火星の氷河期の証拠 (Evidence for ice ages on Mars)
いくつかのモデルは、火星は過去に氷河期を経たに違いないと予測している。しかし、その証拠は乏しかった。Smithたちは、NASAの Mars Reconnaissance Orbiterからのレーダー測定結果を用いて、火星の極氷冠を探査した。氷の内部が明確な層構造をしているため、さまざまな時代にどの程度の氷が堆積したのか計算可能となった。その結果、火星においても近年氷河期が存在していた証拠を得ることができた。火星気象を理解することは、過去においていつごろ火星が居住可能であったのか、どのように変化したのかを正確に定めるのに有用であろう。そして、地球の気象変動研究を活気づける可能性がある。(Wt,nk,kh)
量子の猫がここにもあそこにも (Quantum cats here and there)
箱の中に隠され、生死両方の状態にあるというシュレディンガーの猫の話は、多くの場合、量子の世界がいかに奇妙なものでありうるかを説明するために、引き合いに出される。死と生の様態のもつれを基に、今回 Wang たちは、猫が同時に二つの分離された場所に存在し得ることを示している。彼らは、コヒーレントなマイクロ波光子で猫を作り、「電磁気的な猫」の状態が、二つの分離された空洞で共有され得ることを示している。古典的世界の常識的な不条理を超越するので、異なる位置で量子状態を共有できることは、量子的情報処理の強力な手段になり得る。(Sk,ok,nk,kh)
微小RNAを出所とするリズムの再構築 (Rhythm remodeling traced to tiny RNA)
心房細動(AF)-不整脈の1つ-は,治療措置にもかかわらず,心房の不規則な拍動を持続するよう電気的・構造的に心臓組織を"再構築"することで,再発しうる病である.Reillyたちは,そのような組織再構築を担う miR-31(非翻訳RNA)を発見した.miR-31が増加すると,細動しているヒトとヤギの心臓組織で,神経型一酸化窒素合成酵素 (nNOS)やジストロフィン(筋細胞内で nNOSと結合)が減少した.miR-31の発現増加と,それによるジストロフィンや nNOSの減少は心房に特有であるため,AF患者にとって,この組織再構築経路を標的とした処置は,切除やイオン・チャネル遮断薬よりもより安全な治療選択肢を提供するかもしれない.(MY.ok,kj,kh)
- nNOS:神経組織などに存在し,情報伝達や筋肥大などに関与する
- ジストロフィン:筋細胞の細胞膜を越えて,筋細胞内部と細胞外マトリックスを繋ぎ止める役割を担う棒状のタンパク質
より良いエストロゲンを設計する (Designing better estrogens)
エストロゲンやその人工合成バージョンは,損傷後の血管修復を向上させたり,肝臓内や脂肪組織内の代謝を改善することができる.しかし,それらはまた,これらの組織で細胞増殖を刺激するため,乳癌や子宮癌の原因にもなり得る.Madak-Erdoganたちは,卵巣切除マウスで,エストロゲンほどには強く受容体に結合せず,また,乳腺増殖を高めたり子宮の重さを増やすことのないエストロゲン類似分子を設計した.これらのエストロゲンは,血管や代謝上の益をもたらし,おそらく閉経後ホルモン補充療法として,さらに改良される可能性がある.(MY,nk)
- エストロゲン:女性ホルモンの1種
カルシウムが共生の形成を伝える (Calcium signals the making of symbiosis)
植物細胞の核は、共生の根粒菌やアーバスキュラー菌根菌からの信号に遊離するCa2+濃度を振動させて応答する。Charpentierたちは、マメ科植物において周期的変動の原因である3つ組の Ca2+チャネルを同定した。これらのチャネルは核移行シグナルを含み、根細胞核膜で発現する。このチャネルは共生確立の初期に機能して、核貯蔵庫から Ca2+遊離の周期的変動を作る。(KU,nk,kj,kh)
- 核移行シグナル(核局在化シグナル):細胞質で合成された特定のタンパク質を核に輸送し、局在化させるためにタンパク質自身が持つ特別なアミノ酸配列の部分
関心ある遺伝子座位を絞る (Narrowing down genetic loci of interest)
特異的形質の本当の原因である遺伝子、或いは遺伝子領域を同定することは、しばしば困難となることがある。従来のマッピングは、自然的組換えの発生頻度が特定作業の分解能に限界を与える。Sadhuたちは CRISPR技術を用いて、酵母において関心のあるゲノム部位をさらに簡単にマッピングした。この方法は局所的な組換え事象を系統的に導入し、形質変異体の緻密なマッピングを可能にする。彼らはこの方法を用いて、酵母においてマンガン感受性の変化の原因となる変異を同定した。(KU,ok,nk,kj,kh)
- CRISPR技術:ゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる新しい遺伝子改変技術
遺伝子と微生物が大腸炎で一体となる (Genes and microbes converge in colitis)
おそらく,宿主の遺伝的特質と腸内微生物の両方が,個人の全体としての炎症性腸疾患(IBD)への感受性に寄与している.ヒト腸内微生物 Bacteroides fragilisは,免疫調節分子を産生して外膜小胞(OMV)経由で遊離する.この分子は,実験的に誘発される大腸炎からマウスを防御することができる.今回Chuたちは,OMVが介在する大腸炎からの防護は,Atg16l1遺伝子と Nod2遺伝子を必要とすることを見出した.そのヒト・オーソログは IBD発症のリスク増大と関係している.外膜小胞は,樹状細胞(DC)内に,ATG16L1と NOD2依存性の非標準自己貪食経路を引き起こす.OMVの刺激を受けたDCは、次に腸内に調節性T細胞を誘発し、大腸炎から防御する.(MY,KU,kj,kh)
- 外膜小胞:細菌細胞表面から放出される膜で包まれた袋状のもので,多岐にわたる物質が内包される
- オーソログ:種分岐によって共通の祖先遺伝子から生じた相同な遺伝子
- 樹状細胞:特有な細胞突起を有し,免疫系の中で免疫応答の誘導・制御を担う細胞
紡錘体を細胞中心に縛りつける (Forcing the spindle to the cell center)
細胞が分裂する際に、紡錘体は染色体を娘細胞へ分離する。それは中央位置を維持しながら行われるが、紡錘体の位置を維持する仕組みは不明である。Garzon-Coralたちは磁気ピンセットを用いて、星形の微小管の力学特性が、紡錘体を細胞中心に保持するための力発生機構として作用していることを示した。ばねのような力の強さは分裂後期に増大し、またより小さな細胞で増加する。この機構は熱ゆらぎを抑えて、紡錘体の正確な位置決めを可能にするだけの十分な強さがあるが、一方では分子力発生源が紡錘体の位置を微調整できるくらいには弱い。(Sk,nk,kh)
中性粒子から新たな粒子形成まで (From neutral to new)
対流圏の微粒子の多くはその場所で作られているが、総ての対流圏微粒子のどの程度の割合をそれらが占めるのか、そしてそれらは正確にはどのように作られるのか? Bianchiらは高標高の研究所から得られた結果について報告している。約半数の粒子は、高酸素多官能化合物の凝縮によって新たに作られた。実験室研究、フィールド研究、モデル計算を結びつけることで、中性の核生成はイオンによる核生成に比べて10倍早く、粒子の成長速度はサイズに依存し、そして新たな粒子形成は限られた時間窓の間で生じることが明らかになった。(NK,KU,nk,kj,kh)
DNAの巻き戻しを抑えて炎症を止める (Unwinding DNA and unleasing inflammation)
感染症との闘いはしばしば周辺の巻き添え被害を伴い,これは時には致死的となりうる.例えば,敗血症性ショックにおいては,炎症メディエーターの大量遊離が多臓器不全を引き起こす.今回 Rialdiたちは,過度の炎症を制御する,有望な新規治療標的(DNA巻き戻し酵素,トポイソメラーゼ I (Top1) )について報告している(PopeとMedzhitovによる展望記事参照).感染すると,Top1は病原体が誘発する遺伝子のプロモーターに特異的に局在化し,RNAポリメラーゼIIの補充を助けることでその遺伝子の転写を促進する.治療の場で Top1を薬理学的に阻害すると,細菌が誘発する重篤な炎症にかかったマウスモデルの数種で,生存性が高まった.(MY,ok,nk,kj)
- DNAの巻き戻し:DNAの二重らせんがほどけること
- 炎症メディエーター:抗原抗体反応や炎症反応の際に遊離される生理活性物質のこと
オフィオボリン環へのラジカル経路 (A radical route to ophiobolin rings)
化学的閉環カスケード反応は、分子的ヨガポーズに似ている。線形前駆物質上の反応性部位の一つが、分子全体を著しく複雑な多環式配列へと引き込むことができる。環化酵素は、オフィオボリン・セスタテルペン構造体(八角形1つと辺を共有する2つの五角形からなる)の生合成に際して, このプロセスを導くために堅固な内部足場に依存する.Brillたちは同一の反応様式が、カスケード反応機構の微調整によって, 無生物的に得られることを示している. その反応は, 生合成経路における正帯電活性部位の代わりに、中性ラジカル中間体に依存する.(KU,ok,nk,kj,kh)
無金属触媒からの精密制御 (Precise control from a metal-free catalyst)
高分子化は,分子鎖に分子が無秩序な速度でランダムにつながり,どちらかといえば危険な混乱状態であるかもしれない.現代化学の偉業の1つは,高分子を一定の秩序ある進みで組み立てる方法の開発であった.しかしながら秩序は代償を伴い,しばしばそれは,プラスチック製品から除去が困難な金属触媒を必要とすることである.Theriotたちは理論計算を用いて,原子移動ラジカル重合を精密制御する無金属光励起触媒の設計を行い、残留金属による汚染の懸念を緩和した(ShanmugamとBoyerによる展望記事参照).(MY,nk)
- 原子移動ラジカル重合:ラジカル重合中のポリマー成長末端が、ラジカル活性な状態とラジカルがキャップされた休止状態の2種からなり,前者が少ない状態に偏っているため,ラジカル重合でありながら停止反応が抑制されリビング的に重合が進行する方法
冷たい原子が幾何学を解く (Cold atoms do geometry)
固体中の電子はエネルギー・バンドに存在し、そのバンド構造を光格子を用いる冷たい原子系でシミュレートすることが可能である。対応する波動関数の幾何学が、系の位相幾何学的な特性が決定するが、直接に見ることは大変である。Flaschner たちと Li たちは、六方晶系の光格子においてバンドの波動関数の詳細構造を測定した。一方は窒化ホウ素に似たもの、もう一方はグラフェン格子である。これらの技術は、相互作用の影響を含む、より複雑な状況を探ることを可能にするであろう。(Sk,kh)
菌類酵素の燃料 (The fuel for fungal enzymes)
多くの微生物は特殊な酵素を持ち,植物バイオマスを標的にし,これを分解する.菌類では,これらの酵素は溶解性多糖類モノオキシゲナーゼ(LPMO)と呼ばれ,電子移動相手と組になり,リグノセルロース系高分子を構成する多糖類骨格を酸化開裂する.Kracherたちは,他の酵素や酸化還元活性のある低分子代謝産物を含む,LPMOに適する幾つかの有望な細胞外の電子移動相手を調べた(Martinezによる展望記事参照).これらの3つすべてが,単一銅活性部位へ電子を供与することができた.そのような融通性は,これらの菌類が一連の酸化還元条件に適応し,もしかすると、バイオマス分解を促進するのに他の細胞外電子供与体を利用する助けとなっている.(MY,nk,kh)
細菌にとっての新たな金属捕集剤 (A new metal scavenger for bacteria)
総ての細胞は、微量の金属を得るための方法を見つける必要がある。例えば、細菌と植物は親鉄剤、シデロホアと呼ばれる鉄キレート化合物を合成して遊離することで、鉄を捕集する。Ghsseinたちは、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus)中の別型親金属剤メタロホアの生合成原因である三つの酵素を記載している (Nolanによる展望記事参照)。メタボロミクスと一連の生化学分析は、staphylopineと名付けられたこの化合物が、成長環境に依存して、一連の金属の取り込みに関係していることを示している。staphylopineの生合成に必要な遺伝子は、数多くの病原菌に広く保存され、そして植物によって作られる広範囲のメタロホアに対する遺伝子に似ている。(KU,kj,kh)
- メタボロミクス:細胞活動で生じる代謝物を網羅的に解析すること
リン酸化が有糸分裂からの退出のきっかけを与える (Phosphorylation cues exit from mitosis)
細胞周期への入場と退出は、タンパク質リン酸化と分解事象の波により制御される。Fujimitsuたちは、細胞周期機構が有糸分裂からの退出を制御する精密な仕組みを記述している。重要な事象は、ユビキチン・リガーゼである後期促進複合体、すなわちサイクロソーム (APC/C)の活性化である。著者たちは精製された成分とツメガエル卵の抽出物系を用いて、APC/Cの二つのサブユニットが、サイクリン依存性キナーゼ 1 (CDK1)によって直接リン酸化されることを示した。サブユニットのうちの一方のリン酸化は、もう一つのサブユニットの更なるリン酸化のために CDK1の補充を助けていた。この第二のサブユニットは APC/C活性化因子とCdc20として知られている抗癌治療の標的と相互作用していた。(KU,kj,kh)
デジタル・マーケットの期待 (The promise of digital markets)
デジタル・プラットフォームは、消費者とサービス提供者との間の良縁(match)を取り持っている。このような「マッチング・マーケット」の最も顕著な特徴事例は Uberであり、これは乗客と運転手を結びつけるために位置追跡、コンピュータ・ナビ、及び動的料金設定を用いているタクシー会社である。展望記事において、Azevedoと Weylはまた、広告といった別の事例に注目している。広告は、その昔広範囲な人々に向けて放送されていたものだが、しかし今やデジタル追跡のおかげで高度に目標が絞られる。著者たちは、これらの技術をより効率的にするために、また公共の利益を守るために法律が制定されることを保証するために学界と産業界のより以上の協同作業を求めている。(KU,ok,nk,kj,kh)