AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 4 2016, Vol.354

心臓と血管を若く保つ (Keeping hearts and blood vessels young)

GPER(Gタンパク質共役受容体)の活性化は,循環器系に重要な働きを有すると考えられている。思いがけないことに,MeyerたちはGper(GPER符号化遺伝子)を欠損した老齢マウスで,心筋繊維化が対照群の老齢マウスほどには進まず,より高い循環器機能が持続することを見出した。Gperの欠乏は,血管や心筋中での組織損傷性超酸化物の産生の低下と関連していた。GPERの阻害薬は,高血圧性マウスの血圧を低下させ,超酸化物の産生を減少させた。このことはGPER阻害剤を,超酸化物の過剰生成が原因の循環器疾患の治療に用いることができるかもしれないことを示唆する。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 超酸化物:O2-を分子中に含む酸化物のことで,生体内ではある種の酵素により作られる。侵入微生物や病原菌の攻撃に使われる反面,生体自身にも害を及ぼす
Sci. Signal. 9, ra105 (2016).

遊離基がタンパク質に遺伝子を超えさせる (Radicals push proteins beyond genes)

翻訳後の化学的タンパク質修飾で、その構造的・機能的役割を拡大することができる (HofmannとBodeによる展望記事参照)。二つの関連した方法が、アミノ酸残基と、選択された官能基との間の炭素-炭素結合を作るための遊離基化学作用の利用法を物語っている。Wrightたちは遊離基化学作用を媒介する亜鉛イオンを用いて、デヒドロ・アラニン前駆物質を含むタンパク質へ広範囲の官能基を付加した。Yangたちは類似の方法を採用し、銅イオンと組み合わせて亜鉛を用いた。全体として、これらの結果は広範囲のタンパク質へ機能性や標識を導入するために有用となるであろう。(KU,MY,nk,kh)

Science, this issue pp. 553 and 597; see also p. 623

エキゾチック分子で基本対称性を調べる (Exotic molecule tests fundamental symmetry)

エキゾチック分子の分光学は、基礎物理に関する洞察を与える可能性がある。Horiらは、2つの電子のうちの1つが、反陽子(陽子の仲間で,負の電荷を持つ反粒子)で置換された特異なヘリウム原子の遷移周波数について調べた(Ubachsの展望記事参照)。この反陽子ヘリウムを冷却し、高い精度で遷移周波数の測定ができるようした。求められた反陽子の質量(電子の質量に対して)は、以前測定された陽子の質量とよく一致した。この発見は、電荷、空間、時間の同時反転に対して物理法則が不変であるという対称性からの帰結と合致する。(NK,MY,nk,kh)

【訳注】
  • エキゾチック分子:分子の原子核または電子を、他の荷電粒子(陽電子、ミュオン、反陽子、パイオン等)で置き換えた分子
Science, this issue p. 610; see also p. 546

ガン・ゲノムのたばこによる被害を評価する (Assessing smoke damage in cancer genomes)

私たちは60年以上も前から,喫煙がガンを避けることができる最大の危険因子のひとつであることを知っている。それにもかかわらず,たばこの煙がゲノムを損傷し,最終的にガンを引き起こす変異を作り出す詳細機構については,未だ十分に理解されていない。Alexandrovたちは,喫煙と関係する17の異なる種類のガンからの5000を超えるゲノム配列で,変異の特徴やDNAメチル化の変化を調べた(Pfeiferによる展望記事参照)。彼らは変異の特徴の中で,ある複雑な様式を見出した。たばこの煙に直接晒された組織に由来するガンだけが,既知のたばこ発がん物質であるベンゾ[a]ピレンの特性を示す特徴を示した。理解困難な一つの特徴が喫煙と関連する全てのガンに共通であったが,出所は不明である。喫煙は,DNAメチル化に対してあまり大きく影響していなかった。(MY,ok,kj,nk)

【訳注】
  • DNAメチル化:DNAの一部にメチル基が付加すること。DNA複製の際にも引き継がれ,遺伝子発現の決定や,ガン疾患で重要な役割を果たす
Science, this issue p. 618; see also p. 549

ウィルス・ベクターの若返り (Rejuvenating viral vectors)

アデノウイルス(Ad5)ワクチンベクターは、まちまちの応答性を引き起こす:それは感染細胞を殺傷する保護的なCD8陽性T細胞を誘導するが、この細胞は部分的にその保護的な機能を消耗してしまうことが起こる。今回Laroccaらは、マウスとマカク両方において、インターロイキン10 (IL-10) とPD-1を発現するAd5ベクターによって誘導される抗原特異的なCD4陽性 T細胞から、この消耗している表現型が生じ得ることを示している。このIL-10陽性 CD4陽性 T細胞は、ワクチンが誘導するCD8陽性T細胞の応答を抑制し、その抑制機能はIL-27に部分的に依存しているかも知れない。この阻害経路を標的とすることは、このようにウイルスベクターに基づくワクチンで誘導される保護的なCD8陽性T細胞を強化することができるだろう。(Sh,ok,kj,kh)

【訳注】
  • マカク:オナガザル科マカク属のサルの総称。
  • インターロイキン10:免疫反応を沈静化する抑制性サイトカイン。
  • インターロイキン27:2型自然リンパ球に対し非常に強い抑制効果をもつサイトカイン。
  • PD-1(programmedcell death-1):癌細胞から発現している物質PD-L1(programmed cell death-1 ligand-1)に対応するT細胞上にある受容体。PD-1とPD-L1が結合してT細胞の働きを抑制することによって、癌細胞が免疫から逃れると考えられている。
Sci. Immunol. 1, eaaf7643 (2016).

小さくなる分光計 (Shrinking spectrometers)

二重コム分光法は、二個の密接に連ねたコムの干渉を用いて、分光的な特徴を電子機器で読み取り可能な周波数領域に直接変換する、強力な技術である。Suh たちは、シリコン・チップ上に作り上げた石英の微小共振器により作り出されたコムを用いる、二重コム分光法の手法を開発した。おそらく、高分解能分光法はまもなく半導体チップの大きさに縮小され、かさばる分光計の必要はなくなるであろう。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • コム:モード同期されたレーザーが発生する時間軸上で等間隔に並んだパルスを、周波数領域で観測することで得られる周波数軸上で等間隔に並んだ櫛(コム)状のスペクトル
Science, this issue p. 600

深海のウラン (Uranium in the deep sea)

海水中のウラン234のウラン238に対する比率は、最新の海洋ウラン-トリウム地質年代学の基礎をなしているが、その比率を正確に定めることは困難である。Chen たちは、深海のサンゴに由来する、二か所のウラン234とウラン238の比率の記録を報告している(Yokoyama と Esat による展望記事参照)。その記録は、過去3万年の現存する記録に対する、多くの重要な類似点と相違点を明らかにしている。 それ以前の氷河期状態よりも高い直近1万年間の値は、氷河後退期中の氷河底の融解の増大を反映しているのかもしれない。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 海洋ウラン-トリウム地質年代測定法:陸上の岩石成分中の放射性元素である水溶性のウラン(トリウムの親核種)と非水溶性のトリウムが浸食作用で海洋に運ばれた場合、非水溶性のトリウムのみが海底堆積物中に優先的に蓄積することを利用して、トリウムの同位体比から海底堆積物の年代を推定する方法。
Science, this issue p. 626; see also p. 550

ゼブラフィッシュにおける脊髄再生 (Spinal cord regeneration in zebrafish)

人類とは異なり,ゼブラフィッシュは脊髄を再生できる。Mokalledたちは,この過程を助けるゼブラフィッシュの成長因子を特定した(WilliamsとHeによる展望記事参照)。負傷後にctgfa(結合組織増殖因子a)により符号化されたタンパク質が分泌され,脊髄損傷にまたがる架橋をグリア細胞が組織するのを促進する。このタンパク質を添加すると,負傷したゼブラフィッシュの脊髄修復を改善した。(MY,kh)

【訳注】
  • 成長因子:特定の細胞の増殖や分化を促進する内因性タンパク質
  • 結合組織増殖因子:組織修復,細胞増殖、血管新生等に関わるタンパク質を符号化している遺伝子
  • グリア細胞:神経系を構成する細胞で,神経細胞に対して,信号伝達の高速化・機械的支持・栄養補給する機能を持つ
Science, this issue p. 630; see also p. 544

土壌細菌が殺虫ペプチドを生み出す (Soil microbes yield insecticidal peptide)

微生物ペプチドBTは細菌 Bacillus thuringiensisから得られ,農作物を害虫から守るため広く用いられている。Schellenbergerたちは,それとは別の土壌に生息する細菌であるPseudomonas chlororaphisからの殺虫ペプチドを特定した(Tabashnikによる展望記事参照)。前述のPseudomonas ペプチドを発現するトウモロコシは,西洋コーン根切り虫の攻撃から守られた。BTに耐性を持つ根切り虫は,Pseudomonas ペプチドには降伏した。殺虫ペプチドがもう一つ増えると,害虫に対抗するこの武器が多様化し,耐性を持つようになる速度を遅くするかもしれない。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • Pseudomonas ペプチドを発現するトウモロコシ:BTを符号化する遺伝子が組み込まれたトウモロコシ
  • 西洋コーン根切り虫:コウチュウ目に属する昆虫の幼虫でトウモロコシの根を食害する
Science, this issue p. 634; see also p. 552

科学上のインパクト-それは "Q" (Scientific impact—that is the Q)

成功した科学者の経歴の背後には定量化できるパターンがあるのだろうか? Sinatra たちは、様々な分野で論文発表している科学者に関するデータとともに、2887人の物理学者の出版活動を分析した。生産性(これは、通常はプロの科学者の一生では初期が最も高い)を考慮したとき、最も大きな影響力のある論文は、科学者の経歴中で無規則に生ずる。しかし、高い影響力のある論文を生み出すプロセスは、完全に無規則ではない。著者たちは、無規則性のある要素や生産性、Q 統計量に基づいて、影響力の定量モデルを開発した。このQ 統計量は、各科学者に固有のもので、科学者としての生涯の間、一定であり続ける。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 596

複雑な転写因子の相互作用 (Complex transcription factor interactions)

干ばつのような環境変化に対応するために、植物はいくつもの細胞過程を調節しなければならない。モデル植物であるシロイヌナズナの研究により、Songたちはクロマチンに対する21の転写因子の結合を分析し、植物ホルモンであるアブシジン酸への応答に関与する複合遺伝子制御網を図化した。この研究はストレスに対する植物の応答を理解することや調節することに対する枠組みを提供する。(Uc,kj,kh)

Science, this issue p. 598

世界規模の遺伝的抑制ネットワーク (A global genetic suppression network)

ある生物体の遺伝的背景が、新しい遺伝的変異体の全体的な効果に影響することがある。幾つかの変異が有害な表現型を増幅することがあるのに対して、他のものはそれを抑制することがある。文献調査から始め、全ゲノム分析へと広げ、van Leeuwenらは、酵母(イースト)中の大規模抑制ネットワークを作成した。そのデータ群は、抑制相互作用の予測に用いることが可能な一連の一般的性質を明らかにしている。さらに、その研究は、抑制の研究を他の遺伝子や、より複雑な生物体に広げるための雛形を提供する。(NA,MY,kh)

Science, this issue p. 599

最適化の脈をとる (Taking the pulse of optimization)

多パラメータ或いは多関数の問題に関する最適解を見つけることは、多くの学問分野全体で重要であるが、計算集約のことがある。計算困難であると定義されている多くのこのような問題は、いわゆるイジング問題 (結合したスピンの配列に対する最小のエネルギー配置を見つけること)上に数学的に写像可能である。InagakiたちとMcMahonたちは、リング・ファイバー中で結合された光パルスのネットワークに基づく光処理方法を、大規模イジング系のモデル作成や最適化に用いることができることを示している。そのような大規模化可能な構造は、広範な複雑問題に対する解を最適化するのに役立つ可能性がある。(KU,MY,kh)

Science, this issue pp. 603 and 614

TYKの内股膏薬 (TYK2's balancing act)

ありふれた疾患に寄与する数千もの遺伝的変異体の生物学的重大性を決定することは、困難な課題である。自己免疫疾患に影響を与える遺伝的変異体は、TYK2 (チロシン・キナーゼ 2)をコードしている遺伝子において確認されていたが、その生物学的影響に関する相反する効果が、TYK2の治療可能性を曖昧にする。この矛盾の解決において、Dendrouたちは、自己免疫から守るほど十分に低く、免疫不全を防ぐほど十分に高いような、最適度の免疫シグナル伝達を駆動する遺伝作用を明らかにした。この発見は、幾つかの自己免疫性状態において、TYK2が可能な薬剤標的となるかもしれないことを示唆する。(KU,MY,kj,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 363ra149 (2016).

ヨーロッパの渡り鳥を救うことができるのか? (Can Europe's migratory birds be saved?)

多くの渡り鳥はヨーロッパで繁殖し、サハラ砂漠以南のアフリカで越冬する。展望記事で、Bairleinはこれらの個体数を減少させる幾つかの要因に関して概説している。非合法な捕獲と殺傷が個体数を、特に移動の際に減少させる。気候変動が、渡り鳥と彼らの昆虫の餌との間の生態的な不釣り合いを引き起こす。しかし、多分最も重要なことは、人の土地利用の変化が、彼らの移動経路に沿ってばかりでなく、繁殖や越冬の生息地において、居住環境の劣化と居住地自体の喪失を引き起こしていることだ。政策的合意と行動計画は既に存在するが、しかし個体数減少を止めて種の絶滅を避けるために実行されなければならない。(KU,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 547

格子を揺すると普遍性が出てくる (Shaking the lattice uncovers universality)

熱ゆらぎではなく、量子ゆらぎの結果として生じる、量子相転移(QPT)に関する我々の知識の多くは、平衡条件下で行われる実験に基づいている。QPTが生じつつある系の動力学についてはあまり知られておらず、一様な時間・長さ尺度に基づいていると仮定されてきた。Clark たちは、光格子中のガス状のセシウム原子でこの仮説を確認した。光格子が次第に速く振動して、ガスにQPTを越えさせた。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 606