AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 2 2016, Vol.354

新しい粒子はどのように作られるのか? (How new particles form)

大気中における新たなエアロゾル粒子の形成は、雲粒の源となる雲凝結核のほぼ半数を生成する。このようなエアロゾル粒子は雲の特性と世界規模での放射収支に重大な影響を及ぼしている。Dunneらは、CERN(欧州原子核研究機構)の CLOUD(Cosmics Leaving Outdoor Droplets)と呼ばれる実験装置を用いて、実験室で測定された核形成速度を基にエアロゾル形成モデルを構築した。筆者らは、ほぼすべての核形成においてアンモニアあるいは生物由来の有機化合物が関与していることを見いだした。さらに、今日の大気中では、核形成による気候変化に、宇宙線の強さは大きな影響を与えることはない。(NK,KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1119

分子ガスから形成される大質量銀河 (A massive galaxy forming from molecular gas)

最大級の大質量銀河は、より小さな銀河の合体とガスの降着により星を増やす。このガスは次に、星形成により消費される。Emontsたちは、初期の宇宙で形成過程にあった大質量銀河で、100億年以上前の姿が今日見えている Spiderweb Galaxy を研究した (Hatchによる展望記事参照)。一酸化炭素の電波観測は、その銀河の周りに大量の分子ガスがあることを明らかにした。そのガスは銀河の合体に伴って供給されたのではなく、より 初期の銀河形成で一度恒星となった後に再放出されたものらしい。(Wt,KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1128; see also p. 1102

干渉を競う (Running interference)

インターロイキン2(IL-2)はいろいろな型のT細胞の受容体に結合する。腫瘍細胞を殺すことができるCD8陽性T細胞は,2つのサブユニットを有するIL-2受容体を持っている。IL-2がこの受容体に結合すると,T細胞の活性化を促す。対照的に,制御性T細胞は抗腫瘍免疫応答を弱める。制御性T細胞は型の異なるIL-2の受容体を発現しており,この受容体は,通常の2つのIL-2結合サブユニットに加え,CD25と呼ぶIL-2結合サブユニットを含んでいる。CD25はIL-2と強く結合するが,T細胞応答を活性化しない。Arenas-Ramirezたちは,CD25を遮断できる抗体を開発した。IL-2とともにこの抗体を送達することで,IL-2はCD8陽性T細胞のIL-2受容体へ特異的に結合し活性化が出来,そしてCD25の遮断で制御性T細胞の干渉なしに抗腫瘍免疫応答を促進することができた。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • インターロイキン2:抗原刺激を受けたT細胞より分泌され,免疫調整機能に関わるタンパク質
  • 制御性T細胞:過剰な免疫応答を抑制する機能を持つT細胞の一種
Sci. Transl. Med. 8, 367ra166 (2016).

特有の結びつきで輝く光 (Shining light on a peculiar coupling)

トポロジカル絶縁体に関しての長年にわたる予測の一つが、物質の磁気および電気特性間の結びつきを意味する、電気磁気効果である。この結びつきのおかげで、トポロジカル絶縁体内部のマクスウェル方程式は修正され、いわゆるアクシオン電気力学になる。Wuたちはテラヘルツ(THz)時間領域分光法を用いて、Be2Se3薄膜において、これらの異常な電気力学の証拠となる特徴を観察した。彼らは、この薄膜を通過した後のTHz光の偏光のわずかな変化を検出し、その磁電気の結びつきの予想される量子化を確認した。(Sk,kh,nk)

【訳注】
  • トポロジカル絶縁体:内部は絶縁体でありながら、トポロジー的秩序の効果によって,表面が電気を通す物質
  • アクシオン:量子色力学でその存在が期待されている仮説上の未発見の素粒子
Science, this issue p. 1124

グリア細胞は痛みをひき起こす (Glial cells contribute to pain)

痛覚過敏症は、最初の損傷を囲む傷ついていない身体領域に即時に伝播する可能性がある。時には体の反対側の部位や広い領域に広がり、広範な痛みを引き起こすこともあり得る。Kronschlgeretらは、痛覚過敏症のその広がりを説明できる脊髄のシナプス可塑性の形態を発見した。この可塑性はグリア細胞の活性化によって誘発された。この痛覚過敏症はグリオトランスミッターに仲介されて広範に拡散し、脳脊髄液にまでさえも生物学的に有意な濃度で到達する。(Sh,kj,kh,nk)

【訳注】
  • シナプス可塑性:神経回路が刺激により機能的、構造的変化を起こすこと
  • グリオトランスミッター:グリア細胞が分泌する生理活性物質。グルタミン酸、GABA、グリシン、D-セリンなど。
Science, this issue p. 1144

ジカ・ウイルスが逆上する (Zika virus is fit to be tied)

ジカ・ウイルス (ZIKV)は、胎児の小頭症やギラン・バレー症候群と関連づけられていた。デング・ウイルスといった蚊媒介性の他のフラビウイルスは、ウイルスの3'非翻訳領域において非翻訳サブゲノム・フラビウイルスRNA (sfRNA)をコードしており、感染中に蓄積し、病気を引き起こす。Akiyamaたちは、ZIKVもまた、感染細胞中で宿主のエキソヌクレアーゼによる分解に抵抗する sfRNAを産生することを報告している。著者たちは、X線結晶解析によりZIKVの sfRNAの一つの構造を解明し、その構造中のマルチ・シュードノット(多偽結節)構造がエキソヌクレアーゼ抵抗性の根幹であることを見出した。(KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • エキソヌクレアーゼ:核酸配列の外側から分解する酵素(エンドヌクレアーゼは内部から分解する)
  • シュードノット構造:一本鎖RNAが形成する二次構造の一つ(ステム構造、ループ構造、シュードノット構造)
Science, this issue p. 1148

造血幹細胞を維持する方法 (How to maintain hematopoietic stem cells)

血球新生は、身体に血液細胞の絶えざる供給を行う (Sommerkamp and Trumppによる展望記事参照)。Tayaたちは、アミノ酸含有量が、試験管内と生体内で造血幹細胞 (HSC)の維持に重要であると報告している。マウスにアミノ酸バリンを抜いた食事を与えると、骨髄の局部環境に、造血幹細胞の移植に好適な、 HSC が「空」の状態が実現されるらしい。Itoたちは単一細胞でのアプローチと細胞移植を用いて、HSC階層の分類体系で HSCのサブセットを同定した。頂上造血幹細胞の自己複製は、細胞の代謝状態を維持するための品質管理プロセスであるマイトファジーの誘引に依存していた。二つの研究は、臨床での骨髄移植の改善に役立つかもしれない。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • マイトファージ(mitophagy):自己のミトコンドリアを分解、貪食する細胞現象
Science, this issue p. 1103, p. 1152; see also p. 1156

暗号を変えることで保護する (Protecting by changing the code)

弱毒化生ワクチンは大変効き目が高いことがあるが,病原型へ逆戻りする可能性がその使用を制限している。Siたちはこれを回避するために,A型インフルエンザ・ウイルスの遺伝子暗号を拡張した。彼らは,この拡張遺伝子コドンでこれらのインフルエンザ・タンパク質を発現できる翻訳改変細胞系を用いて中途終止コドン(PTC)をコードするよう変異させたウイルスを増殖させた。PTCを含有するウイルスは,通常細胞中で自身を複製できないにもかかわらず,免疫原性が高く,インフルエンザの感染からマウス,モルモット,フェレット(イタチ科の小動物)を守った。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 遺伝暗号の拡張:タンパク質へ部位特異的に非天然型アミノ酸を導入すること
  • 中途終止コドン:遺伝子配列の途中にタンパク質の生合成を停止させるコドンが存在する状態。この存在により,対応するタンパク質の産生が妨げられる
  • 免疫原性:免疫反応を誘導する抗原の性質のこと
Science, this issue p. 1170

ループスにおける過敏な抗ウイルス応答 (Overactive antiviral responses in lupus)

ウイルスRNAの検出は、ミトコンドリアの抗ウイルス性シグナル伝達 (MAVS)タンパク質の二量体形成をもたらし、それがI型インターフェロン (IFN)の生成に導く。Buskiewiczたちは、ウイルスの非存在下での MAVSの二量体形成が、ループス疾患を重症化する一因となることを見出した。ミトコンドリアの活性酸素種 (ROS)は、非感染細胞においても MAVSの二量体形成とI型IFNの生成を誘発した。ループス重症度の低下と関係する、MAVS C79F変異体は ROSに応答しての二量体形成をせず、そしてこの変異体を発現する細胞は、I型IFNの生成が少なかった。(KU,kj,nk)

【訳注】
  • ループス(lupus):自己抗体を産生し、全身性の臓器障害を起こす自己免疫疾患
Sci. Signal. 9, ra115 (2016).

多様な免疫系における共通論理 (Shared logic in diverse immune systems)

植物と動物双方の自然免疫系は,病原体由来の分子を認識し,防御応答を刺激する能力に左右される。Jonesたちは,それほどかけ離れた生物界で,類似した分子により共通の機能が成し遂げられているかを概説している。自然免疫の認識系は迅速に感知するよう作られ,モジュール様式で構成される。そのような特色を理解することは,病気防御を広げることに対してであろうと,新規な信号応答回路を構築することに対してであろうと,合成生物学を通じて新規な経路を作るのに役立つかもしれない。(MY,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 10.1126/science.aaf6395

私を縛り上げ、切れ (Tie me up, cut me down)

グループ IIイントロンは、生命の全てのドメインで見出された可動性遺伝因子である。それは巨大なリボザイムで、宿主RNAから自らを切り取ることができる。Costaたちは、その分岐した高次構造における切り取られたグループ IIイントロンの構造を決定した。この高次構造は、核内RNAの転写物のスプライシングの際に見られる分岐した「投げ縄」に相当する。この投げ縄高次構造は、逆スプライシング反応にたいするグループ II活性部位の組立を助ける。スプライスソームによるスプライシングでの投げ縄構造はまた、メッセンジャーRNAのイントロン除去の第2ステップにおいても類似の役割を持つのかも知れない。(KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • グループ IIイントロン:自己スプライシングし、逆転写酵素をコードする領域がある
  • リボザイム:触媒として働くRNAのこと
Science, this issue p. 10.1126/science.aaf9258

酸の輸送のフレームごとの光景 (Frame-by-frame view of acidic transport)

酸性溶液における水素イオンは、一つの水分子から次へと絶えず跳びまわる。、跳躍の間で、どの程度水素イオンが Eigen構造(H+(H2O)4)における一個の水分子にほとんど固着しているのか、或いは Zundel構造(H+(H2O)2))における水分子2個を架橋しているのかに関して、議論が長い間続いた。この疑問を直接的に調べることは困難であった。それはバルクな酸性水溶液のスペクトルにおける特徴的な振動バンドが非常に幅広いためである。Wolkeたちは、塩基性が次第に増加する一連の水素結合アクセプターに結合した重水素化した Eigenクラスター、D+(D2O)4のプロトタイプを研究した (Xantheasによる展望記事参照)。このクラスターはその振動スペクトルにおいて鋭いバンドを示し、Zundelに似た構造に向けて着実に展開するゆがみを顕著にし、更なる研究に向けての方向を示している。(KU,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1131; see also p. 1101

注意によって局所的な脳活性が変化する(Attention changes local brain activity)

覚醒と脳の神経細胞活性の間には、周知の相関がある。しかしながら、これらの一般的な効果が、どのようにして局所的な規模に反映されるのかは不明であった。Engelたちは、活動するサルのより高次の視覚野からの信号を記録し、皮質状態の揺らぎの新たな動作原理を発見した。特殊な種類の電極により、皮質の状態変化が、新皮質の全層にわたって神経細胞の興奮性に影響を与えることが明らかになった。動物が刺激に接した場合、活発な棘波状態はより長くなり、微弱な棘波状態はより短くなった。これらの状態は、局所的な電場電位のゆらぎと相関していた。状態変化の精緻な計算モデルは、神経細胞の応答性の二状態モデルに合致した。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 棘波(きょくは):棘のようにとがった脳波
Science, this issue p. 1140

忘れ去られた記憶を再活性化する方法 (How to reactivate forgotten memories)

高度な技術は、人の作業記憶に保持されている事柄に対する刺激表現を解読できる。しかしながら、被験者が何か他のことに関心を移すと、今や無視された事柄の神経系の表現は、その事柄が忘れ去られたかのように基底状態に落ち込んでしまう。Roseたちは単一パルス経頭蓋磁気刺激法 (TMS)を用いて、無視された事柄の表現を一時的に再活性化した。TMS の短いパルスは、「忘れ去られた」刺激の認識を増強し、無視された事柄を焦点的注意に連れ戻した。(Sk,kh,nk)

【訳注】
  • 作業記憶:情報を一時的に保ちながら操作するための記憶領域
  • 焦点的注意:ある1つの対象に注意を集中させている状態
Science, this issue p. 1136

疲労困憊のエピジェネティクス (The epigenetics of exhaustion)

がんや慢性感染症の際に、T細胞は機能不全となり、やがて「疲弊した」表現型を獲得する。免疫療法はこの状態を元に戻すことを目的にしている。慢性感染症のマウス・モデルを用いて、二つの研究が現在、疲弊したT細胞の後成的特性はエフェクターT細胞とメモリーT細胞の後成的特性とは大きく違うことを示しており、このことは、疲弊したT細胞は別の系列であることを示唆している(TurnerとRussの展望記事参照)。Senたちは、疲弊したヒトT細胞にも保存されている、特異的なエンハンサーの機能モジュールがあることを特定した。Paukenたちは免疫療法後の疲弊したT細胞の後成的特性を調査した。そこには転写再構成があったが、疲弊した細胞は二度とメモリーT細胞の表現型を獲得しなかった。このように後成的調節は免疫療法の成功を制限してしまうかもしれない。(Uc,KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • エピジェネティクス(epigenetics):epigenesis(後成説)とgeneticsの合成語で、DNA配列の変化を伴わずにDNAの複製や細胞分裂を経て継承される遺伝子機能の変化等を研究する学問分野
Science, this issue p. 1104, p. 1165; see also p. 1160

コウモリはどのようにウイルスを蔓延させるのか (How bats spread viruses)

コウモリは,狂犬病やエボラのような多数のウイルスを持ち運び,それらのウイルスを人に感染させることがある。展望記事でHaymanは,オスの吸血コウモリが,ペルーでの狂犬病の分散や伝染に極めて重要であることを示す最近の遺伝子研究に光を当てている。狂犬病は非近縁種間より近縁種間でより多く伝染する。狂犬病以外の多くのコウモリ-ウイルス系に対して,ウイルスが種内や種間でどのように伝染するのかについてほどんど知られていない。困難ではあるが,狂犬病やそれ以外のコウモリ-ウイルス系に対する更なるこのような研究が,公衆衛生活動の情報提供に必要とされる。(MY,nk)

Science, this issue p. 1099

SLE-Pingプラークを寝かせる (Letting SLE-Ping plaques lie)

自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス (SLE)患者は、健常人よりも粥状動脈硬化をより発生しがちである。Smithたちは、インバリアント・ナチュラルキラー T (iNKT)細胞が、免疫応答と脂質の両者へのその結びつき故に、このプロセスに寄与していると仮定した。著者たちは、無症候性プラークのある SLE患者 (SLE-P)からの iNKT細胞が、プラークの無い SLE患者のそれよりも Th2サイトカイン・インターロイキン4をより多く産生することを見出した。この SLE-P iNKT細胞は、脂質組成の変化と単球のマクロファージM2表現型への分化と関係していた。このように、SLE-P iNKT細胞は脂質と免疫応答の変化につながり、SLE患者における循環器疾患の発生に寄与しているのかもしれない。(KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • プラーク:動脈硬化などの血管壁に見られる塊・斑点のこと
Sci. Immunol. 1, eaah4081 (2016).