AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 3 2016, Vol.352

犬の家畜化について犬のように追跡 (A dogged investigation of domestication)

狼がどのように今日の我々の飼い慣らされた犬になったのかという歴史は、議論の的となってきた。Frantzたちは、古代の犬のミトコンドリアDNAD配列と共に、青銅器時代のアイルランド犬ゲノムの高度なカバー率のゲノム配列を記述している。古代犬と現代の世界中の犬のグループを比較することによって、東アジアと西ヨーロッパの犬との間に、古くて深い断絶があることが示された。このように、犬は旧世界の両側で、二種類の独立した狼の個体群から、家畜化された。(Uc,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1228

マイクロプラスチックの三重の脅威 (Microplastic's triple threat)

私たちが環境中に放出する数十億トンものプラスチックの大部分は、生分解されない。しかし、プラスチックは分解し、より小さな粒子へ絶えず砕けながら、最終的に海洋に行き着く。Lonnstedtらは、これらマイクロ・プラスチックの影響は多様であることを示している(Rochmanの展望記事参照)。マイクロ・プラスチックに曝された西洋スズキの稚魚は、実験では、あまり活動的ではなくなり、捕食者の気配に対する反応が鈍いのでより捕食され易く、自然の餌よりむしろプラスチックを趣向するようになって繁殖性も下がる。(SK,KU,kj,nk)

Science, this issue p. 1213; see also p. 1172

結びつきによるリスク (At risk by association)

まもなく遺伝学は、ある薬剤の使用が患者を心臓病、あるいは癌の発生の危険に曝すかどうかを、日常的に臨床医に教えるようになるだろう。Scottたちは、2型糖尿病あるいは肥満に関する多様な薬剤の標的をコードしている6つの遺伝子を調べて、空腹時血糖値といった代謝形質に関係する遺伝的変異を同定した。合わせると50,000人を越える2つの患者群を用いて、著者たちは GLPR1(これは、その治療で頻繁に使用されているある種の薬剤の標的であるグルカゴン様ペプチド-1受容体をコードしている)における変異体に辿り着き、そして変異体とそうではない患者の病気が起こる頻度を比較した。200,000人を越える患者において(その中には心臓病の人や対照患者もいる)、GLPR1変異体は冠動脈疾患から守ることが判明し、癌や神経病と関係なかった。(KU,kj,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 8, 341ra76 (2016).

線維芽細胞から心筋細胞を作る (Making cardiac cells from fibroblasts)

遺伝子操作なしに非心臓細胞を正常に機能する心筋細胞に再プログラム化する技術は、心臓修復治療の新しい道を切り開くかもしれない。Caoらは、ヒト線維芽細胞を後成的に活性化することができる9つの小さな分子の組み合わせを同定した。それは、ヒト線維芽細胞を化学的に誘導された心筋細胞 (ciCM)に効果的に再プログラムする。この ciCMは一様に収縮し、ヒト心筋細胞に似ていた。この方法は、様々な種類の細胞の再プログラミングに使えるかもしれないので再生医療にとって重要な意味を持つ可能性がある。(XY,nk,kh)

Science, this issue p. 1216

木星大気内部の電波像 (A radio view into Jupiter's atmosphere)

木星の大気は、大気の縞(belts)、大気層(layers)、嵐、雲系からなる複雑なシステムである。de Paterたちは地上の電波望遠鏡を用いて、木星大気表面の下を探査した。これまでの電波による研究は、各緯度での平均的な特性に限られていた。しかし、この新しい観測では、完全な2次元画像を得ることができる。この電波二次元画像は、可視光像や赤外像でみられる特徴(嵐のような)と関連付けることができるだろう。この結果は、巨大ガス惑星大気に関する理解を助け、2016年7月に木星に到達する Juno探査機に対して重要な前提情報を与えるであろう。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1198

人工光合成が向上する (Artificial photosynthesis steps up)

光合成は、太陽光を用いて、空気中のCO2を固定する。光合成の工業的模倣物は、CO2を直接、バイオマス、燃料、もしくは他の有用な生産物に変換しようとしている。従来の人工光合成の設計を改良し、Liu たちは、水素酸化細菌である Raistonia eutrophaをコバルト・リン水分解触媒と併用した。この生体適合性の自己回復電極は、これまでの設計の毒性問題を迂回し、好気的に機能することが可能となった。太陽光電池と併用すれば、太陽光から化学エネルギーへの変換率は、自然の光合成よりほぼ一桁高効率になるであろう。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1210

癌代謝の基本原理 (Basic principles of cancer metabolism)

癌細胞においては、正常細胞と比べて代謝活性が変化し、この変化が悪性状態の獲得と維持を支えている。癌代謝は癌生物学における最も古い研究分野の一つであり、癌遺伝子や腫瘍抑制因子の発見より50年ほど早く始まった。癌代謝の研究は、今日まさに復活しつつある。Deberardinisと Chandelは癌代謝の基本的原理を概観し、標的薬物療法への道を開いた最近の発見に焦点を当てている。(KU,kj,nk,kh)

Sci. Adv. 2, 10.1126.sciadv.00200 (2016).

細胞における核の力の源 (A nuclear power source in the cell)

DNAは、クロマチンの主成分であるヌクレオソーム内に詰め込まれている。このクロマチンは、遺伝子転写、 DNA複製、及び DNA修復の機構が封入されたDNAに近づくことができるよう再構築される必要がある。クロマチン再構築複合体は、自分の仕事をするために大量の細胞エネルギーを必要とする。Wrightたちは、クロマチンを再構築するに必要なエネルギーが、細胞の通常の発電所である細胞質ミトコンドリアからの ATPの拡散でなく、細胞核内のポリ-ADP-リボースに由来する可能性を示している。ポリ-ADP-リボースは ADP-リボースに、次いで ATPに変換され、これが核内でクロマチン再構築のエネルギー供給に用いられている。(KU,kh)

Science, this issue p. 1221

軌道と電荷はそれぞれ我が道を行く (Orbitals and charge go their separate ways)

極低温下でのある種の材料において、電子のスピンは電荷から分離し、「スピノン」と呼ばれる状態で結晶中を疾走することができる。そのような材料は通常、一次元的であり、その原子は1/2のスピンをもっている。Wuらは、関連する現象を3次元的金属 Yb2Pt2Pbで観測した。そこではYbイオンが、電子のスピンではなくて軌道運動に由来する大きな磁気モーメントを持っている。筆者らは、この大きな磁気モーメントが、スピン1/2系で起きる交換過程に類似した過程によって、反転させることができることを中性子散乱測定により示した。この過程は、効果的な電荷-軌道分離に帰結する。(NK,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1206

クロマチン修飾における平衡維持 (A balancing act in modifying chromatin)

クロマチン修飾因子は、DNAを包み込んでいるタンパク質、ヒストンに化学基を付加する。この修飾は細胞発生の中心的なものであり、この分子装置の変異は様々なヒト疾患と結びついている。Piuntiと Shilatifardは、原型のクロマチン修飾因子である Polycomb複合体と COMPASS複合体との間の平衡と遺伝子調節と正常発生におけるそれらの役割を概観している。ショウジョウバエ発生の必須な調節因子として当初同定されたけれども、関連する役割が他の生物体で同定されていた。更に、ヒト・ホモログにおける変異が多様な癌に関係があるとされてきた。このように、これらの複合体は後成的治療に対する有効な標的として役立つかもしれない。(KU,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aad9780

宇宙空間における磁気再結合を探る (Probing magnetic reconnection in space)

磁気再結合は、導電性プラズマを貫く磁場が急速に再配置される際に生じ、エネルギーを放出し、粒子を加速する。再結合はさまざまな物理系において重要であるが、どのようにしてそれが生じるかの詳細は、ほとんど解明されていない。Burchたちは NASAの磁気圏マルチ・スケール・ミッションを用いて、地球の磁気圏での再結合事象中のプラズマ特性を探った(Coatesによる展望記事参照)。彼らは、プラズマ内の電子サイズでの運動と力学の結果、磁力線の折れ曲がりや再結合が推進されることを見出した。その結果は、核融合炉、太陽大気、太陽風、および地球や他の惑星の磁気圏中のものを含む、磁化されたプラズマに関する我々の理解を助けるであろう。(Sk,ok,nk)

【訳注】
  • 磁気圏マルチ・スケール・ミッション:NASA が主導する国際ミッションで、地球周辺の宇宙空間で起きる磁気再結合のメカニズムを理解・解明することを目標としている
Science, this issue p. 10.1126/science.aaf2939; see also p. 1176

8個の水分子の詳細考察 (A close-up look at eight water molecules)

雨滴は小さく見えるかもしれないが、最高の化学的精度でモデル化するためにはあまりにも多量の水(分子)を含む。理論家たちは数個だけの分子を持つクラスターの研究に依存して、液体中で働いている量子力学的力の理解を深めた。Coleたちは、8量体クラスターのテラヘルツ帯域における高分解能のスペクトルに関して報告している。集団ねじれモードと関係した99の吸収線を解析することで、著者たちは、非常に近いエネルギー準位にある、扁長形状と扁平形状のクラスター異性体を区別している。(KU,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1194

TT-Seqが短寿命のトランスクリプトームの地図を作る (TT-Seq maps a transient transcriptome)

RNAの発現はタンパク質の存在量や細胞機能と関係している.しかしながら,ある任意の時点で産生された RNAの量を測定することは困難であった.Schwalbたちは,5分間にわたって合成された全RNAセグメントを集め,配列決定する方法,短寿命トランスクリプトーム塩基配列決定 (TT-Seq)を開発した.5分間は,最も短寿命の RNAすら完全に分解するほど長くはないので,この方法はほとんどの RNA合成を,偏りなしに検出することができる.この方法をヒト K562細胞に適用すると,TT-Seqは何千もの非コード一次転写産物(非コードRNA)を検出し,RNAの合成速度や RNA半減期の早撮り写真や,エンハンサーや短鎖遺伝子間非コードRNAのような,寿命の短い RNAの全長地図を提供した.(MY,KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:特定の状況で細胞中に存在する全ての転写産物(全RNA)のこと
  • 非コードRNA:タンパク質をコードしていない,あるいは短いタンパク質しかコードしていない多様なRNAの総称
  • エンハンサー:通常,エンハンサーは遺伝子の転写を促進する DNA上の調節領域のことであるが,ここではエンハンサー活性の制御に関与する非コードRNAのこと
  • 遺伝子間RNA:遺伝子の存在しない DNA領域から転写される RNAのこと
Science, this issue p. 1225

多機能平面光学系 (Multifunction planar optics)

特別に設計されたナノメートル規模の金属アンテナの二次元(2D)配列、すなわちメタ(人工)表面は、かさばる光学部品を平面素子構造に縮小できるかもしれない。Khorasaninejad たちは、ナノメートル規模のTiO2のフィンの配列が、最高級レンズとして機能できることを示している。光学的対物レンズのほんの一部分の大きさで、そのような平面素子は携帯電話用カメラやコンタク・トレンズを複合顕微鏡に変えることができるだろう。Maguidたちは、金属アンテナのまばらな2D配列を挟み込むことにより、一つの平面素子構造で多機能な動作をさせた(Litchinitserによる展望記事参照)。そのように設計されたメタ表面の強化された機能性なら、計測への応用やナノフォトニック回路網の通信容量を増大させるために用いることができるかもしれない。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • メタ表面:波長以下の周期構造を有する二次元表面
Science, this issue pp. 1190 and 1202; see also p. 1177

文脈に応じた免疫活性化 (Immune activation in context)

樹状細胞(DC)は,微生物由来や瀕死細胞由来の放出分子に結合すると,防御免疫を発動する.Zanoniたちは,微生物や内因性の信号がどのように影響し合い,続発する免疫応答経路を形作るのかを調べた(NapierとMonackによる展望記事参照).彼らは,oxPAPC(瀕死の細胞から放出される酸化リン脂質)が,DC内のカスパーゼ-11と呼ばれるタンパク質と結合し,死にかけている細胞内で炎症性プログラムを活性化させることを見出した.oxPAPCと細菌性リポ多糖に結合しているカスパーゼ-11は,DCにサイトカインであるインターロイキン-1(IL-1)を産生させ,細胞死を起こさせる一方,oxPAPCだけに結合しているカスパーゼ-11は,IL-1の分泌を DCに誘発し,強い獲得免疫をもたらす.このようにして,文脈依存の信号は,続発する免疫応答を形作ることができるのである.(MY,kj,kh)

【訳注】
  • カスパーゼ:炎症シグナルに応答して発生する細胞死や,サイトカインの活性化を通じて炎症誘導に関与するタンパク質ファミリー
  • サイトカイン:免疫システムの細胞から分泌されるタンパク質で,情報伝達の役割を果たす.細胞表面の受容体に結合し,細胞内シグナル伝達経路を起動して細胞の作用を変える機能を有する
  • 獲得免疫:感染・予防接種などにより後天的に得た免疫
Science, this issue p. 1232; see also p. 1173

生命の始まりをネットワーク的に眺める (A network view of life's beginnings)

地球上に生命の出現を可能にした化学反応ネットワークとは,どんなものだったのだろうか? 以前の研究の多くは,これらのネットワークの有望な化学構造について調べてきた: 例えば,今日の生物システムの元となった原始の RNAワールドの仮説である.Croninと Walkerは展望記事で,生命がどのように始まったかの理解には,詳細な化学反応よりもネットワークの特質を解明することが重要であると議論している.さらなる洞察は,生命の出現を相転移として特性づけ,そして物理システムが生きているということの意味について根本的な問をすることから生まれるのかもしれない.現状のモデルに挑戦することで,科学者たちは,私たちが知っている生命がどのようにして始まったのかを理解するだけでなく,異なる形の生命を発見できたり,創造できたりするかもしれない.(MY,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 1174

ラパマイシンは何故優れた免疫抑制剤なのか (Why rapamycin is a good immunosuppressant)

臓器移植の被移植者には,拒絶反応を防ぐため免疫抑制剤ラパマイシンが与えられる.ラパマイシンは mTORC1(細胞の成長・増殖を促進する遍在性キナーゼ含有複合体)を標的にしている.Soたちは,リンパ球が何故,ラパマイシンに対して特に感受性が高いのかを見出した(Abrahamによるフォーカス記事参照).細胞成長と細胞増殖の過程に2つの異なるエフェクターが介在している他の細胞型とは異なり,リンパ球では,細胞成長と細胞増殖とも,1つの mTORC1エフェクターを使った介在がなされている.このエフェクターのmTORC1によるリン酸化は,細胞成長と細胞増殖を誘発するのだが,リンパ球内でのラパマイシンによる阻害により強く敏感だった.(MY,kh)

【訳注】
  • エフェクター:タンパク質の機能を促進または阻害する物質
Sci. Signal. 9, ra57 and fs10 (2016).