AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 22 2016, Vol.353

父性ミトコンドリアを取り除く (Eliminating paternal mitochondria)

受精の間に,卵母細胞と精子の各々は,自身のミトコンドリアを合体細胞に提供する.その後間もなく,父性ミトコンドリアは分解され,母性ミトコンドリアだけが子孫に伝わる.Zhouたちは,父性ミトコンドリアの内膜の一部が損なわれ、それが父性ミトコンドリアが分解されるための標識となっているらしいことをことを観察した.これはどうも,父性ミトコンドリアが分解されるための標識となっているらしい(van der Bliekによる展望記事参照).ミトコンドリアの核酸分解酵素Gが膜間腔から基質に移り,続いて父性ミトコンドリアのDNAを分解することで,父性ミト コンドリアに対する自己貪食が始まる.何であれ,この過程の遅れは胚の死亡率を高める.(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 膜間腔:ミトコンドリアの外膜と内膜の間の領域
  • ミトコンドリア基質:ミトコンドリアの内膜で囲まれた内側の領域で,エネルギー物質であるATPの産生がなされ,ミトコンドリアDNAが存在する
Science, this issue p. 394; see also p. 351

軽量な形状転移合金 (Lightweight shapeshifting alloys)

形状記憶合金(SMA)は変形後に元の形状に戻るが、それは種々の応用に役立つ性質である。丈夫ではあるが高比重の遷移金属合金が、SMA の大半を占めている。Ogawa たちは、マグネシウムとスカンジウムでできた、新種の軽量SMAを報告している。それは、知られているSMAに匹敵する性質を有しているが、かなり低比重である。このマグネシウム・スカンジウム合金は低温での応用に限られれているが、新規な軽量級のSMAの開発の兆しが見えてきたといえるだろう。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 368

シナプスの不発を見る (Seeing synapses misfiring)

神経の接合部(つまりシナプス)は、一つの神経細胞からもう一つの神経細胞へ、情報を電気的に伝達(つまり発火)する。多くの疾患が、不発のシナプスを特徴としている。Finnema たちは、シナプス小胞糖タンパク質2Aを標的とした、非侵襲性の画像観察法を開発した。いまや、ヒトのシナプスが生体脳中で発火する様子を観察できるのである。てんかんの患者の脳中では発火シナプスの密度分布が非対称であることが分かったが、それは一定の領域が損傷を受けていると解釈できる。このように、この画像形成法は、いろいろな神経および精神的な疾患を持つ人々の脳中の、シナプスの消失を経過観察することを可能にし、予後の情報に役立てることができるであろう。(Sk,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 348ra96 (2016).

電磁波形の画像化 (Imaging electromagnetic waveforms)

電子の力学や、材料または素子内の電磁場の空間的および時間変化を理解することは、多くの場合、その性能を最適化するための鍵になる。Ryabov と Baumは、電子顕微鏡を用いて、電荷担体の集団運動と電磁場を、周期以下の時間分解能と波長以下の解像度で測定可能であることを示している。一例として、彼らは、一連の圧縮電子パルスを用いて、励起された光学的メタマテリアル部品中の電磁的励起の動画を作成した。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • メタマテリアル:マイクロ波領域で、電磁波の屈折率が負であるような自然界には存在しない人工超物質のこと
Science, this issue p. 374

地下水流が配分を制御する (Groundwater flow drives partitioning)

土壌からの蒸発と植物からの蒸散は、ともに、陸上淡水流束のかなりの割合に寄与している。大陸的なスケールで、これらの流束が土壌蒸発と植物蒸散にどう配分されるかを理解するのに、地表面モデルが用いられる。しかしながら、モデルの与える結果は、しばしば、安定同位体の観測結果と不整合であった。Maxwell と Condon は、動的な地下水の流れを、全アメリカ合衆国に対する統合型水理モデルシミュレーションに組み込んだ。このモデルによると、地下水面の深さと横方向の流れは、蒸散割合に大きく影響しており、その結果、観測とモデルとの間の不整合が説明可能となった。(Wt,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 377

記憶をどのように連結し,また分離するのか (How to link and separate memories)

記憶痕跡は,1つ1つの記憶を貯蔵する脳組織における変化である.神経科学者たちはこれらの場所の特定や操作が可能であるが,今まで,複数の記憶痕跡がどのようにして相互作用し,記憶に影響を与えるのかについて,ほとんど分かっていなかった.Rashidたちは,外側扁桃体と呼ばれる領域にある神経集合体が,どのように相互作用するのかを調べた.2つの恐ろしい出来事が6時間以内に起こる場合には,同じ一連の神経細胞が使われて,両方の出来事に対する恐怖記憶を表した.しかしながら,それらの出来事が24時間隔てられると,別の記憶痕跡が形成された.(MY,kh)

Science, this issue p. 383

見せて,この先の甘い誘いを (Show me a sign of sweetness to come)

人と飼育動物の間で意思疎通が行わることはよく見られる.しかしながら,人と野生動物の間で,普段から意思疎通が行われることは稀である.アフリカのノドグロ・ミツオシエは,普段から蜂蜜狩猟者を蜂群に誘導することが知られていて,誘導された狩猟者たちは蜂の巣をこじ開けるとすぐに,この鳥の十分なご馳走となるハチの巣の破片を残す.Spottiswoodeたちは,蜂蜜狩猟者たちが特有の呼びかけをすると,ノドグロ・ミツオシエが手助けに来る傾向も,彼らのためにミツバチの巣を見つける傾向も,ともに大きくなることを示している.この相互作用は,この鳥がミツバチ狩猟者の呼びかけに対して,協力という特定の意味を付与することができる(人と野生動物の間の,稀な相利共生の事例)ことを示唆している.(MY,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 387

サイクリンは抗腫瘍免疫を抑制する (Cyclin suppresses antitumor immunity)

ガン免疫療法の劇的な成功にもかかわらず、多くの種類のガンは反応しない。それがなぜかを理解することは、免疫療法に対する腫瘍の全体的な反応性を高める方向を見つける助けになるのだが。 Dorandらは、多くの脳ガンで、ニューロンによって高発現する酵素であるサイクリン依存性キナーゼ5(Cdk5)が、腫瘍を拒絶するT細胞の能力を低下させるかも知れないと報告している。髄芽腫のマウスモデルでは、もし腫瘍にCdk5が欠損すると、T細胞は腫瘍を除去することができた。この抗腫瘍免疫性の上昇は、最近のガン免疫療法の標的である抑制性分子プログラム細胞死リガンド1 (PD-L1)の発現低下と関連があった。(Sh,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • サイクリン:真核生物の細胞において、細胞周期を移行させるための原動力として働くタンパク質のひとつ
  • PD-L1:通常抗原提示細胞の表面に発現し、T細胞に発現するPD-1と結合して、T細胞のガン細胞への攻撃を抑制もしくは停止させる共同抑制因子
Science, this issue p. 399

ROCK2を封鎖して、自己免疫を防ぐ (Blocking ROCK2 to prevent autoimmunity)

T濾胞性ヘルパー (Tfh)細胞は、抗体の産生を手伝う。自己免疫障害狼瘡の患者の末梢血T細胞は、活性化すると、Tfh細胞に分化することができる。Weissたちは、キナーゼ ROCK2の薬理学的阻害剤が、狼瘡の患者で産生されたヒト Tfh細胞の数と機能を減少させることを見出した。通常の免疫抑制剤と異なり、ROCK2阻害剤は特異的で、他の免疫細胞を妨害することなく狼瘡のマウスモデルにおいて疾患重症度を改善した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 末梢血:通常の血管を流れる血液のこと
  • 狼瘡(lupus):全身の臓器に原因不明の炎症が生じる自己免疫疾患の一つ
Sci. Signal. 9, ra73 (2016).

HIV-1治癒に向けての次の段階 (Next steps toward curing HIV-1)

30年以上前の HIV-1の発見以来、予防と抗発症治療が研究課題の主流であった。しかしながら、ごく最近になって科学者たちはまた、ウイルスを除く治癒法を見出すために努力を集中しつつある。Margolisたちは、 HIV-1の潜伏逆転(latency reversal)とウイルス排除を含む方法をレビューしている。そのアイディアとは、どんな休眠ウイルスも再活性化し、そしてウイルスに、免疫系が認識可能なウイルスタンパク質を産生させることである。潜伏逆転法と免疫療法を組み合わせることで、身体は感染したすべての細胞を取り除くことができるかもしれない。(KU,MY,kj)

Science, this issue p. 10.1126/science.aaf6517

細菌の中に計算システムを作る (Building a computing system in bacteria)

有限状態機械は、状態毎の入力・動作・状態遷移三つ組み群の集合と開始状態によって動作が定められる論理回路である。有限状態機械は、自動販売機から神経回路まで、様々な装置や生命システムに使われている。Roquetらは、インテグラーゼ、つまりファージのDNAを細菌の染色体に挿入したり除去したりする酵素、の発現を制御するのに、有限状態機械の仕組みを使ってみた。このインテグラーゼはプラスミドのDNA配列を変えて、2個の入力の可能な組み合わせ5個全てを記録した。このような回路は、細胞が経時的に経験してきた状態を記録するのに使うことができ、状態依存の遺伝子発現プログラム中で有効利用できる。(ST,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aad8559

充填材料を積み重ねる (Stacking up the filler material)

複合材料では,高強度,あるいは高弾性率の充填材料が,より柔らかな母材に添加され,機械的あるいは電気的性質が改良された結合材を生み出す.充填材の組成量を最小化するため,複合材料中で充填材が均一に分散されることが必要で,それはナノ程度の大きさの材料に対しては特に難題である.Liuたちは,グラフェンおよびポリカーボネートのシートを交互に積み重ね,複合基板を作った.切断と積層をさらに行うことで,320枚におよぶ整列層が作製でき、各層では充填材が極めて一様に分布していた.別な方法として,初めの(グラフェンおよびポリカーボネートの)積層を棒状に丸めることもできる.両方の例とも,その特性は2つの材料をただ単に組み合わたものからの予想より上回った.(MY,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 364

極低温ガスの膨張階段 (Steps to ultracold gas expansion)

冷却原子気体は、中央に原子が最も高密度に集まる放物線型ポテンシャルのトラップに捕捉された状態で研究されることが多い。トラップを浅くすると、トラップ中心からより遠い原子では、捕捉エネルギーが低下するため、気体は放射状に膨張する。Dengたちは、放物線トラップの共振周波数を経過時間に反比例するよう連続的に小さしたとき、興味深い現象を観察した。そのようなトラップに捕捉された強相互作用フェルミガスは、連続的に膨張するのではなく、ある時点毎に膨張が失速した。これらの時点は等比級数を形作っていた。それは強相互作用制約におけるスケール不変性の結果である。(NK,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 371

ヒトと微生物相の共進化 (Human-microbiota coevolution)

現代の類人猿と人の腸内に棲む細菌は、我々の共通の祖先の腸内でコロニー形成した大昔の細菌から生じた。Moellerたちは或る方法を開発し、ヒト、野生のチンパンジー、ボノボ及びゴリラからの糞便試料において、進化速度の大きな gyrB遺伝子の配列を比較した (Segre と Salafskyによる展望記事参照)。主要な細菌系列の gyrB系統発生の比較から、霊長類種間を移動する幾つかの共生細菌の稀なケースを除いて、それらがほぼ類人猿とヒトの系統発生に合致することが明らかになった。それゆえに腸内細菌は、環境から単純に獲得されるというわけではなく、何百万年にわたって人類と共に共進化し、我々の免疫系と成長を形成するのを助けた。(KU,bb,kh,nk)

Science, this issue p. 380; see also p. 350

抗菌剤の使用にご注意 (Using antimicrobials with care)

多くの石鹸や他の家庭用製品は、抗菌性化合物のトリクロサンを含んでいる。展望記事でYeeとGilbertは、トリクロサンが、魚やラットの微生物叢の組成を変化させ得ることを示す最近の動物での研究を強調している。家庭環境で使用される濃度で、トリクロサンがヒト微生物叢に負の効果があるかどうかは、依然として不明だ。先進国でほとんどの子供が生まれる病院環境で、トリクロサンおよび他の抗菌剤は高濃度で使用されている。これは懸念事項である。なぜなら、幼児の微生物叢は外乱に対して特に脆弱であり、成長と発育に対して長期的な影響を及ぼす可能性があるためである。(Sh,MY,nk,kh)

【訳注】
  • トリクロサン:薬用石鹸などの医薬部外品や化粧品にしばしば使用される殺菌剤
Science, this issue p. 348

オリーブ急速衰退症候群 (Olive quick decline syndrome)

過去3年間に、植物病原菌「Xylella fastidiosa」が南イタリアにおいて猛威を振るっており、樹齢百年以上のオリーブの畑を破壊している。展望記事においてAlmeidaは、この病原菌を制御しようとする試みに注目している。ヨーロッパの規制によって、病原菌に侵された植物材料と100m以内に存在している感受性宿主の廃棄を含む、明確な拡散防止措置が要求されている。しかし、この木々は文化の中心の役割を担っているため、廃棄に対する地域の反対は強い。もしこの病原菌が遠方に拡大した場合、オークやニレ、セイヨウカジカエデの樹木同様、柑橘類やアーモンド等の他の作物を脅かす可能性がある。(Uc)

Science, this issue p. 346

構造体を構築するためにデザインされる (Designed to assemble)

ウィルス性カプシド(ウイルスのコア(芯)核酸を包んでいる外殻部分)のような、外殻を形成する対称性の巨大分子構造は、タンパク質工学を奮い立たせてきた。Baleらは、二量体、三量体、あるいは五量体の構成要素の、対での組み合わせることで、3つの異なる正二十面体構造をもった2部分構成、120のサブユニットからなる複合体を設計した。カプシド様のナノ構造は、核酸あるいは他のタンパク質を保つのに十分大きく、さらにそれが2部分構成なので、薬やワクチンのような積み荷を集めて制御された方法で運ぶことが可能である。(NA,kj,kh)

Science, this issue p. 389