AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 9 2016, Vol.354

現金の代わりに電子手形を使う (Substituting minutes for money)

発展途上国においては、銀行の支店や固定電話網での遠距離通信が不足しているが、一方で携帯電話はあふれている。これらの因子が原因でモバイル・マネーが利用されるようになった。そこでは電子手形の購入に現金が充てられ、その後この電子手形は現金へと換え戻されることが可能である。Suri と Jack は、モバイル・マネーの利用の増大が、ケニアにおける長期的消費を拡大させ、極度の貧困状態の世帯数を減少させてきた事を示している。(Sk,kh,nk)

Science, this issue p. 1288

同種の鳥は合唱する (Birds of a feather sing together)

鳥たちは、どのようにして自分が聞いている鳴き声が、自分自身の種の仲間からのものであると分かるのであろう。そして、そもそも、どのようにしてその鳴き声を学習するのであろう。Araki たちは、フィンチがその鳴き声を学習する方法に関わる、二種類の脳細胞を同定した(Tchernichovski と Lipkind による展望記事参照)。キンカチョウ(ゼブラ・フィンチ)が、ジュウシマツ(ベンガル・フィンチ)の里親に育てられた場合、彼らはその養父のものに高低強弱が似た鳴き声を習得した。しかしながら、鳴き声の間の間隔の取り方はキンカチョウ特有のものであり、それが生得的であることを示唆している。Gadagkar たちは、歪んだ聴覚フィードバックをかけることで感知される鳴き声の質を制御しながら、鳴いているキンカチョウにおける特有のドーパミン神経の活性を記録した。こうして、良い鳴き方をしたはずが歪められて、予想したより悪い鳴き声として鳥自身に聞こえるので、逆の方向に鳴き方を修正していくこととなる。これらの発見もまた、フィンチが、学習する鳴き声に対して生得的内部目標を持っていることを示唆している。(Sk,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1282, p. 1234; see also p. 1278

ポリフェノールの合成で切断を捕まえ,うまくいく (Catching a break in polyphenol synthesis)

化学合成は,分子構造模型で遊ぶのとは一般にはかなり違っている。1つの分子の2つの大きな構造片が適切な向きにないとすると,2つをちぎって離し,一方を回転させ,その後2つを貼り戻すことは通常は不可能である。にもかかわらずそれはまさしく,Keylorたちが2つの植物由来ポリフェノールの合成に用いた芸当である。レスベラトロールは様々な二,三,四量体を形成する。中心部にある1つの炭素-炭素結合が大きな構造片と結合する場合,その結合は十分に弱く,室温で自動的にまた可逆的に切れる。著者たちはこの平衡を利用し,2種の四量体(ネパレンシノールBとバテリアフェノールC)への効率的な経路を作り出した。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • レスベラトロール:ポリフェノール化合物の一種で赤ワインにも含まれ,抗酸化作用を持つ
Science, this issue p. 1260

取り除くことが困難な境界 (An edge that is hard to get rid of)

トポロジカル絶縁体(TI)の際立った特徴は、3次元TIの表面あるいは2次元TIの端線といった境界において導電状態が存在することである。Sessiらは、走査トンネル分光法を用いて、3次元TI結晶において特異な1次元状態があることを明らかにした。これらの状態は、結晶中の特定のステップ境界において発現し、強磁場や高温に対しても安定であった。この堅牢性は、これらの状態を実用で使う可能性を十分予見させてくれる。(NK,MY,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1269

遺伝的適応を汚染に対応付ける (Mapping genetic adaptations to pollution)

多くの生物は、自然やヒト由来の毒物に対する耐性を進化させてきた。Reid たちは、メダカのゲノム解析を行った。このメダカは地理的に分離され独立した個体群であり、近年深刻な汚染に適応してきた(Tobler と Culumber による展望記事参照)。高感受性と高耐性の複数の集団を配列決定することにより、毒物への耐性を与えているらしい遺伝的変異が選択的一掃している兆候が明らかになった。そしてその遺伝的変異のいくつかは、耐性のある集団間で共有されていた。このように、メダカにおける高い遺伝的多様性が、現在の変異群の中から耐性変異を選択することを可能にし、汚染のような選択圧に対して急速に適応させているように思われる。(Sk,ok,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 選択的一掃:生存に有利な突然変異が集団全体に広がること
Science, this issue p. 1305; see also p. 1232

グルコースを調節する細胞を構築する (Engineering cells to regulate glucose)

真性糖尿病は世界中で数億人の人々に影響を与えている。 糖尿病患者では、血糖値は慢性的に調節できず、心血管疾患と腎不全をはじめとする多くの重大な疾患を引き起こす可能性がある。 Xieらは、グルコース濃度を感知し、その制御不全を正すよう応答可能な人工回路をヒト細胞の中へ遺伝子操作で構築した。 改造細胞を含む移植片は、糖尿病マウスにおいてグルコースの調節を改善した。(Sh,MY,kh)

Science, this issue p. 1296

それほどばかげたものではない、超高感度パテ (Super sensitive, not so silly, putty)

多くの複合材料が、より軟らかい弾性重合体母材中に、ガラスや炭素繊維のような硬い材料を混合し、機械的靭性が全体としてより優れた材料を生み出している。Boland たちは、弱く架橋したシリコーン重合体(シリコーン粘土としても知られる)にグラフェンを添加した。その結果できた複合材料は並外れた機械特性を有し、呼吸作用やクモの足どりを検出できるほどの歪み検出器の製作を可能としている(Sk,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1257

パーキンソン病の進行を遅らせるためにミトコンドリアを狙う (A mitochondrial target for slowing PD)

現在、パーキンソン病(PD)の進行を止めるための長期予後改善治療はない。糖尿病を治療するために開発された薬がそれを遅らせる方法を提供するかもしれない。この薬MSDC-0160は、最近同定された、ミトコンドリア中へのピルビン酸(エネルギー産生のための主要な基質)のキャリアを標的としている。Ghoshらはこの薬を用い、いくつかのさまざまな細胞と動物のPDモデルにおいて神経変性を阻止することに成功した。さらにPDの2種のマウスモデルにおいて、細胞のオートファジーが回復し、神経炎症が減少した。(Sh,MY,kh,nk)

【訳注】
  • 長期予後改善治療:疾患の再発率を抑制したり進行を遅らせる治療
Sci. Transl. Med. 8, 368ra174 (2016).

森林が減ると病気が発生する (Diseases emerge when forests degrade)

新興感染症がなぜ熱帯生息地を起源とするかは不可解なままであるが、生息環境悪化が関係するのかもしれない。Mycobacterium ulceransが熱帯の皮膚病であるブルーリ潰瘍を引き起こしている。Morrisたちはフランス領ギアナの17の水辺で収集した無脊椎動物や魚の中に、M. ulceransの存在を探索した。彼らは分子プローブを用いてマイコバクテリウムを定量化し、安定同位体を用いて食物網構造を定量化した。彼らの調査結果は、生息環境悪化と、食物連鎖種のより下位にある種(マイコバクテリウムを媒介する可能性のより高い種)の量の増加とを関連づけた。(Uc,MY,kh,nk)

【訳注】
  • 新興感染症:かつては知られていなかった、新しく認識された感染症で、局地的に、 あるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症
Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1600387 (2016).

邪魔をされた相手間の協力 (Cooperation between frustrated partners)

つばからとてもたくさんの飾りがぶら下がり,かぶることができない帽子であなたは何をする? ルイス酸とルイス塩基は,帽子と頭の関係の分子版である。Stephanは,お互い本来の錯体を形成できない,いわゆるフラストレイティッド・ルイス・ペア(FLP)の驚くべき化学を概説している。過去10年の間,そのような系(ほとんどの場合,窒素やリンを相手とする水素化ホウ素からなる)は,水素化反応の触媒,他の多くの低分子の活性化,広範な協同的化学反応性の一般的な促進に用いられてきた。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ルイス酸とルイス塩基 : Lewisの提出した定義で, あらゆる物質のうち, 電子対を受け取るものを酸、電子対を供与するものを塩基であるとする
Science, this issue p. 10.1126/science.aaf7229

アスペクトという設計側面 (Aspects of the design)

マイクロ流体工学系では,流路幅の小ささは流れの特徴が層流であることを担保し,そのため能動混合がない場合,溶質混合は主として拡散により支配される。Aminianたちは古典的なテイラー拡散現象を再考し,長時間での導管軸方向の溶質分布に及ぼす導管のアスペクト比の効果を調べた。彼らは数値的および実験的の両面で,アスペクト比が軸に垂直方向の溶質分布を制御し,このため,導管の断面形状を決めるだけで混合特性の制御に十分であることを示している。(MY,ok,nk)

【訳注】
  • テイラー拡散:層流下での溶質の混合が,流れ方向の流速分布による流れと,濃度勾配による垂直方向への拡散の組み合わせで決まる混合様式のこと
Science, this issue p. 1252

キラルなホウ素の構成単位を丹念に作る (Crafting chiral boron building blocks)

炭素-ホウ素(C-B)結合は様々な種類のC-C,C-N,C-O結合へと容易に転換する。Schmidtたちはその融通性を念頭に置き,ニッケル錯体がホウ素に隣接する炭素中心の非対称アルキル化を触媒することができることを示している。このやり方は,多くの錯体分子に対する安定な前駆体として機能するキラルなアルキルボロン酸塩を作り出す。この反応は立体収束する(α-ハロゲン化ボロン酸塩試薬の立体異性体のどちらからでも単一の反応物を形成する)ように進行する。ニッケルに結合した配位子の立体配置により設定される立体化学を用いて,隣り合うアルキル中心がキラルである分子鎖もまた逐次反応により作製可能である。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1265

銀河間磁場を探る (Probing the intergalactic magnetic field)

高速電波バースト(Fast radio bursts: FRB)は、ほんの数ミリ秒だけ継続する天文学的な電波の強力な放射であり、その起源についてはまだ議論が交わされている。Ravi たちは、例外的に明るいFRBを発見した(Kaspi による展望記事を参照のこと)。これにより、信号の偏光方向が波長によりどのように変化するのかを測定することが可能となった(ファラデー回転)。これをさまざまな波長での放射の時間遅れと結びつけることにより、視線方向に沿った平均的な磁場が明らかになった。FRB と同位置にある銀河がその起源と仮定すると、この結果は、銀河間磁場に制限を与える。そして、銀河形成と宇宙構造のモデルに関する知見を与えるものとなろう。(Wt,kh,nk)

Science, this issue p. 1249; see also p. 1230

寄生虫の呪いを撃退する (Beating the curse of the parasite)

自己複製分子の進化は、生命の起源における極めて重要な段階であった。このような自己複製分子は親譲りの複製分子を打ち負かす、より速く自己複製する「分子寄生虫」に苦しんだであろう。原始細胞内部での自己複製分子集団の分画化は、寄生虫の影響を改善するのに役立ったであろう。Matsumuraたちは、非生物的材料における過渡的分画化が、寄生虫の乗っ取りの問題を克服するに十分であることを示している。彼らは、一滴の微少溶液システム中でウイルス複製を解析した。それは、その中のある機能を果たす複製分子に適した選択がある限り、個体群はより速く複製する寄生虫ゲノムによって圧倒されないことを明らかにした。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1293

ウイルスの種分化に関する実験室モデル (A laboratory model of viral speciation)

新しい種は生殖に対する障害の展開を切り抜けて発生する。このプロセスは、出現する種がお互いに空間的に隔離されている場合にはよく理解されている。しかし、同所性の種分化のプロセス--そこでは分岐する種が同時に生じる--は、より謎めいている。細菌ウイルスは、その速い世代交代時間の故に、このような問題に取り組むための良いモデルとなる。Meyerたちはバクテリオファージ λを用い、2系統大腸菌の混合物上でファージを増殖させた。ウイルスは、宿主選好がそれぞれの大腸菌宿主に合うさまざまな親和性を持つ系統にきちんと分れた。幾つかの実験で、このファージは、もう一方の大腸菌が存在していたとしても、大腸菌の一つの系統に増殖が限定されるほどまでに分化した。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1301

時は主観的経験である (Time is a subjective experience)

空間と同じく、時間は我々全ての経験の基本的次元である。しかしながら、有機体は時計のようには動かないし、そして時の経過に関する我々の判断は、状況に依存して変化する。Soaresたちは、マウスにおける時間測定行動の際の中脳のドーパミン作動性ニューロンを体系的に研究した (SimenとMatellの展望記事参照)。マウスの活性を測定し操作すると、ドーパミン作動性ニューロンが秒の時間尺度の時間的判断を制御していることを、著者たちは観察した。(KU,kh,nk)

Science, this issue p. 1273; see also p. 1231

氷河期研究の先導者、それから40年 (Pacemaker of the ice ages, 40 years on)

40年前に出版されたサイエンスの論文の中で、地球科学者の Hays, Imbrie, と Shackleton は、太陽を回る地球軌道の小さな変化が、過去約250万年の氷河期周期の背景にあるという証拠を提示した。彼らはこうして、それまで検証が困難であったミランコビッチ理論に対して、観測に基づく裏付けを提供した。展望記事の中で、Hodell は、この影響力のある発見の歴史と、その根底にあるメカニズムの理解のための未解決課題を調査している。氷河後退期よりも氷河成長期に焦点を合わせ、80万年前以前の期間を調査することは、これらのメカニズムを理解するために特に役立つであろう。(Sk,kh)

【訳注】
  • ミランコビッチ理論:地球の気候は約 2万年から約 40万年程度の地球軌道の変化で繰り返されるという理論
Science, this issue p. 1235

カルシウムの取り込みを至る所で抑制する (Inhibiting calcium uptake ubiquitously)

膜輸送体 SERCA(筋小胞体カルシウムポンプ)は、細胞質のカルシウムを低濃度に維持する。筋肉において SERCAを抑制するマイクロペプチドの特性が明らかにされてきた。Andersonたちは、非筋肉組織においてこの抑制機能を行っているであろうマイクロペプチドを明らかにしようとした。筋肉特異的なその対応物と同様に、二つの膜貫通マイクロペプチドである ELN (endoregulin)と ALN (another-regulin)は、非筋肉組織に豊富に存在する SERCAのイソ型の活性を抑制した。このように、マイクロペプチドは、SERCAに類似の構造を持つ他の膜輸送体をも調節している可能性がある。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • イソ型:機能は類似しているがアミノ酸配列の異なるタンパク質
Sci. Signal. 9, ra119 (2016).