AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 11 2016, Vol.351


プラスチックが素晴らしいと思う細菌もいる(Some bacteria think plastic is fantastic)

ボトル・リサイクル施設の外で単離された細菌は,プラスチックを分解し,代謝することができる.ボトルから衣服まで,消費財におけるプラスチックの急増は,数え切れないほどの大量のプラスチックを環境へ放出する結果となった.Yoshidaたちは,特殊な細菌によるプラスチックの生分解が,いかにして実行可能なバイオレメディエーション方法になりうるかを示している(Bornscheuerによる展望記事参照).新しい細菌種であるIdeonella sakaiensis(イデオネラ・サカイエンシス)は,PETと主要な反応中間体を加水分解する2つの酵素を用いてプラスチックを分解し,ついには,増殖に必要な基本構成要素を産み出す.(MY,KF,OK,kh)
【訳注】
・バイオレメディエーション:微生物を利用して環境を修復・改善・浄化する技術
・PET:Polyethylene terephthalate
Science, this issue p. 1196; see also p. 1154

心臓を守るスカベンジャー(A scavenger that protects the heart)

冠動脈心疾患は二種類の血漿コレステロールの物語である.しっかり定着した悪玉コレステロール(LDL-C)の効果とは対照的に, 善玉コレステロール(HDL-C)の役割は謎である.HDL-Cの上昇は心臓病リスクの低減と相関しているが,HDL-C値を増やす薬はリスクを下げはしない.Zanoniたちは,HDL-C値が並はずれて高い人たちの中には,スカベンジャー受容体BI(HDL-Cの主要な受容体)をコードしている遺伝子配列の,めったにない変異体を保持していることを見出した.この変異体は,スカベンジャー受容体のHDL-C取り込み能力を破壊する.興味深いことに,この変異体を持つ人たちは,高HDL-C値にもかかわらず,心臓病のリスクが高いのである.(MY)
【訳注】
・受容体:細胞膜や細胞内部に存在し,刺激を受け取り,細胞に応答を引き起こす仕組みを持った構造のこと
・スカベンジャー受容体BI:マクロファージや肝臓などで発現し,HDLコレステロールエステル(成熟HDL)の肝臓への取り込みをおこなう受容体
Science, this issue p. 1166

一つのモデルで全てを統べるか?(One model to rule them all?)

我々の周りの世界を記述する包括的なモデルを見つけ出すという考えは、何世代もの科学者を引き付けてきた。我々はこの究極の目標からは程遠いところにいるが、特定の問題に焦点を合わせれば、適度な一歩を踏み出すことができる。De las Cuevas と Cubitt は、コンピュータ科学から借用した概念を用いて、全ての古典的スピンモデル(当初、磁性の研究のために導入された)を、ほんの少しだけ複雑で普遍的なモデル(Wehner による展望記事参照)に取り組むことで解くことが可能であることを示した。これらの知見のおかげで、十分理解された、場の二次元イジングモデルを用いて、複雑な相互作用を有する系を物理的にシミュレートすることが可能になるかもしれない。(Sk,KF,kh)
【訳注】
・イジングモデル:二つの配位状態をとる格子点から構成され、最隣接する格子点のみの相互作用を考慮する格子模型
Science, this issue p. 1180; see also p. 1156

ラジカルに速い合成(Radically faster synthesis)

ゼオライトの合成は、通常、アルミニウムとケイ素原子間の酸化物架橋部を切断したり再結合したりすることが可能な、塩基性条件下で進行する。Feng たちは、紫外光の照射かフェントン試薬を用いてヒドロキシ・ラジカルを形成することにより、ゼオライト結晶の形成を約2倍速めることが可能であることを示している。(Sk,OK)
【訳注】
・フェントン試薬:過酸化水素と鉄触媒との溶液で、汚染物質や工業廃水の酸化に用いられる
Science, this issue p. 1188

自閉症スペクトラム障害におけるシグナル問題(Signal problems in autism spectrum disorder)

自閉症スペクトラム障害には多くの原因がある.Bidinostiたちは,自閉症の可能性がある病状の1つであるPhelan-McDermid症候群(PMDS)について研究した(Burbachによる展望記事参照).著者たちはこの症候群患者由来と, 同様にマウス由来の, 原因遺伝子が破壊された神経細胞を用いて,細胞内のシグナル・チェーンが不安定化することを見出した.シグナル伝達や行動に現れる症状は,要となるキナーゼを抑制する低分子薬療法で改善されるかもしれない.(MY,kh)
【訳注】
・自閉症スペクトラム障害:自閉症、アスペルガー症候群などが含まれる障碍
Science, this issue p. 1199; see also p. 1153

傷つきやすい立場に置かれた腫瘍(Tumors put in a vulnerable position)

癌細胞は代謝作用の変化をしばしば見せて,それは自身の増殖促進に一役かっている。しかしながら,そのような代謝の "再配線"は,治療に利用可能な新たな脆弱性を作ることで,癌細胞に敵対的に作用するかもしれない.さまざまなヒト腫瘍は,5-メチルチオアデノシン・ホスホリラーゼ(MTAP)をコードする遺伝子の損失が原因となるメチオニン代謝の変化を見せる.MavrakisたちとKryukovたちは,MTAPの損失が,PRMT5と呼ばれる特定のアルギニン・メチル基転移酵素の活性を抑制する化合物による増殖阻害に,がん細胞株が敏感となることを見出した.もしかしたら,PRMT5活性を抑制する薬剤が,MTAP欠損腫瘍へのテーラー・メイド医療に発展するかもしれない.(MY、OK, kh)
Science, this issue pp. 1208 and 1214

ワイル半金属の塊の中にしみ込む(Sinking into the bulk of a Weyl semimetal)

最近発見されたトポロジカル材料の一種であるワイル半金属は、いわゆるフェルミ・アーク状の表面状態を有している。Inoue たちは、高分解能の走査型トンネル顕微鏡を用いて、タンタル・ヒ素材料におけるこれらの状態の特性を詳しく調査したした。彼らは、その材料の表面の不純物からの電子の散乱を図化し、そのデータを密度関数理論の予測と比較した。そのデータは、フェルミ・アーク上のタンタル軌道と関連している電子が材料の塊の中にしみ込んだ場合にのみ, 理論に一致させることができた。(Sk,OK)
Science, this issue p. 1184

くっついてT細胞を苛酷に扱う(Sticking it to T cells)

サイトカインTGF-βは,腫瘍の微小環境に豊富に存在し, ここで,このサイトカインは腫瘍を攻撃・破壊するかもしれないT細胞を阻害している.しかしながら,体全体に渡ってTGF-βを標的にすることは,他の免疫応答を妨害することになるだろう.Newmanたちは,接着分子PECAM-1を持たないT細胞がTGF-βの阻害に,感受性が低いことを見出した.さらに,PECAM-1を欠いたマウスは,対照マウスより腫瘍が小さかった.このため,PECAM-1を標的にすることは,T細胞の抗腫瘍活性を高めるかもしれない.(MY,OK,kh)
【訳注】
・サイトカイン:免疫システムの細胞から分泌されるタンパク質で,特定の細胞を標的とせずに情報伝達をするものをいう
Sci. Signal. 9, ra27 (2016)

有毒な入居者が悪い虫を助長する(Toxic tenant promotes bad bugs)

良い同居人は多くの恩恵をもたらすが、選択を間違うと毒になる可能性がある。Cohen たちは、黄色ブドウ球菌によって作り出されるアルファ毒素が、グラム陰性菌による肺の重複感染症を悪化させることを見出した。アルファ毒素は、細菌を含むファゴソームの酸性化を防ぎ、それにより細菌の増殖、伝搬、死亡率を増大させた。しかしながら、アルファ毒素に対する中和抗体を用いた早期の治療や予防はこの効果を防ぎ、ヒト化マウスモデルにおいて黄色ブドウ球菌の除去を促進した。(Sk,KF)
【訳注】
・ファゴソーム:細胞の食作用によって細胞内に吸収された物質のまわりに形成される小胞
・ヒト化マウス:遺伝子・細胞・組織の一部が人間の物に置き換わったマウス
Sci. Transl. Med. 8, 329ra31 (2016)

細菌の線毛はいかに作用するか(How the bacterial pilus works)

重要な病原体を含む多くの細菌は、それ自身の細胞体から出るⅣ型線毛と呼ばれる引っ掛けるフック様の伸長物を発射することによって、移動する。この線毛がその環境中にある他の細胞や物体に付着したのちに、細菌は、自身を前進させるために、線毛を収縮させる。Changたちは、無傷の細胞の電子低温断層撮影法を用いて、線毛を伸ばしたり縮めたりするタンパク質機械を画像化し、それぞれのタンパク質がどこにあるかを明らかにした。それぞれの場所での個々のタンパク質の既知の構造を3次元のパズルのように割り当てて、そのタンパク質機械がいかにして作用しているかが明らかにした。たとえば、細胞質モーターによるATP加水分解が、線毛サブユニットを膜から線毛に向けて前後に滑らせる、膜に埋め込まれたアダプターを回転させている証拠なども明らかになった。(KF,kh)
Science, this issue p. 10.1126/science.aad2001

分散力を記述する(Describing dispersion forces)

分散力やファンデルワールス相互作用は誘起双極子に由来する引力である。一時的な誘起双極子は原子や分子で観測されることはなく、ナノ構造体やマクロ物質でも観測されることはない。Ambrosetti等は、分極性ナノ構造体同士のファンデルワールス相互作用の正確で定性的な理論記述を創出した。同理論は、原子に固定した双極子の一般的な対処法とはちがって、波のような電子密度のゆらぎをもった非局在電子を同理論では必要としていた。さらに、筆者らは10-20ナノメートル規模のの電荷密度応答の非局在性の増大を観測した。(NK,KF,OK,kh)
Science, this issue p. 1171

バイオマスを分解する腸の菌類の探索(Mining gut fungi to break down biomass)

植物バイオマスの扱いにくさは、再生可能資源からバイオ燃料や他の化学物質を産生するにあたっての、おそるべきボトルネックである。反芻動物や後腸発酵槽内で見つかった微生物コミュニティーから得られた酵素は、しかしながら、効率的に植物材料を単純な糖に分解するにあたって、かなりの有望さを示した。Solomonたちは、オミクス・レベルと生物学的試験を用いて、ウマやヤギ、ヒツジの腸から得られた初期に分化した嫌気的菌類由来の一連のリグノセルロース分解酵素を明らかにした。このアプローチはそれら経路の制御を明らかにするだけでなく、通常のスクリーニング法では同定できないであろう既知の相同体をもたない酵素を同定する方法を示すものでもある。(KF,OK,kh)
【訳注】
・オミクス:ゲノミクス、プロテオミクスメタボロミクスなど-omicsがつく生物学分野の総称
Science, this issue p. 1192

癌細胞への攻撃の時期選択(Timing the attack on cancer cells)

細胞制御系は、治療方針の設計に当たって勘案するべき動的性質を備えている。Chenたちは、培養中のヒトの乳癌由来細胞の放射線治療のタイミングが、細胞の生存を増強するか、減少させるかを決定することを発見した。癌遺伝子産物MDMXの枯渇は、最初の24時間以内に腫瘍抑制タンパク質p53の初期の群発発現を惹き起こし、それから、より小さい振幅での周期変動をもたらした。放射線治療が最初のフェーズに一致すると、細胞の95%は死滅するが、放射線照射が第2フェーズに適用されると、20%以下の細胞しか死ななかった。(KF,kh)
Science, this issue p. 1204

ファージのプロモーターの確率論的特性(Stochastic properties of phage promoter)

制御された遺伝子発現を十分に理解するには、個々のプロモーターの活性の確率論的変動を特徴づけることが必要である。細胞間の可変性と特異的遺伝子コピー間での活性の変動を回避するために、Sepulvedaたちは、個々の大腸菌細胞におけるλファージの溶原性維持プロモーターの振る舞いを研究した。彼らは、転写制御因子の濃度と産生されたmRNAの実際の数を測定し、数学的モデルを用いて、制御されたプロモーターの確率論的活性を識別した。そのプロモーターは、産生されたmRNA分子の寿命よりも急速に生じる立体配置間の切り替えを受けたし、同じ遺伝子由来の個々のコピーは、同じ細胞中で独立に機能した。こうした研究は、より平凡な技法でかなり研究されてきたシステムの の新しい側面を明らかにすることができる。(KF,kh)
Science, this issue p. 1218

真菌性の秘密の(あるいは、隠れた)多様性(Hidden fungal diversity)

どれだけ多くの真菌が存在していて、それらは互いにどう関連しているのだろう? 細菌の環境調査が、これまで未知だった真菌の生命樹の全体的枝分かれを提供するようになった。展望記事でHibbettは、にもかかわらず、そうした発見は新たな種が名付けられることにほとんどつながっていないと説明している。その理由のひとつは、証拠がゲノムデータから来ていて、それだけでは新たな種を名づけるには不十分と考えられているいるからである。種を名付けるのに必要な基準標本あるいは培養体は、確保するのがしばしば困難なので、種を名付ける分類学的コードを改定するときが来ているのかもしれない。(KF,OK)
Science, this issue p. 1150

もつれた周波数コム(Entangled frequency combs)

可視光域の周波数コムを発生できることは、光学応用や基礎科学にとって重要である。この周波数コムでは、その出力光は、精密な間隔を有する数百万の鋭いスペクトル線でできている。Reimer たちは、周波数コムを量子領域まで取り入れうることを示している。彼らは、個々のコムの歯を取り出し、量子力学的なもつれを生成し、複雑な光学状態を形成した。この方法は、既存のファイバーや半導体工学と適合性があるため、その結果は拡大可能であり、実用的な量子工学のプラットフォームとなりうることを示している。(Wt,OK)
【訳注】
・周波数コムとは、精密な時間測定のために用いる新レーザー光の周波数が整髪用の櫛(コム)のような形に分布するために光コムと名づけられている。
Science, this issue p. 1176

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