AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 20 2016, Vol.352

亜鉛は銅によるメタノール生成にいかに役立つのか (How zinc helps copper make methanol)

銅のナノ粒子は、CO2、CO、および H2 の混合物からのメタノール生成を触媒することができる。しかし、酸化亜鉛ナノ粒子を添加すると、酸化亜鉛ナノ粒子自体はこの反応において不活性であるが、生成速度が非常に高まる。Kuldたちは、実験および密度汎関数理論計算によって値を決めて、メタノール合成活性が、銅ナノ粒子上の亜鉛原子の被覆量とともにどのように変化するかを測定した。ZnOナノ粒子の大きさが、どの程度亜鉛が銅表面を被覆するかを決定し、サイズに従って触媒活性を制御していた。(Sk,KU,kj,nk)

Science, this issue p. 969

特異的スプライシングによるシナプスの独自性 (Synapse identity through specific splicing)

様々な、高度に特異的なタイプのシナプスを作るそのメカニズムは、何なのか? Traunmullerたちは、マウスの海馬神経細胞において、RNA結合タンパク質 SLM2が、ごく僅かな数の標的メッセンジャーRNAの間の選択的スプライシングを調節していることを見出した。このスプライシング・プログラムを壊すと、経シナプス・タンパク質複合体に特異的欠陥を生じ、グルタミン酸作動性の伝達とシナプス可塑性が損なわれた。そして、この状態からのシナプス可塑性の復活は、この選択的スプライシングに関わる一つの遺伝子の修復で十分であった。SLM2はこのように、グルタミン酸作動性シナプスの性質を制御する、高度に特異的な選択的スプライシング・プログラムを起動させている。(KU,ok,kj,nk)

Science, this issue p. 982

HIV-1に対する抗体療法への洞察 (Insights into antibody therapy for HIV-1)

抗レトロウイルス療法の成功にもかかわらず,HIV-1に感染した人たちには,依然,ウイルスが潜伏している.このため,他の治療方法が必要とされる.HIV-1のエンベロープ・タンパク質を標的とする広域で強力なモノクロナール抗体の単回投与は,一過性でしかないものの,HIV-1感染者のウイルス量を減少させた.Luたちは今回,抗体治療は遊離ウイルスが新しい細胞に感染するのを阻止するばかりでなく,感染細胞の排除を加速することを報告している.さらに、Schoofsたちは,抗体治療措置はウイルスに対抗する感染者の体液性免疫応答を高めることを示してしている.このため、中和抗体は潜伏ウイルスを減らす可能性があるため,HIV-1に対する有望な治療法であるかもしれない.(MY,kj)

【訳注】
  • レトロウイルス:遺伝物質がRNAで,宿主細胞内で逆転写によってDNAを合成し,宿主細胞の染色体DNAに組込まれるウイルスのこと
  • エンベロープ・タンパク質:ウイルスを覆う膜を形成するタンパク質のこと
  • モノクロナール抗体:抗原の複数部位に作用する性質を持つ通常の抗体に対して,抗原のある部位にのみに作用する性質を持つ抗体のこと
  • 体液性免疫応答:抗原への応答が,免疫細胞が分泌した抗原対抗物質である免疫グロブリンにより行われること
Science, this issue pp. 1001 and 997

強い骨を作る TRIC (The TRIC to building strong bones)

骨芽細胞は,骨形成に必要とされるコラーゲンに富んだ基質を分泌する骨形成細胞である.コラーゲン沈着の欠損は,骨形成不全症に特徴的な脆い骨の原因となる.Zhaoたちは,小胞体 (ER)内のカチオン・チャネルをコードしている Tric-bを欠いたマウスが,骨形成不全症患者の骨と同様の脆い骨を持つことを見出した.Tric-bノックアウト・マウスの骨芽細胞で作られたコラーゲンは分泌されず,その代わり骨芽細胞内に蓄積され,小胞体ストレスを引き起こした.このため, TRIC-Bは骨芽細胞内の小胞体ストレスを抑制するのに必要とされ,それにより骨芽細胞は骨形成に必要な大量のコラーゲンを分泌できるのかもしれない.(MY,KU,kh,nk)

【訳注】
  • ノックアウト・マウス:特定の遺伝子が完全に無効化されたマウス
  • 小胞体ストレス:小胞体に変性タンパク質が蓄積されること.これにより細胞への悪影響が生じる
  • TRIC-B,Tric-bの大文字,小文字:前者は受容体,後者はそれをコードしている遺伝子
Sci. Signal. 9, ra49 (2016).

磁場で棒磁石から磁荷へ (From a bar to a charge, magnetically)

人工スピン・アイスは、ナノスケールの棒磁石からなるアレイであり、フラストレート磁性材で発生する挙動を模倣することができる。通常そのアレイは、辺に垂直な棒磁石を持つ正方形格子を形成する。Wangらは、棒磁石を正、負の磁荷に分離した。彼らは、磁荷アレイとは逆に作業して、正方格子の辺に垂直に配向するだけでなく、対角線上にも配向した棒磁石を持つ構造を設計した。従来の構造体に比べ、本構造体は全域的および局所的磁場でおおいに制御可能となった。(NK,KU)

Science, this issue p. 962

小さなロボットをくっつける (Making small robots stick)

空中写真は、一度に広範囲の地域を観察する機会を提供するが、上空に留まることが必要なため高くつく。Grauleたちは、静電力が昆虫大の飛翔ロボットを、様々な面の下面に保持できることを見出した(Kovacによる展望記事参照)。彼らは、静電的に帯電させたパッドをロボットの頭に装着した。その結果、それは持続的飛行に必要とされるよりも小さな電力で、既存の高いところにある止まり木(葉っぱを含む)に着脱可能にくっつけることができた。(Sk)

Science, this issue p. 978; see also p. 895

飢餓生存シグナルはDNA損傷と闘う (A starvation survival signal fights DNA damage)

アラルモン・グアノシン-3',5'-(ビス)ピロリン酸 (ppGpp)は、飢えつつある細菌中で転写を止める。この「切迫した応答」は、細菌がエネルギーを保存し、悪条件を生き残るのを助ける。Kamarthapuたちは、ppGppがまた DNA修復に必須であることを示している。ppGppは、転写伸長をヌクレオチド除去修復経路に結びつける。ppGppは、修復を促進するために RNAポリメラーゼを DNA損傷から離して同じ道を引き返すのを助ける。DNA複製を抑制することで、複製フォークと引き返してきた RNAポリメラーゼとの間の危険な衝突をも避ける。(KU,nk)

Science, this issue p. 993

断食を更により速くする (Making the fast faster still)

アクチンと微小管細胞骨格の力学間の協調は、細胞遊走、食作用、細胞質分裂及び胚形成の際に重要である。しかしながら、細胞骨格力学の交差調節の基礎は不明である。Henty-Ridillaたちは、微小管細胞骨格の或る成分がアクチン線維の伸長を促進し、その成長するアクチン線維の末端を保護していることを見出した (Rottnerによる展望記事参照)。このように、成長する微小管はアクチン組立機構とアクチン線維の力学を直接制御しているらしい。(KU)

Science, this issue p. 1004; see also p. 894

抗生物質:諸刃の剣 (Antibiotics: A double-edged sword)

同種間造血幹細胞移植を受ける患者は、感染症に対する抗生物質を受け取る場合が多いが、不幸なことにそれがまた、腸の細菌を殺す。腸内のこの相利共生細菌は、通常は病気を引き起こすこともなく、炎症を抑えると考えられている。Shonoたちは、875人の移植患者の記録を調べ、そして幾つかの抗生物質が、重篤な小腸炎を引き起こすこともある、移植片対宿主病 (GVHD)の発生と関係していることを見出した。マウスモデルにおいて、これらの抗生物質により、他の腸内細菌は淘汰され、腸の粘液を食い尽くす細菌が選抜されて、この重要な保護層を損傷して GVHDを悪化させるているらしい。(KU,kj)

Sci. Transl. Med. 8, 339a71 (2016).

抵抗癌へのもう一つの経路 (Another pathway to cancer resistance)

腫瘍の微小環境を標的とする治療は、癌治療に有望である。例えば、コロニー刺激因子-1 受容体 (CSF-1R)を標的とする抗体は、前駆腫瘍形成性マクロファージを抑制し、命に係わる脳癌である多形神経膠芽腫 (GBM)のマウスモデルにおいて腫瘍を後退させる。Quailたちは、CSR-1Rの遮断が GBMのマウスモデルにおいて生存期間を伸ばしたけれども、最終的に腫瘍の50%以上が再発した。再発は腫瘍内での PI3-K 活性化と相関していた。そして、それはマクロファージが分泌する IGF-1 によって駆動される。その証拠に、再活発化した腫瘍において、PI3-Kと IGF-1のシグナル伝達を妨害すると、生存期間を伸ばすことができた。このように、腫瘍は腫瘍それ自体の変化とその微小環境の変化により治療への耐性を得ることが出来る。(KU,kj,nk)

【訳注】
  • コロニー刺激因子-1:骨髄系幹細胞を増殖して、マクロファージや顆粒への分化を促進する造血調節因子
Science, this issue p. 10.1126/science.aad3018

ネマティック結合に気付く (Discerning the nematic connection)

鉄系超伝導体は,どの与えられた系でも,その相図は複雑である.超伝導性は反強磁性と競合するが、そこに構造転移さえもがしばしば加わる.これらの系の1つである Ba(Fe1-xCox)2As2においては,電荷移動の実験がネマティック性と呼ばれる電子的な回転非対称性が構造転移を駆動していることを示していた.Kuoたちは鉄系超伝導体の5つの系において,最適な化学ドーピングの付近(超伝導転移温度を最も高くするドーピング)でネマティックの揺らぎを検出した.このため,これらの化合物においては,ネマティック性が超伝導の機構で役割を果たしている可能性がある.(MY,nk)

Science, this issue p. 958

グラフェン超伝導のエッジを作る (Making a graphene super-edge)

超伝導体では、電流は、電子と正孔から形成される"クーパー対"によって輸送される。この超伝導電流は二つの超伝導体の間の薄いバリアを軽々と越えて流れるであろう。しかし、強い磁場がこのバリアに印加され、電荷キャリアをそのバリアの縁に沿ってのみ進むようにさせたらどうなるだろうか? Ametたちは、最大 2テスラまでの磁場のもとで二つの超伝導電極とグラフェンのバリアからなる試料でこの状態を探査した (Masonによる展望記事を参照のこと)。これらの輸送測定結果は、超伝導電流がグラフェンのエッジ状態を介して運ばれるというモデルと整合した。(Wt,KU,nk)

Science, this issue p. 966; see also p. 891

ペプチド・ドメインはリン酸取込みの必要性と関連している (Peptide domain links phosphate need to uptake)

細胞のリン酸(Pi)濃度は厳しく制御されているが、真核細胞が実際どのようにしてPiの濃度を「測定」しているかは不明である。Wildたちは、イノシトール・ポリリン酸(InsP)シグナル分子が、菌類、植物、およびヒトの中で、SPXドメイン含有タンパク質と相互作用することにより、Piの恒常性を調節することを示している。SPXドメインは、多くの真核生物の Pi輸送体、Pi制御酵素、および信号伝達タンパク質の中で見出されている。InsP結合は、SPXドメインが異なる標的タンパク質と相互作用することを可能にした。植物における、そのような標的タンパク質の一つが転写制御因子である。正常な成長の間は、高濃度の InsPが、SPXタンパク質・転写制御因子複合体の形成を促進した。Pi欠乏の状況下では、InsP濃度が低下し、転写制御因子を遊離してPi欠乏応答による遺伝子転写を促進した。(Sk)

Science, this issue p. 986

シグナル伝達を臨機応変にする秘訣 (The secrets of making signaling responsive)

生体信号に応答する多くの受容体タンパク質は多量体を形成し、それは単純な1対1の結合反応のそれよりも高性能な調節特性を与える。Haたちは、複数のリガンドの受容体複合体への結合が、どのようにして閾値効果とスイッチのような超高感度を生み出すことができるのかについて述べている。もし、最初のリガンドの結合が二番目の結合を生じにくくさせ(負の協同性として知られる特性)、さらに結合によりそこにあるリガンドの総量を使い果たす可能性があると、リガンドのさまざまな量に対する系の応答のし方が、非常に緩やかな挙動からスイッチのような挙動に劇的に変化することが可能になる。著者らは、そのような系がどのように機能し、生体の調節に適合するようになるのかを説明する理論と実験結果を提示している。(Sk,kj)

Science, this issue p. 990

進化での遺伝子複製の維持 (Evolutionary maintenance of gene duplications)

遺伝子重複-複製後のある遺伝子の複数コピーの維持-と,その遺伝子進化との関係は長らく議論されてきた.LanとPritchardは,ヒトゲノムや他の哺乳類のゲノム内の遺伝子重複を調べた.遺伝子発現は,直列複製の量的均衡や厳重な同時制御により制御されているらしい.彼らは,有意に差のある発現パターンを示す遺伝子コピーの証拠をほとんど見出さなかった.しかしながら,遺伝子コピーがそのゲノム内で物理的に分離され,そしてもはや一緒に制御されなくなった後で,このような変化は遅れて進化するかも知れない.(MY,nk)

【訳注】
  • 直列複製:遺伝子が同じ染色体上でその近くに重複して付加される複製
  • 量的均衡:ある遺伝子が別の遺伝子と量的な均衡を保ち細胞機能が保たれていること.複数の異なるサブユニットタンパク質(別々の遺伝子から発現)が複合化して機能を発揮する場合等が相当する
Science, this issue p. 1009

DNAの門番 (DNA gatekeepers)

生物システムにおいて、膜タンパク質は細胞への流入と細胞からの流出とを調節し、細胞のシグナル伝達と細胞形態の形成に重要な役割を果たしている。科学者たちは、このタンパク質の合成模倣物を作るために DNAを用いつつある。展望記事において、Howorkaは、DNA単位の三次元構造が、タンパク質に基づく対応物のそれよりも操作がより容易であると説明している。結果としての構造体は膜より大きなものとなる。それは、バイオイメージングや薬物送達のための小胞を安定化する際には重要な因子である。DNAナノ構造はまた、膜流動性を調整可能であり、細胞生物学的研究において規定された位置にタンパク質を結合することが可能である。この直観に頼らない方法で DNAを用いることは、合成生物学における可能性を広げる。(KU,kj,nk)

Science, this issue p. 890

メタン生成のラジカル経路 (A radical route to making methane)

微生物は,地球のメタン循環に対する主要なけん引役である.生物によるメタン産生を究極的に担う酵素は,単離困難な反応中間体を含むため,機構が不明瞭になっている.Wongnateたちはストップ・フローと急速凍結実験を用いて,メチル補酵素 M還元酵素の活性部位にメチルラジカルを捕捉した(LawtonとRosenzweigによる展望記事参照).分光測定は,Ni(II)を含んだ補助因子 F430が計算結果と一致することを実証した.このように,メタノール産生の最終段階は,有機金属のメチル-Ni(III)機構よりも,Ni(II)-チオラートとメチル・ラジカル中間体を経由して進行する. (MY,KU,kj)

【訳注】
  • ストップ・フロー:試料溶液を高速に混合し,瞬時にフローを停止してその後の試料溶液内の変化を観察する方法
  • メチル補酵素M還元酵素:メタン生成菌が,水素ガスと二酸化炭素からメタノールを産生する際の最終段階を担う酵素.Niを含有するF430と呼ばれる補助因子を含んでいる
Science, this issue p. 953;, see also p. 892

頑丈なコア・シェル触媒 (Tough core-shell catalysts)

触媒作用において貴金属の活性を増大させる一つの方法は、ニッケルのような安価で地球上に豊富に存在する遷移金属のコア上にその皮膜を形成することであるが、しばしばこれらの構造は合金を形成し、反応する間に非活性化する。Huntたちは、原子レベルの厚みの貴金属シェルで被膜を形成した、数種類の遷移金属炭化物のナノ粒子を合成した。白金・ルテニウムのシェルを有する、チタン・ドープしたタングステン・カーバイドのナノ粒子は、メタノールの電界酸化に対し非常に活性であり、10,000回を越えるでサイクルで安定であり、CO起因の不活性化に対する耐久性を有していた。(Sk,ok)

Science, this issue p. 974