AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 6 2016, Vol.352

大きな洪水の影響を取り除く (Filtering out the effect of large floods)

大きな洪水は、川の深さや幅に影響を与えて当然のように思われる。しかしながら、Phillips と Jerolmack は、岩盤における河道の自己組織化が、極端な降雨事象の影響を鈍らせることを示唆している。米国全域のさまざまな砂礫河川から得られた河道の形状は、より大きな洪水が流路の形状に対して非常に限られた追加の影響しか与えないことを示している。河道の浸食は、もちろん洪水の大きさが増大するにつれて増大するが、しかしその影響は中程度の洪水で最も顕著である。この関係が、気候変化を超えた河川の長期的安定性を説明しているのかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 694

近傍の超新星からの宇宙線 (Cosmic rays from a nearby supernova)

超新星爆発は、不安定同位体を生み出し、それらを宇宙線の形で宇宙に撒き散らす。Binnsたちは、NASAの Advanced Composition Explorer 探査機を用いて、太陽系を通過する宇宙線の中に、これまで検出されていなかった微量な 60Feを調べた。17年間の観測により、ちょうど15個の 60Feの原子核を検出した。この15個という数は、少なくはあるが、統計的に有意な数である。60Feは260万年の半減期を有する放射性の原子核であるため、この核は、比較的最近に近傍の超新星で作られたものに相違ない。最も可能性のある候補は、さそり座-ケンタウルス座アソシエイションと呼ばれる若く明るい星の集団内の大質量星である。(Wt,nk)

Science, this issue p. 677

気候が優占種を選別する (Climate filters dominant species)

始新世から漸新世への移行は、明確な寒冷化によって区切られている。霊長類は特に寒冷化の影響を受けやすいため、この気候変化は全世界的に霊長類を後退に追いやった。この移行の後、アフリカ・アラブ地域では類人猿霊長類が支配的になったが、アジアでの霊長類の回復については、ほとんど分かっていなかった。Niたちは、中国の雲南省で見つかった、10種の今まで知られていなかった霊長類について述べている。それは、霊長類がアジアでは違う道を歩んだことを示している。類人猿の代わりに、曲鼻猿亜目(キツネザルのような)霊長類が支配的であった。この違いが、環境によるものだったのか偶然によるものだったのかは分かっていない。(Sk,kh)

【訳注】
  • 始新世:約5,600万年前から約3,390万年前までの地質時代の一つ
  • 漸新世:約3,400万年前から約2,300万年前までの地質時代の一つ
  • 曲鼻猿亜目:キツネザル、ロリスなどが属する原始的なサル
Science, this issue p. 673

模様入り矩形物の成長 (Growing patterned rectangular objects)

模様のある形状の物を成長させるには、通常、多数の材料の位置決めを手助けするための鋳型を必要とする。Qiuたちは、結晶性ブロック共重合体と単独重合体の種結晶成長を用いて、非常に均一な矩形構造体を作り出した(Ballauffによる展望記事参照)。そしてその矩形構造体の非架橋領域を化学エッチングまたは溶解することにより、穴のあいた板状ミセルを作り出した。異なる混合物を逐次追加することと架橋・溶解の方法で、形の決まった空洞をもった矩形ミセルの形成が可能となった。それは、様々な方法で機能化することが可能である。(Sk,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 697; see also p. 656

平均余命差を縮小する (Narrowing of the life expectancy gap)

米国においては、富裕層は貧困層よりも健康で長寿な一生を享受すると予期できる。若年層と貧困層両者の健康改善に向けた政策にもかかわらず、この関係が変化した証拠はほとんどない。Currieと Schwandtは、特別に今日の小児と若年成人の平均余命に着目し、実際には、死亡率の不平等さは過去25年間減少したことを見出した(Bailey and Timpeによる展望記事参照)。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 708; see also p. 661

Notchが自然リンパ球のバランスをとる (Notch balances innate lymphoid cells)

腸では,特殊化した細胞は炎症を引き起こしたり,免疫反応を誘発しなかったりする.例えば,グループ3自然リンパ球 (ILC3)は,相利共生している腸内細菌に対する寛容度を,侵入病原体に対する炎症反応とバランスさせている.Cheaたちは, 受容体 Notch2の刺激が ILC3のサブセットの産生を高めることを見出した.さらに. Viantたちは,この ILC3の維持にNotchシグナル伝達が必要で,この効果はサイトカイン TGF-βにより妨害されることを示した.従って,ILC3サブセットの比率は,腸の中でのさまざまなシグナル間のバランスに依存している.(MY,KU,nk,kh)

【訳注】
  • Notchシグナル伝達:細胞間の情報伝達機能を担い,細胞運命,細胞分化などを制御している
  • 自然リンパ球:サイトカイン産生などにより生体防御の初動部隊として機能する免疫細胞.外来異物を認識するメカニズムを持たない(抗原受容体を持たない).産生するサイトカインにより3つのグループに分類される.
  • ILC3のサブセット:ILC3(複数の自然リンパ球種からなる)に属する自然リンパ球のこと
Sci. Signal. 9, ra45 and ra46 (2016).

タイムリーな診断用の胆汁酸分析 (A bile acid assay for timely diagnosis)

ニーマン・ピック病 C型 (NPC)は,コレステロールの蓄積に関与する酵素が欠けていることが原因の致死的な神経疾患である.この病気は従来,治療不能であったが,現在,新しい治療法が臨床試験されている.この治療は,神経変性が生じてしまう前の可能な限り早い時期に開始されると,最も効果的となる可能性が高い.Jiangたちは,健常対照群と比較して,NPCの患者の血液中に著しく増加した3つの胆汁酸を特定した.この胆汁酸の一つは,乾燥血液スポットを質量分析で信頼性のある測定が可能である.この発見は,この胆汁酸試験を,新生児ののふるい分けプログラムに追加可能なものとして示唆している.(MY,kh)

【訳注】
  • 胆汁酸:脊椎動物の胆汁に含有されるステロイド化合物で,複数の化合物が含まれる
  • ニーマン・ピック病C型:リソソーム(細胞内外成分の分解機能を担う細胞小器官)内に遊離型コレステロール,糖脂質が蓄積する脂質代謝異常症
  • 乾燥血液スポット:濾紙に微量の血液を垂らして乾燥させた測定用サンプル
Sci. Transl. Med. 8, 337a63 (2016).

新しいタンパク質を使い古しから組み立てる (Building new proteins from the old)

タンパク質は生物学の働き手である.生物工学や生物医学で所望される機能を持つ新しい安定なタンパク質を設計することは,依然として魅力的課題である.Jacobsたちは,既存の構造断片を用いてタンパク質を設計する SEWINGと呼ばれる計算方法を開発した(NetzerとFleishmanによる展望記事参照).これによる新しいタンパク質は,ポケットや溝のような,機能に必要な構造的特徴を含むことが可能である.設計された2つのタンパク質に対してX線回折から解析した構造は SEWINGによる設計モデルとよく一致した.この方法は,機能デザインに必要となる様々な構造を素早く設計することを可能にする.(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 687; see also p. 657

正しい路に留まれ (Stay on the right track)

繊毛は、その長手方向にきちんと整列した, 微小管対の配列を含んでいる。繊毛の構造と機能に関する長く続いた疑問は、繊毛における微小管の配列が、そんなに複雑なのはなぜか、というものである。Stepanekと Piginoは、時間分解相関蛍光機能を備えた3次元電子顕微方式を開発し、微小管対が繊毛内の輸送に方向性を与えていることを示した。対の片方は、繊毛の先端まで荷を移動する。一方、他方の微小管は、それを細胞体に送り返す。こうした結果は、なぜ軸糸が微小管対から作られるかを説明し、双方向的繊毛内輸送の物流がどのように調整されているかの機械学的描像を示唆するものである。(KF,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 721

核の非遺伝的役割 (The nongenetic roles of the nucleus)

真核細胞の核は、遺伝子材料とアクセサリー・タンパク質の棲み処を提供する。物理的実体としては、核はまた、細胞力学においても重要な役割を果たす。Bustinと Misteliは、核が非遺伝的な力として持ちうる効果をレビューしている。例えば、ぎっしり詰め込まれた DNAとその核膜は、核の形態や機械的力に対する細胞応答、細胞遊走、さらに細胞のシグナル伝達に影響を与える。染色質は、細胞における物理的力に影響されるだけでなく、細胞内シグナル伝達におけるクロストークにも関与している。(KF,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aad6933

ヒストン・コードの解読 (Deciphering the histone code)

調節情報は、DNA配列とゲノムを包む染色質タンパク質の双方に貯えられている。ヒストンの共有結合的修飾は、遺伝子またはゲノム領域が活性化、或いは不活性化するべきかどうかをシグナル伝達する際に決定的役割をもっている。Shemaたちは高処理能力の単一分子画像化法を用いて、何百万個ものヌクレオソーム上の様々な修飾の組み合わせを個別的に明らかにした。単一分子DNA配列決定は、ゲノム中でこれら修飾されたヌクレオソームの正確な位置を決定した。(KF,KU,kh)

Science, this issue p. 717

欠陥があるのはチャネルで, シナプスではない (Faulty channels, not faulty synapses)

SHANK3は広く発現する足場材料となるタンパク質で, 染色体対合後の特殊分化において濃縮される。変異マウスにおいて、SHANK3変異は、自閉症のような行動変化の原因となり、シナプス伝達に変化を示す。Yiたちは 、自閉症様の Phelan-McDermid症候群にも関わる他の遺伝子はそのままでSHANK3だけを欠くヒト・ニューロンを作出した。そのSHANK3変異は、シナプスに影響する代わりに、主として HCNチャネル(hyperpolarization-activated cyclic nucleotide-gated channel)の特異的機能障害を主要な表現型とするチャネル病の原因となった。チャネル病による膜電流の慢性的機能障害は、認知機能の変化やてんかん体質と言うような、Phelan-McDermidニューロンにみられる表現型を説明できるかもしれない。(KF,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aaf2669

転位を追い越す高速混合 (Rapid mixing to race past rearrangement)

化学的性質は,反応相手との出会いに依存している.片方の相手は時々,反応待ちの間に形を変え,所望の結果を台無しにする.Kimたちは,そのようなまずい出会いを防ぐ微小流体装置を設計した.この装置は低温で動作し,個々の反応物が異性化しないようにしている.この装置はまた高流速を実現し,マイクロ秒尺度での反応物間の出会いを最大化させている.著者たちは,反応物の片方がフリース転位(カップリング部位に隣接基を移動させる)を受ける前に,2分子による炭素-炭素カップリングを実現することで,このデバイスを紹介している.(MY,kh)

【訳注】
  • ・フリース転移:フェノールエステルのケトン基が,オルト位(上記カップリングが生じる位置)あるいはパラ位に転移し,フェノールケトンが生成する反応
Science, this issue p. 691

光応答を可視化する (Visualizing a response to light)

多くの生物学的過程は、光検出や光反応に依存している。その反応はしばしば、タンパク質の構造変化を介して行われるが、これは、光子吸収がタンパク質に結合した発色団の異性化を引き起こす際に始まる。Pandaらは自由電子レーザ源から放出される X線パルスを用いて、100フェムト秒から3ミリ秒の時間範囲で時間分解連続フェムト秒結晶構造解析を行った。この手法は、光活性黄色タンパク質中の発色団のトランス-シス異性化、及びそのタンパク質における関連した構造変化の実時間での追跡を可能とした。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 725

あまりにも片付けすぎて (Too much cleaning up)

補体系とミクログリアは、末梢性免疫系にとって不要な細胞残物を, 発生中脳内の過剰シナプスと同様に、探して破壊する。Hongたちは、補体系が、アルツハイマー病 (AD)初期の成人において、どのようにして活発に働いているかを示している。異常なシナプス損失は初期 ADの特徴であり、認知機能低下と相関する。ADにかかりやすいマウスにおいて、補体系はシナプスと関係し、ミクログリアの機能はシナプス損失に必要とされた。著者たちは、この「廃物処分」系の異常な活性化が AD病理の根底をなすと推測している。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 補体系:病原体を排除する際に抗体等の免疫系を補助するタンパク質群
  • ミクログリア:脳・脊髄中に存在する神経膠細胞の一つで、神経組織の損傷に対して修復作用を行う
Science, this issue p. 712

磁性細菌の同位元素の記録 (An isotope record of magnetic bacteria)

微生物は、数十億年にわたって地球の海洋と大気を形成してきた。古代の微生物は、岩石記録の中でその存在の直接的な形態学的証拠を殆ど残していないことは、それに関して微生物活動の形跡についての地球化学的手掛かりを必要とする。Amorたちは、走磁性細菌がその内部の鉄ナノ粒子へ独特の同位体特徴を与えることを示している。現代の培養された磁性細菌は、質量非依存に57Fe同位元素を分別したが、これは他の同位元素に対して観察された分別効果とは対照的である。この特徴は無生物的に、或いは他の鉄代謝細菌により作られることはないので、古代の磁性細菌の生活様式の信頼できる生物マーカーとして役立つかもしれない。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 走磁性細菌:地球の磁場に感じて運動する細菌で、ナノサイズのマグネタイト(Fe3O4)の連なったマグネトソームを有する。
Science, this issue p. 705

設計されたタンパク質で構築する (Building with designed proteins)

タンパク質相互作用の特異性に関する一般的な設計原理を抽出することは、困難である。これに反して、DNAナノテクノロジーは、ワトソン・クリックの塩基対形成からの制限される組み合わせの水素結合の相互作用を利用して、広範囲の形状を設計し構築した。タンパク質に基づく材料は、付加的機能性を含め、さらに大きな幾何学的な、かつ化学的多様性に対する可能性を持っている。Boykenたちは、大規模な水素結合ネットワークのモジュール配列により決定される相互作用特異性を持つタンパク質オリゴマーを設計した (Netzer and Fleishmanによる展望記事参照)。彼らは、この方法を用いて(これはいつの日かプログラム可能となるかもしれないが)、二つの同心環のらせん体を持つ新規な形態を構築した。(KU,kh)

Science, this issue p. 680; see also p. 657

識別要素が tRNAの進化を制限する (Identity elements limit tRNA evolution)

遺伝暗号の構成における大きな謎は、アミノ酸種に特異的な転移RNA (tRNA)の種類数の制限である。具体的には、 DNAにおいて4つの異なるヌクレオチド塩基から64種のコドン三つ組が形成されるのに、何ゆえに20個のアミノ酸しか存在しないのか? Saint-Legerたちは、この制限に対する分子基盤が、tRNA修飾酵素へ tRNAを結合する際に重要な識別要素に課せられた制限に由来すると結論した。遺伝暗号を拡大する能力は、それ故に機能的 tRNA識別要素の種類数によって抑制される。(KU,kj,kh)

Sci. Adv. 2, 10.1126.sciadv.1501860 (2016).

プレートテクトニクスに圧力をかける (Applying pressure to plate tectonics)

大地震と津波の原因である沈み込み帯断層の幅広い変形挙動が、今やより明きらからかになっている。Wallaceたちは、ニュージーランド東側沿岸沖のヒクランギ海溝近傍の海洋底の隆起を、絶対圧測定器のネットワークによって観察した(Trehuによる展望記事参照)。この測定器は海洋底に設置され、スロー・スリップ変形事象から発生する圧力変化を検知する。変形現象の詳細な測地学的観察は最終的に、このような非地震性の事象が主要なプレート境界で果たす役割を明らかにするであろう。(Uc,KU,nk)

Science, this issue p. 701; see also p. 654