

Science, this issue 10.1126/science.aaf9414

染色体の混乱と腫瘍の持つ免疫 (Chromosomal chaos and tumor immunity)

ガン免疫療法は,一部の患者だけにしか持続性のある臨床効果を作り出さない。臨床効果と相関する腫瘍の特徴を同定することは,ガンを予測する生体マーカーにつながり,また,原因機構に光を当てるかもしれない。Davoliたちは,大きな異数性(染色体や染色体セグメントの数が極めて異常であること)を持つヒト腫瘍では,腫瘍の破壊を担う免疫細胞の標的となる分子マーカーの発現が少ないことを見つけた。彼らは,臨床治験データを過去に遡って分析する中で,異数性のひどい黒色腫の患者が,より正常な核型を持つ腫瘍の患者よりも免疫チェックポイント遮断療法の恩恵をより受けにくい傾向にあることも見出した。このように,異数性は腫瘍が免疫系をうまく逃れる能力を高めように見える。(MY,kh,kj,nk)

【訳注】
  • 核型:生物の染色体の形を,常染色体を長さの順に,最後に性染色体を並べて表示した図
  • 免疫チェックポイント遮断療法:ガンの持つ免疫系を抑制する仕組みを解除できる薬剤を用い,免疫を活性化してガンを攻撃する療法
Science, this issue 10.1126/science.aaf8399

変形はヌクレオソームの滑りに力を与える (Deformation powers the nucleosome slide)

DNAは真核生物ではヌクレオソーム上に巻かれてパッキングされている。転写制御因子やその他のタンパク質がDNAに接近するために、ヌクレオソームは邪魔にならないようどかされるか、バラバラにされるのではなく「再構成」されなければならない。ヌクレオソームは、ヒストン・タンパク質八量体から成り、この巻き芯は一般にかなり強固だと考えられてきた。Sinhaらは核磁気共鳴とタンパク質架橋法を用い、ヌクレオソームを再構成する酵素複合体の1つであるSNF2hが、ヒストン八量体を歪めることができることを示した(FlausとOwen-Hughesによる展望記事参照)。この複合体にとってヌクレオソームを邪魔にならないよう滑らせるには、ヌクレオソームの変形が重要だった。(Sh,MY,kh,kj)

Science, this issue 10.1126/science.aaa3761; see also p. 245

トランジスタ小型化の動き (Moving transistors downscale)

シリコン技術を基盤とする相補型金属酸化膜半導体(CMOS)素子の性能を広げる1つの選択肢は,CMOSのゲートに半導性のカーボン・ナノチューブを用いることである。Qiuたちは,ゲート長5nmのトップ・ゲート型カーボン・ナノチューブ電界効果トランジスタを製作した。薄いグラフェンの電気的端子を用いることで静電的制御が維持できた。微細化研究によって,ナノ・チューブに基づく素子はシリコンによるCMOSと比べ,はるかに高速で,またずっと低い電源電圧で動作し,極限の開閉動作当たり1電子に迫ったことが明らかとなった。(MY,kh,kj)

Science, this issue p. 271

差し迫った霊長類絶滅 (Impending primate extinction)

マウンテンゴリラのような象徴的な霊長類種が絶滅の危機に瀕している。Estrada たちはレビュー記事の中で、新熱帯区における504種の霊長類のうち、75%の種の個体数が減少しており、60%に絶滅が迫っていると報告している。この暗い見通しは、生息地の喪失、野生動物狩猟、闇取引き、気候変動を含む、人為的影響に大きく起因している。いま、行動が緊急に必要である。なぜならば、人類との類似・共通の進化の歴史を超えて、 生態系適応様式、地域の伝統的知識、そして経済において重要な役割を果たしていながら、正当な評価を受けていない多くの理由の故に、霊長類が重要なためである。(Wt,MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1600946 (2017).

低分子ペプチド類が急速な応答を可能にする (Small peptides allow rapid responses)

植物中の低分子ペプチド類ファミリー、RALF(rapid alkalinization factor)は、急速に変化する条件に対する応答において生産される。Stegmannらは、シグナル伝達ネットワークに組み込まれている敏捷性や多様性について研究した。RALF23やその同族のRALF33のような幾つかのRALFはタンパク質分解開裂によって活性化される。RALF32のような他のものはそうではない。RAL23とRALF32は、病原体による免疫応答誘発後に呼び起こされる。一方、RALF32は幼植物生長を調節する。これらの3つのRALF全てが、同一の受容体キナーゼを使用していて、シグナル伝達における他の構成要素との相互作用が可能である。このように、植物応答はペプチド類の急速放出により微調整可能である。(NA,MY,kh)

Science, this issue p. 287

技術を用いて汚職を撃退する (Using technology to beat corruption)

社会的セーフティネットのプログラムは、インドなどの発展途上国で19億人以上の人々を助けている。しかし、汚職のために、金銭や商品の多くはそれらを必要とする人々に届いてはいない。低品質の米でさえ、配布前に盗まれる危険がある。展望記事の中で、Hanna は、インドの勤労福祉や収入支援プログラムにおける現金送金に対し、バイオメトリック・スマート・カードの利点を強調した最近の研究について論じている。スマート・カードは、本物の受取人だけが支払いの受け取りが可能であることを保証しており、その結果、汚職は大幅に減少した。他の研究は、現金給付に対して情報技術を用いることは、手元資金に対してより管理可能となるため、とりわけ、女性に有益であることを示している。(Wt,kh,kj)

Science, this issue p. 244