AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 13 2016, Vol.352

降雨の雨量に対する効果 (The effects of rainfall on rainfall)

土壌水分は,ある程度,過去の降雨で支配されていて,未来の広い地域にわたる降雨確率に影響を与える可能性がある.これは,土壌中に含まれる水が,太陽光が潜熱(蒸発)と顕熱 (地面を覆う大気の温度を上昇させる)にどのように変換されるかの決定に一役買っているためである.TuttleとSalvucciは,10年にわたり米国本土で収集されたデータを用いてこの関連性を調べた.土壌水分と降雨との間のフィードバックは,米国西部では概して正であるが,東部では負である.この地域的な依存性は,乾燥状態の大尺度差異の働きであるかもしれない.(MY,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 825

ヒト脳の原形質類器官で試験されるジカ・ウイルス (Zika virus tested in human brain organoids)

有害で丈夫なヤブカ(Aedes)属の蚊が,南北アメリカ大陸のあちこちでジカ・ウイルス (ZIKV)を急速に拡散しつつある.ZIKV感染は,主に軽度の病気を引き起こすが,患者の中には,神経系の合併症を示すものもいる.特に心配なのは,妊娠第一期の母親の感染と新生児の小頭症との間で相関性が認められることである.Garcezたちは,原形質類器官として培養されたヒト神経幹細胞への ZIKVの影響をデング・ウイルス感染と比較して試験した.ZIKVはヒト脳細胞を標的にし,試験管内でその大きさと生存率を減少させ,プログラム細胞死応答を引き起こした.(MY,kh)

【訳注】
  • 原形質類器官:特定の器官の細胞を三次元的に培養して作らせた立体組織のこと
  • プログラム細胞死:発生プロセスで,遺伝的なプログラムによって生じる細胞の死
Science, this issue p. 816

遠くから与えられる結果 (Consequences conferred at a distance)

渡りをする動物は,複数の,時には大きく異なる環境に生活を順応させてきた.このため,彼らは,気候が急速に変動する時,特に複雑な応答を示す可能性がある.Van Gilsたちは,コオバシギの体の大きさが,北極圏の彼らの繁殖地が温暖化するにつれて,小さくなってきていることを示している(WikelskiとTertitskiによる展望記事参照).しかしながら,この変化の実際の損害は,急速に変化している北方の彼らの生息地域部にあるのではなく,一見,より安定な熱帯の越冬地域にあるらしい.繁殖地の温暖化の結果生じた,より体が小さく,くちばしが短いコオバシギは,彼らの主要な食糧源(深くに埋もれている軟体動物)にありつくのに苦労し,これは.特に温暖な年に生まれたものの生存を低下させている.(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 819; see also p. 775

生命発生前の世界で RNAを作る (Making RNA in the prebiotic world)

RNAワールド仮説は、RNAが生命の起源に導く最初の自己複製分子の一つだったと仮定している。RNAのヌクレオチド塩基である、A、U、C及びGは化学的に複雑であり、大きなプリン塩基である Aと Gが、生命発生前の地球でどのようにして出現できたのかということは定かでなかった。Beckerたちは、Aと Gの塩基は生命発生前に合理的な前駆物質から簡単かつ高収率で合成できることを示しており、RNAワールド仮説への更なる支持を与えている。(KU,kh)

Science, this issue p. 833

世界中の睡眠危機 (The global sleep crisis)

新しいスマートフォンのアプリによって、世界中で睡眠習慣に対する社会的影響が明らかになった。睡眠持続時間の個人別の影響を見るために、アプリのユーザーは光にさらされる量と時差ぼけの影響を追跡した。収集されたデータを活用して、Walchたちは数学的モデルを適用し、睡眠に対する社会的圧力の影響を評価した。就寝時刻の各国特異的な傾向から、睡眠時間を予測することができた。年齢は睡眠時間調整について支配的な決定要因であるが、女性は男性よりも多く睡眠をとろうとする傾向をもっている。体内時計と社会的な時間管理の間の絶え間の無い主導権争いにおける、睡眠不足の集団毎影響について今回、世界レベルで調査することができた。(Uc,kj,nk,kh)

Sci Adv. 2, 10.1126/sciadv.1501705 (2016).

隣の助けなしで炭素が結合する (Carbon links without helpful neighbors)

最も単純に見える炭素-炭素結合をつくるのはしばしば非常に難しいということは,現代有機化学の皮肉である.ほとんどの反応は,その効率を隣接する二重結合あるいは酸素と窒素原子(これらの隣接基は生成物中に留まる)に負う。Qinたちは,そのような周囲の助けなしで,C-C結合を作る,広く適用可能な手順を提示している.ニッケルが触媒する過程が,亜鉛で活性化された炭素中心を CO2を失うことになるエステルに結合させる.数多くのカルボン酸(エステルにたやすく転換される)を容易に使用できることは,この反応の多用途性に寄与する.(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 801

アルツハイマー病を覗くための窓 (A window into Alzheimer's disease)

アルツハイマー病(AD)は,脳内でのアミロイドβ(Aβ)凝集体の蓄積や,タウ・タンパク質 (タウ)のもつれが関与している.AD患者の Aβ沈着による認知面と病状面の結果は,PET (陽電子放射断層撮影)造影リガンドの利用により十分に研究されてきた.Brierたちは新たに利用可能なタウ用の PET造影剤を用いて,初期 AD患者におけるタウの病変状態と Aβの病変状態の関連性を探索した.全体的に見て,タウの撮影画像は, Aβの画像よりも病気状態に対するよりしっかりした予知の判断材料を与えた.Aβの画像は初期 ADに対する良好な標識であるが,タウの画像は病気の進行に対するよりしっかりした予知の判断材料となる.(MY,kj,kh)

【訳注】
  • リガンド:特定の受容体に特異的に結合する物質のこと
Sci. Transl. Med. 8, 338a66 (2016).

眠っているマウスに覚えさせる (Let sleeping mice remember)

記憶固定におけるレム(REM:急速眼球運動)睡眠の役割は、昔から議論されてきた。Boyceたちは光遺伝学法を用いて、レム睡眠中のマウスの海馬におけるシーター波を抑制した (Kocsisによる展望記事参照)。そうすると物体認識記憶と文脈依存性恐怖記憶の双方が損なわれた。そしてこの方法で記憶固定のメカニズムが、記憶訓練直後のある決まった時間帯で起こることを示した。すなわち、ノンレム睡眠中、或いは覚醒状態において似たような持続時間で、この海馬を光遺伝学法により抑制しても記憶に何ら影響を及ぼさなかった。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 812; see also p. 770

和解の心理学的負担 (The psychological cost of reconciliation)

内戦の際には、それまで仲の良かった近隣者であった個人やコミュニティーが、互いについには争い合うようになることがある。そうした切り離された社会的絆を改めて縫い合わせる一つの方法は、攻撃をした人と犠牲者を、真実と和解のフォーラムに一緒に集める。Cilliersたちは、そうしたフォーラムが、アフリカのシエラレオネ共和国において社会的絆の再建の助けになったが、それがまた犠牲者の心の健康に負担をかけることになったことを発見した(CaseyとGlennersterによる展望記事参照)。(KF,nk,kh)

Science, this issue p. 787; see also p. 766

腸の免疫グロブリンAの調理法 (A recipe for intestinal lgA)

我々の腸は微生物で満ち溢れており、あるものは役に立ち、或る者はそうでない。腸における形質細胞は免疫グロブリンA (IgA)を分泌しており、これは常在性の共生細菌と平和を保ち、病原体と闘うのを助ける。lgAへの B細胞のアイソタイプ・スイッチは、パイエル板と呼ばれるリンパ組織で生じる。Reboldiたちは、マウスにおいて IgAを作る方に向かって B細胞を導く細胞プロセスを研究した。B細胞はパイエル板の濾胞から腸管粘膜へと予想外の旅を行い、特殊化した IgA誘発性樹状細胞と相互作用する。そのB細胞は次に濾胞に戻り、 IgA産生 B細胞になった。(KU)

【訳注】
  • 形質細胞:B細胞が分化した細胞で、分泌型免疫グロブリンの合成と分泌を行う
  • アイソタイプ・スイッチ:クラス・スイッチともいい、B細胞が発現する免疫グロブリン(5つのクラスがあり、クラスIgA,M,G,D,E)のクラスが変化すること
Science, this issue p. 10.1126/science.aaf4822

非線形光学:出番を待つ驚異? (Nonlinear optics: A surprise in store?)

超高速のデータ速度で、光を用いて物事を制御する能力は、情報処理速度を高めるはずである。しかしながら、フォトンはお互いに相互作用しない傾向にあり、それ故に非線形光学材料が必要とされ、そしてこのような材料の応答性は一般に弱い。Alamたちは驚くべき発見を報告している:マイクロ・エレクトロニクスで広く使用されている市販で容易に入手可能な透明導電性酸化物である、インジウム・スズ酸化物が大きな非線形応答 示すという。彼らは、その材料の誘電率が零に近い波長領域を用い、そして大きな、かつ速い非線形光学応答を観察した。この発見は、これまで未調査だが非線形光学に応用できる材料が他にも存在している可能性を示している。(KU,nk)

Science, this issue p. 795

パラジウムを光で分散する (Lightly dispersed palladium)

酸化物担体に原子レベルで分散された金属原子からなる触媒は、非常に高い原子あたりの触媒活性を示すことがある。しかし、金属の粒子形成を防ぐの必要な低い保持量では、全体の性能を制限する可能性がある。Luiらは、パラジウム・イオンを紫外線とエチレン・グリコールで還元することで、チタン酸化物ナノシート上にパラジウム単原子を比較的高い保持量で安定に担持させた。この触媒は水素分子を水素原子に切断し、またアルケンやアルデヒドの水素付加に対して非常に効率的であった。(NK,KU,nk)

Science, this issue p. 797

光多重化に関するひとひねり (A twist on optical multiplexing)

情報は、多様な光の性質を用いてコード化することができるされる。光学的な周波数多重化、明度、および偏光は、情報技術、大容量データ・ストレージ、高速通信及び生物学的検知に重要な役割を果たした。角運動量はもう一つの自由度であり、更なる能力を増すはずである。しかしながら、一般に光の角運動量を決めるのに用いられる嵩高い光素子が、チップ上で可能な処理を制限する。Renたちはナノフォトニクス手法を用いて、角運動量の異なる状態を持ちながら共伝播する光を測定し、区分した (Molina-Terrizaによる展望記事参照)。このアプローチは光信号のチップ上での多重化処理に有望である。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 805; see also p. 774

活動中のラジカルを捕える (Catching a radical in action)

多くの酵素は、ラジカル中間体の生成により反応を触媒する。自然界で最大のスーパーファミリ酵素であるラジカルSAM酵素は、鉄-イオウのクラスターを用いて S-アデノシル・メチオニンを切断し、ラジカル中間体を作ることで触媒作用を行う。凍結制止法を用いて、Horitaniたちは、酵素を活性化する細菌のピルビン酸 ギ酸塩・脱離活性化酵素からの未だ知られていないラジカル中間体を捕えることができた。分光測定から、その中間体が、5'-デオキシアデノシルの末端の炭素と鉄-イオウ・クラスターの単一鉄原子との間の短寿命共有結合で構成されていることが明らかになった。このラジカルの観測は、ラジカル SAMに関する機構的理解を拡げるだけでなく、有機金属中心により機能する酵素活性部位、或いは補助因子の範囲をも拡げる。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 822

ウイルス融合を邪魔する抗体 (An antibody to block viral fusion)

HIV-1に感染した個人のごく一部は、HIV-1エンベロープ・タンパク質(Env)に結合する幅広い、強力な抗体を発生させる。そうした抗体は、Envの宿主受容体結合部位のような、Env上の保存されたエピトープの限られた集合を認識する。Kongたちはこのたび、HIV-1感染した個人から単離された、Envの融合ペプチドに結合する中和抗体に関して報告している。これは予想外のことであった。というのも、ウイルスはしばしば、その細胞侵入機構の主要成分を抗体の攻撃からマスクして隠そうとするからである。融合ペプチドと Env自身に結合したその抗体の結晶構造は、それ自身エピトープを定義し、抗体結合の具体的な機構への洞察を提供するものであり、HIV-1ワクチン設計の基礎をなす可能性がある。(KF,nk,kh)

【訳注】
  • エピトープ:抗原決定基とも呼ばれ、抗体が認識する抗原の一部
Science, this issue p. 828

上位性と変異の適応度地形 (Epistasis and mutational fitness landscape)

遺伝子の適応度地形(fitness landscape)が、進化についての分子的潜在力を定めている。このことは、予言された未実現の潜在力だけでなく、進化の現状を理解する助けになる。複数の酵母系統の成長に影響する非必須遺伝子における変異を調べるための深い配列決定を用いて、二つの研究が、適応度地形を示し、上位性の相互作用の効果を測定した(HeとLuiによる展望記事参照)。Liは、すべての単一変異と多くの二重ないしそれ以上の変異をを含む、転移RNA遺伝子中の変異体のライブラリーを作った。RNA二次構造は一般に、塩基群を選択すると予測しやすかった。同様に、 Puchtaたちは、個々の変異の適応度効果を知るために、進化的保存と構造上の安定性に相関する小さな核小体RNA遺伝子を評価した。双方の研究は、二重の置換についての上位性が、つまり結合された機能効果が、ポジティブであるよりネガティブであることが多いことを示している。(KF,kj,kh)

Science, this issue pp. 837 and 840; see also p. 769

ある発癌性ヒストンは抑制的染色質を混乱させる(An oncohistone deranges inhibitory chromatin)

ヒストンH3におけるミスセンス変異(1つのアミノ酸を別のアミノ酸に変化させる変異)は、いわゆる発癌性ヒストンを産生し、いくつもの小児科の癌に見出される。例えば、リジン-36-to-メチオニン (K36M)変異は、ほとんどすべての骨芽細胞腫に見受けられる。Luたちは、K36M変異体ヒストンが発癌性であること、そしてそれらが野生型の H3型ヒストンにおけるこの同じ残基の正常なメチル化を抑制することを示した。この変異体ヒストンはまた、骨に関連する細胞の正常な発達と、抑制的染色質標識の沈着を妨害する。(KF,KU,kh)

Science, this issue p. 844

アルツハイマー病におけるPKCαの役割 (A role for PKCα in Alzheimer's disease)

アルツハイマー病で生じる神経変性は、amyloid-β (Aβ)と呼ばれるタンパク質の蓄積によると考えられている。Alfonsoたちは、遅発性アルツハイマー病と診断された大きな家族集団において、プロテイン・キナーゼCα (PKCα)の活性化変異を同定した。薬理学的に PKCαを抑制したり、あるいはそれをコードしている遺伝子を除去すると、Aβがマウスの海馬組織薄片中でシナプス活動を弱めることを防いだ。つまり、 PKCαの変異体は、一部の遅発性アルツハイマー病患者で、 Aβの病理学的作用を取り次いでいる可能性がある。(KF,KU,ok,kj)

Sci. Signal. 9, ra47 (2016).

衝突の後に分離された同位体 (Isotopes isolated after impact)

地球がどのように形成されたかについての詳細な知見が、岩石中のある短寿命の放射性同位体の娘生成物から収集される。Rizoたちは、Baffin Islandや Ontong Java Plateauの超深部マントル由来の岩石中のかすかなタングステン同位体の変化について記述している(Dahl による展望記事を参照)。この結果は、地球のある部分は、その形成以来混合されないままであることを示唆している。この混合されていない深部マントルの岩石は、また地球のコアが、いくつかの大きな衝突事象により形成されたことを示している。(Wt,KU,kh)

Science, this issue p. 809; see also p. 768