AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 22 2016, Vol.352

関連付けられた遺伝子座とガラパゴス・フィンチの大きさ (Linked loci and Galapagos finch size)

体やくちばしの大きさを含め,ガラパゴス諸島のフィンチにおける平行進化の観察が,ダーウィン理論に貢献した.Lamichhaneyたちは,ダーウィン・フィンチ種群の60羽の全ゲノム配列決定を行った.それらは,小型・中型・大型の地上フィンチと,小型・中型・大型の樹上フィンチを含んでいた.HMGA2遺伝子を含むゲノム領域は,種の違いを越えてくちばしの大きさと強く相関していた.この遺伝子座は,ダーウィン・フィンチの適応放散を通してくちばしの多様化に役割を担ってきたらしい.(MY,KU,kh)

【訳注】
  • 平行進化:異なる系統の生物間で似通った方向の進化が見られる現象
Science, this issue p. 470

水素原子がグラフェンを磁化する (Hydrogen atom makes graphene magnetic)

グラフェンは、多くの驚くべき機械的および電気的な特性を有しているが、磁性を持たない。磁性を持たせる最も単純な方法は、その電子構造を変化させて不対電子を作り出すことである。研究者たちは、例えば、個別の炭素原子を取り去るか、水素をグラフェン上に吸着させることにより、そうすることができる。二種類の副格子から構成されている、グラフェン結晶格子の特異性のため、これは非常に制御されたやり方で行わなければならない。Gonzales-Herreroたちは、グラフェン表面に一個の水素原子を付着させ、走査型トンネル顕微鏡を用いて水素原子が付着した副格子とは反対側の付着してない副格子上で磁性を検出した(Hollenと Guptaによる展望記事参照)。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 副格子: グラフェン結晶の単位胞の中には幾何学的に非等価原子が二つあって, 基本並進ベクトル分の並進移動で重ねることができない. それぞれの原子からなる別の副格子を作っている.
Science, this issue p. 437; see also p. 415

噴火にのみこまれた侵食(Erosion overwhelmed by eruption)

火山活動と侵食は炭酸ガスの放出と炭素の固定を通じて長期的な気候変動に影響を与える可能性があるが、その重要性の相対的な重みを見積もることは興味をそそる。侵食は炭素吸収源になることが知られており、地球規模の気候変動に大きな役割を果たしていると考えられる。しかしながら、McKenzieたちは、気候における長期的な周期的変動が大陸の島弧火山活動の活動量に結びついているかもしれないことを示唆している(Kumpによる展望記事参照)。過去7億年にわたって島弧火山活動が生成したジルコンを世界全体で集計すると、温暖期と寒冷期とが火山活動の漸増漸減と良い相関を示すことが明らかになった。このように、非常に長期の気候変動に対しては、火山活動による炭酸ガス放出の方が重要な駆動源であり、侵食はそれほど重要な炭素吸収源ではないのかもしれない。(Uc,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 444; see also p. 411

酵素が太陽光を使って肥料を作る (Enzymes make fertilizer with sunlight)

ニトロゲナーゼ酵素は生物による固定窒素の生成を触媒する.近代的農業を持続するのに,これでは十分ではないため,アンモニア含有の肥料が,エネルギー大量消費型のハーバー・ボッシュ法により工業的に生産されている.Brownたちは窒素固定細菌由来のニトロゲナーゼ酵素を用いて,他の生物的手段やエネルギーの大量投入なしに,試験管内でアンモニアを作る方法を開発した.光励起された CdSのナノロッドが,FeMoニトロゲナーゼ酵素に電子を供給して窒素を還元し,そして生物学的窒素固定率の最高64%でアンモニアを産生した.これらのナノ粒子・タンパク質複合体は,太陽光駆動アンモニア生産の可能性を示している.(MY,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • FeMoニトロゲナーゼ:ニトロゲナーゼを構成する2つのタンパク質の1つで,電子を送り出す機能を持つもう1つのタンパク質から電子を受け取り,窒素の触媒還元を行うタンパク質
Science, this issue p. 448

小さな巨人 (Tiny giant)

ティタノサウルスは最大の大きさにまで進化できた陸生脊椎動物であったが、彼らでさえ小さい状態から始めなければならなかった。Curry-Rogersたちは、死亡時の腰までの高さがわずか35cmしかない赤ん坊のラペトサウルスについて述べている。組織構造と四肢の分析結果は、この小さな巨人が、大人になった場合に有していたであろうよりもずっと広い移動範囲をもっていたことを示唆している。さらに、研究成果はこれらの最大の恐竜が早成であり、生まれた直後から独力で動くことができたという仮説を裏付けている。この成長の仕方は、増加する証拠が親の世話が重要であったと示唆している獣脚竜や鳥盤類のような、多くの当時の恐竜たちに見られるのものと異なっている。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 450

インフルエンザへの免疫が齢を示す (Flu immunity shows its age)

齢と共に、我々の免疫系は変化するが、それも多くの点で悪い方にである。例えば、高齢者が毎年のインフルエンザ死亡者の内の90%を占める。Pillaiたちは、インフルエンザに感染したヒト単球(免疫細胞の一つの型)が、低い抗ウイルス活性を示すことを報告している。インフルエンザに感染させたマウスにおいて、二つの自然免疫検知経路が一緒に作動して、インフルエンザへの抗ウイルス性免疫を促進する。抗ウイルス性免疫を欠くマウスは(高齢者の人間に状況的に似ている)、その肺における細菌数を高め、そして炎症反応を増加させたが、この双方ともインフルエンザへの感受性の増加に寄与した。(KU,nk)

Science, this issue p. 463

心臓細胞の力学機構をクローズアップ (A close-up view of cardiac cell mechanics)

心臓細胞は、心臓細胞がその力学的機能を行うのを助けるアクチンや微小管等の非常によく組織化された一連の細胞骨格要素を含む。Robisonたちは先端画像処理法を用いて、マウスの心筋細胞の内部の動きをリアルタイムで調べた。彼らは、拍動する心筋細胞の収縮力のもとで「座屈する」微小管を観察した。この座屈は、デスミンとの相互作用とチューブリンのチロシン化状態によって調節された。この発見は、張力下での座屈伸展が心筋の強度に寄与することで、安定な脱チロシン化した微小管が果たす役割を示唆している。(KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • デスミン(desmin):細胞骨格の一種で, 筋原繊維どうしをつないでいるフィラメント状のタンパク質
  • チューブリン(tubulin):微小管(microtubules)の構成タンパク質
Science, this issue p. 10.1126/science.aaf0659

グレリンの肥満効果 (The fattening effect of ghrelin)

ペプチド・ホルモンのグレリンは,食物摂取を高めると考えられている.グレリンやその受容体の GHSRを標的にすると食欲を抑えることができるだろうか? グレリンや GHSRをコードしている遺伝子を除去しても,マウスの食物摂取は変わらない.Chebaniたちは,切断型の GHSRを持つ細胞は,完全長の GHSRを持つ細胞より,グレリンへの応答が強いことを見出した.この GHSR変異型を持つラットは,それに対応する正常型のラットより,注入グレリンへの感受性がより高く,また,食物を多く摂取することなく脂肪の形で体重が増加した.従って,グレリンは食欲に影響することなく,脂肪組織の肥大化を増進させるのである.(MY)

【訳注】
  • ペプチド・ホルモン:ホルモンの働きをする分子が,タンパク質よりも鎖長が短いポリペプチドであるもの
Sci. Signal. 9, ra39 (2016).

熔けた岩石が北朝鮮の火山の下にある (Molten rock underlies North Korean volcano)

白頭山は、過去数千年間で最大の噴火の一つを招いた火山である。しかしながら、それは北朝鮮と中国との国境に位置するため、その歴史や地下構造についてはほとんど知られていない。北朝鮮/英国/米国の共同研究において、Songたちは、北朝鮮の地震計で記録された遠地地震を用いて、火山の内部を調べ、その火山内部には溶けた岩石があるという証拠を見出した。その溶けた岩石は、過去の噴火や最近の火山の不安定挙動に関わったマグマ源である可能性がある。(Wt,kh)

Sci. Adv. 2, 10.1126.sciadv.01513 (2016)

制御された電子パルス (Electron pulses under control)

高速事象の撮影能力は、化学反応、電子輸送、構造転移に関わる過程、およびこれら過程全てが関わる複雑な組み合わせの、動力学に関する洞察の提供をしばしば可能にする。Kealhoferたちは、超高速光学によって、電子集団を作り出し、そしてそのパルス巾を正にフェムト秒の時間尺度まで一桁以上短縮する手法を述べている (Ropersによる展望記事参照)。この手段は、原子スケールの空間分解能で超高速現象を画像化する可能性を開く。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 429; see also p. 410

銅が不斉にアルキルを付加する (Copper adds alkyls asymmetrically)

窒素を有する環は,今日の薬剤の分子構造における非常に一般的な特徴である.このため,これらの含窒素複素環を選択的に修飾可能な反応は,医薬品の性質を最適化する上で特に有用である.Jumdeたちは,含窒素複素環にぶら下がっている C=C二重結合を置換してアルキル基を単一の鏡像方向で付加する方法を開発した.この銅触媒反応は(アルキル基の導入にグリニャール試薬に依存しているが)、窒素からの妨害なしに幅広い基質にわたって高い選択性を発揮する.(MY,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 433

凝縮原子を相関させる (Correlating an atomic condensate)

量子系の成分同士は、日常の古典力学の世界で認められていることよりもっと”相関している”可能性がある: 系の一成分の観測が、空間的に離れた他の成分に瞬時に影響を与えることがある。その中でも最も強いベル相関は、2個から数個の粒子を含む小さな系で検出されていた。Schmiedらは、凝縮状態まで冷却された480個のルビジウム原子スピン間のすベル相関を集合測定により検出した。この多体相関状態は、量子情報処理の新分野として期待される。(NK,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 441

再編成の危険を減らす (Reducing the risk of rearrangement)

リンパ球が発生する際に、リンパ球は自身の抗原受容体遺伝子を再編成し、広範に増殖するが、これは潜在的に自らの遺伝子を危険にさらす。Gallowayたちは、二つの RNA結合タンパク質である ZFP36L1と ZFP36L2が、細胞周期の開始と終了を注意深く確実にすることを見出した。このことは、発生中の Bリンパ球が自身のゲノムの完全性を維持するのを助ける。 ZFP36L1と ZFP36L2を欠くマウスは、B細胞の発生において深刻な障害を示した。ZFP36L1と ZFP36L2は、B細胞が細胞周期を通じて進行するのを助ける mRNAを抑制し、このことは、細胞がその抗原受容体を再編成するという危険なプロセスを行う時に、細胞が静止状態に入り、ゲノムの安全性を保つことができることを確実にする。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 453

転写制御因子が組織常在性 T細胞を規定する (Transcription factors define tissue T cells)

免疫系は、複数の防御線を維持することで微生物の侵入と闘う。例えば、特定の記憶 T細胞「常在性記憶 T細胞(Trm)」は、病原菌侵入の入り口である皮膚、肺及び腸にコロニーを形成し、迅速に再感染を防ぐ。Mackayたちは、マウスにおいて、ナチュラル・キラー細胞のような他の組織に常在しているリンパ球集団と同様に、 Trmが、関連する転写制御因子である Hobitと Blimp1によって駆動される共通の転写プログラムを共有していることを報告している。リンパ球の組織への常在と保持には Hobitと Blimp1の発現を必要とし、これらは、数ある機能の中でもとりわけ、組織離脱を促進する遺伝子を抑制する。(KU,kh)

Science, this issue p. 459

成人における、まれな遺伝子のノックアウト (Rare gene knockouts in adult humans)

平均では、ほとんどのヒト・ゲノムは、およそ100個の完全に機能しない遺伝子を含んでいる。これらの機能欠損(loss-of-function; LOF)変異はまれな傾向で、かつ/または、個人内の単一コピーとして生じるだけであるようだ。Narasimhanたちは、高レベルの血縁のあるパキスタン人における LOFを調査した。家系が同一である LOFの対立遺伝子を調べることで、彼らは予期通り、あるタンパク質翻訳領域遺伝子においてLOFはホモ 接合体ではないことを発見した。しかしながら、彼らはまた、明らかに有害な表現型をもたない多くのホモ接合体 LOF対立遺伝子を同定した。そのうちのいくつかは、LOFホモでなければ遺伝病をもたらすと予期されていたものだった。実際、ある一家族は、組換えをもたらす遺伝子、PRDM9を失っていて、ホモLOFが維持されやすくなっていた。(KF,kj,kh)

Science, this issue p. 474

食品の損失と浪費の削減 (Reducing food loss and waste)

世界的に、すべての食料のおよそ3分の1は、生産、収穫、貯蔵、輸送、そして処理の間で失われるか、小売業界や食品事業、家庭において浪費される。食品浪費は広く、非倫理的であるとみなされ、環境に悪い影響を与える。赤肉の浪費は、炭素量の大きさや環境への影響から、特に有害である。しかし、Aschemann-Witzelは、展望記事において、食品損失と浪費を引き起こす相互につながった数々の要因が、問題をはっきりさせるのを難しくしていると説明している。食品損失と浪費を減少させる努力には、持続可能な食品生産に向けてのより幅広い活動の一部として、個人消費者から政府に至る多くの利害関係者の関与が必要である。(KF,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 408

疼痛制御での収穫 (A gain in pain control)

ナトリウム・チャネル Nav1.7は、末梢性疼痛シグナル伝達ニューロンの発火に重要である。遺伝性の紅痛症 (IEM)は疼痛障害であり、機能獲得型 Nav1.7の変異が感覚性末梢神経の熱に対する過度の応答性を生み出す。Caoたちは、IEMの患者から人工多能性幹細胞 (iPSC)に由来する感覚神経を作った。ある選択的 Nav1.7ナトリウム・チャネル遮断薬は、iPSC由来の感覚神経の表現型を正常化し、IEM患者の疼痛感覚を遮断した。つまり、選択的 Nav1.7遮断は、疼痛軽減に役立つ可能性がある。(KF,KU,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 335ra56 (2016).

記憶するよう免疫細胞を訓練する (Training immune cells to remember)

TおよびBリンパ球によって担われる古典的な免疫記憶は、多くの病原体の病気の影響を ただの一度感じるだけで済むことを保証している。Neteaたちは、T細胞とB細胞の抗原特異性、クローン性、長寿性を欠く自然免疫系 の細胞もまた、いくらかの記憶能力を有することをレビューしている。「訓練された免疫」と名付けられたその特性が、マクロファージや単球、ナチュラルキラー細胞が病原体に再度出逢った際に、彼らが増強された応答性を示すことを可能にする。後成的変化が主に、古典的記憶よりも短命で特異性の少ない「訓練された免疫」を駆動するが、おそらく、多くの感染に際して、我われを助けて病気を切り抜けさせる。(KF,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aaf1098

ジカ・ウイルスのベールをはぎ取る (Unveiling the Zika virus)

進行中のジカ・ウイルスの流行は、先天性小頭症やギラン・バレー症候群との明らかな関連により、大きな懸念となっている。Sirohiたちは、低温電子顕微鏡により特定された、成熟したジカ・ウイルスの原子レベル分解能での構造を提示している。その構造は、大部分はデング・ウイルスのような他のフラビ・ウイルスのそれと類似している。しかしながら、宿主の受容体との結合に関わるであろう領域に差がある。その構造は、ジカ・ウイルスの抗原性と病変形成の解析の基礎を提供する。(Sk,kh)

Science, this issue p. 467