AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 8 2016, Vol.353

取り返しがつかない? (No turning back?)

生態系は、長い年月、多くの外乱に耐えてきた。それでもそれらは、我々が復元力と呼ぶ、元の状態を保とうとする傾向を有している。多くの系が失われたり滅ぼされたりしたが、物理的に無傷で残る系に対して、変化しつつある気温は、生態系の遷移をもたらすのか、壊滅をもたらすのかという議論がある。Wernburg たちは、オーストラリア沖の温和なケルプの森の極度の温暖化が、その衰退をもたらしただけでなく、ケルプの再生を妨げる草食性熱帯魚の増加をもたらすような生物相の遷移を生み出したことを示した。このように、多くの系は、我々が直面する急激な気候変動に対する回復力を持たないかもしれない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ケルプ:既知の藻類の中では最大種(ジャイアントケルプが該当)の、コンブ科に属する海藻
Science, this issue p. 169

明らかになった Envの膜貫通領域 (Env's transmembrane domain revealed)

HIV-1のエンベロープ・タンパク(Env)はウイルス膜を貫通し、宿主細胞中へのウイルスの侵入を助ける。Envはまた、抗体により標的とされる唯一の HIV-1 タンパク質であり、ワクチン設計の鍵となる標的である。Devたちは核磁気共鳴法を用いて、脂質二重膜における Envの膜貫通領域の原子レベルの構造を決定した。Envの膜貫通領域は秩序だった三量体を形成し、三量体を安定化する C末端親水性のコアを含んでいる。このコアの破壊は広域中和抗体への Envの感受性を変え、ワクチン設計に対するこの領域の潜在的な重要性を示唆している。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 172

活力に満ちた単原子触媒 (Hot single-atom catalysts)

金属酸化物に吸着された貴金属ナノ粒子からなる不均一触媒にとって、高温は悪影響を与える。金属原子は動けるようになり、微粒子は大きくなり、表面積比が小さくなり、結果として活性が低下してしまう。Jonesらは、この過程を逆手にとり、動けるようになったこれらの化学種を利用して単原子白金触媒を創る手法を開発した。アルミナ上に支持された白金は、空気中で800℃において、酸化セリウム支持体へ移動し、孤立金属陽イオンを有する活性の高い触媒を形成した。(NK,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 150

より大きな失血を引き起こす (Sparking greater blood loss)

ある種の麻酔薬は、悪性高熱症患者に、生命を危うくする症状を引き起こす。その症状は、骨格筋における活動亢進 1型リアノジン受容体 (RyR1)と、過剰に高濃度の Ca2+によってもたらされる。Lopezたちは、悪性高熱症患者の RYR1変異はまた、明瞭な遺伝的基礎の乏しい、ありふれた軽度の出血障害の背後にあるかもしれないことを見出した。悪性高熱症患者の中には、正常な人よりもより長い間出血する人もいて、そしてそのような患者で見いだされている RYR1変異を遺伝子導入されたマウスもまた、より長い間出血した。Ca2+濃度の局所的スパイク波形が、そのRYR1変異マウス由来の血管平滑筋細胞においてより頻繁に起こった。(KU,kj,nk,kh)

Sci. Signal. 9, ra68 (2016).

自己免疫を治療するためのT細胞操作 (Engineering T cells to treat autoimmunity)

狼瘡や関節リウマチなどの自己免疫性の疾患には、病原性の細胞のみを特異的に標的とする治療法がない。あるタイプの癌を治療するためのキメラ抗原受容体T細胞使用の臨床的成功に触発されて、Ellebrechtらは、同様のアプローチが抗体主導の自己免疫疾患の防止に対しても働くだろうか問うた。彼らはT細胞を操作して、T細胞活性化信号伝達領域に融合した病原性自己抗原デスモグレイン3からなるキメラ受容体を発現させた。病気にかかったマウスに投与すると、操作したT細胞は、デスモグレイン3を標的とする抗体を発現するB細胞を標的にして殺した。このことは、このような戦略が、抗体が起こす自己免疫疾患を治療するための効果的な方法かもしれないことを暗示している。(Sh,kh)

【訳注】
  • 狼瘡(lupus):組織の破壊の激しい慢性の皮膚病。尋常性狼瘡(皮膚結核)と膠原病の一疾患である紅斑性狼瘡(エリテマトーデス)がある。ここでは後者を指す
  • デスモグレイン(desmoglein):表皮細胞がお互いに接着するために働く蛋白。デスモグレイン3は、主に口腔、食道などの粘膜に存在する
  • キメラ抗原受容体T細胞:遺伝子組み換え技術を用い、癌細胞の表面抗原を認識する抗体をキメラ(融合)タンパク質を介して組み込んだT細胞
  • 自己抗原:自身が有する物質に抗体ができる場合、その抗原となる物質。自己免疫病の原因物質
Science, this issue p. 179

S-アシル化で、所在地を決める (Location, location, S-acylation)

セルロース合成酵素は、セルロース繊維を紡ぎ出しながら,植物細胞膜に沿って泳ぐ巨大な多サブユニット機械である。Kumarたちは、セルロース合成酵素複合体が、S-アシル化により重厚に修飾されることを示している。アシル化部位の部分集合体は、この複合体が細胞膜中に組み込まれるために必要とされた。この機能的複合体は、単一でも100個もの多くの修飾部位を持つことが出来、それが複合体の生物物理学的特徴を変えたり、膜への結合を助けることを可能にしている。(KU,MY,kj)

Science, this issue p. 166

軟骨は永住権を主張する (Cartilage claims a permanent home)

私たちの体のある組織が,死ぬまで変わらないのか,それとも徐々に更新されるのかは分かっていない.50年以上前の核実験は,炭素同位体である炭素14を大気中に放出した.これは,50歳以上の人びとにおける人体組織の代謝回転を,研究者が決定できるようにしている.Heinemeierたちは,この"炭素14爆弾パルス"法を用いて,軟骨の再生能を決定した.彼らは,高負荷と中負荷の両方の領域から軟骨試料を採取し,健常者および骨関節炎の人たち双方の膝関節を調べた.軟骨のコラーゲン基質は,たとえ関節病の場合でも,基本的に更新はなかった.このため,組織工学や再生医療は,軟骨の修復戦略を考案する際に,コラーゲンのこの構造的安定性を考慮する必要がある.(MY,ok,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 346ra90 (2016).

流れとともに行く (Going with the flow)

脳の組織間隙は脳脊髄液(CSF)で満たされている。Faubelたちはマウス・ラット・豚の脳の第三室内の流体の輸送について研究した。最先端の高機能流体力学研究によって、CSFの入り組んだ"高速道"ネットワークを生み出す繊毛運動の複雑なパターンが明らかにされた。この流れは、速やかにそして効率的にCSFを輸送・分配する。(Uc,nk,kh)

Science, this issue p. 176

非対称な分裂で筋を治す (Dividing asymmetrically to fix muscle)

衛星細胞と呼ばれる常在組織幹細胞は,損傷後に筋を修復する.しかしながら,生体組織中で衛星細胞がどのように働いているのかは分かっていない.Gurevichたちはゼブラフィッシュの幼魚が光学的に透明であることを利用して,一連の遺伝的取り組みを行い,筋損傷について研究した.衛星細胞は損傷後に,非対称分裂して筋を取り換えるための前駆体溜まりを生み出し,それと同時に,(幹細胞である)元の衛星細胞を"自己更新"する.これは, 再生が本質的に高度にクローン的であるという結果となり, 何十年にもおよぶ骨格筋再生能力調査の試験管内解析を確認するものである.(MY,kh)

【訳注】
  • 組織幹細胞:限定された細胞に分化できる,生体のさまざな組織にある幹細胞
  • 非対称分裂:不等分裂とも言い,一つの細胞が二つの細胞に分裂する際に,2つの異なる細胞に分裂すること.幹細胞の非対称分裂では,片方は元と同じ幹細胞,もう片方はやがて組織細胞となる前駆細胞の2つの細胞に分かれる
Science, this issue p. 136

ある有機物を他から分離する (Separating one organic from another)

密接に関連する有機分子を分離することは困難な問題である(Linによる展望記事参照)。エチレンからのアセチレン分離は高純度ポリマー生産に必要である。Cuiらは、ヘキサフルオロ珪酸と有機リンカーからなる、アセチレンに高い親和性を持つように設計された銅系の金属-有機骨格を開発した。これらの物質は、それぞれの孔に4分子のアセチレンを捕捉し、エチレンとの混合物からアセチレンをうまく分離することができた。プロパンとプロピレンはいずれも重要な原料化学物質である。しかしながら、それらは物理的、化学的に類似しているため、それらを分離するには大量のエネルギーを消費するプロセスが必要である。Cadiauらは、プロパンを完全に排除して選択的にプロピレンを吸着する、多孔性のフッ化金属-有機骨格をデザインした。(NA,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue pp. 141 and 137; see also p. 121

ケトン攻撃に召集されたオレフィン (Olefins enlisted to attack ketones)

ケトン化合物中のC=Oの有機金属化合物との反応は,炭素-炭素結合を作るうえで一般的な方法である.この方法の欠点の1つは,マグネシウムから導出されるグリニャール試薬のように,有機金属はその取扱いが難しくて副反応を起こしやすいことである.Yangたちはその代わりとなる方法を提供している.それでは,銅触媒が安定なオレフィン(C-C二重結合)を活性化し,室温でケトンを攻撃する.添加されるシランは還元剤として機能し,キラルなホスフィン配位子は,この反応を高いエナンチオ選択性にする.(MY,nk,kh)

【訳注】
  • ホスフィン:リンに水素や炭化水素等が合計3個結合した化合物
  • 配位子:錯体化合物の構成要素で,中心金属に結合している分子のこと.中心金属の空軌道に非共役電子対を与えることで結合する
  • エナンチオ選択性:互いに光学的に対掌であるL体あるいはD体の,どちらかの生成率が高い化学反応の特性のこと
Science, this issue p. 144

光へ向かって泳げ (Swim into the light)

エイをまねた遊泳ロボットは、光で誘導できる。Park たちは、微細に編んだ金糸の骨格と、ラットの心筋細胞で動くゴム状の本体を有する、エイの1/10縮尺版を作成した。心筋細胞は、光の合図に応答するように遺伝子改変されており、それにより、波打つような動きでロボットを水中で推進し、光源を追いかけることができた。(Sk,ok,kj)

Science, this issue p. 158

活動中枢の網を解明する (Resolving a network of hubs)

グラフは、諸科学を通じて網 (もう:ネットワーク) データのモデル化・解析のための普及した道具である。Benson たちは、複雑な網の高次接続様式による組織化様態を研究するアルゴリズム的な枠組みを開発した(Przulj と Malod-Dognin による展望記事を参照のこと)。輸送網における基調模様 (モチーフ) は、他の方法では容易に得られない活動中枢 (ハブ) と地理的要素を明らかにした。かつて神経網(ニューラル・ネットワーク)において重要と示唆されてきた基調模様は、部分網の"リッチ・クラブ"の一部である。(Wt,MY,ok,kh)

【訳注】
  • リッチ・クラブ : グラフにおいて, 他よりも次数 (接続する辺の個数) が大きい節の集合.リッチ・クラブに属する節間の接続も多い傾向がある.お金持ちが持つ交友関係の濃密さから出た言葉
Science, this issue p. 163; see also p. 123

その場でのワクチン生成と輸送 (In situ vaccine production and delivery)

我々は、人類の病気の管理において、ポスト抗生物質世界に直面している可能性があり、それ故に代替となる取り組みの必要性が益々、重大となってきている。Liたちは、病気予防に関するよく知られた主題、即ちワクチン接種の改変に価値を見出した。彼らは、生物成分と医用生体材料成分の組み合わせに基づいた、肺炎球菌感染症を狙った、ハイブリッド抗原輸送ベクターを開発した。マウス・モデルにおける免疫応答は、標準的なワクチンをはるかに上回った。11系統の肺炎レンサ球菌からの防御が、毒性なしに与えられた。(KU,MY,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1600264 (2016).