AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 28 2016, Vol.354

神経機能を代替できる微妙な話題 (A touchy subject for neuroprostheses)

手の切断手術を受けた人は、触覚からの入力がないため、視覚的な手掛かりや学習行動によって、力強い握手と骨が折れるほどの強い握り方を区別する。次世代の義手は、人工的な触覚により自然な触感を与えることを目指している。Graczykたちは、手を切断した二人の腕に電極を埋め込むことにより、橈骨神経、尺骨神経、および正中神経の直接刺激を観察した。刺激される神経線維の数と刺激の頻度を調節することにより、手を切断した人が触覚強度の異なるレベルを区別できるように、感覚情報を伝達することができるかも知れない。(S,nk,ok,kh)

【訳注】
  • 橈骨神経、尺骨神経、正中神経:腕の神経系のうちの主要な三つ
Sci. Transl. Med. 8, 362ra142 (2016).

もつれクラスターを紡ぐ (Weaving an entangled cluster)

量子もつれは、量子コンピュータや量子情報処理の強力な手段である。一つの要件は, 複数の粒子を確実にもつれさせる能力である。Schwartsらは、ひとつの量子ドットに一連のレーザ・パルス配列をあてがうことで複数の光子からなるひとつの量子もつれクラスター状態を必要に応じて創ったに創った。彼らは、量子ドットの或る内部状態である暗励起子と、他の内部状態とその暗励起子の結合した双励起子を用いて、連続した光子をもつれクラスターに紡ぎ、最大で5個の光子間もつれを作った。(NK,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 434; see also p. 416

白色脂肪の増大を防ぐ (Keeping white fat from expanding)

脂肪細胞形成によって引き起こされる過剰な体脂肪、すなわち白色脂肪細胞の増大は深刻な健康リスクになる。Wongらは、糖質コルチコイドを投与されたり、高脂肪食を与えられたマウスは、白色脂肪細胞中で細胞外タンパク質ADAMTS1の濃度を低下させ、それが脂肪生成の増加と関連していることを発見した。ヒト・ボランティアにおけるカロリー摂取の増加は、脂肪組織における ADAMTS1の発現を増加させた。ADAMTS1を過剰発現したマウスでは蓄積される白色脂肪の量が少なく、これは、 ADAMTS1治療が食事あるいは糖質コルチコイドによって誘発される肥満を防ぐかもしれないことを示唆する。(ST,KU,nk,kj,kh)

Sci. Signal. 9, ra103 (2016).

メタンで二酸化炭素の品質を向上させる (Upgrading CO2 with methane)

二酸化炭素を反応物質として使用することは、その環境への影響を緩和する手助けになり得るが、酸化剤として活性化させるのは困難である。Buelensたちは、反応性の一酸化炭素を発生させる高温・「超乾燥」二酸化炭素改質法にメタンを組み入れた。両方の分子は、ニッケル系メタン改質触媒、酸化鉄からなる固体酸素運搬剤、および二酸化炭素吸着材としての酸化カルシウムを含む反応装置中に供給された。吸着された二酸化炭素は、平衡点をずらす不活性ガス追い出しの処理がなされ、主に一酸化炭素を放出した。この等温過程は炭素の沈着を回避し、かなりのレベルの二酸化炭素を含むバイオガスのメタンでの使用が可能である。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 449

モデルとデータ:双方向道路 (Models and data: A two-way street)

データは気候や他の複雑な系のモデルを後押しすることに使われるが、データとモデルの間の関係は一方通行のプロセスなのだろうか? Massonnetたちは、このようなモデルが使う観測結果の質を評価するために、気候モデルを用いた。単純なモデルから始めて、より複雑なモデルへと進むことで、著者たちは、モデルが最も新しい、最も進んだそして最も独立した参照観測データに対して評価された時にモデルはより良くなることを示している。このような発見は観測データ群の質を評価することを助け、より客観的なデータ群の選択のための手引きを提供するであろう。(Uc,KU,nk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 452

成体新生脳細胞の組込み (Integration of adult-born brain cells)

身体運動や新規環境の探検は,成体新生神経細胞の産生,成熟,連結に大きく影響する。Alvarezたちは,経験が,海馬神経網への成体新生神経細胞の組み込みにどのように影響するかを調べた。神経細胞が新生して9日から10日経過した時点で,豊富な感覚刺激を短い期間行うと,神経細胞は樹状突起がより大きくなり,また, 機能性のシナプス棘がより多い神経細胞となった。2シナプス性の既存の帰還回路が,それらの新生細胞の成長と融合を促進した。(MY,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 459

(増殖が)止まっている間にぶちまけ大惨 (Wreaking havoc while (growth-)arrested)

細胞は、幾つかのストレスに応答して老化状態に入る。Childsらはマウス・モデルを研究して、粥状動脈硬化の病変形成における、老化して脂質を取り込んだマクロファージ(いわゆる「泡沫細胞」)の役割を検討した。粥状動脈硬化の初期では、老化した泡沫細胞は炎症性サイトカインの発現を促進した。後期では、それらは血餅につながる可能性のある粥腫の破裂に関与するマトリックス・メタロプロテアーゼの発現を促進した。実験的な老化細胞の除去は、疾患の前・後期両方の段階で有益な効果を持っていた。(Sh,KU,kh)

【訳注】
  • 粥状動脈硬化:動脈の内膜にコレステロールなどの脂肪からなる粥状物質が蓄積し粥腫を形成、次第に肥厚することで動脈の内腔が狭くなる疾患。一般的に言われる”動脈硬化”。
  • 泡沫細胞:血管組織内でのLDL-コレステロール(悪玉コレステロール)の増加によって生じる変性LDL−コレステロールを、マクロファージが取り込んでできた細胞。活性酸素を産生するとともに、粥腫の元となり、血管の壁に沈着することで動脈硬化を悪化させる
  • 炎症性サイトカイン:炎症反応を促進する働きを持つサイトカイン(=別の細胞への情報伝達の役割を持つ細胞から分泌されるタンパク質の一種)
  • 血餅:血液中の血小板、タンパク質、細胞が互いに固着し合うことによって形成される血液の塊
  • マトリックス・メタロプロテアーゼ:活性中心に金属イオンが配座している分解酵素で、コラーゲンやゼラチンなど細胞外マトリックスを分解する。
Science, this issue p. 472

チンパンジーとボノボ (Of chimpanzees and bonobos)

現代の非アフリカ人のゲノムには,古代人と古代ヒト属系統との間で交雑があったことを示唆するゲノム痕跡を含んでいる。de Manuelたちは今回,今日のチンパンジーとボノボの祖先の間で同様の交雑を明らかにしている(Hoelzelによる展望記事参照)。この研究はまた,保存努力に有益となるであろう集団特異的な遺伝子標識をも提供している。(MY,KU,nk)

Science, this issue p. 477; see also p. 414

東の海の起源に関して (On the origin of Orientale basin)

東の海は、月における主要な衝突クレータであり、月の表側の西端にあるため地球から見るのが困難である。その後の衝突であまり乱されていないので、東の海は、太陽系全体の巨大な衝突クレータを理解するうえでの原型として役立つ。Zuberたちは、Gravity Recovery and Interior Laboratory (GRAIL) missionを用いて、月表面のわずか2km上に双子の探査機を飛ばすことで極めて詳細にクレータの周りの重力場を月面図にした。Johnsonたちは、衝突とその後の進化に関する精緻なコンピュータ・シミュレーションを行い、GRAILからのデータを再現した。同時に、これらの研究は、大きな衝突が月表面にどのような影響を及ぼしたかを明らかにし、そして岩石からなる惑星や衛星上の他の衝突に関する我々の理解に役立つであろう。(KU,nk,ok,kh)

Science, this issue pp. 438 and 441

代謝経路調節の定量化 (Quantitation of metabolic pathway regulation)

代謝の生化学的経路はよく理解されているが、様々な酵素による反応速度や流量が、どのように制御されているかに関しては正確には殆んど知られていない。Hackettたちは、酵母においてこのような調節の影響を定量化する方法を開発した。彼らは、代謝産物や酵素、及び潜在的な調節因子の濃度を, LC-MS/MS(液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析) と同位体比測定により、酵母中の56の反応、100を越える代謝産物、及び370の代謝酵素に対して, 25の異なる定常状態の条件で監視した。調節性相互作用の確率を調べるために、ベイジアン解析言う統計解析法が用いられた。経路を通る流束の調節は、酵素の量変化よりも主に低分子代謝産物の濃度変化により制御されていた。この解析はまた、今まで認識されていなかった経路間の調節をも明らかにした。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 432

小胞体の動的観察 (A dynamic view of the endoplasmic reticulum)

小胞体(ER)は核膜から細胞周辺に広がる複雑な膜構造体である。それは多くの細胞プロセスで重要な役割を有し、多くのタンパク質がその構造の維持に関与している。Nixon-Abellらは超分解能の方法を用いて、ERが他の多くの細胞小器官と接している細胞の周辺で ERを調べた(Terasakiによる展望記事参照)。この周辺 ERは細管とシートから成ると考えられていた;しかしながら、より高分解能の観察によって、「シート」の大半が密につまった細管の集まりから成ることが明らかになった。この動的な網目構造は、ERが細胞の必要に応じて急速にその高次構造を変更できるのかもしれない。(NA,KU,nk,ok,kh)

Science, this issue p. 433; see also p. 415

CO酸化の動力学を解明する (Combing through CO oxidation kinetics)

COは OHラジカルと反応して、CO2を生成する。このプロセスは燃焼や大気中酸化化学の基本的なものである。この反応連鎖には、熱反応条件下での直接的な監視の目から逃れていた、HOCO付加物の中間体が関与していると広く推測されている。Bjorkたちは、この中間体の重水素化類似体の DOCOの形成を、同時に多周波数赤外コムを用いて ODを監視しながら、うまく観察した。この結果から、HOCO形成機構が3分子反応的に進行することとそのLC-MS測定における緩衝ガスへの反応性が確かめられた。(KU,kj,ok,kh)

Science, this issue p. 444

地中海海盆における温暖化の限界 (A warming limit for the Mediterranean basin)

堆積物から得られる花粉採取サンプルは,完新世(最近の~10,000年)時代の地中海における植生や気候に関する詳しい歴史を枝葉末節まで教えてくれる。GuiotとCramerは, さまざまな筋書きの気候変動のもとでの気候や植生の将来予測を比較する参照用データとしてこの情報を用いた。完新世の記録で観測された植生と土地使用方法は,産業革命前の気温レベルを1.5℃上回る温暖化のもとでも持続することができるのかも。しかしながら、2℃の温暖化は、来世紀中に過去10,000年とは全く異なる生態系を地中海地域に生み出しそうである。(MY,KU,kj,ok,kh)

Science, this issue p. 465

必須海洋元素,硫黄の全目録 (Inventory of an essential marine element)

硫黄は海洋基礎生産にとってなくてはならないもので,気候過程に大きな影響を及ぼす。正確に検出することが難しいため,海洋中の溶存有機硫黄の量はきちんと決められていない。Ksionzekたちは,大西洋において溶存有機硫黄を測定してその分布を見積り、世界中の海におけるその量を推測した(Levineによる展望記事参照)。この知見は,溶解性有機硫黄が他形態全ての有機硫黄を10倍越えることを示唆している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 海洋基礎生産:海洋性植物プランクトンの光合成による炭素の固定化や固定化量のこと
Science, this issue p. 456; see also p. 418

沈黙の領域に投げ込む (Plunging into a domain of silence)

雌の哺乳類は二つの X染色体を持っている。その内の一つは、雄の XY細胞との遺伝子量を「補償する」ために抑制される必要がある。長い非翻訳RNAである Xistは、雌の哺乳類細胞中の不活性な X染色体を被膜する。Chenたちは、Xist RNAが細胞核の内部縁(遺伝子発現が抑制される領域)への X染色体の補充を助けていることを示している。Xistは、ラミン B受容体との相互作用によりその領域へ補充される。この補充は、Xist RNAが、将来の不活性な X染色体全体に広がることを可能にし、遺伝子発現を止めることになる。(KU,kj)

【訳注】
  • ラミン:核膜の裏打ち構造である核ラミナを構成するんタンパク質で、哺乳類ではAとBの二種類がある。
Science, this issue p. 468

T細胞の機能に対する代謝の支え (Metabolic support for T cell functions)

免疫T細胞において、感染への応答はエネルギー的に厳しい要求である。T細胞は好気性解糖にもっと濃密に依存するよう、自らの代謝を切り換える。これは、サイトカインのインターフェロン γ (IFNγ)を分泌するというような重要なエフェクター機能を、T細胞が支えるのに役立つ。Pengたちは、好気性解糖が T細胞のエフェクター機能をどのように促進しているかに関する洞察を与えている。活性化された T細胞は、好気性解糖を支える乳酸脱水素酵素 A (LDHA)を発現し、これらの細胞が高量のアセチル補酵素Aを維持することを可能にし、これが次にヒストンのアセチル化と IFNγのようなサイトカインの転写を促進する。T細胞が LDHAを欠くよう遺伝子操作されたマウスは、しばしば自己炎症性疾病を特徴づける IFNγ依存的病理から守られた。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 481

花粉学はどのように誕生したか (How palynology was born)

過去の生態系に関する今日の理解の多くは、花粉学とよばれる分野である、堆積物中の花粉の研究に基づいている。Birksたちは、展望記事の中で、初めて花粉の定量分析結果を発表した Lennart von Postの先駆的な研究に光を当てている。100年前、von Postは、スウェーデン南部の泥炭地帯の花粉が、後氷期の植生変化を再現するのに使用可能であることを示した。その研究は、全大陸からの年代花粉層序学を導いてきた進歩の一世紀の到来を告げた。例えば、これらのデータは、気候モデルを検証する手助けとなった。花粉学は、長期的な生態系の全体像を提供し、地球を取り巻く気候変化や他の環境変化の影響を解明することにより、重要な役割を演じ続けている。(Sk,KU,kh)

【訳注】
  • 花粉層序学:堆積層の中に含まれている花粉群集の特徴から,地層の形成,重なり方を研究する学問分野
  • 後氷期:1万年ほど前から現代までの時代
Science, this issue p. 412