AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 26 2016, Vol.353

骨髄腫の酵素が転移への道を作る (Myeloma enzyme makes way for metastasis)

骨組織は,平衡状態にある再形成過程の中で,骨芽細胞により作り出され,破骨細胞により壊される.しかしながら,転移性ガンでは,この平衡が傾き,骨のがん性増殖が生じることになる.転移防止の試みは臨床では成功していなかったので,Liuたちは標的への新しい経路の探索を始めた.著者たちは,骨髄腫細胞により産生されるチミジン・ホスホリラーゼ (TP)と呼ばれる酵素が,骨芽細胞の働き(新しい骨の形成)を抑制し,破骨細胞の働き(溶骨)を高めることを見出した.この酵素を阻害すると,骨髄腫誘発性の溶骨性骨病変の発生が低減した.これは,特にある種のTP阻害剤がヒトへの使用に対して認可済みであることを考えると, 臨床移行の新しい標的を示唆している.(MY,kj,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 353ra113 (2016).

スプライソソームが最初の切断をする仕方 (How spliceosomes make the first cut)

真核生物において、転写された前駆物質 mRNAは、スプライスされなければならない非翻訳配列を含んでいる。これは、スプライソソームという動的な複合体によって行われるが、その中に存在する5種の低分子核内RNAと数種のタンパク質が、スプライシングを実施するために一連の順序だった相互作用と構造的再配列を行う。二つのタンパク質構造は、その過程における最初の触媒段階の様相を示している。Yanたちは活性化されたスプライソソーム(Bact複合体)の構造を3.5 Åの分解能で報告し、この複合体は触媒作用に向けてほぼ準備できているのではあるが、作動するまでの潜伏状態がどのように維持されているかを明らかにしている。Wanたちは、触媒作用の段階1のスプライソソーム(C複合体)構造を3.4 Åの分解能で報告している。この複合体はスプライシング反応の最初の段階の後に形成される。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue pp. 904 and 895

高速パルス光でダイヤモンドを輝かせる (Shining a fast light on diamonds)

概念的には、物質の電子構造は、固定化された足場のようなエネルギー準位からなり、電子は光吸収の助けを借りてそれを登っていく。現実では光が持つ電磁場がその足場をゆがめるので、光の強度が増すのに従って顕著になる現象が知られている。Lucchiniらは、適度な強度を持つ赤外パルスを照射されたダイヤモンド基板において、動的 Franz Keldysh効果と呼ばれるこの現象の出現について調べた。筆者らは、アト秒プローブ・パルスによる実験と理論シミュレーションにより分析し、それに続く極度に高速な電子力学を説明した。(NK,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 916

生態学において複雑さを原動力として利用する (Harnessing complexity in ecology)

生態学は、時を越えての個体群、共同体そして生態系の複雑で、動的な、相互に結び付いた系の振る舞いを問題にする。しかし、生態学の扱う時系列は、研究期間に関する実際的な制限により、比較的短かい場合が多い。YeとSugiharaは、多視点組み込み(multiview embedding)と呼ばれる解析的方法を導入している。この方法は、生態学と経済学のような他の学問分野において一般的である、短期的でノイズの多い時系列特有の複雑さを利用する。公開されているデータ群からの事例を使用することによって、彼らは、この方法が複数の相互作用しあう要素から得られた複雑なデータが如何に扱いやすくなるかを示し、そして生態学的予測を前進させる方法を提供している。(Uc,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 922

核の中での遺伝子発現の可視化 (Visualizing gene expression in nuclei)

遺伝子発現は、単一細胞中で大きく変化する可能性がある。単一核の配列決定と生体内で増殖している細胞を標識化するために開発した技術を使って、Habibらは成体マウスの海馬から1402個の単一核の RNA配列決定を行った。この方法と単一細胞と単一核の RNA配列データに対するクラスタリング・アルゴリズムとを組み合わせることで、細胞の分化・発生中に現れる特異的な細胞型が描写された。細胞質RNAではなく、核のみからポリアデニル化されたRNAを取り出すことによって、この方法は個別の細胞を単離するのが難しい組織に対する単一細胞トランスクリプトームへの適用に道を開く。(TS,KU,kh)

Science, this issue p. 925

ノロウイルス侵入に関する新たな理解 (New insights into norovirus entry)

ノロウイルスに罹ったら逃れる道はない。胃腸炎を引き起こすこのウイルスによる症状は、短期間とはいえ、身体にこたえることが多い。感染の予防は、ノロウイルスが宿主細胞にどうやって侵入するかの理解を深めることに依存するであろう。Orchardたちは、マウスのノロウイルス (MNoV)の宿主細胞中への侵入が CD300lfと呼ばれるタンパク質を必要とすることを示している。細胞培養においてMNoV結合、侵入及び複製が生じるためには、マウスの細胞には CD300lf を発現することが必要であった。マウスにおいて、CD300lfをコードしている遺伝子を除去すると、マウスは MNoV感染から免れた。CD300lfを発現するヒト細胞では、MNoVが種の障壁を破ることができた。この知見は、このウイルスの感染力に関する新たな理解に導くかもしれない。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 933

IL-1βに対する新たな策略 (A new trick for IL-1β)

自己免疫疾患の症状を弱める戦略の一つは、痛みをもたらす炎症を阻止することである。関節リウマチに対して、この種の治療法の一つは、インターロイキン1β (IL-1β)受容体拮抗薬であるアナキンラである。しかしながら、アナキンラを使用している患者は A群レンサ球菌 (GAS)に感染し易くなる。LaRockたちは、この効果を支配している機構を調べ、そして菌が産生するタンパク質分解酵素である SpeBが、IL-1βのシグナル伝達を妨げるプロドメインを直接切断することで IL-1βを活性化することを見出した。アナキンラによるこの炎症反応の阻止は、関節リウマチの患者に GAS感染症がより頻繁であることを説明し、またこの効果は彼らが他の細菌による感染症にも罹り易いことにも当てはまるのかもしれない。(KU,nk,kh)

Sci. Immunol. 1, aah3539 (2016).

地震波による「爆弾低気圧」検出器 (A seismic “weather bomb” detector)

地震波トモグラフィーは、地球内部に対するX線のようなものである。ただ、この場合、光源として地震を用いる点に差異がある。地震波は、不完全な光源である。なぜならば、それらは、プレート境界に密集しており、地球内部の大部分が陰のままに残るからである。NishidaとTakagiは日本の地震計群を用いて、猛烈な強さで遠方にある北大西洋暴風 (「爆弾低気圧」とよばれる) が発するとする地震波を検出した(Gerstoft と Bromirskiによる展望記事を参照のこと)。爆弾低気圧から地球を通過して伝わってきた地震波のエネルギーは、地球内部に多い暗黒の領域を照らす能力を持つと思われる。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 919; see also p. 869

量子ドットから量子ドットへ (From quantum dot to quantum dot)

今や、幅広い材料を組み合わせて半導電性の量子ドットを作ることが可能である。これらの材料は溶液から成長するため、単純で低コストな製造工程を用いて、量子ドットの組み合わせで素子を作り上げる余地がある。Kaganたちは、量子ドットを調整し、組み合わせて、電子素子および光電子素子を作り上げる技術についての最近の進歩を再調査している。それぞれの量子ドットの大きさ、形状、結合性を調整することが可能であるため、従来のバルク半導体では手に入らなかった特性を持った電子材料を作り上げる可能性がある。(Sk)

【訳注】
  • 量子ドット:三次元方向とも電子の波長(約10nm)レベルの大きさの半導体で、電子はその中に閉じ込められる
Science, this issue p. 885

ビタミンAが細胞へ入る窓 (A window into the cell for vitamin A)

哺乳類にとって,ビタミンAは必須栄養素で,その代謝産物は多様な生体内作用に影響する.ビタミンAは,レチノール結合タンパク質(RBP)により,レチノールとして血流中を運ばれる;STRA6と呼ばれるタンパク質が,細胞膜を横切るレチノール移動の促進に関与している.Chenたちは電子顕微鏡により,ゼブラフィッシュの STRA6の構造を3.9 Å の分解能で決定した.親油性のくぼみは RBPに対する結合部位らしく,また,くぼみ中の開口は,レチノールが膜へ拡散するのを可能にしてるのかもしれない.予想外なことに,この構造にはまた,結合されたカルシウム調節タンパク質を含んでいるが,その機能は不明なままである.(MY,KU)

【訳注】
  • STRA6:細胞膜に存在し,細胞膜貫通領域を持つ受容体で,RBPと親和性が高く,ビタミンA-RBP複合体からのビタミンA取り込み活性を持つ
Science, this issue p. 887

バークリウムへの絆 (Bonding to berkelium)

非常に重い化学元素群の最近の命名では、地名を取り上げることが多い。選り抜きの例としては、半世紀以上前に97番と98番元素に対して選ばれた名前である、バークリウム(Bk)とカリホルニウム(Cf)を思い出させた。その急速な放射性崩壊のために長い間極めて研究困難であった Bkの化学に、Silverらは今また立ち返った。合成結晶化された Bkホウ酸塩とジピコリン酸の化合物は、固体状態で Cfの類似物と構造的に類似したが、しかし、そのスピン・軌道カップリング効果に由来する異なった電気的、磁気的な特徴を示した。(NA,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 888

使う人に塩素を手渡す (Delivering chlorine to those who use it)

先進国においては、健康製品に関する消費者の評価は、彼または彼女のそれに対する支払いの意欲で測定することができる。しかし、より貧しい人々、特に開発途上国の貧しい人々は、それに対してお金を支払うことはできないが、製品を欲しがり、必要としているかもしれない。Dupasたちは、それにお金を払うには貧しすぎるが、それが手に入れば使うというケニアの人々に水処理用の塩素を手渡すのに、無料の引換券の仕組みが使用可能であることを実証した(Olkenによる展望記事参照)。引換券を商品と交換しなければならないという手間が、無料の塩素溶液を受け取るがそれを使わないであろう人々を排除する。(Sk,kh)

Science, this issue p. 889; see also p. 864

快速リアノドール経路 (Rapid ryanodol route)

植物由来化合物リアノジンとその加水分解型の同類体リアノドールは,生物化学的には,それらが持つカルシウム調節能力のため興味深く,化学的には,多くの酸素含有付加体が突き出し,密に交錯している炭素環のため興味深い.Chuangたちは,15の段階からなり,構造的により単純なテルペン・プレゴンからリアノドールを得る,効率的な不斉合成について報告している(Verdaguerによる展望記事参照).この反応の重要な段階には,一酸化炭素と,繋がった状態のアルケンとアルキンをポーソン・カンド反応により環化し,この化合物の特徴的な環構造を設置し,その後,二酸化セレンを用いた酸化で,連続した3つの炭素それぞれに,酸素置基を与えることが含まれる.(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 不斉合成:化学合成で光学異性体の一方を選択的に作ること
  • アルケン:炭素-炭素二重結合を1つ含む炭化水素
  • アルキン:炭素-炭素三重結合を1つ含む炭化水素
Science, this issue p. 912; see also p. 866

酸素不足はどのようにキナーゼAktを制御するのか (How hypoxia controls the kinase Akt)

タンパク質キナーゼ Aktは細胞の生存と増殖を制御する.Guoたちはヒトの培養細胞で,プロリン水酸化酵素 EglN1により,Aktが修飾されることを見出した(VoulgarelisとTsichlisによる展望記事参照).そのようなプロリン残基の水酸化は,Aktの酵素活性を抑制した.EglN1は酸素濃度に敏感で,酸素不足をこうむっている細胞では EglN1の働きが低下し,Aktが活性化した.この活性化は,Aktと腫瘍抑制タンパク質 pVHLとの結合減少を伴った。pVHLにはプロリン残基が水酸化したAktが優先的に結合し,pVHLの働きを阻害する。これらの結果が,酸素不足にさらされた腫瘍細胞の成長と生存を促進しているのかもしれない.(MY,kj,kh)

【訳注】
  • プロリン水酸化酵素:タンパク質を構成するアミノ酸成分の1つであるプロリン残基に対して,水酸化修飾を施すタンパク質.酸素濃度感受性で,酸素濃度の低下で酵素活性が低下する
Science, this issue p. 929; see also p. 870

専門家の知識を活用する (Harnessing expert knowledge)

専門家、政策立案者、現地の人々の間の効果的な意思疎通が無いと、複雑な保護への取り組みは失敗することがある。例えば、ケニアでの象による作物への襲撃を防止するために電気柵を使用する試みは、その計画が異なる現地集団の利害関係を十分考慮しなかったために失敗した。展望記事の中で、Adamsは、専門家たちの生態系の見方が、その経歴に関係なく、どのように様々な違った筋書きで進展するかを述べている。学際性、多様性、および透明性が, 科学専門家集団の効果的保護努力に向けての最もうまい取り組みに極めて重要である。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 867

エピジェネティクスによってより高い応答性を (More responsive with epigenetics)

様々な神経精神医学的及び神経学的な疾患は、固有の膜興奮性を変えることがあり、それが刺激に対しニューロンがどのくらい敏感になるかに影響する。Meadowsらは、 DNA中のシトシンのメチル化を阻害することによって、培養した皮質ニューロンが刺激に対してより応答性が増加することを見出した。応答性の増加はカリウム・チャネルの特定のファミリーの活性の減少が原因で、これらのチャネルを阻害剤でブロックするとDNAのシトシン・メチル化の阻害と同程度に内因的な膜興奮性を高めた。このように、DNAの後成的再構築によって全体のニューロンの電気生理学的特性を変化させ、神経活動を制御することができる。(Sh,KU,kj,nk,kh)

Sci. Signal. 9, ra83 (2016).

時には赤色光の方法が育つ (Sometimes, red light means grow)

シアノバクテリアの中には,葉緑素f色素を合成することで,光スペクトルの遠赤色端を使うことができるものがある.葉緑素fの合成を担うタンパク質を作物植物へ導入すれば,そのような植物が光合成中に使う波長範囲を拡げ,それにより,その成長効率を高めることができる可能性がある.Hoたちは,遠赤色光を使っての成長に適応している2つのシアノバクテリア中の,葉緑素f合成酵素(ChlF)を同定した.ChlFをコードしている遺伝子を実験生物シアノバクテリアに導入すると,シアノバクテリアは,この光領域で同様に成長することが可能であった.ChlFと光化学系Ⅱのコア・タンパク質が類似していることは,それらが進化的に近縁の関係にあることを示唆しており,ChlFはさらに原始的な光化学反応中心である可能性さえある.(MY,kh)

【訳注】
  • 遠赤色:700~800nmの波長域のこと
  • 光化学系Ⅱ:光エネルギーを吸収して葉緑素が励起され,それにより水分子が分解されて電子が引き出される,光合成系における最初の過程のこと
Science, this issue p. 886