AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 18 2016, Vol.354

火山による地震破壊の終結 (A volcanic end to an earthquake)

危険で活発な阿蘇火山群が、2016年4月に日本を襲ったマグニチュード7.1の熊本地震の破壊を早めに止めた。Lin たちは、断層破壊が、阿蘇カルデラの真下で停止したことを見出した。断層のズレは、岩石が冷たく脆い状態から、より液状のドロドロのマグマ状態に変わる場所で終わっていた。この特徴的な例は、岩石の特性の急激な変化が、どのように断層破壊を終わらせ、地震の規模に上限を設けることができるのかを示している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 869

高速の明順応が生産性を改善する (Faster light adaptation improves productivity)

作物は,光エネルギーの幾分かを熱として散逸することで過剰太陽光から自身を保護し,それより日の陰る条件が勝る時には,自身の機構を調整し直す。しかしながら光合成機構は,雲が上空を素早く通り過ぎるのと同じくらい速く変動する光条件には順応せず,最適な光合成効率とならない。Kromdijkたちは,キサントフィル・サイクルのビオラキサンチンとゼアキサンチンの相互変換を速めることや,光化学系Ⅱサブユニットの量を増やすことで,順応過程の速度を上げた。この機構を用いて試験されたタバコは,自然条件にした農場で生物量生産が約15%増大した。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • キサントフィル・サイクル:植物が過剰光の場合,集光色素系の補助色素である3種のキサントフィルが集光効率の低い側に変換され,弱光になった際は集光効率が高い側に変換される機構。3種の補助色素のうちビオラキサンチンが最も集光効率が高く,ゼアキサンチンが最も低い。
  • 光化学系Ⅱ:光エネルギーを吸収して葉緑素が励起され,それにより水分子が分解されて電子が引き出される,光合成系における最初の過程
Science, this issue p. 857

動的メタボロンによる代謝産物の受け渡し (Metabolite channeling by a dynamic metabolon)

特殊化した代謝産物,デュリン(シアン配糖体の1種)は,植物の細胞壁がかみ砕かれるとシアン化物へと分解し,害虫を抑止する。Laursenたちは,モロコシにおいてデュリンを合成する酵素が,脂質膜中でメタボロンとして集合していることを見出した(DsatmaichiとFacchiniによる展望記事参照)。メタボロンの組立てと分解の動的な性質が,必要に応じたデュリンの供給を行っている。膜に固定されたシトクロムP450が,グルコシル基転移酵素と連携し,効率的なデュリン生成に向かって中間体を受け渡した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • メタボロン:細胞内で代謝経路を構成する酵素群が集合して形成される酵素複合体。この形成で代謝経路酵素間で代謝中間体が速やかに受け渡され、代謝中間体が細胞中に拡散することなく、代謝反応が効率良く進行する
  • シトクロムP450:デュリン合成において,その過程の一部の反応を触媒するとともに,メタボロン形成の足場を担う酵素タンパク質
Science, this issue p. 890; see also p. 829

BTXの性質のプラスとマイナス (Pluses and minuses of BTX behavior)

バトラコトキシン(BTX)は、絶滅の危機に瀕したコロンビアの矢毒蛙によって生成される強力な神経毒であり、電位開口型ナトリウム・イオンチャネル (NaV)の作動剤である。Loganたちは、 スズ水素化物を用いたラジカル環化反応を利用して多環式構造を繋ぎ合わせることで、(-)-BTXと記したこの分子の化学合成を開発した。類似の反応経路を用いることで、彼らはまた、天然には存在しない鏡像体 (+)-BTXをも合成した。天然物とは逆に、(+)-BTXはNaVを阻害した。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 865

液晶パターンによる交通誘導 (Directing traffic with patterns)

バクテリアのような生物学的個体は、周囲環境に応答してその運動を方向づけることができるが、これは通常、規模の大きな様式あるいは集団行動にまでには至らない。Pengたちは液晶の配向秩序化が、自力で進むバクテリアの流れを方向づけることができ,これが次に液晶分子の作る配向傾向に影響を及ぼすことを見出した。基板上のパターンは、液晶の表面固定化を引き起こし、これがバクテリアの秩序化に伝わり、このようにしてさもなければ無秩序で均衡とはかけ離れたふるまいを規制した。(Uc,MY,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 882

メチル化による寄生DNA阻止闘争 (Combating parasitic DNA by methylation)

DNAメチル化は、ゲノムに侵入した転移因子などの「寄生する」DNA発現の抑制に重要な役割を果たす。哺乳動物は3種のDNAメチル基転移酵素を保有する。Barauらはマウスにおいて第4のDNAメチル基転移酵素を発見した。酵素DNMT3Cは、DNMT3Bの重複であり、雄性生殖細胞に見出される。そこでその酵素は, マウス・ゲノム中にすごい量の繰り返しがある侵入してきて間もない若いレトロトランスポゾンを標的としている。DNMT3Cは、この若いトランスポゾンをメチル化および抑制し、雄の生殖能を保存する。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • トランスポゾン:細胞内でゲノム上の位置を転移またはそのコピーをばらまくことができる塩基配列
Science, this issue p. 909

タウ・タンパク質のリン酸化がすべて悪いわけではない (Tau phosphorylation—not all bad)

アルツハイマー病はアミロイドβ (Aβ)斑とタウ・タンパク質のもつれを呈する。この分野における通説は、Aβがタウのリン酸化を誘発し、それが次に神経細胞の機能障害を仲介するというものである。アルツハイマー病のマウス・モデルの研究から、Ittnerたちは初期アルツハイマー病において、タウの保護的役割の証拠を見出した。この保護には、受容体側シナプス(ポスト・シナプス)におけるスレオニン205での特異的タウのリン酸化が関与している。アルツハイマー病におけるリン酸化されたタウの保護的役割は、タウのリン酸化が単に毒性プロセスを仲介するだけであるという定説に挑戦するものである。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 904

マラリアの根絶に向けて (Toward malaria eradication)

マラリアを予防する方法はわかっているが、我々はこの有害な病気をいまだ排除できていない。Bellingerらは、抗マラリア薬の持続的な送達を提供する管理が容易なデバイスを設計した。星形の薬物含有材料がカプセルに包装される。飲み込むと胃の中でカプセルが溶解し、星形の物体が開き、それは腸の方向へそれ以上下ることができない形状をとる。星形の物体は抗マラリア薬を数週間供給するが、最終的には崩壊し、体から無害に流れ出す。(Sh,MY,kj,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 365ra157 (2016).

自己免疫を疲弊させる (Exhausting autoimmunity)

1型糖尿病といった自己免疫疾患の場合に、所謂「疲弊」T細胞が疾病を止める解答となるかもしれない。Longたちは、CD3に対する単クローン抗体である teplizumabで治療された1型糖尿病患者において最も良かった応答が、疲弊T細胞の特徴を持つ CD8+ T細胞と関係していたことを報告している。この細胞は広範な自己抗原を認識するが、しかし生体外実験では、疲弊してない細胞よりも増殖能力は低かった。それでも、この細胞は最終的に文字通り疲弊したわけではない、つまり、免疫抑制性受容体TIGITに対するリガンドを用いて抑制をブロックすることでこのT細胞を刺激すると、免疫能が下方に制御されたレベルで活性化した。従って、T細胞の疲弊を誘発することは、1型糖尿病における強力な治療方法であるかもしれない。(KU,nk,kj)

【訳注】
  • TIGIT(T-cell immunoreceptor with Ig and ITIM domains):T細胞およびNK細胞の表面に発現するレセプターで免疫を抑制する。リガンドと結合して免疫抑制が解除される
Sci. Immunol. 1, eaai7793 (2016).

ナノ・フォトニクスへの明確な取り組み方 (A clear approach to nanophotonics)

金や銀からなるナノ粒子構造体中のプラズモン共鳴を利用すると、ナノ尺度で光を操作することができる。しかし金属により引き起こされる可視光減衰が大きいせいで、プラズモニクスの応用はほんの僅かしか実現されていない。Kuznetsovらは、どのようにしたら高屈折率誘電体ナノ粒子が金属ナノ粒子の代替になり得るかについて概説し、ナノ尺度で光を操作するための、柔軟で低損失の光通路を提供している。(NK,MY,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aag2472

集積型量子ナノ・フォトニクス (Integrated quantum nanophotonics)

量子力学の法則を利用した技術は、感度の点で古典的な装置を超える潜在的優位性を提供する。Sipahigil たちは、シリコン空孔色中心の量子光学的特徴を、ダイアモンドで作ったフォトニック結晶の空洞と結合させ、集積型量子ナノ・フォトニクスの基盤を作り上げた(Hanson による展望記事参照)。彼らは、そのようにして色中心から単一光子を発生させ、色中心の状態に対応させて空洞中の光を光学的に切り替え、空洞中に位置する二つの色中心を量子力学的にもつれさせることができた。その研究は、量子回路網の集積型基盤開発の、実行可能な道筋を提示している。(Sk,kh)

【訳注】
  • フォトニクス:光の粒子性に着目した研究や技術開発を行う光工学
  • 色中心:透明な物質中に生じた格子欠陥で、イオン結晶やガラスなどの非晶質中に局所的な電子準位が生まれ、特定の波長の光を吸収して着色して見える
  • フォトニック結晶:屈折率が周期的に変化するナノ構造体
Science, this issue p. 847; see also p. 835

COがβラクタム環の形成を先導する (CO takes the lead to make β-lactam rings)

四員環である歪んだβラクタム環は、ペニシリンや他のいくつかの薬の重要特徴構造である。Willcoxらは、パラジウムを触媒として一酸化炭素を第二級アミンにカップリングさせて、この四員環モチーフへの汎用経路を設計した。嵩高いカルボン酸配位子が、パラジウム無水物へのCOの事前取り込みを促進するらしく、次にそれにアミンが反応し、C-Hの活性化による閉環をお膳立てする。この方法は、C-H活性化がCO挿入に先行するこれ以前のスキームと比較して、基質の範囲を広げる。(NA,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 851

直列型ペロブスカイト電池 (Tandem perovskite cells)

太陽電池用の有機-無機ペロブスカイト材料の迅速加工性は、表層はより短波長を、下層は残りのより長波長の光を吸収するように調整できる、縦列型太陽電池の製作を可能にするであろう。全ペロブスカイト電池を作る上での難題は、波長域の赤色端を吸収する材料を見つけることである。Eperon たちは、赤外線吸収性のスズ-鉛混合材料を開発した。それは、それ自身で14.8%の効率を、4端子の縦列型電池で20.3%の効率を生み出すことが可能である。(Sk,MY,kj)

Science, this issue p. 861

まったくバラバラになるのを観察する (Watching it all fall apart)

金属ナノ粒子の形状と大きさの制御は、粒子の成長条件に対して非常に敏感なはずである。Ye たちは逆の過程を研究した。彼らは、電子顕微鏡の中に置いた液体セル内部の酸化還元環境において、電子線で粒子の溶解を制御しながら、金ナノ粒子の溶解を追跡した。短寿命の粒子形状の追跡から、より高いまたはより低い安定性の構造が明らかになった。その発見は、そうでなければ作り出すのが困難であったであろう粒子の大きさと形状への、速度論的道筋を示唆している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 874

Chicxulub クレーター形成に掘りこむ (Drilling into Chicxulub's formation)

Chicxulub 衝突クレーターは、恐竜絶滅へつながるものとして知られているが、また、巨大衝突構造からの岩石について研究する機会も与えてくれる。大きな衝突クレーターは、複雑クレーターの形態を定義する幾つかの「ピークリング」を有している。Morgan たちは、Chicxulub 衝突クレーターのピークリングを貫通する掘削探検活動から得られた岩石を観察した(Barton による展望記事参照)。ボーリングコアは、単一の高くなりすぎた中央丘が、多重ピークリングの構造へと崩壊したと仮定するモデルと整合する特徴を有していた。このモデルの妥当性は、この巨大衝突がどのように地球の気候を変化させたのかということから、クレーターが支配的な惑星表面の地形に至るまでの広範囲の問題に関りがある。(Wt,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ピークリング:巨大衝突孔の中心の周りの環状の山脈
Science, this issue p. 878; see also p. 836

再割り当てられた仙椎ニューロン (Sacral neurons reassigned)

自律神経系は、腸のような内臓の機能を調節する。この系の副交感神経枝分岐と交感神経枝分岐は拮抗的に作用する傾向がある。Espinosa-Medinaたちは解剖学的かつ分子的解析を用いて、仙椎の自律神経系におけるニューロンの割り当てを再評価した (Adameykによる展望記事参照)。副交感神経として以前分類された、これらのニューロンは今回、交感神経として同定される。この結果は、この二つの系がどのようにして発生したかに関する長く続いた混乱を解決し、そして骨盤の自律神経系を標的とした治療開発に向けて、より予測可能な結果への道を開く。(KU,kh)

Science, this issue p. 893; see also p. 833

人工環境で遺伝子工学的代謝を最適化する (Optimizing designer metabolisms in vitro)

生物による炭素の固定化には,CO2を生物物質に転換する幾つかの酵素が必要となる。この経路は数十億年にわたって,植物,藻,微生物の中で進化したが,この反応や酵素の多くは,生物物質の代わりに所望する化学物質の生産に役立つかもしれない。Schwanderたちは,3つの生物ドメイン全てにわたる9つの異なる生物体から得られる17の酵素(遺伝子操作された3つの酵素を含む)を用いて,生体外で炭素を固定化する最適化された合成経路を構築した(GongとLiによる展望記事参照)。この経路は,最も一般的な自然界の炭素固定化経路における生体内速度より,最高5倍効率が高い。構築した経路をさらに最適化したり,同様の手法を用いて他の代謝経路をさらに最適化することは,多くの生物工学的応用につながる可能性がある。(MY,kh)

【訳注】
  • ドメイン:生物分類額における界よりも上の最も高いランクの階級。主流の3ドメイン説では、生物全体を真正細菌、真核生物、古細菌の3つに大別する
Science, this issue p. 900; see also p. 830

キナーゼが自分自身の阻害剤を作る (A kinase makes its own inhibitor)

キナーゼ GSK-3(glycogen synthase kinase-3)は、アルツハイマー病を含む神経変性疾患の治療に対する有望な薬剤標的である。しかしながら、殆どの GSK-3阻害剤は、また他のキナーゼをも抑制するために、これらの阻害剤は臨床使用に達していない。Licht-Muravaは、GSK-3の触媒部位の作用でそのキナーゼの阻害剤に変換されるペプチドを発見した。このペプチドは GSK-3に対し高度に選択的であり、細胞と動物において GSK-3を抑制し、そしてアルツハイマー病のマウス・モデルでの細胞症状、認知機能及び社会的行動を改善した。抑制に関するこの新たな機構は、最終的には臨床で使える有効かつ選択的GSK-3 阻害剤を可能にするであろう。(KU,nk,kh)

Sci. Signal. 9, ra110 (2016).

熱応答と光応答を組み合わせる (Combining heat and light responses)

植物は様々な環境の信号を統合し,成長傾向を調節する。LegrisたちとJungたちは,転写や成長を調節するのに,周囲温度のいたる所で光の質がどのように解釈されるのかを解析した(HallidayとDavisによる展望記事参照)。赤色光と遠赤色光の比の読み取りを担うフィトクロムはまた,日が暮れる時や,隣の植物の影が土を冷やす時に生じる僅かな温度変化にも反応した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • フィトクロム:植物などに含まれる色素タンパク質。赤色光と遠赤色光により可逆に構造が変化し,そのうちの一方(赤色光により生成したもの)が植物の転写や成長に活性,他(遠赤色光により生成したもの)が不活性の性質を持つ
Science, this issue p. 897, p. 886; see also p. 832