AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 15 2016, Vol.353

崩壊に追い込まれる (Driven to collapse)

火山噴火は頻繁に発生するが,山頂が陥没し,カルデラ形成に至るほどの大きな噴火はめったに起きない.Gudmundssonたちは様々な地球物理学的手法を用いて、2014年のアイスランドのバルダルブンガ火山噴火に伴うカルデラ形成をモニターした。この火山体はバルダルブンガの地下のマグマだまりのマグマが、(40㎞以上離れた)ホルフロイン溶岩原へとあふれ出るにつれて不安定化した。この段階的陥没のタイミングの解析から、カルデラ形成を引き起こすのはマグマ流出(噴火)であり、その逆,すなわち山頂陥没によって噴火が生じるのではないことが示された。(Uc,MY,tf,kh)

Science, this issue p. 262

禁制を許容にする (Making the forbidden allowed)

自然放出, つまり励起された電子が光子を放出することでエネルギーを低下させる現象は、光と物質の相互作用における基本過程である。電子は原理的には、励起状態から、下位のどんな非占有エネルギー準位へも遷移することが可能である。しかしながら、実際にはこの遷移の大部分は非常に遅い過程であり、そのため事実上は禁制となっている。Riveraらは、2次元材料におけるプラズモン励起が、光と物質の相互作用の増強・制御に用いることができることを理論的に示している。このように、かつては禁制と考えられていた遷移は可能であり、このことは、光放射体の全スペクトルの利用が可能である。(NK,MY,kh,nk)

Science, this issue p. 263

子ガモの生まれつきの智恵 (The innate wisdom of ducklings)

目にした物体への刷り込みは、未発達の脳ができるようになる最初の事柄の一つである。関連する信号群のこのような素早い一体性確認は、幼い動物たちが自分の母親や養護者を認識するのを可能にする。MartinhoとKacelnikは、マガモがさらにより高度な関係概念(relational concept)を学習する能力を有し、そしてそれらを刷り込みイメージの中に統合できることを示している(Wassermanによる展望記事参照)。実験では、同じまたは異なる一組の対象物が子ガモに刷り込まれた。そうすると、その子ガモはその後、刷り込まれたのと同じ関係性を示す他の対象物を追いかるのを好んだ。このように、この最も基本的な形態の学習でさえ、高次の認識論理によって形成されるらしい。(KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 286; see also p. 222

アダプターがEGFRA交響曲を指揮する (Adaptors conduct the EGFR symphony)

信号伝達網には,固有の分子信号伝達鎖を介して伝わる信号を指揮し,その応答を決定づける律速タンパク質が存在する.Shiたちは,上皮増殖因子受容体(EGFR) の信号伝達網内で,EGF信号の指揮者として働いている律速タンパク質を特定しようとした.幾つかのアダプター・タンパク質の濃度レベルは細胞間で大きく変化し,それらのアダプター・タンパク質(受容体や,経路の中心をなすタンパク質ではない)の濃度レベルは,正常細胞や悪性細胞のEGFR経路を律速するものだった.このように,アダプター・タンパク質が信号伝達手順の指揮者なのである.(MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 分子信号伝達鎖:信号伝達が複数段で行われる際に,反応連鎖(前段の分子の反応結果が後段の分子の反応を誘起する)が上流段から下流段にわたって連続的に生じること
  • アダプター・タンパク質:信号伝達分子と結合して信号伝達物質を受容体の近くに集め,信号伝達に関与するタンパク質
Sci. Signal. 9, rs6 (2016).

神経幹細胞を車庫に送り返す (Sending neural stem cells back to the garage)

記憶や情緒の調節が行われる脳の海馬では,成人期においてでさえも,神経幹細胞が新規な神経細胞を産生する.新規な神経細胞の産生量やその産生時期は,神経幹細胞溜まり内の静止と増殖の間の平衡に従っている.Urbanたちは,どの信号が増殖性の幹細胞を静止状態へと戻すのかを明らかにしようとした.彼らは,細胞増殖を促進する重要な転写因子が,その因子をユビキチン化する系を通して分解されることを見出した.この分子相互作用は,休止状態への戻りを調節するが,初期状態ほどの静止ではなかった.この休止してはいるが初回刺激を受けた状態の幹細胞が幹細胞溜まりを持続させていた.(MY,ok,kj,kh,nk)

【訳注】
  • ユビキチン化:ユビキチンと呼ばれる低分子量のタンパク質が標的タンパク質に結合し,標的タンパク質の目印付けが行われること.目印付けされたタンパク質は,タンパク質分解酵素で後に分解される
Science, this issue p. 292

シナプス間での信号の伝達 (Transmitting signals across the synapse)

神経細胞上に存在するグルタミン酸受容体は,興奮性シナプスの電気信号を仲介する上で,ある役割を果たしている.これらのグルタミン酸シナプスは,ほとんどすべての認知機能にとって極めて重要である.Elegheertたちは,シナプスを橋渡ししている,β-neurexin 1(シナプス前軸索の表面上の細胞接着分子),cerebellin 1(シナプス・オーガナイザー),GluD2(グルタミン酸シナプス後受容体)からなる複合体を解析した.この構造面および機能面の解析は,シナプス信号伝達機構への洞察を提供している.(MY,kh)

【訳注】
  • シナプス・オーガナイザー:シナプスを形成し,維持するタンパク質
  • シナプス前軸索:シナプスを形成している上流側の神経細胞(シナプス前細胞)の軸索.この軸索終末に存在するシナプス小胞中の神経伝達物質(ここではグルタミン酸)が,結合下流側の神経細胞(シナプス後細胞)の受容体に向けてシナプス間隙に放出され,情報伝達が行われる
  • シナプス後受容体:シナプスを形成しているシナプス後細胞の樹状突起にある受容体
Science, this issue p. 295

熱気が入る (The heat is on)

地表気温の上昇が、氷河の融解の原因と考えられている。しかし次第に海洋もまた、大きな影響を与えることが明らかになってきた。Cook たちは、南極半島から流出する氷河を調べ、海洋中層の温度と、半島の西側海岸線に沿う氷河前線の変化とは強い相関があることを見出した。南側の氷河は、暖かい海水に曝されているのだが、顕著な後退を蒙っている。しかし終端が冷たい海水中にある北西側の氷河では、同量には, あるいは均一には後退していなかった。従って、海洋が引き起こす融解が、南極半島の領域の氷河後退の主たる理由であるように思われる。(Wt,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 283

カーボン・ナノチューブが電池の充電量を増大する (Carbon nanotubes boost battery storage)

二硫化モリブデンは、リチウム・イオン電池の有望な負極材料である。しかしながら、それは低い固有導電率と、繰り返し充放電での大きな疲労に悩まされており、低いレート特性と急速な容量低下を引き起こす。Lou たちは、カーボンナノチューブを内側に通した管状構造の二硫化モリブデンを並べた超薄のナノシートを設計した。これらの変更された電極構造は、非常に大きな比容量、並外れたレート特性、および非常に長い繰り返し寿命を有するリチウム電池充電性能を示した。(Sk,MY,kj)

【訳注】
  • レート特性:横軸を放電容量、縦軸を電圧とし、温度一定での放電電流をパラメータとしたグラフで示される電池特性で、低いレート特性とは、放電電流を大きくできないことを意味する
Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1600021 (2016).

C-N結合形成への光を用いた手法 (A light approach to C-N bond formation)

創薬研究においては、C-N結合を形成する必要が頻繁に生じる。一つの汎用的な手法は、CやNを含む断片をPd触媒に取り付けることを含んでいる。この手法は、CやNを含む断片を一緒に金属中心から「押し出す」ために、かさ高な配位子を必要とする。Corcoran たちは、Pdの代わりにNiを用いる補完的な取り組みを提示している。彼らは、かさ高な配位子の代わりに、Niから電子を奪い取り、結合形成を促進する光励起の共触媒を用いた。精細に置換されたNやC断片試薬を用いた鑑別により、従来のPdカップリングに対抗する場合の、この手法の有用性が確認された。(Sk,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 279

どのように小胞体はミトコンドリア分裂を上手くやるのか? (How the ER manages mitochondrial division)

哺乳類細胞中で、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の複製が空間的にどのように制御されるのか、そしてミトコンドリアの核様体(タンパク質-DNAからなる構造で、mtDNA遺伝の単位)が、どのようにして細胞レベルで分布するのかは、今まで不明であった。Lewisらは今回、哺乳類細胞のミトコンドリア核様体における恒常性維持のためのmtDNAの合成が、ミトコンドリアの分裂が特に生じることになっている小胞体(ER)-ミトコンドリアの接触部位の一部分と、空間的に結びついていることを明らかにした。mtDNAの複製、ミトコンドリアの分裂、そしてミトコンドリアの運動という一連の出来事が一緒になって、細胞内でmtDNAが正確に分布することを確実にするように働く。さらに、ER-ミトコンドリアの接触は、mtDNA複製の許可を分裂と協調させ、新たに複製された核様体を娘ミトコンドリアに配布する。(NA,MY,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 261

強誘電体を薄くするとより良くなる (Thinning a ferroelectric makes it better)

強誘電性材料は薄くなるにつれて、永久電気分極が起こる温度が通常、低下する。Chang たちは、SnTeの高品位薄膜を作製したが、それはこの定説とは裏腹に、バルクの材料よりかなり高い転移温度を有していた(Kooi and Nohedaによる展望記事参照)。これは単一格子膜でも正しく、又ほんの少し厚い膜でも室温以上で強誘電体になった。この発見は、強誘電体素子の小型化を可能にするかもしれない。(Sk,ok,kj)

Science, this issue p. 274; see also p. 221

生物多様性損失の「安全」限界を越える (Crossing “safe” limits for biodiversity loss)

地球限界(planetary boundaries)という考え方は、生物多様性損失に対して、生態系の機能があまり影響を受けない範囲の境界を設けようとしている。Newboldたちは地球規模の定量的な解析から、提案された地球限界がどの程度まで超過されてしまったかを報告している (Oliverによる展望記事参照)。ほぼ40,000の陸上の種に関する2百万を越える記録を用いて、彼らは陸地利用や関連する圧力への生物多様性の応答をモデル化し、次に局所的な生物多様性の変化に関するその程度と空間的パターンを、1平方キロメートルの空間的分解能で推定した。陸上表面の65%にわたって、陸地利用や関連する圧力が、「生物多様性完全度指数」10%(「生物多様性完全度指数」に対して提案された「安全」地球限界)を超える多様性の低下を引き起こした。変化は、草原の生物群と生物多様性の紛争地域で最も深刻であった。(KU,MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • planetary boundaries:環境科学者などから提唱された,持続可能な成長を可能とする,地球への負荷の限界のことで,9つの項目が設けられている
  • 生物多様性完全度指数:生物多様性減少を測る新しい指数
Science, this issue p. 288; see also p. 220

脳におけるエピジェネティックな制御 (Epigenetic regulation in the brain)

脳内でのニューロンの活動は、ニューロン間の樹状接続の剪定に影響を与える遺伝子の転写を制御し、またこのような変更は、動物の行動に影響を及ぼす可能性がある。Yangらは、ヌクレオソーム再構成と脱アセチル化酵素の複合体(NuRD)によるクロマチン再構成が、マウス小脳でのこのような活動依存的な転写の不活性化に果たす役割を提唱している(Sweattによる展望記事参照)。活動依存的な遺伝子のプロモータへのヒストン変異体H2A.zの配置は、NuRD複合体を必要とした。NuRD複合体の機能をなくすと、マウスは刺激に対して過敏になり、過剰に神経がつながってトレッドミルの踏み車を回した。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • クロマチン再構成:クロマチン構造の変化によって遺伝子の発現レベルを調節する分子機構。転写が活発な時は、クロマチン構造が緩みヌクレオソームからヒストンが外れプロモータが露出している。例えば脱アセチル化酵素が働きヒストン上のアセチル基が外れてアミノ基に戻った場合、クロマチンが凝集して転写が抑制される
Science, this issue p. 300; see also p. 218

ひらひら舞っている時ではない (This is no time to be a butterfly)

世界中で、チョウの群集は、特殊化したチョウがありふれた何処にでもいるチョウに置き換えられながら、衰退しつつある。展望記事で、Thomasたちは、このような衰退をもたらす二つの主要な促進因子(生息地の喪失と生息地の崩壊)が存在すると説明している。多くのチョウの種は、イモムシの時に高度に特殊化していて、そして小さな集団分布領域を持ち、このことが人間活動に由来する生息地の喪失や変化に対してチョウを脆弱にしている。このような衰退は賢明な保存方策により逆転することができるかも知れないが、このやり方は、チョウを初めから保護していたよりもはるかに高くつく。(KU,kh,nk)

Science, this issue p. 216

C9ORF72,自己免疫の抑制因子? (C9ORF72, a suppressor of autoimmunity?)

C9ORF72遺伝子の変異は,神経変性疾患である筋萎縮性側索硬化症(ALS)のよくある誘因で,それにもかかわらず,いまだこの遺伝子の機能はほとんど解明されていない.Burberryたちは,マウスのC9ORF72オーソログの正常機能を壊す変異が,マウスに自己免疫を生じさせることを見出した.さらに,正常マウス骨髄の変異マウスへの移植は,マウスの症状を改善し,一方,変異マウス骨髄の正常マウスへの移植は,自己免疫を引き起こした.このように C9ORF72は,造血細胞を通して,免疫機能の正常性を維持するよう作用しているらしい.今後の研究は,免疫破壊がALS患者の病気への要因になっているのかを検討するべきだろう.(MY,kh,nk)

【訳注】
  • 自己免疫:体内に入った異物を排除する機能を担う免疫系が,自分自身の正常な細胞や組織に対して攻撃を加えること
  • オーソログ:異なる種に存在し,種分岐によって共通の祖先遺伝子から生じた相同な遺伝子
Sci. Transl. Med. 8, 347ra93 (2016).

峠を越す (Turning the corner)

南極のオゾン・ホールは、モントリオール議定書の発効後ほぼ30年経って、最終的に消滅の徴候を示しつつある。成層圏のオゾン破壊の原因である多くの人為的化合物の製造を段階的に中止するという国際的条約である、モントリオール議定書は最も重要な、かつ成功した国際的な環境面の合意であると広く考えられている。ここ何年もの間、成層圏のオゾン消滅速度が遅くなり、そして今や南極大陸上空のオゾン量は増加しはじめた。Solomonたちは観測データとモデル結果を報告し、その傾向を説明し、その原因を分析している。(KU,kh)

Science, this issue p. 269