AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 23 2016, Vol.353

炭素貯蔵量過小が土壌モデルの価値を下げる (Less storage sinks soil models)

土壌は、以前考えられていたよりも小さな炭素吸収源である可能性がある。そして、将来の地球温暖化に対する軽減効果が予想よりわずかしかないかもしれない。土壌は、陸上の他のいずれの貯蔵器よりも多くの炭素を含む。そのため、大気の二酸化炭素をどのくらい土壌が隔離するかに依存して、気候に大きな影響を与える可能性がある。He たちは、土壌の放射性炭素測定を用いて、2100年までに土壌が蓄積するであろう炭素量について、土壌モデルが過大評価する傾向にあることを示している。その主要な理由は、モデルが土壌の炭素の回転時間を過小評価しているためである。それゆえ、今世紀末までの炭素貯蔵に関するモデルの予測は、2倍ほど高すぎる可能性がある。(Wt,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 1419

スプライソソームを王手がかかった状態に保つ (Keeping the spliceosome in check)

真核生物では,RNAはmRNA前駆体として転写される.タンパク質が作られる前に,非翻訳配列の切り出し(スプライシング)がなされる必要がある.このスプライシング過程に対する機構面の洞察は,スプライシング反応の種々の段階における特徴的なスプライソソーム複合体の構造を決めることでもたらされてきた.Rauhutたちは,5.8 Aの解像度で得られた出芽酵母の活性化スプライソソーム(Bact)構造について説明している.この複合体は,活性ではないが,いつでも触媒活性を持つ装置へと改造できる状態に保たれている.(MY,kj)

【訳注】
  • スプライソソーム:遺伝子からの一次転写で生成したイントロン(非翻訳配列)を含むmRNA前駆体からイントロン除去を行う酵素複合体で,複数の低分子RNAとタンパク質からなる.イントロン除去の過程で参加する低分子RNAやスプライソソームの構造が変化する.
  • Bact:イントロン除去の過程でスプライソソームに編成される一連の複合体のうちの1つ
Science, this issue p. 1399

新熱帯区の乾燥森林での多様性 (Diversity in neotropical dry forests)

アメリカの熱帯区の乾燥森林は熱帯雨林ほどは広大ではなく、人間活動からのより深刻な脅威にさらされている。DRYFLORネットワーク(Latin American Seasonally Dry Tropical Forest Floristic Network)は全新熱帯乾燥森林の生物群系からなる植物相目録をまとめ、この約5000樹種のデータベースを使って、生物群系が収容している植物多様性の地域的分布を分析した。異なる場所や地域の間で植物種組成が大きく変化するので、乾燥森林植物の多様性を有効に保全するには、新熱帯区国家群をまたがる多数の優先地域を保護する必要がある(Uc,MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 新熱帯区:生物地理区の一区分で、中南米、カリブ海の島嶼、フロリダ半島南部を含む地域
Science, this issue p. 1383

G タンパク質は分岐して勝つ (G proteins diverge and conquer)

植物において、G(ヘテロ三量体 GTP-結合)タンパク質によるシグナル伝達は、構造的にも機能的にも動物の Gαタンパク質に類似している、標準的 Gαタンパク質か、或いは異常に大きな Gα(XLG)タンパク質のいずれかが関与している。Uranoたちは、植物の標準的 Gαタンパク質が動物のその対応物と同様にゆっくりと進化し、進化過程に関与していることを見出した。対照的に、XLGタンパク質は、陸上植物系列の早い時期に急速に多様化し、そしてストレス応答に介在した。このように、植物 XLGタンパク質の多様化は、植物の海洋からの上陸と一致し、そしてこの陸上環境で遭遇した新たなストレスを植物が克服するのを助けてきたのかもしれない。(KU,MY,nk,kh)

Sci. Signal. 9, ra93 (2016).

空から地震をつかむ (Catching earthquakes from the sky)

廃水の注入が、米国中部における地震の急激な増加を推進していると思われる。Shirzaei たちは人工衛星を用いて、テキサス東部で発生した2012年のマグニチュード4.8のティンプソン地震の前に、廃水の注入が地表の変形を引き起こしていたことを示している。地下の間隙水圧の変化が、注入を地表の変形に結びつける。人工衛星を用いて廃水注入の影響を追跡することは、誘発型の地震活動を生じやすい地域での地震予測を改善するかもしれない。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 間隙水圧:地下水による地盤内の水圧
Science, this issue p. 1416

微生物が腸で耐性を教える (Microbes teach tolerance in the gut)

我々の腸内に生息して相互作用している数兆もの微生物は、我々の感染症への応答の仕方に大きな影響を与える。Ranganたちは、腸内に Enterococcus faeciumを宿している線虫やマウスが、サルモネラ感染に対しより耐えることができることを見出している。サルモネラ感染耐性にはE. faeciumの酵素、SagAの発現が必要であり、この酵素はまた、他の腸内細菌により発現されても耐サルモネラ感染効果を働かせている。SagAは、tol-1タンパク質を刺激するよう、細菌のペプチド断片を切断することで線虫を守る。対照的に、Pedicordたちは、SagAが、抗菌ペプチドと複数の自然免疫受容体に依存したやりかたで、サルモネラ菌や Clostridium difficile感染からマウスを守ることを見出している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • Enterococcus faecium:腸内球菌で乳酸菌の一種
  • Clostridium difficile:人や動物の腸に生息し、抗生物質に強い菌
Science, this issue p. 1434; Sci. Immunol. 1, eaai7732 (2016).

培養腸が胃腸炎に対抗する (Cultured guts combat gastroenteritis)

ヒト・ノロウイルスは感染力が強い.このウイルスは,爆発的な胃腸炎の発生を引き起こすが,これは幼児,年寄り,免疫不全者にとって危険なこともある.Ettayebiたちは,ヒト腸幹細胞培養系で幾つかのノロウイルス株を育てるのに成功し,胆汁を加えるとウイルス感染力が大幅に増大することを見出した.この培養系により,ワクチン開発のためにヒト・ノロウイルスを不活性化する新しい方法の評価や,消毒剤の有効性の測定や新規な感染対策の決定が可能となるだろう.(MY,kh)

【訳注】
  • ノロウイルスの培養:ノロウイルスは培養細胞や実験動物への感染がいまだに成功していないウイルスで,ヒトが唯一の感受性動物であるといってよい(国立感染症研究所のHPより)
Science, this issue p. 1387

酸化グラフェンの急速還元 (Rapidly reducing graphene oxide)

酸化グラフェンの剥離小片を還元することで,材料・エネルギー貯蔵・触媒分野への適用を求めて、グラフェンを作ることができる.しかしながら還元法は,しばしばグラフェンにかなりの割合の酸素含有官能基を残し,グラフェンの電気伝導性を下げてしまう.Voiryたちは短いマイクロ波パルス(1から2秒)が,酸化グラフェンをほとんど完全に還元する結果になったと報告している.得られた高品質グラフェンはキャリア移動度が高く,酸素還元反応に対して過電圧が低い触媒支持体として機能した.(MY,ok)

Science, this issue p. 1413

極端への遺伝的収束 (Genetic convergence to the extreme)

同一生息地に棲む種は,ただ遠い縁戚関係にあるだけかもしれないが,それでも環境の極端状態に適応する必要性を共有している.Yeamanたちは,1億4千万年以上前に分岐したロッジポール・パインとエンゲルマン・トウヒ/カナダ・トウヒの,地域環境への適応の根底にある遺伝的特質について調べた(Hancockによる展望記事参照).一群の重複遺伝子が環境による淘汰があった証拠を残していて,2つの種の耐寒性に関係していた.遠縁種の間でさえ、気候への適応は遺伝的に制約されるらしい.(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1431; see also p. 1362

規則正しいものの中の不規則さを見る (Seeing the disorder in the ordered)

結晶性材料の秩序特性は、部分的情報から全体の構造を計算することを比較的単純にしている。対照的に、粒界、空孔、積層欠陥のような結晶欠陥の局所構造を説明することは、はるかに困難な場合がある。Miao たちは、少なくともいくつかの材料では、部分的に不規則な系に属する個々の原子の三次元座標を決定することを可能にする、原子分解能の電子線断層撮影法の進歩を総説している。(Sk,ok,kj,nk)

【訳注】
  • 積層欠陥:原子面の周期的積み重ねに狂いが生じた、面状の格子欠陥
Science, this issue p. 1380

包括的な遺伝子相互作用ネットワーク (A global genetic interaction network)

遺伝子相互作用の研究は、個々の変異の観察を通じては容易に明らかにできないかもしれないネットワークと経路を究明するのに役立つ。 Constanzoらは、酵母における必須と非必須遺伝子について、正負双方の遺伝子相互作用の包括的なネットワークを図化した。この結果、彼らは、ネットワーク間の接続性だけでなく、遺伝子と細胞機能の階層を図化でき、以前に特徴付けられていない遺伝子の機能を明らかにできた。本研究で究明された相互作用は、ヒトの遺伝子相互作用の予測をするように拡張することさえできる。(Sh,nk,kh)

Science, this issue p. 1381

生体内で巻き戻される (Unfolded in vivo)

RNAは、非常に多くの折りたたみ構造を形成することができる。4本鎖のRNAグアニン4重鎖は潜在的に非常に安定な構造であり、遺伝子制御と病気の双方に関係づけられてきた。GuoとBartelは、多くの真核生物のRNA配列がグアニン4重鎖を形成する能力を持っているにもかかわらず、そのほとんどが真核細胞内で巻き戻されていることを示している。生体内でも安定であるのに、原核生物の RNAにおいてRNAグアニン4重鎖構造はごく僅かしか存在しないので、グアニン4重鎖はゲノムから積極的に除去されているのかもしれない。(KU,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1382

保護的液体運動 (Protective liquid motions)

太陽電池に用いられる有機-無機混成・ペロブスカイトは,全無機のペロブスカイトと比べ,大きなキャリア寿命を示す.前者の方が構造の乱れが多く、無駄となるキャリア再結合を通常ならば増やすはずにも拘わらず、そうなのである.Zhuたちは時間分解発光・分光法と光カー効果・分光法を用い,有機-無機混成・ペロブスカイトであるCH3NH3PbBr3とCH(NH2)2PbBr3を全無機ペロブスカイトCsPbBr3と比較した.混成材料は,有機カチオンの液体状運動を示唆するホットキャリア蛍光を示し、溶媒和あるいは大きなポーラロンの形成を通して,キャリアを保護するのかもしれない.(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 有機カチオン:上記有機-無機混成・ペロブスカイトのCH3NH3やCH(NH2)2の部分
  • ホットキャリア蛍光:ホットキャリア(バンド・ギャップより高いエネルギーの光を吸収して生じたキャリアで,通常,格子振動により非常に短い時間でバンド端へ熱緩和する)により生じる蛍光.ホットキャリア蛍光の観測は,その熱緩和が抑制されていることを表す
Science, this issue p. 1409; see also p. 1365

酸素不足 (Oxygen deficit)

極域雪氷コアに捕捉されていた大気のデータによれば、大気中酸素分子の分圧は過去80万年で0.7%減少した。この損失分を計算するため、Stolperたちは氷中空気のO2/N2比の現存データを集めて解析した。おそらくは地球全体の浸食速度の増加や海洋の有機炭素埋没速度の減少のため、この期間、酸素分子の吸収源は放出源よりも約2%多かったに違いない。酸素が減少する一方で二酸化炭素は安定であったので、地質学的なタイムスケールにおける大気中二酸化炭素濃度の安定化を助ける、例えばケイ酸塩の風化のような二酸化炭素に依存するフィードバックが必要である。(Uc,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1427

どのように脳ニューロンは熱を冷ますか (How brain neurons turn down the heat)

視床下部の視索前野は脳の温度調節器として機能する。Songらは、ニューロンの特定の一群がこの機能を仲介していることを見出し、これが用いている分子熱センサーを同定した(Bartfaiによる展望記事を参照)。加温に応答して活性化したマウス脳の培養下のニューロンは、温度感受性があるTRPM2イオン・チャネルを発現した。これらのチャネルを欠くマウスでは、人工的な発熱に応答した体温上昇が、比較用の通常マウスより高かった。 TRPM2を含むニューロンの特異的な制御ができるように遺伝子操作されたマウスでは、このニューロンの活動が、深部体温を調節することが示された。(Sh,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1393; see also p. 1363

適応を成功させるサービス (Services for successful adaptation)

世界中の国家は、気候変化に適応するために気候サービスの助けを求めつつある。展望記事で、Goddardは、気候サービスが成功するためには、そのサービスは、政策決定において気候配慮にふさわしい場所を明瞭に理解して行う必要があると説明している。また、気候サービスは利用可能な中で最良の観測データ群に基づいて構築される必要があり、そして、季節毎の変化から数十年単位の変化に至る時間スケールで気候パターンを考慮する必要がある。個々の地域は夫々違う気候変化を受けるであろうから、気候変化への適応の成功は、気候サービスと国の機関との間の密な協力に依存するであろう。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1366

MRSAに誘発される肺炎をくい止める (Stemming MRSA-induced pneumonia)

黄色ブドウ球菌感染によって引き起こされる重篤な肺炎に対する補助治療としてのヒト免疫グロブリン大量点滴静注療法 (IVIG)の使用に関して、議論が続いている。Diepたちは、ウサギにおいて、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 (MRSA)系統によって生じる壊死性肺炎に対する防御を与えるのに、IVIGに含まれている2つの特異抗体のみで必要十分であることを示している。これらの抗体は、α毒と Panton-Valentineロイコシジン(leukocidin)の毒性効果を中和する。IVIGを用いた暴露前予防治療、或いはバンコマイシンかリネゾリドのいずれかと組み合わせた IVIGを用いた曝露後治療が、生存結果を改善した。(KU,MY,nk,kh)

【訳注】
  • ロイコシジン(leukocidin):黄色ブドウ球菌などが産生するヒトや動物の白血球(好中球)を特異的に破壊する細菌毒素、Panton-Valentine ロイコシジンはその内の一つの型
  • リネゾリド:抗生物質の一種で、抗生物質バンコマイシンにたいして薬剤耐性を獲得した耐性菌に対する新しい薬
Sci. Transl. Med. 8, 357ra124 (2016).

沈み込みの弱点を見つける (Finding the weak spots of subduction)

アセノスフェアは、地殻の剛いプレートが地質学的時間にわたって移動することを可能にしている、地球中の軟弱な層である。Hawley たちは、米国北西海岸沿いに位置する、カスケード沈み込み帯にある剛いファンデフカ・スラブの真下に、予想外に大量に蓄積した軟弱な物質を発見した。この軟弱な物質の「巻物」を地震波で画像化するには、陸上および海底の両方の地震計を用いる必要があった。その巻物は、ファンデフカ・プレートが屈曲しマントルに突入している部分の底面に位置しているように思われる。それは、ここや他の沈み込み帯の、いくつかの不可解な特徴に対する有望な解釈を提供している。(Sk)

【訳注】
  • スラブ:海洋プレートがマントル中に沈み込んだ部分
Science, this issue p. 1406

風の変化 (A change in the wind)

大気循環の中で最も頼りになる特徴の一つである、準二年周期変動(QBO)が、2016年に意外なことに中断した。通常、赤道域の高度16km程度から50kmの成層圏の風は、22か月から36か月の間隔で、東向きと西向きの流れを交互に繰り返す。しかしながら、2016年の2月、Osprey たちは、成層圏下部での西風期の最中に東からのジェット気流が形成されたことを示している。それは、現在のQBOモデルが予測しなかった出来事であった。いくつかの気象シミュレーションに基づく予測は、今後この動向が気候が温暖化するにつれて頻繁になるかもしれないことを示唆している。それは、特に北ヨーロッパ全域での冬の嵐や降雨に影響するであろう。(Sk,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1424