AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 7 2016, Vol.354

メタンへの長く、曲がりくねった道 (The long and winding road to methane)

古細菌がメタンを作るそのプロセスには、一連の反応と酵素が関与している。最初に、CO2とメタノフラン (MFR)が、いまのところ未解明の機構によりホルミル-MFRへと還元される。Wagnerたちは、タングステン含有ホルミル-MFR 脱水素酵素複合体の X線結晶構造を決定した。複合体における二つの活性部位は43-Åのトンネルによって隔てられ、これが CO2還元後に作られるギ酸塩の移動をもたらす。この複合体は又、46個の鉄-イオウ・クラスター鎖を含む。この鎖の正確な機能は不明であるが、4個のタングステン酸化還元中心を電子的に結び付けているのかもしれない。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 114

ヒトの脳を構築する (Building the human brain)

脳が発達する際に,神経細胞は増殖区域から最終地点へと移動し,そこで回路の形成を開始する。Paredesたちは,出生間もなく,脳室近傍で増殖する一群の神経細胞が循環性血管に沿って,前頭葉へと鎖状で移動することを明らかにした(McKenzieとFishellによる展望記事参照)。出生後に前帯状皮質へと移動する未成熟な神経細胞は,その後,抑制性介在神経細胞の特徴を発現する。移動する細胞数は一生のうちの最初の7か月で減少し,2歳までには細胞移動ははっきりしなくなる。移動期における低酸素症のようなどんな損傷も,それを受けた子どものその後の身体的・行動的発達に影響する可能性がある。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 81; see also p. 38

本物みたい (Something like the real thing)

人工的金属酵素は、理想的には天然酵素の好ましい特性と合成触媒の高性能を兼ね備える。しかしながら、既存の天然タンパク質中への新たな金属の挿入は、しばしば全体的な触媒効率の低下をもたらす。この限界を打破するために、DydioたちはチトクロムP450のヘム基の鉄をイリジウムと置換し、それに指向性進化処理を施した。この酵素は、天然酵素と似た反応機構を持つ一連の反応を触媒した。それはまた、まったく不活性な C-H結合を機能化することも可能にした。これは、以前は合成触媒によってのみ仲介されていた反応である。更に、この人工酵素は、工業的に用いられる温度と規模の全域で安定であった。(KU,Sk,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 指向性進化:ある方向に向かって進化する生物の自然淘汰の過程(定向進化)を模倣して、突然変異、選択、増幅の反復で目的のタンパク質や核酸を一定量作成する、タンパク質工学で使用される方法
Science, this issue p. 102

類人猿は誤信念を理解する (Apes understand false beliefs)

我々人間は、我々の認知能力が、程度の問題だけでなく本質的な点で人間だけの能力と信じがちである。しかしながら、他の種をより密接に観察すればするほど、差異は程度の問題であることがより明確になる。Krupenyeたちは、三つの異なる類人猿種が、他の個体が状況を誤信しているのかもしれないと予測できることを示している(de Waalによる展望記事参照)。これらの類人猿は、個々の者が外界について異なる物の見方をしていることを理解しているように考えられ、心の理論を持つのは人間のみという理論的枠組をひっくりかえしている。(Uc,Sk,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 誤信念:心の理論を持つために理解している必要があるとされる、他者がその知識に基づいて持つ、真偽どちらもありえる志向や信念
  • 心の理論:他人の心を推測する機能
Science, this issue p. 110; see also p. 39

安定層を整備する (Maintaining a stable phase)

太陽電池への応用に対して、全無機ペロブスカイト相は、有機陽イオンを含むペロブスカイト相よりも安定である可能性がある。しかし、これらの材料の導電率を決定する、全無機ペロブスカイト相のバンド・ギャップは、太陽光のスペクトルとうまく合致しない。CsPbI3 の立方晶構造は例外であるが、塊状態では高温環境下でしか安定しない。Swarnkar たちは、界面活性剤で被覆したα-CsPbI3 の量子ドットが環境条件に対して安定であり、可視域に調整可能なバンドギャップを有することを示している。これらの材料の薄膜は、界面活性剤の損失が最小限となる、貧溶媒技術によるスピンコートで作成可能である。太陽電池に用いた場合、これらの薄膜は10%を超える効率を有し、光収穫やLEDへの応用に対して有望である。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 貧溶媒技術:溶質の溶解度を下げるような他の溶媒の添加により溶質を析出させる技術
  • 量子ドット: ナノテクにより作り出された、nmレベルの半導体の微粒子、微細な結晶のこと。3次元すべての方向で量子効果が顕著になり、大きな結晶とは異なる特性をもつ
Science, this issue p. 92

もっと柔軟な地震源もある (Earthquakes get a more flexible source)

地震を発生させる脆弱な地殻性断層に沿った破壊の結果として、地球表面には部分的な変形が生ずる。可塑性のある下層地殻とマントルにおける、岩石の変形を理解することは挑戦しがいのある課題である。Inbal たちは、地球上でもっとも高密度に配置された地震計群を用いて、南カリフォルニアにある Newport-Inglewood 断層下で、この下層地殻とマントルの深さで発生する地震が、予想外に局所に集中していることを見出した。この地震活動は、地殻深部のマントルと接する領域において可塑性がどのように作用するかを理解するのに役立ちそうな、ある種の地震の存在を示している。(Wt,Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 88

米国南西部における大規模干ばつの危険度 (Megadrought risk in the American Southwest)

長い期間にわたる干ばつは,水源や農業生産性に対して長期的悪影響を及ぼす。そのような事象は,水の供給が不足している米国南西部のような地域では著しく壊滅的になりうる。Aultたちは,気候モデルによりシミュレーションされる降雨や温度の変化に対して,地表での水分平衡が如何に応答するのかに基づき,米国南西部での大規模干ばつの危険度を予測した。この結果は憂慮すべきものであるが,その著者たちは温室効果ガス放出を劇的に減少すれば,大規模干ばつの危険性を半減できるかもしれないことを示唆している。(MY,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1600873 (2016).

はかないどころではない、白血病におけるFLTでの成功 (More than a FLT-ing success in leukemia)

急性骨髄性白血病は、最高の環境下でも治療が困難な病気であり、fms様チロシン・キナーゼ3の遺伝子内縦列重複を含んだ亜型(FL-ITD)は特に困難である。高処理能薬物探索において、ラムらは、ホモハリントニンがこの型の白血病の治療法の候補であることを確認し、癌細胞、マウス・モデル、患者でその有効性を確かめた。高齢の患者と今までの全ての治療法で失敗していた患者を含む第Ⅱ相臨床試験で、有望な結果が得られた。(NA,Sk,kh)

【訳注】
  • ホモハリントニン:中国産植物から抽出したアルカロイド
Sci. Transl. Med. 8, 359ra129 (2016).

模擬患者に医療を施す (Delivering health care to mystery patients)

発展途上国における多くの家族は医者を利用できず、その代わりに認可を受けていない医療提供者から医療を受けている。Dasたちは「模擬」患者(訓練された役者)を用いて、9ヶ月の訓練プログラムが、西ベンガルにおける認可を受けていない医療提供者によって施される医療の質を改善するかどうかを調べた (Powell-Jacksonによる展望記事参照)。この患者たちは医療提供者に自分自身の身元を明かさず、さらにどの医療提供者が訓練プログラムに参加したかを聞かされなかった。この盲検の結果は、医者が認可を受けていない医療提供者よりも良い医療を施すが、それでも訓練プログラムがそのギャップの多くを埋めることを示した。(KU,Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 80; see also p. 34

DNA損傷で活性化されるヌクレアーゼが同定された (DNA damage-activated nuclease identified)

ストレスを受けて過度のDNA損傷を蓄積した細胞は、PARP-1として知られる核酵素によってもたらされる細胞死を起こす。この過程の間、アポトーシス誘導因子(AIF)は核に移動し、DNAを切断する1つ以上のヌクレアーゼを活性化する。Wangらは、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)が、PARP-1が誘発するDNA断片化の原因となるAIF関連のエンドヌクレアーゼであることを見出した(Jonasによる展望記事を参照)。培養したマウス・ニューロンにおいて、MIFの喪失が、過剰な刺激起因の細胞死からニューロンを保護した。このように、MIFを標的とすることは、PARP-1活性化が過剰である疾患に対する治療戦略を提供できるかもしれない。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • PARP-1:様々な遺伝毒性物質により生じるDNA鎖切断を特異的に認識する真核細胞DNA結合タンパク質
  • エンドヌクレアーゼ:核酸配列の内部で核酸を切断する酵素
Science, this issue p. 82; see also p. 36

光格子中のスピン軌道相互作用 (Spin-orbit coupling in an optical lattice)

固有純度と実験条件の制御性故に、低温原子系を用いたトポロジカル物質の研究は新たな知見をもたらすと期待されている。しかし、そのために必要なスピン軌道相互作用を再現することは容易ではない。Wuらは、単一レーザー光源のみを用いて一次元から二次元のスピン軌道相互作用へと連続的に調節可能な、単純な方法を考案し実験で実証した。この実験はボーズ原子を用いて行われているが、フェルミ原子にも適応可能と期待されている。(NK,Sk,nk,kh)

【訳注】
  • トポロジカル物質 : 物質の新しい分類種で, 電子状態が位相的 (トポロジカル) に通常物質と異なる。 表面に固体内部とは異なる特殊な電子が存在し、それが新しい電気的・磁気的機能の担い手となる可能性がある。
Science, this issue p. 83; see also p. 35

フェルミ海における緩慢な騒動 (Sluggish turmoil in the Fermi sea)

多体量子系の非平衡力学は、実験的にも理論的にも研究するのが難しい。実験上の設定として、希薄な原子気体は、金属中の電子に対して利点がある。この環境下では、より重たい原子は、フェルミ海全体に及ぶ集団的過程を、マイクロ秒という緩慢な時間尺度で生じさせる。Cetina たちは、はるかに大きなリチウム6の雲の中心に位置するカリウム40原子の小さな雲を用いて、これらの力学を研究した。カリウム原子とリチウム原子間の相互作用を制御することにより、カリウム「不純物」原子と会合した準粒子の形成を詳細に研究することが可能になった。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • フェルミ海:固体結晶中で、エネルギーバンドの低エネルギー側から電子が隙間なく詰まった状態
  • 準粒子:多粒子の集団における粒子の運動形態の一つで、一粒子的なふるまいを示すもの
Science, this issue p. 96

より短チャネルへのより平坦な経路 (A flatter route to shorter channels)

高性能シリコン・トランジスタはゲート・チャネル長を5nmまで微細化できるが、それより微細化すると、ソース-ドレイン間のトンネル現象と静電的制御の喪失により、電圧オフ時の許容できない漏れ電流をもたらす。Desaiたちは,MoS2の薄層としての静電的性質がそのような電流の漏れを制限するはずだと考え、ゲート材料としてMoS2を使うことを探索した。彼らは、MoS2の2層ゲートと単層カーボン・ナノチューブのゲート電極を用いて、1nmの物理ゲートを持つトランジスタを構成した。優れたスイッチング特性と~106のオン・オフ状態電流比が観測された。(MY,Sk,kj,kh)

【訳注】
  • MoS2:層状構造の材料。短チャネル化のためチャネル厚みを極薄化すると、シリコンでは表面の原子レベルの凹凸が顕在化するが、層状構造材料では低減される
Science, this issue p. 99

真珠層の輝きを実験室でつくる (Making nacre shine in the lab)

動物が殻や骨格を作るのに用いる材料の多くは,脆い、あるいは軟らかい分子で形成されている。殻や骨格の驚くべき機械特性は,それらが持つ層状構造のおかげであり,その構造は人工的な製作にとっての難題である。例えば真珠の真珠層は,有機基質中のアラゴナイト結晶が作る真珠層の複雑な構造のため,作るのが厄介であることが分かってきた。Maoたちは組付け-石灰化の方法を用い,何とか実験室で真珠層を作った(Barthelatによる展望記事参照)。最初に,積層した3次元のキトサン母体を作り,その内部で,重炭酸カルシウムを含む溶液からアラゴナイト・ナノ結晶を析出する。(MY,Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 107; see also p. 32

ウイルス性脳炎に対するキナーゼ阻害剤 (Kinase inhibitors for viral encephalitis)

日本脳炎ウイルス (JEV)は、デング、西ナイル及びジカ・ウイルスと関連する、蚊の媒介するフラビ・ウイルスである。JEV感染によって引き起こされる神経炎症と重篤な神経損傷は、命に係わることがある。Yeたちは、キナーゼ・シグナル伝達経路の抑制が、日本脳炎ウイルスに感染させた培養グリア細胞による炎症反応を減少させることを見出した。JNKキナーゼ阻害剤を用いた感染マウスの治療は生存率を改善し、そして神経炎症と神経細胞死を抑制した。この治療法は、JEVや他の神経性ウイルスの治療に希望を与える。(KU,Sk,kj,kh)

Sci. Signal. 9, ra98 (2016).