AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 29 2016, Vol.353

イランからの古代オリエントのゲノム (Near Eastern genomes from Iran)

ヨーロッパの人びとの遺伝子構成は,狩猟採集から農耕への新石器時代の移行期に変化した.Broushakiたちは,現代の人びとの起源をもっとよく理解するために,初期新石器時代の肥沃な三日月地帯を代表する現代イランのザグロス地方出土の人骨4体から,古代DNAの配列を決定した.これらの人たちは,意外なことに,初期のヨーロッパ農耕民の祖先でなく,その遺伝子構造は今日のヨーロッパ人の遺伝子構造に有意な寄与をしなかった.これらのデータは,新石器時代における並行的な農耕への移行が,恐らく,南西アジアの各地で遺伝子的に別々に分化した混成農耕集団に由来することを示している.(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 499

学界へ能力と気力を示す (Signaling ability and grit to academia)

多くの職業において、出世するには努力と能力の双方の証拠を必要とする。人が支配的なグループの一員でなく、そして社会的規範に打ち勝とうとするなら、このことは特に真実である。Bredaと Hillionは、フランスの教育システムにおいて、教職の地位を求める志願者の口頭試験官が、このような応募者に報いていることを示している。特に、物理や哲学といった男性が支配的な分野で高いレベルの教職の地位に応募する女性は、文学や外国語といった女性が支配的な分野で応募する男性と同じように、援助される。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 474

ねじれをつけたマイクロレーザ (Microlasers with a twist)

らせん状の波面を持つように構造化された光を光通信に用いると、情報を符号化するための自由度を増やすことができる。通常、所望の大きさの光角運動量,即ちねじれを持つ光線を作り出すには、ある程度大きな装置が使われてきた。Miaoらは、設計した素子構造の内部に、制御された大きさの角運動量を持つねじれ光の光源が作られるような、集積光学手法への可能な道筋を示している。このマイクロレーザは遠距離通信や情報通信での応用を見出し,情報速度を向上させるかもしれない。(NK,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 464

小さく塩っぱいCO2還元・削減計画 (Small and salty CO2 reduction scheme)

人工光合成の取り組みのほとんどは,水素を作りだすことに集中している.植物や微生物がやっているようなCO2を作り変える作業は,化学的には、もっと複雑である.Asadiたちは,WSe2や関連する電気化学的触媒をナノメーター規模の薄片にしたものが,CO2をCOに還元する活性を著しく改善することを報告している.イオン液体の反応媒体は,効率をさらに高める.WSe2を有する人工葉は,葉の片面でCO2を還元し,別面でコバルト触媒が水を酸化した.(MY,nk,ok,kh)

【訳注】
  • イオン液体:陽イオンと陰イオンのみからなり,室温(一般的には100℃以下の温度)で液体状態の塩のこと
Science, this issue p. 467

まだら景観が侵入を選択する (Patchy landscapes select for invasiveness)

侵入種は,人が支配している景観においては遍在しているが,にもかかわらず,それらの種の生態や進化の動力学についての私たちの理解は限られたものでしかない.Williamsたちは,モデル植物種シロイヌナズナを含む実験系を用い,進化がどのように,群落のまだら模様が異なる景観を通して,植物集団の拡大に影響するのかを調べた.草高や分散力は,実験景観がまだらであればあるほど,速く進化し,まだらの断片化が,より速い侵入速度を選択する可能性を示唆している.それ故,今後の侵入速度予測においては,進化を考慮する必要があるかもしれない.(MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 482

春の始まり (Spring break)

植物には、寒い温度に長い間さらされた後でのみ花を咲かすものもあり、春化として知られている応答である。FLOWERING LOCUS C (FLC)によってコードされた開花の抑制因子が低温で閉じ込められている時に、いったん温度が上昇し始めると、開花プロセスの制限が除かれる。FLC上で開花を抑制する後成的な標識が、その遺伝子内の特異的な位置で始められる。Questaたちは今回、転写抑制因子である VAL1が、FLCの発現を抑制する染色質の核ができるFLCサイトのDNA配列を見つける役を担っていることを見出している。VAL1は次に、開花抑制因子のFLCを眠らせる機構を強化する。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 485

プラスミドの多数複製が疫病を促進する (Plasmid copy number promotes plague)

ペスト菌(Yersinia pestis)の病原性はプラスミドに符号化されている.プラスミドはペスト菌の感染した宿主細胞に毒素を注入する分子機構を提供するが,ペスト菌はプラスミドの複製に対して,通常,1回しか耐えない.Wangたちは,ペスト菌が病原性となり得るのは,プラスミド数が上昇し,実際に機能する病原性装置を組み立てるのに十分なタンパク質構成要素を発現する場合にのみであることを見出した.難しいことには,プラスミドの合成は,そのような大きな代謝コストをかけるため,プラスミドはペスト菌の成長を阻害する可能性がある.そのため,ペスト菌は,宿主細胞の可能性を検知した場合にしか,プラスミドの複製を認めない.(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • プラスミド:細菌や酵母の細胞質内に存在する環状2本鎖構造をとるDNA.通常の生命活動に必要な遺伝子は持たず,細菌が特殊な環境に置かれた場合や,病原性を発揮する場合などに働く
Science, this issue p. 492

ゲノム科学は異なったオオカミの見方をしている (Genomics sees wolves differently)

アカオオカミ(Canis rufus)、ハイイロオオカミ(C. lupus)、そしてシンリンオオカミ(C. lycaon)の種を含む、アメリカのオオカミ類に関する分類は活発に議論されている。しかしながら、種の同定が変わると、絶滅危惧種保護法(Endangered Species Act)のリストに加わったり、外されたり、再び加えられたりする。Von Holdtたちは、コヨーテ(オオカミと交配可能である)、イヌ科の別種のキンイロジャッカル、そしてヨーロッパオオカミと共に、アカオオカミ、ハイイロオオカミ、そしてシンリンオオカミの全ゲノムを分析した。アメリカのオオカミ類は、過去の交配の程度が異なる個体群の地理的に複雑な集合からなる。オオカミの保護は、それ故に分類学的類型よりも進化の歴史に基づく必要があるのかも知れない。(KU,bb,nk,kh)

Sci. Adv. 2, e1501714 (2016).

乳児の腸内細菌叢に影響している (Influencing the infant microbiome)

毎年、100万人以上の子供が、HIVに感染した女性の子供として生まれている。これらの子供の大部分はHIVには感染していないが、HIV陰性の母親から生まれる子供の2倍の死亡率を示している。Benderたちは、母親たちのHIV感染が、HIVに曝されたが感染しなかった乳児の、腸内細菌叢の変化に関連していることを示している。HIVに曝された乳児の腸内細菌叢の破壊は、恐らく母乳を介してであろうが、免疫系の発達に影響し、これらの乳児の死亡率上昇の一因となっているのかも知れない。(Sk,MY,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 349ra100 (2016).

二次元(2D)材料の向上に次ぐ向上 (The rise and rise of 2D materials)

グラフェンの発見以来、二次元(2D)材料の研究と、それらのファンデル・ワールス・ヘテロ構造は、世界的な興味を引き付けてきた。これらの材料は、基礎研究だけでなく、多くの可能性のある応用にとっても重要である。Novoselov たちは、2D材料分野での最先端の進歩を再調査し、それらの材料成長と製造、および可能性のある素子構造での応用のための光学的および電子的特性の制御と操作における、最近の開発について述べている。(Sk,kh)

【訳注】
  • ファンデル・ワールス・ヘテロ構造:ファンデル・ワールス相互作用で作るヘテロ構造
Science, this issue p. 461

ゼブラフィッシュの細胞履歴を追跡する (Tracing cell history in zebrafish)

受精卵が複雑な生命体になるにつれての細胞分裂や分化のパターンをたどることは、生命体の発生を理解する上で必須である。McKennaたちは、ゼブラフィッシュの発生期間中に、変異の固有のパターンをゲノム・バーコードに導入する、GESTALTと名づけられた方法を開発した。さまざまな細胞中で変異したバーコードのDNA配列は、その後、細胞系列の関係を再構成するのに用いられる。ゼブラフィッシュへの応用では、この細胞系列追跡方法により、たいていの成体の器官が、少数の祖先細胞の子孫により支配されていることが実証された。今後の分析において、この方法は、腫瘍や転移の細胞起源を特定すると同様に、正常な発生における細胞系列を研究するために、他の複雑な多細胞生命体に応用することが可能である。(Sk,kh)

Science, this issue p. 462

植物絶滅のぞっとする歩み (The creeping pace of plant extinctions)

植物絶滅の予測は、UNのレッドリストデータベースに記録されているものをはるかに超えている。Cronk は展望記事で、この矛盾の理由を調査している。ある種が完全に絶滅したことを証明するのは、非常に困難である。たとえ少数の個体が残っていたとしても、その種は機能的には絶滅しているのかもしれない。つまり、それはもはや自然環境では再生できない。木本植物では、「生ける屍」のような状態で何百年もの間、生き残ることが可能である。このように、世界は今世紀のうちに、忍び寄りつつある植物多様性の消失に直面しているかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 446

失明を防ぐ薬の組合せ (Drug combinations to prevent blindness)

Gタンパク質共役受容体(GPCR)に関係するプロセスを通して、光は網膜を損傷させることがある。Chenらは、光誘発網膜損傷を防止するため、進行性網膜変性症のマウスモデルで、特定のGPCRを活性化または抑制する薬の組合せを探索した。この取り組みによって、米食品医薬品局(FDA)が認可した薬を用い、光受容器を保護する組合せを同定した。それらの薬はドーパミン受容体であるD2RとD4Rを活性化し、ドーパミン受容体D1Rを阻害し、またアドレナリン受容体α1Aを阻害した。同様の取り組みは、利用可能な薬の新しい組合せの発見を導き、シグナル伝達網の治療による変化を促進することができるだろう。(Sh,MY,kh)

Sci. Signal. 9, ra74 (2016).

抵抗は、とにかく、無駄ではない (Resistance is not, after all, futile)

ネナシカズラと呼ばれる寄生植物は宿主に付着し、その宿主から生命を吸い取る。奇妙なことに、一般のトマトは、攻撃を受けてもへこたれない。Hegenauerたちは、その違いを利用し、トマトの苗を保護する分子防御システムの一部を究明した(NtoukakisとGimenez-Ibanezによる展望記事参照)。宿主植物は、微生物の感染に対抗して備えられている防御と類似した過程で、寄生植物から低分子ペプチドの信号を知覚し、防御応答を開始する。トマトの苗から単離された候補受容体は、他の2つの攻撃に弱い植物種に移されると、部分的な保護をもたらした。(NA,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 478; see also p. 442

細菌細胞をメモリ素子に仕立てる (Making bacterial cells into a memory device)

CRISPR-Casインテグラーゼ・システムの適用が大幅に遺伝子編集を容易にした。Shipmanらは、定義されたDNA配列を細菌ゲノムに挿入し、メモリの一つとして機能させるために、どのようにこのシステムを使うことができるかを探索した(Borkowskiらの展望記事参照)。 DNAをゲノムに挿入した順序は、細菌細胞集団のDNA配列から決定することができるかも知れない。この取り組みにより、発生や他の生物過程で起こった様々な細胞事象の履歴を追跡して、記録に残すことが可能になるかもしれない。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • CRISPR-Cas:細菌が有する免疫機能を応用して構築された,ゲノム配列の任意の場所を削除,置換,挿入することができる遺伝子改変の技術
Science, this issue p. 463; see also p. 444

海洋による気候への衝撃 (An ocean of climate impacts)

大西洋子午面循環の大規模な減少は一つ残らず、最終氷期の中核期間中に発生した、あの寒冷な北半球亜氷期事象を伴った。これらの亜氷期は、それぞれ平均的には1000年ほど続いたのだが、永らく深海水循環の変化がもたらしたものと考えられてきた。Henry たちは、海洋の堆積物の中から地球化学的な指標一式を用いて、北大西洋深層水輸送の減少が、亜氷期の前とその期間中に起きたことを示した(Schmittner による展望記事参照)。この観測結果は海洋循環変動の、最終氷期中の氷期気候突然変化の原因としての役割をしっかりと確立するものである。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 470; see also p. 445

地衣類は3成分で組み立てられる (Lichens assemble in three parts)

共生相手の藻類植物および菌類を一緒に育てても,地衣類の生育形を実験室で再現することはできない.Spribilleたちは,地衣類に対する古典的な2成分の見方が単純すぎることを発見した.そうではなくて,北米の顎ひげ様の地衣類は,2成分ではなく,3つの共生仲間(子嚢菌類の真菌,光合成藻類,それと予想外なことに担子菌類の酵母)から成っている.酵母細胞は,地衣類葉状体の特徴的な外皮を形成しており,その形態にとって重要であるかもしれない.この酵母はほとんどの地衣類にとって普遍的,必須の共生相手であり,地衣類が他の生物体により着生あるいは,寄生された結果ではない.(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 地衣類;菌類と藻類が共生して形成される複合体(本論文では共生は3成分).湿った岩や木の幹の表面に,カビ状やコケ状に群生するものなどが例示される
Science, this issue p. 488

HIV-1の成熟と抑制 (Maturation and inhibition of HIV-1)

HIV-1は、その Gagタンパク質の或る単一の領域により概ね制御される2段階の処理を受ける。Schurたちは低温電子断層撮影法とサブ断層アベレージング法を用いて、組み立てられた Gagタンパク質格子内のこの領域に関する完全な原子モデルを決定した。複数の Gag分子の異なる部分からのアミノ酸が、一緒になって HIV-1の組み立てを促進する複雑な相互作用ネットワークを形成する。感染性 HIV-1ウイルスへの最終的な成熟段階は、最終的な切断部位のウイルス・プロテアーゼへの接近容易性を変える Gagの構造変化により制御される。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 506

ママの食事が成長に影響する (Mom's diet affects growth)

栄養は発育の間、重要である。これは子宮内においてすら正しいようで、成人の表現型と病気に長期に持続する影響を持つ可能性がある。対応する分子機構を同定する際に、後成的因子が最も疑わしく、その理由は、それらの因子が細胞分裂を通して維持されている可能性があるためである。Hollandたちはマウスにおいて、子宮内での栄養不足が、多コピー・リボソームDNA要素での後成的状態を通して、子孫の成長に影響を与えることを示している。この効果は、リボソームRNA内に自然に存在する遺伝的変異によって影響される。(KU)

Science, this issue p. 495

ジカ・ウイルスのプロテアーゼを拡大する (Zooming in on the Zika virus protease)

ジカ・ウイルスをやっつけるワクチン、或いは抗ウイルス薬の欠如により、科学者たちは可能性のある薬剤標的を同定し、より特徴づけようと躍起になっている。魅力的な候補の一つは NS2B/NS3ウイルス・プロテアーゼであり、これは宿主細胞のプロテアーゼと一緒になって、ウイルスのポリタンパク質をウイルス複製に必要な個々のタンパク質に切断する。Leiたちは、ペプチド模倣の阻害剤に結合したこのプロテアーゼの結晶構造を報告している。その構造は、他のフラビ・ウイルスに比べてこの酵素の高い触媒効率におそらく寄与している重要な相互作用を明らかにしており、薬剤設計に対する有望な出発点であることを示唆している。(KU)

Science, this issue p. 503