AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 19 2016, Vol.353

チベットの浸食作用を隆起から分離する (Unlinking erosion from uplift in Tibet)

通説に従えば、地殻の隆起運動に浸食が切り込んでいくので、峡谷、すなわち、大きな高原の端に沿う河川勾配"遷移点"の位置は、固定されたままであると考えられる。急速な隆起と浸食が生じているチベット高原以上に、これがはっきりと見えるところはないはずだ。しかし、Kingたちは、東チベットの Parlung River に沿うある主要な遷移点のゆっくり移動の証拠を見出した。彼らは、地域の冷却速度を決定するため、マルチOSL(光励起ルミネセンス)熱年代学と呼ばれる、並外れた時間分解能を有する新手法を用いた。Parlung の遷移点は、地殻隆起に呼応して定常的に上流側に移動しているらしい。この地殻隆起は、その局所的浸食速度と無関係である。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • 遷移点(knickpoint):川や谷の縦断勾配が急に変わる地点
Science, this issue p. 800

動きを止めて! その恰好のまま動かないで! (Stop wiggling and hold that pose)

X線結晶構造解析は,有機小分子の構造とキラリティーを決める最も信頼性のおける方法であるが,有機小分子結晶内の無秩序配向が構造解析の分解能を制限することがある.Leeたちは、この分子運動を減らすために、共有結合的に分子を結びつけて、かつ整列させることができるギ酸配位子を含んだキラルな金属-有機骨格を用いた(Ohrstromによる展望記事参照).このようにして,幾つかの有機分子の構造と絶対配置(すなわち,原子団の空間配置が R異性体か、または S異性体かを)を測定することができる.測定対象は,メタノールのような低分子から,8つの立体中心を持つジベリリンやジャスモン酸のような,今まで絶対配置が直接的にはっきりさせられなかった複雑な植物ホルモンにまで及んでいる.(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • R異性体,S異性体:立体配置を定義する幾つかの方法の1つである「RS命名法」に基づき決められた立体配置
  • ジベリリン:植物の伸長成長の促進,種子の発芽促進や休眠打破の促進、老化の抑制に関わり,三環式のジテルペン酸構造を持つホルモン物質
  • ジャスモン酸:ジャスミンの花の芳香成分で,果実の熟化,休眠打破,落葉の促進,傷害応答などに関与する一環式のホルモン物質
Science, this issue p. 808; see also p. 754

似たものを分離する炭素ふるい (Carbon sieving to separate the similar)

有機分子、特にほぼ等しい大きさでかつ似たような物性を持つ有機分子の分離は困難であり、凍結分画のようなエネルギー集約型技術を必要とする場合が多い。水溶液の逆浸透法からのヒントにより、Kohたちは、室温で液相有機分子の分離に対して炭素分子ふるい膜に適する合成、特性、及び物質輸送性能を記述している。この技術は、非常に良く似た異性体、例えばオルソ・キシレンとパラ・キシレンを工業的規模で分離することができる。(KU,kh)

Science, this issue p. 804

遺伝的変異と冠動脈疾患 (Genetic variation and coronary artery disease)

たいていの遺伝的変異はタンパク質コード遺伝子の外側に存在しているが,その影響は,特に人の健康においては,よく分かっていない.Franzenたちは,冠動脈疾患(CAD)になった組織の遺伝子発現を調べた.彼らは,ゲノム・ワイド関連解析で CADに関係あるとされてきた座位を持つ人たちが,この遺伝的変異を持たない人たちと比べ,組織特異的遺伝子発現の様式が異なることを見出した.同様に,CADと関係しない組織の発現様式は,CADにおけるようではなかった.それ故,組織特異的データを使って,人をCADに罹りやすくする遺伝的影響を詳しく調べることができるかもしれない.(MY,KU,nk,kh)

【訳注】
  • ゲノム・ワイド関連解析:ある特定集団におけるヒト・ゲノム中の一塩基多型(SNP:ゲノム上で一塩基だけが他のものに置き換わっている変異)のうち,主として頻度が1%以上のSNPを対象とし,SNPの頻度と,疾患や量的形質との関連を統計的に調べる方法論で,例えば疾患に対する感受性遺伝子の同定に利用される
Science, this issue p. 827

遺伝子コドンの再符号化と作り変え (Recoding and repurposing genetic codons)

細菌のゲノムを再符号化することで,自然界で普通には見かけない産物の合成を可能にする生命体を作り出すことが可能である.Ostrovたちは,全てのタンパク質コード遺伝子に対して,7つのコドンを同義の別コドンに系統的に置き換えることにより,大腸菌のゲノムをコーディングしなおした.大腸菌の遺伝子コード中のコドンの数は,終止コドン UAGが存在する場合はその除去,2つのアルギニン・コドン,2つのロイシン・コドン,2つのセリン・コドンの切り取りにより,64から57へ減少した.機能性については,90%を越えて保持することに成功した.10の事例では,再構成された細菌は生存能力がなかったが,これらの数少ない失敗は,ゲノム設計への挑戦や,生存可能なゲノムに何が必要とされるのかに対して,興味深い洞察を与えた.(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 819

暑さに準備して生まれる (Born prepared to be hot)

卵の中にいる間、胚状態の鳥は外部の音に敏感であり、情報が親から子に聴覚的に伝えられている可能性がある。Marietteたちは、温度上昇の際にキンカチョウの親が卵に呼びかけていることを示している。このような鳴き声は、雛鳥が孵化した後の成長の仕方と高温への耐性や選好性に影響を与える。このように、親たちは、子が成長し繁殖しなければならない温暖化環境に対して子に準備させることができる。このような機構は、もしより広く分布しているなら、ある種に対して温暖化する世界への適応を後押しするかも知れない。(Uc,KU,nk)

Science, this issue p. 812

より低い血圧で眠る (Sleeping with lower blood pressure)

睡眠時無呼吸症の人は、睡眠時に周期的に呼吸が止まるか、より浅い呼吸になる。結果として生じる断続的な血中酸素濃度の減少(低酸素)は、頸動脈小体と呼ばれる器官を活性化し、呼吸だけでなく血圧をも増大させる信号を送り出し、高血圧症を引き起こすことがある。睡眠時無呼吸症のげっ歯類モデルを用いて、Yuan たちは、げっ歯類の頸動脈小体が、活性酸素種を作り出していることを見出した。活性酸素種は硫化水素の発生を促し、それはガス性伝達物質であって頸動脈小体の活性を刺激することになる。硫化水素を発生させる酵素を阻害することで、げっ歯類が高血圧になることが妨げられた。(Sk,ok,kh)

Sci. Signal. 9, ra80 (2016).

ガン罹患中に制御性T細胞を光攻撃する (Photobombing Tregs during cancer)

制御性T細胞(Treg)は、炎症を弱める免疫抑制細胞である。しかし、炎症を弱めることはガン防御と対立する。Satoらは、過剰な炎症や自己免疫のリスクを最小限に抑えながら、抗腫瘍効果を促進する腫瘍中の Tregを選択的に枯渇させる方法を見出した。このような選択性は、近赤外線光免疫療法と呼ばれる手法を展開することによって実現できる可能性がある。この技術では、Tregを認識する抗体の一部が、光感受性色素に融合されている。腫瘍への近赤外光照射によって抗体は活性化し、Tregsの死滅を誘発する。マウスでは、この治療は標的腫瘍を死滅させただけでなく、身体の他の部分に位置する同じタイプの無処置の腫瘍をも破壊した。これは転移性疾患の治療としての潜在力を示している。(Sh,KU,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 352ra110 (2016).

ミクログリアの発生は段階的プログラムに従う (Microglia development follows a stepwise program)

ミクログリアは、中枢神経系を防御する細胞である。しかしながら、発生の際にミクログリアは脳内に移動するため、遺伝子発現に影響を与える変化を含めて、それが受ける変化を立証することが困難であった。Matcovitch-Natanたちは、出生直後のマウスを使い、遺伝子発現を転写に基づく方法で特徴抽出し、ミクログリアの後成的特徴を単一細胞レベルで分析した。彼らは、ミクログリアの発生に関する3つの段階を発見した。3つの段階は遺伝子発現により特徴づけられ、そして染色質変化と関連し、発生中の脳と同期して生じている。更に、彼らは、ミクログリア本来の発生が体内微生物群によって影響されることを示した。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 789

消費と豊かさを遠隔測定する (Measuring consumption and wealth remotely)

夜間照明は経済的豊かさの大雑把な代用指標であり、世界の夜間地図は、多くの発展途上国にはまばらな明かりしかないことを示している。Jeanたちは、夜間地図を高分解能の昼間の衛星画像と結合した(Blumenstock による展望記事参照)。機械学習の優れた技術を少しだけ用いることで、結合された地図は、家計消費と資産の正確な推定に転用できる。より貧しい国においては、その両者は測定が困難である。その上、その夜間および昼間のデータは、公開されていて著作権制限がない。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 790; see also p. 753

熱平衡化か、さもなければ非熱平衡化? (To thermalize, or not to thermalize?)

急激な変化(すなわち急冷)にさらされた孤立した物理系は、そのエントロピーを最大にする方向へと進むだろうと、直観は我々に語る。もし系がエントロピー零の量子力学的な純粋状態にある場合、急冷後でもそのままであると予期される。我々は、統計力学と量子力学の法則をどうやって調和できるのだろうか?この問題に立ち向かうために、Kaufmanたちは彼らの量子顕微鏡を用いて、光格子の井戸に閉じ込められた6つのルビジウム原子の原子列を調べた (Polkovnikov and Selsによる展望記事参照)。原子列に沿ってのトンネル効果が突然にスイッチ・オンになると、全体としての弦は純粋な状態のままであったが、しかし2個ないし3個の原子のより小さな部分集合は熱分布に従った。熱平衡化を促進する力は、量子もつれであった。(KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 794; see also p. 752

組織内の発生調節の基本形 (Patterns of development regulation within tissues)

多くの生物において、任意のRNAレベルでの遺伝子発現は、タンパク質レベルの発現と必ずしも相関するわけではない。Walleyたちは、トランスクリプトーム、プロテオーム及びホスホプロテオームの測定に同じ組織試料を用いて、発生中のトウモロコシにおける遺伝子発現と調節ネットワークの統合された地図帳を構築した。トランスクリプトームとプロテオームからの同時発現ネットワークは、それらが似たような経路を濃厚に示していたとしても、お互いほとんど重なることのないことを示した。mRNA、タンパク質、及びリン酸化タンパク質のデータ・セットは遺伝子調節ネットワークの予測力を改善した。(KU,nk,kj)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:細胞中に存在するすべての mRNAを示す呼称
  • プロテオーム:細胞中の存在するすべてのタンパク質を示す呼称
  • ホスホプロテオーム:ホスホキナーゼを中心としたリン酸化タンパク質を示す呼称
Science, this issue p. 814

ジカ・ウイルスの抗体応答の特徴抽出 (Characterizing the Zika virus antibody response)

ジカ・ウイルスがもたらす公衆衛生上の緊急事態により、科学者たちはジカ・ウイルスに特異的な免疫応答を理解しようと努めている。Stettlerたちは、現在流行中のジカ・ウイルスに感染した4人のドナー(そのうち二人は同じフラビウイルス科に属するデング・ウイルスに以前感染している)から単離した119の単クローン抗体を分析した。これらの中和抗体は、最初に無傷のウイルスのエンベロープ・タンパク質領域 III (EDIII)、或いは4次抗原決定基(quaternary epitopes)を認識し、EDIIIを標的とした抗体が致死的感染症からマウスを守った。幾つかの EDI/IIを標的にする抗体は、試験管内でデング・ウイルスと交差反応し、デング・ウイルスに感染したマウスにおいて病気の進行を速めている可能性がある。デングとジカ・ウイルスの抗体がヒトにおいても交差反応するかどうかは、今後テストされる必要がある。(KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 823