AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 30 2016, Vol.353

太陽周辺の天の川銀河の地図を描く (Mapping the local Milky Way)

遠方の銀河の渦状構造は、最もよく知られた天体の特徴の一つである。我々は天の川銀河を内側から見ているために、その構造を認識するのは遠くの銀河より難しい。星間塵もまた、光学天文学による我々の銀河系内の星々の間の距離測定を困難にしている。Xuたちは、電波天文学を用いて、天の川銀河内で太陽に最も近い渦状腕を、これまでにない詳細さで図化した。この方法は、この腕の大きさと方向に加え、我々の銀河系内での星の形成率にも制限を与える助けとなる。(Wt,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1600878 (2016).

インスリン分泌を求める臓器の掛け合い (Organ cross-talk for insulin secretion)

生物はその成長を,栄養入手の変動のような変化する環境条件に順応させる必要がある.ショウジョウバエにおいては,食餌由来のアミノ酸は,脳からインスリンに似た,生物体の成長を活性化するペプチドの遊離を促進する.Delanoueたちは,ペプチド Stunted(Sun)が,アミノ酸とTORのシグナル伝達に基づき脂肪細胞により作られることを示している.SunはGタンパク質共役受容体であるMethuselah (Mth)に結合し,食餌由来のアミノ酸に応じて脳細胞からのインスリンの遊離を促す.この研究は,臓器間の応答がインスリンレベルを調節でき,究極的には体の大きさを制御できることを示している.(MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1553

ワクチンに向かう途上で (On the path toward a vaccine)

HIV-1との闘いの主目標は,広域中和抗体(bNAb)の誘発が可能なワクチンの開発である.しかしながら,bNAbは作り上げられる際,多くの体細胞突然変異を得て,それにより,自身の生殖細胞系列上の前駆体とは,配列や抗原結合能力が大きく異なってしまう.この難問を回避するためSokたちは,ヒト免疫グロブリン遺伝子を発現するよう操作されたマウスを用いた.生殖細胞系列の前駆抗体細胞の頻度が極めて稀(マウス一匹当たり1細胞以下)であるにもかかわらず,標的としたそれら生殖細胞系列の免疫原で免疫したほぼ30%のマウスが,bNAb前駆抗体の持つ免疫応答を作り上げた.これは,持っている前駆抗体の頻度がより多い,ヒトでの実現可能性を示唆する.(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1557

グラフェンにて光学を再現する (Recreating optics in graphene)

光は通常、最短経路をたどって2点間を伝搬する。一方、固体中の電子は衝突を体験する。固体中の電子が光の伝播と似た状況になるには、邪魔するモノが極めて少ない材料が必要である。Chenらはグラフェンでこの状態を達成し、磁場中の電子軌道が曲がることを利用して、キャリア密度の異なる境界において電子が光の屈折と同様に「折れ曲がる」ことを示した。関連した研究でLeeらは、超格子のバンド構造中にあるこのような散乱を受けない弾道電子の輸送を調べた。(NK,MY,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue pp. 1522 and 1526

あなたの作る破損を修復する (Repairing the breaks you make)

サイクリンA2は哺乳類の細胞周期制御タンパク質で、DNA複製と有糸分裂開始に重要な役割を果たす。それは、ヒト腫瘍における臨床転帰不良と関連付けられてきた。Kanakkantharaたちは、サイクリンA2が、重要なDNA修復酵素Mre11をコードしている或る特定のmRNA分子の3'末端に結合することを示している。この結合が Mre11 mRNAの発現を刺激し、それによってDNAの複製を、複製誤りにより引き起こされる DNA損傷を修復する機構の存在と調和させる。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1549

岩石の変形が磁気になる (Rock deformation goes magnetic)

米国西部のような地域の地形は、地殻やリソスフェアの強度に依存する。地域の地殻運動規模の進化をよりよく理解するために、Liu たちは、電磁場をもとに地下の特性を調べる地磁気地電流画像化法を、リソスフェアの進化モデルに取り入れた。(Kaus による展望記事参照)この取り組み方は、地球の表層近くの層の強度と粘度の上限を与えて、新しい情報源がいかに圧力に対する地下岩石の応答を解明できるかを浮き彫りにしている。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • 地磁気地電流法:物理探査手法の一つで、電離層起源自然磁場の変動による大地の電磁誘導から地下構造を推定する
Science, this issue p. 1515; see also p. 1495

三次元印刷を用いて機能をもっと (More function with 3D printing)

材料の誘導逐次積層法による部品創成方法は、三次元(3D)印刷としてよりよく知られているが、多くの場合単一材料に限定される。このことは、作られる物の機能性を制限する可能性がある。MacDonald と Wicker は、異種材料を一体化したり、埋め込みセンサやモータに動力を提供する電線を付加するような、能動部品を相互接続するための、3D印刷方法を総説している。多機能の能力は、電気的、機械的、電磁気的、および生物的部品により、向上させることが可能である。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1512

CRISPR編集が機能を照らす (CRISPR editing illuminates function)

遺伝子の周囲の非翻訳領域は、タンパク質符号化遺伝子の転写の制御に役立つが、関与する特定の要素を決定するのが困難である。CRISPR-Cas9系の編集能力にてこ入れして、Sanjanaたちは、ベニラフェニブ耐性がんと関係する3つの遺伝子領域のまわりに多くのガイドRNAを敷き詰めるように用意した。これにより、翻訳配列と非翻訳配列の両方を扱い、機能的非翻訳領域を明らかにすることが可能となった。CRISPR-Cas9による変異生成は、それ故に偏りのない方法で非翻訳変異を機能で評価出来るかもしれない。(KU,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ベニラフェニブ:後期悪性黒色腫の治療剤
  • ガイドRNA:CRISPR-Cas9系のゲノム編集を行う部位を見つける役割を持つ
Science, this issue p. 1545

抗腫瘍活性を遺伝子操作する (Engineering antitumor activity)

樹状細胞は,腫瘍細胞由来のものも含めて抗原一般をT細胞に提示し,免疫応答を促す.しかしながら,樹状細胞注入に基づく抗腫瘍ワクチンは効果を持たなかった.Liたちは,黒色腫細胞が転写経路を活性化するサイトカインを遊離すること,そしてこの転写回路が黒色腫に浸潤する樹状細胞の抗腫瘍応答を抑制すること,を見出した.腫瘍由来のサイトカインへの応答を克服あるいは防ぐよう遺伝子操作された樹状細胞の注入が,ガン患者での有効な免疫療法であることを証明する可能性を,腫瘍を持つマウスでのワクチン接種実験が示唆した.(MY,kj,nk,kh)

Sci. Signal. 9, ra94 (2016).

受容体がタンパク質凝集を蔓延させる (Receptor propagates protein aggregation)

α-シヌクレインは脳の神経細胞に豊富に含まれるタンパク質で,可溶性の単量体として働く.このタンパク質が不溶性凝集体へと異常な多量体化を起こすことがパーキンソン病(PD)と関係している.PDの進行は,神経細胞から神経細胞へと凝集が広がることに依存している可能性がある.Maoたちは,神経細胞の膜表面タンパク質LAG3(リンパ球活性化遺伝子3に符号化)が,α-シヌクレインの単量体よりも多量体と優先的に結合することを示している(Juckerによる展望記事参照).LAG3受容体との結合でα-シヌクレインの多量体が細胞質に取り込まれ,内在化して,新しい細胞に伝達されて凝集が拡がる.(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1513; see also p. 1498

ヒストンが腫瘍増殖にブレーキをかける (A histone brake on tumor growth)

個々の腫瘍は様々な性質を持つ多様な細胞群からなり、制御不能に増殖する。この不均一性は、しばしば腫瘍細胞の部分集団の分化の度合と関係づけられている。Morales Torresたちは、染色質タンパク質であるリンカー・ヒストンH1.0の濃度がガン細胞集団に関して、その不安定な分化と結果としてのその増殖能の基礎となることを示している。H1.0の符号化遺伝子のサイレンシングが腫瘍細胞の自己複製を可能するのだが、それに対して符号化遺伝子の高度発現の誘発は分化を促進して腫瘍の維持を制限する。これらの知見は、後成的状態をどのように調節すれば、腫瘍増殖を制御できるかということを示唆する。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1514

若い星の周りの円盤の中のらせん状の腕 (Spiral arms in a disk around a young star)

若い星が形成される時には、ガスや塵の円盤がその周りを周回する。最終的には、そのような円盤の中に惑星が形成される可能性がある。Perez たちは、サブミリ波干渉法を用いて、若い星であるエリアス2-27の周りの原始惑星系円盤を観察した(Rice による展望記事参照)。塵からの放射は、円盤の本体内でらせん状のパターンを示している。原始惑星系円盤の構造を研究することは、天文学者たちが、若い星たちがどのように物質を降着させ、惑星がどのように形成されるかを理解する手助けになるであろう。(Sk,nk)

Science, this issue p. 1519; see also p. 1492

世界の遺伝的多様性の傾向 (Patterns of global genetic diversity)

世界の生物多様性の地図化は、主に種のレベルに焦点が当てられてきていた。その基礎となる遺伝的多様性の分布については、あまり報告がされていない。Miraldoたちは、一般に公開されている哺乳類や両生類の4500種についてのミトコンドリアDNAの配列データに地理的座標を付け加えている(Pereiraによる展望記事参照)。遺伝的多様性は一般的に高緯度に比べて熱帯域で高く、そして人間活動の強度に関係する傾向を示している。具体的に言うと、両生類は人間活動が強く影響している地域では遺伝的多様性が減少してきており、哺乳類は中程度に人間活動の影響を受けている地域において、最も遺伝的多様性が高い。このような発見は、根本的な生物多様性の基礎をなす傾向に対する人類の影響をより深く理解する道を開く。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 1532; see also p. 1494

休止状態から始める (Progression at a standstill)

HIV-1に感染した人々のほとんどはAIDSを発病するが、稀にウイルスの存在下で免疫機能を維持する人もいる。この現象はまた、密接に関係するサル免疫不全ウイルス (SIV)の自然宿主にも見られる。Muenchhoffたちは、高ウイルス血症と抗ウイルス治療の欠如にもかかわらず、正常なCD4 T細胞数を持つ一群の小児HIV-1患者について記述している。これらの子供たちは、SIVに感染したスーティー・マンガベイ同様に、中央記憶CD4 T細胞上でのケモカイン受容体CCR5の低発現を含めて、低い免疫活性化を示す。この患者たちについて説明された免疫機構は、HIVの病変形成を明らかにし、このことは治療開発に役立つかもしれない。(KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ウイルス血症:ウイルスが血液に侵入し移動する医学的状態
  • スーティー・マンガベイ:西アフリカに生息するラナガザル科の猿で、HIV-2ウイルスの起源と考えられている(HIV-1ウイルスはチンパンジが起源と考えられている)
  • ケモカイン:細胞間の情報伝達を媒介するサイトカインの一つで、炎症形成に関与する
Sci. Transl. Med. 8, 358ra125 (2016).

マウスでA型肝炎のモデルを作る (Modeling hepatitis A in mice)

ウイルス性肝炎は、世界の疾病率の主な要因だが、科学者たちは、それを研究するための良い小動物のモデル、特にウイルスが引き起した肝臓の病変を再現するモデル動物を持っていない。Hirai-Yukiらは、A型肝炎ウイルス(HAV)に感染したマウス・モデルを報告している。HAV感染マウスは、Ⅰ型インターフェロンのシグナル伝達がなく、その結果、低悪性度ウイルス血症と肝臓の細胞死と炎症を含んだ、ヒトでの急性HAVの症状と類似した多くの症状を引き起こした。肝臓の病変は、自然免疫シグナル伝達タンパク質であるMAVSとインターフェロン調節因子3及び7に依存する。これらのマウスの使用は、ヒトのウイルス性肝炎に左右される病理学のテーマに重要な識見をもたらすかも知れない。(Sh,ok,kh)

【訳注】
  • MAVS:ミトコンドリア外膜にある分子量約6万の膜タンパク質。抗 RNA ウイルス免疫の必須因子
Science, this issue p. 1541

友を認識する部位と回路 (Sites and circuits to recognize friends)

なじみのある同種に属するのものを認識し記憶する能力は,全ての社会的生き物にとって極めて重要である.Okuyamaたちは,海馬の腹側部(腹側海馬)と側坐核と呼ばれる脳領域への腹側海馬の投射が,具体的な社会的記憶にとって必要十分であることを見出した(SaxenaとMorrisによる展望記事参照).活性化される腹側海馬の神経細胞の数,および,それに応答する細胞の強度と安定性の両方ともが,新奇な動物に対するよりも,よく知っている動物に対してで大きかった.記憶痕跡細胞を特定し操作する技術は,腹側海馬の特定の錐体神経細胞群が,よく知っている動物の記憶を保持するという強い証拠を提供している.(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1536; see also p. 1496

ミツバチも上機嫌になる (Bees have good moods, too)

気分は、曖昧な刺激に対する印象を左右することができる。Perryらは、そういった感情の状態の偏りがマルハナバチにも存在することを示しており、そのような感情の影響が見つかっている分類群の範囲を大きく増やす発見である(MendlとPaulによる展望参照)。具体的には、2つの中立的なきっかけのどちらかを選択する前に砂糖水の報酬を与えられたハチは、あたかもどちらのきっかけもが前向きな刺激であったかのように反応した。さらに、砂糖水を与えられたハチは、捕食者の攻撃に見せかけられた実験で立ち直りがより早くなった。ドーパミン拮抗剤の投薬はこれらの前向きな傾向を失わせ、このメカニズムは脊椎動物において見られるものと同様であることを示唆している。(ST,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1529; see also p. 1499