AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 29 2016, Vol.352

ドラゴンは寝ている (The dragon sleeps tonight)

無脊椎動物から霊長類まで、たいていの動物種は眠る。しかしながら、神経科学者たちがここれまでに唯一積極的に記録した眠っている脳は, 鳥類と哺乳類のものだけであった。Shein-Idelson たちは、今回、爬虫類の睡眠の電気生理学的特徴について述べている。オーストラリア・ドラゴンの脳の記録から、徐波睡眠と急速眼球運動(REM)睡眠の典型的な特徴が明らかになった。これらの知見は、徐波睡眠とREM睡眠を担う脳幹回路が非常に古いというだけでなく、すでに爬虫類の睡眠力学に関係していたことを示している。(Sk,kh)

【訳注】
  • オーストラリア・ドラゴン:オーストラリアに生息するフトアゴヒゲトカゲ
Science, this issue p. 590

腸の微生物相の「標準」(“Normal” for the gut microbiota)

将来の臨床研究のために、何が「標準」腸内微生物群ゲノムを構成しているのかを、もしそういうものがあるのなら、はっきりさせることが極めて重要である。糞便試料とアンケート調査によって、Falonyたちと Zhernakhovaたちは、それぞれ、ベルギーとオランダの一般の人々に狙いを定めた。腸の微生物相の構成は、食事、薬物の使用、赤血球数、糞便のクロモグラニンA、便の硬さを含むさまざまな因子と関連していた。そのデータは、標準腸内微生物群についての見込みのある生物標識に対して、いくつかのヒントを与えてくれる。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • クロモグラニンA:多くの内分泌器官の分泌顆粒中に存在する酸性の糖タンパク腫瘍マーカー、精神的ストレスマーカーとして使用される
Science, this issue pp. 560 and 565

今や弱みになっている強さ (Strengths that are now weaknesses)

アクロポリドは、過去数百万年にわたって主な造礁サンゴであった。残念なことに、それは人的影響に対して最も脆弱な種でもある。Renemaたちは、acroporidは 5000万年以上前に生まれたが、氷河期に伴う海水面変動の増大が生じるまで、サンゴ礁の群生の中で支配的ではなかったことを示した。この地質学的に最近の成功は、その並外れて急速な成長とクローン断片生殖によるサンゴ礁全域に広がる能力に起因している。しかしながら、まさにこれらの特徴がまた、オーストラリアのグレートバリアリーフ沿いのサンゴの悲劇的に大規模な白化や大量死に例示されるように、それらを熱ストレスと病気に対して脆弱にしてしまった。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • アクロポリド(Acroporid):ミドリイシ科のサンゴ
Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1500850 (2016).

寄生虫が腸内微生物に影響を及ぼす (Parasitic worms affect gut microbes)

高所得の国々における向上した衛生習慣は,炎症性腸疾患(IBD)や似たような他の病気にかかるリスクを増す可能性がある.Ramananたちは,寄生虫によって引き起こされる腸への蠕虫(ぜんちゅう)感染が,IBDにかかりやすいマウスを発症から守っていることを示している.蠕虫感染は,IBDを防御する特定の微生物種を増やし,炎症を引き起こす他の微生物相のメンバーを制限する.蠕虫流行地域出身の人たちは,防御機能を示す同様の微生物相を宿していて,この寄生虫の駆除は,著者たちがマウスで観察したのと同様の炎症性バクテロイデス種の増加をもたらした.従って,微生物環境の変化は,炎症性疾患への感受性をもたせる可能性がある.(MY,KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 炎症性腸疾患(IBD):瘍性大腸炎,クローン病の2疾患からなり,腸の粘膜に炎症または潰瘍を長期にひきおこす原因不明の難病
Science, this issue p. 608

鉄の同位体が地球の核の化学を制約する (Iron isotopes constrain core chemistry)

地球の核の全体的な組成は、我々の惑星内部の化学と進化に対する重大な制約条件である。長年の課題の一つは、主たるニッケル・鉄合金への微量元素の寄与を決定することであった。 圧力に関するさまざまな鉄合金の同位体分別効果に基づいて、Shaharたちは、炭素と水素がおそらく核の主要な軽元素成分ではないことを見出した。分別は、核構造の高圧下で生じるもので、地球の安定な鉄の同位体比率は、核の組成に関する新たな、そして、これまでとは独立した制約条件となることを示唆している。(Wt,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 580

脂質の中で合成ねじれ (Synthetic twists among lipids)

細胞膜に埋め込まれたタンパク質は,立体構造の変化により様々なシグナル伝達や輸送機能を果たす.De Poliたちは,はるかに小さく単純な構成物が,同様の目標をどうやって達成し始めるのかについて調べた(Thieleと Ulrichによる展望記事参照).具体的には,彼らは片方の末端に光感応基を持つ人工ペプチドを設計し,それを膜に類似したリン脂質二重膜中に埋め込んだ.光誘起異性化反応が他方の末端の立体構造の力学に,いかに影響するかを、核磁気共鳴分光測定が明らかにした.この結果は,膜環境での低分子に基づくスイッチを開発する方法を示している.(MY,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 575; see also p. 520

抗生物質を越えて (Beyond antibiotics)

抗生物質は抗菌治療には不可欠なものだが、耐性をもつ菌種がますます拡がっている。別のアプローチとして、Puthiaたちは、宿主の自然免疫を強化することで、細菌感染症を標的にした。転写制御因子 IRF-7とそのヘテロ二量体のパートナーである IRF-3との緊密なバランスが、効果的かつ定型的な細菌感染症への自然免疫反応にとって決定的である。このバランスの調節不全は、感染したマウスとヒトの子どもにおける腎臓病の一因となった。IRF-7を標的にすることで、マウスは、感染や腎臓組織の損傷から守られたが、これは、このやり方が細菌感染症に対する保護のための治療標的になるのかも知れないことを示唆している。(KF,ok,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 336ra59 (2016).

シナプスでのシグナル伝達 (Signaling at the synapse)

ニューロンは神経伝達物質を用いて、シナプスで互いにシグナルをやり取りする。グルタミン酸は鍵となる神経伝達物質の一つで、AMPA型グルタミン酸受容体 (AMPAR)はグルタミン酸放出に対する急速な応答を仲介する 。この受容体は主に、GluA1-4サブユニットからなるヘテロマーとして存在する。Herguedasたちは電子顕微法とX線結晶法を用いて、GluA2/3および GluA2/4のヘテロマーの構造を決定した。その構造は、従来決定されていた GluA2ホモマーのものとは異なっているが、それら動的な受容体を介して、いかにシグナルが伝達可能であるかを強調するものである。(KF,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aad3873

糞便移植の持続性 (Persistence of fecal transplants)

糞便微生物相の移植は、過敏性の腸病、あるいは Clostridium difficile感染症の窮迫した症状を処置する一つの成功したやり方である。その手続きは、健常なドナーからの結腸の細菌を濃縮したものの投与によってなされる。Liたちはメタゲノム・データを用いて、人における移植後の単一ヌクレオチド変異体を調べた。ドナーとレシピエントの菌株は、少なくとも3ヵ月間共存した。レシピエント中に同じ種の関連する菌種のある幾つかのドナー菌種はそれらと置き換わったが、ドナーからのまったく新しい種がレシピエント中で繁殖することはなさそうだった。個人別の糞便移植用「カクテル」の合理的設計は、それゆえ、種を越えた菌種レベルの解明を当てにすることになる。(KF,KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • メタゲノムデータ:微生物相の微生物の混合をそのまま分析したゲノムデータ
Science, this issue p. 586

オレフィン・メタセシスにおけるEZの触媒制御 (EZ catalyst control in olefin metathesis)

オレフィン・メタセシスとして知られている,相手を組み換える化学ダンスがノーベル賞を獲得してから10年が過ぎ,そして,注目すべき型通りの反応が継続的に登場している.一般的に,オレフィンは Eの立体配置(最も大きな2つの置換基が二重結合の方向に対して対角位置にある)にあると最も安定である.しかしながら,塩素とフッ素の置換基は,しばしばこの傾向をくつがえし,これに替わる Z配置を優先する.Nguyenたちは,注意深く最適化した配位子を持つモリブデンのメタセシス触媒が,より安定な Z異性体を生成するよりも,塩素やフッ素が置換した Eオレフィンの方をもっと速く生成することを報告している.(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • オレフィン・メタセシス:2種のオレフィン間で結合の組み替えが起こる触媒反応のこと
  • 化学のダンス:結合の組み換えを,相手を交換するダンスに例えた言葉.2005年のノーベル化学賞のアニメーション参照 http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/chemistry/laureates/2005/animation.html
  • Z配置:最も大きな2つの置換基が二重結合の方向に対して同じ側にある状態の配置
Science, this issue p. 569

相分離がシグナル伝達を組織化する (Phase separation organizes signaling)

T細胞受容体において、シグナル分子群は、水の中で小さな相分離した液滴状の油に再編成する。Suたちは、人工膜と T細胞受容体シグナル伝達系の12成分を備えた試験管内システムを用いて、それら分子クラスターの役割を厳密にモニターした (Dustinと Mullerによる展望記事参照)。そうしたクラスターは、リンカー・タンパク質 LAT(T細胞活性化のためのリンカー)と他のタンパク質とのリン酸化依存的会合を介して生じた。それらクラスターはまた、失活している脱リン酸酵素をうまく排除し、アクチン重合を制御する酵素の特定の活性を増加させた。(KF,nk,kh)

Science, this issue p. 595; see also p. 516

RNAスプライシングが遺伝的特徴と病気を結ぶ (RNA splicing links genetics to disease)

病気と関連する多くの遺伝的変異体は、どんな特異的なタンパク質のコード配列にも何らかのはっきりした影響を持っているわけではなく、非コード領域の変異を通じて影響を及ぼしている。Liたちは、染色質の状態からタンパク質の機能への遺伝子調節の主要な段階における DNA変異体の影響を系統的に解析した。発現に関わる多数の量的形質遺伝子座 (発現QTL)のうち1/3は染色質でなく、転写プロセスにより仲介されていた。スプライシングに関わる QTLと発現 QTLは、その病気の複雑な危険事情においてほぼ同等である。転写後の機構がそれゆえに、遺伝子型を表現型に翻訳するさいに大きな役割を果たしている。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 600

非平衡の力学を同定する (Identifying non-equilibrium dynamics)

生体系は、分子スケールでは明らかに熱力学的平衡からそれて機能する。しかし細胞スケールでは、非平衡活動がどう現れているかは、不明確だった。Battleらはビデオ顕微法と統計熱力学解析を用いて、細胞スケールでのどのランダムな変動が熱力学的平衡から逸脱しているかを明確に同定した (Rupprecht and Prostによる展望記事参照)。状態間の遷移は熱平衡における詳細つり合いに従って起きるが、一方非均衡に起きる遷移は非平衡な挙動へと向かう。例えば、非平衡の挙動は、鞭毛の周期的拍動や一次繊毛の非周期的な変動の中で同定できた。(NK,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 604; see also p. 514

イオン変化による睡眠誘導 (Sleep induction through ion changes)

我々は、どのようにして睡眠から覚醒へ、そして覚醒から睡眠へと切り換えているのだろうか? Dingたちは、調節性神経伝達物質の或る組み合わせが、脳内の細胞外イオン濃度に影響を与えることを見出した (Landolt and Holstによる展望記事参照)。この影響は局所的な神経細胞の発火の変化によって駆動されず、このことは細胞外のイオン組成に関する神経調節物質の直接的影響を示唆した。しかしながら、間質イオン濃度におけるこれらの変化が、覚醒状態から睡眠状態へと脳を切り換えているのかもしれない。細胞外イオンの変化は、このように神経活動における睡眠/目覚め依存的変化の結果というよりも、原因なのかもしれない。(KU,kh)

Science, this issue p. 550; see also p. 517

精子にシグナル伝達をするプロゲステロン (Progesterone signaling in sperm)

排卵される卵子を囲む卵丘細胞は、哺乳類において精子の活性化に必要な雌性ホルモンのプロゲステロンを遊離する。Millerたちは、ヒト精子のプロゲステロン受容体を配列が不明な未知酵素 ABHD2として同定した。プロゲステロンにより結合されると、ABHD2受容体は脂質加水分解酵素として働き、原形質膜のカルシウム・チャネルの内因性カンナビノイド阻害剤を枯渇させる。これが、精子を活性化するカルシウム・チャネルを通ってのカルシウム・イオンの移行を可能にし、そして精子の受精能力ができあがる。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • カンナビノイド:大麻に含まれる化学物質の総称で、各種精神神経反応を引き起こす
Science, this issue p. 555

睡眠遮断はどのように記憶を害するのか (How sleep deprivation impairs memory)

ほとんどの人は,夜によく眠れないことが学習や記憶を弱める可能性のあることをじかに経験している.でもどのように? Tudorたちは,マウスの睡眠遮断がキナーゼ複合体である mTORC1の活性化を抑え,その結果,海馬神経細胞内のタンパク質合成を抑制することを見出した(Sweattと Hawkinsによるフォーカス記事参照).海馬内でリン酸化された 4EBP2タンパク質の量の増加によるタンパク質合成の回復(mTORC1により普通に行われる機能)は,睡眠不足により引き起こされる記憶障害からマウスを守った.(MY,KU,ok,kh)

【訳注】
  • mTORC1:翻訳,リボソームの生合成、オートファジー(分解)などの重要な細胞内素過程を制御するリン酸化酵素
Sci. Signal. 9, ra41 and fs7 (2016).

膜酸化酵素を凝視する (Peering into a membrance oxidase)

微生物は、酸素を還元して酸化ストレスを防ぐ多くの酵素を進化させた。シトクローム bd酸化酵素はこの役割を果たし、また病原菌を硝酸から守る;しかしながら、この部類の酵素は今まで、高分解能の結晶解析ができなかった。Safarianたちは、好熱性細菌からのシトクローム bd酸化酵素の三次元構造を決定することができた (Cook and Pooleによる展望記事参照)。全体的な構造とそのヘム補助因子の三角形の配置は、同じような機能に役だっているにもかかわらず、他の膜貫通酸化酵素のそれと構造的類似性をほとんど持っていない。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 583; see also p. 518