AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 25 2016, Vol.354

もっと健康になりたい?では汗を採取なさい (Better health? Prepare to sweat)

ウエアラブル技術による脈拍・消費カロリーや歩数の計測は、通常の健康状態を記録する人気のある方法である。Kohたちは汗を収集し分析する柔軟な微小流体装置を開発することによって、一歩先をいくウエラブル技術を獲得している。その装置は、制御された自転車走行試験の際、肌に装着されている間、色彩表示と統合スマートフォンによる画像取り込みが、汗のpH・乳酸塩・グルコースそして塩化物イオン濃度を検知した。結果は従来の分析に匹敵しており、この装置は野外の耐久自転車レースの間も機能を保っていた。このような微小流体装置は運動や戦闘訓練の間に使用したり、涙・唾液や他の体液を試験するよう改造できるかもしれない。(Uc,kj,kh,nk)

Sci. Transl. Med. 8, 366ra165 (2016).

巨大地震は平らに進む (Mega-earthquakes go the flat way)

沈み込み帯でのメガスラスト(巨大衝上断層)は、巨大で大きな災害をもたらす地震を引き起こす。Bletery たちは、沈み込み帯の、ある特定の幾何学的な特徴が、地震の大きさに関係していると論じている。鍵となるパラメータは、メガスラストの曲率である。大きな地震は、沈み込み帯スラブ (岩盤)がより平らなところで発生する。これは、将来、巨大地震が発生する可能性のある場所を推定するためのおおよその指標を与えてくれる。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. 1027

ナノ粒子の歪みを調整する (Tuning nanoparticle strain)

不均一系触媒における金属の触媒活性は、歪みを加えることで変更することができる。歪みは結晶格子間隔を変化させ、金属の電子特性を変化させる。Wang たちは、リチウム電池の正極材料であるコバルト酸化物の粒子が、どのように充電で膨張あるいは収縮し,吸着した白金ナノ粒子に歪みを転移できるのかを示している。燃料電池に用いられる酸素還元反応に対し、圧縮歪みは活性を90%増大させ、引っ張り歪みはそれを40%減少させた。(Sk,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1031

炭素-ケイ素結合に命を吹き込む (Bringing carbon-silicon bonds to life)

ケイ素を含有する有機化合物は,高分子から半導体に至る多くの応用に重要である。しかしながら,炭素-ケイ素結合の生成に用いられる触媒は,しばしば,値の張る希少金属を必要としたり,寿命が限られたりする。稀にしか見られないカルベン挿入反応を触媒するある種の金属酵素の持つ能力を借り,Kanたちはヘム・タンパク質を触媒に用いて,さまざまな条件や基質にわたって炭素-ケイ素結合を作った(KlareとOestreichによる展望記事参照)。Rhodothermus marinusからのシトクロムcを用いた指向進化実験により,ヘム・タンパク質を用いた反応の効率が工業触媒よりも15倍向上した。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • カルベン:非イオンで,価電子を六個しか持たない二配位の炭素, あるいはそのような炭素を持つ化合物
  • Rhodothermus marinus:アイスランドの熱海底で発見された好熱性細菌。世界の様々な地域に分布する
  • ヘム・タンパク質:2価の鉄原子とポルフィリン(有機化合物)から成る錯体で,赤血球やシトクロムcなどに含有され,その機能の中心的役割を果たしている
  • 指向進化法:タンパク質を符号化している遺伝子にランダムな変異を導入し,発現したタンパク質から効率の優れたものを選び出す方法。ここでは,ヘム鉄の配位空間周囲の幾つかのアミノ酸に注目し,そこにランダム変異を導入して選択する方法が用いられている
Science, this issue p. 1048; see also p. 970

記憶をストレスから守る (Protecting memories from stress)

ストレスが記憶の想起に悪影響を与えることは、広く受け入れられている。しかし、特殊な学習法でこの効果を弱めることが可能である。Smith たちは、ストレスがかかった直後に記憶力が試験された場合、ストレスの影響が減少することを発見した。さらに、被験者たちが、模擬試験を含む極めて効果的な学習法を用いて新規な題材を学習した場合にもまた、彼らの記憶は、ストレスのマイナス効果から守られた。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 1046

低リン血症においてリガンドを標的にする (Targeting the ligand in hypophosphatemia)

慢性腎疾患患者は、循環するFGF-23(線維芽細胞増殖因子23)を過剰に持つことがある。これは、循環性リン酸塩過少(低リン酸血症)と骨軟化障害のくる病をもたらす。 利用可能なFGF-23の受容体標的分子は臨床的に有用ではないため、XiaoらはFGF-23とリガンド結合を行う化合物の発見を試みた。彼らが見つけた最良の化合物はFGF-23の血清中濃度を減少させ、マウス・モデルにおいて低リン血症を部分的好転に導いた。 このように、受容体よりもむしろリガンドを標的とすることは、低リン血症の治療上の選択肢となり得る。(Sh,kh,nk)

Sci. Signal. 9, ra113 (2016).

社会的地位がサルの免疫機能を変更する (Status alters immune function in macaques)

アカゲザルは,社会階層の占める位置に基づき様々なレベルのストレスを経験する。ストレスがどんなふうに免疫機能に影響するのか調べるため,Snyder-Macklerたちはアカゲザル個体の社会的地位を操作した(Sapolskyによる展望記事参照)。社会的地位は,免疫細胞の数から遺伝子発現まで,複数のレベルで免疫系に影響を与え,感染応答モデルの信号伝達経路を改変した。サルたちは可塑的で適応的な免疫応答を持ち,そこでは社会的従属が炎症反応を促進し,一方,社会的地位の高さが抗ウイルス応答を増進する。(MY,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1041; see also p. 967

完璧な原子配列を作る (Making perfect atomic arrays)

原子の配列は有用な量子情報資源の可能性がある。しかしながら、原子を配列に載せることは一般には確率過程であり、不完全なものになってしまう。今回、2つのグループが原子を欠陥なく配列へと組み立てることを成し遂げた(Regalの展望記事参照)。研究者たちは、まず確率的に原子を載せ、その系の像を取得した。その後、原子を空孔に運んで回り、完全な配列を作製した。Barredoらは2次元の配列を扱い、様々な空間配置を作り出した。Endresらは一本の線に沿って原子を操作した。これら2グループの技術は、原子をさらに冷却し、原子間に相互作用を生成することで、量子シミュレーションにも使えるかもしれない(NK,MY,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 972, p. 1021; see also p. 1024

開け,ゴマ! (Open sesame!)

オートファゴソームは,損傷あるいは用済み小器官の処分に関与する,細胞内の二重膜構造体である。オートファゴソームの形成には,多くのオートファジー関連(ATG)タンパク質を必要とする。その中でも,重要な結合系であるATG8とATG12は,多くの生物体におけるオートファジーの検知に広く利用されている。しかしながら,オートファジーにおけるその正確な機能は不明のままである。Tsuboyamaたちは,リソソームとの融合後に,オートファゴソームの内膜が効率的に分解し,開口する上でのATG3( ATG 結合系における重要な酵素)の予期せぬ役割を発見した(Levineによる展望記事参照)。彼らの生体映像システムは,哺乳類の細胞におけるオートファゴソームの一生を明らかにした。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • リソソーム:真核細胞内に存在する小器官の1つで,生体膜につつまれた構造を持ち,細胞外から取り込んだ高分子化合物や,細胞内の高分子化合物の分解を担う
Science, this issue p. 1036; see also p. 968

ヒト発生のデジタル復元 (Digital reconstruction of human development)

ヒト発生の詳細な形態は、科学者たち及び医学分野の両方の興味をそそってきた。しかしながら、検体の不足から、組織構造の詳細な対応付けが困難である。更に、ヒト発生の記述における不正確さが、ヒトへ外挿される動物モデルの観察から、教科書に入り込んだ。器官の成長や相対的な配置といった、 正常な発生過程と基本形を対応付けすることで、先天的異常をよりよく理解することが出来る。de Bakkerたちは、妊娠初期の2ヶ月間に及ぶ組織学的に区分けされたヒト胚のカーネギー・コレクションに基づく対話型3次元デジタル復元画像を作成した。この対話型モデルは、正常発生と異常発生に対する教育的かつ科学的な資料として役立つであろう。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • カーネギー・コレクション(Carnegie collection):1887年ドイツで開始されたヒト胚の収集とその分類に関する世界的標準
Science, this issue p. 10.1126/science.aag0053

細胞の再プログラムには環境が大事 (For cell reprogramming, context matters)

培養皿での分化細胞は、4つの転写制御因子を発現するよう操作すると細胞に新たな独自性を付与することができる。この「再プログラム」処理は、多分に組織再生に対する治療方法として利用できる可能性があるために、人々に強い関心の火花を灯した。Mosteiroたちはマウス・モデルを用いて、生体内で細胞の再プログラムを促進する信号を調べた。彼らは、試験管内で再プログラムを誘発する因子が、生体内でも同じことをするのを見出した。しかしながら、その因子はまた、細胞損傷をも引き起こす。損傷した細胞は老化状態に入り、そしてインターロイキン-6と呼ばれる炎症性サイトカインを含めて、再プログラム促進するいくつかの因子を分泌しはじめる。このように、老化を起こす生理的状況において、細胞老化は、隣接する細胞の再プログラムを有利にする組織内環境を創るのかもしれない。(KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 10.1126/science.aaf4445

蚊からのウイルス脅威の増加 (Increasing viral threats from mosquitoes)

デング、ジカ及び黄熱といったウイルス性疾患は、ネッタイシマカによって伝染される。展望記事においてPowellは、この昆虫の近年における世界的な分布の変化と遺伝的特徴の変化について光を当てている。ネッタイシマカの二つの主要な遺伝的亜型は、歴史的にその繁殖と吸血相手選好度において異なり、そして地理的には異なる領域で見い出されてきた。しかしながら、この二つの亜型は今日、いくつかの場所で雑種を作り、新たな地域に拡がりつつある。これらの変化は、免疫防御を持っていない広範囲のヒト集団に感染の危機をもたらしつつある。(KU,MY,kh,nk)

Science, this issue p. 971