AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 4 2016, Vol.351


流体のように流れる電子(Electrons that flow like a fluid)

導体内部の電子は、しばしば、電場に応答して流れるものとして記述される。この流れは、よく知られたパイプの中の水の流れとはほとんど似ていないが、三つのグループがこれに対する反例を挙げている(Zaanen による展望記事を参照のこと)。Moll たちは、PdCoO2の細いワイヤ中の電子流体の粘性は、流れに対して主要な影響があり、通常の流体で起こることによく似ていることを見出した。Bandurin たちは、は、グラフェン中には、小さな穴を通って流れる粘性流体が作り出す渦巻きに似た電子の渦巻きがある証拠を見出した。最後に、Crossno たちは、グラフェン中の熱輸送の激増を観測している。これは、いわゆるディラック流体のサインである。(Wt)
Science, this issue p. 1061, 1055, 1058; see also p. 1026

熱電性の逆説を解決する(Resolving the thermoelectric paradox)

超電導体における熱電効果の存在は、物理学者にとって非常に難しい課題を突き付けてきた。実験と理論(の値)が桁違いという矛盾があるだけでなく、互いにまったく食い違っている。Shelly たちは、この膠着状態を解決し、高感度の量子ナノスケール干渉計を用いる実験方法を開発した。超電導体でこれら熱電効果の存在を解明している理論もこの実験による測定を裏付けている。この研究は、超伝導体の実際面での応用をもたらす手助けとなるかもしれない。(Sk,OK,nk)
Sci. Adv. 2, 10.1126.sciadv.01250 (2016)

エボラの抗体応答の概略(Profiling the antibody response to Ebola)

西アフリカにおける最近のエボラウイルスの大流行は、ワクチンだけでなく効き目のありそうな治療法も必要なことを明らかにしている。一つの有望な治療法は、エボラの膜に固定された糖タンパク質(GP)を標的とした、モノクロナール抗体である。Bornholdt たちは、2014年の大流行の生存者から採取した349の抗体を単離し特性を明らかにした。大部分が多少の中和活性を示し、いくつかは非常に強力であった。構造解析の結果、膜のGPとのストーク領域に、脆弱性のある重要な部位があることが明らかになった。この領域を標的にした抗体は、エボラウイルスに感染させたマウスに対して、治療上有効であった。(Sk,OK,nk)
【訳注】
・モノクロナール抗体:単一の抗体を産生する細胞のクローンから得られ、一種類の抗原決定基(抗体との結合部)とだけ反応する抗体
・中和活性:特定タンパク質の活性を中和する中和抗体の活性
・ストーク領域:GPと膜をつなぐ茎状の部分
Science, this issue p. 1078

多様性が抗体応答に君臨する(Diversity reigns in antibody responses)

免疫応答中に,侵入病原体に特異性を持つB細胞は分化する.この細胞が産生する抗体は,胚中心と呼ばれる特殊化したリンパ節構造の中で,体細胞変異を通じて結合力を増大する.Tasたちは多光子顕微鏡と配列決定を用いて,異なるB細胞クローンが,マウスの胚中心の中で,どのようにして互いに競い合うのかについて決定している.複数のB細胞クローンは独自の胚中心の種を形成することができ,胚中心はったく異なる速度で多様性を喪失する.そのような不均一性は,数の少ないクローンの操作でワクチン接種の利点になることがいつか可能となるかもしれないことを示唆している.(MY,OK,hk)
【訳注】
・B細胞:抗原の侵入に応答して増殖し,抗体を生産する細胞へと分化する細胞
・B細胞クローン:胚中心でB細胞はランダムに変異してクローンを作る.その後,抗体親和性のより高いクローンが選別されるメカニズムが働く
・抗体親和性:抗体の,エピトープ(抗体が認識する抗原の特定部位)に対する結合の強さ
・多光子顕微鏡:通常の強度では吸収が起こらない波長の光を,極めて短い時間に強く照射することで吸収を生じさせ,その蛍光を観察する顕微鏡.生体への光によるダメージが少なく,高解像度で3次元画像を取得できる特徴を持つ
Science, this issue p. 1048

DNAが二倍になっても発現させない(Doubling DNA but not expression)

ゲノムの複製時,細胞分裂の前にゲノムの複製部分のコピー数は2倍となる.細菌や古細菌では,遺伝子量をなぞるように遺伝子発現がなされ,この遺伝子量,遺伝子発現ともDNA複製後に増加する.しかしながらVoichekたちは,出芽酵母では,複製後のDNA量の増加が遺伝子発現を増やさないことを示している.この発現の緩衝は,複製DNA上に堆積した新たに合成されたヒストンH3のアセチル化が仲介している.このアセチル化は,過剰DNAからの転写の抑制を助けている.(MY,hk)
【訳注】
・ヒストン:真核生物の核内 DNAがその上に巻き付き,DNAを収納する役割を持つタンパク質
Science, this issue p. 1087

分裂細胞を2つに分ける(Separating dividing cells into two)

細胞の成長・増殖に関わる遺伝子を活性化することで,転写共役因子YAPは腫瘍プロモーターとして作用することが可能である.Buiたちは,分裂細胞を分離させる, すなわち細胞質分裂過程における YAPの非転写性の役割を解明した.有糸分裂細胞中でYAPは,細胞質分裂を仲介する細胞内構造に局在化していた.そしてこのことが,細胞質分裂に必要な他のタンパク質が適正に局在化することを確実なものにした.YAPが不足した細胞は,腫瘍を引き起こす可能性のある染色体数異常となる可能性がより高かった.(MY,nk)
【訳注】
・転写共役因子:転写因子が転写を開始するために必要となるタンパク質
・腫瘍プロモーター:発癌促進物質のことで,正常細胞から変化した潜在的腫瘍細胞を癌細胞化させる活性を持つ物質
Sci. Signal. 9, ra23 (2016).

合成ガスからの小さなオレフィン(Small olefins from syngas)

石炭や天然ガスの液体燃料や化学材料への転換はしばしばCOやH2の生成を通じて進行する。シンガスとして知られるこの混合物はそれからフィッシャー・トロプシュ触媒によって炭化水素に変換される。化学材料や高分子合成にとって必要である軽質オレフィン(エチレンからブチレン)にとって、従来の触媒では機械論学的には60%未満の変換率であり、カーボン堆積の結果非活性となる。Jiaoたちは更に高い変換率を達成し、非活性状態を回避する二元機能触媒を開発した(Jongによる展望記事参照)。亜鉛クロム酸化物はケテン中間体を生成し、それらは続いてゼオライト上で結合される。(Uc,OK,nk)
Science, this issue p. 1065, see also p. 1030

脳の活動が潜在的な動機を見せる(Brain activity shows underlying motives)

ヒトの場合,全く異なる2つの動機は,その違いにもかかわらず,全く同じ行動を引き起こすことがある.私たちは動機の直接観察ができないため,現代の経済学者はしばしばそれらを完璧に無視する.しかしながら,HeinたちはfMRIを用いて,ヒトのさまざまな動機は観測可能な応答を脳に生じうることを示している(GluthとFontanesiによる展望記事参照).共感や相互依存に基づく利他的行動においては,脳の特定領域間の機能的結合の向きや強さは,動機ごとに異なっていた.さらに結合のパターンは、どんな形で動機が行動に表れるかには無関係だった.(MY,OK,nk,hk)
Science, this issue p. 1074; see also p. 1028

伸ばせ, 光らせろ(Make it stretch, make it glow)

タコのような、何種類かの頭足類の皮膚は、非常に弾力性があり変色細胞を含んでいる。これらの細胞には、素早く、きめ細かなカモフラージュの能力を可能にする色素が詰め込まれている。Larson たちは、伸縮自在の電界発光駆動装置(エレクトロルミネッセンスをもったアクチュエータ)を開発した。その材料は大きく引き伸ばすことが可能であり、発光可能であり、また内部および外部の圧力を感知することが可能である。柔軟なロボットが、動きに合わせて伸びたり発光したりすることにより、これらの複合された能力を実証した。(Sk,OK,hk)
Science, this issue p. 1071

HIV-1のエンベロープをもっと完全に見る(A more complete look at the HIV-1 envelope)

HIV-1は,ウイルス表面に存在する大きな糖タンパク質であるエンベロープタンパク質(Env)を用いて標的細胞に入り込む.Envはウイルス表面で三量体を形成している.可溶化されたEnv三量体構造の研究は,ウイルス侵入や抗体結合への重要な洞察を与えてきたが,可溶Envには,未変性のタンパク質に存在する幾つかの重要な不溶領域がない.Leeたちは低温電子顕微鏡を用いて,広域中和抗体との複合体中のHIV-1のEnv三量体タンパク質の構造を,その細胞質側末端だけを欠いた状態で解明した.Envの構造をさらに完全に理解することは,ワクチン設計の取り組みに対する助けになるかもしれない.(MY,hk)
【訳注】
・エンベロープ:一部のウイルス粒子に存在し,ウイルスの殻のさらに外側を覆う膜のこと.ウイルス粒子が宿主細胞から出芽する際に宿主細胞の細胞膜から獲得される
・広域中和抗体:抗原に結合してその毒性や増殖能力を抑制する抗体で,多様な抗原に対して能力を発揮するもの
Science, this issue p. 1043

内在性レトロウイルスの調節的利用(Regulatory use of endogenous retroviruses)

哺乳類のゲノムには、多くの内在性レトロウイルス(ERV)が含まれていて、それらは、長期にわたって進化した。それら遺伝因子の伝播と存続は、遺伝子制御に寄与する能力によるとされてきた。Chuongたちは、いくつかのERVファミリーでは調節エレメントに富み、そのため、ヒトとマウス双方における免疫遺伝子のエンハンサーとして独立的に進化してきたものとして作用することを実証した(Lynchによる展望記事参照)。この分析は、インターフェロンに対する転写反応を操る霊長類特異的な因子の存在を明らかにした。淘汰は、したがって、利己的な遺伝因子に作用して、新たな遺伝子ネットワークを産生することがある。(KF,nk,hk)
Science, this issue p. 1083 see also p. 1029

SRCは縞模様を示す(SRC shows it stripes)

非受容型チロシンキナーゼであるSRC遺伝子は、癌の進行に関係してきた癌原遺伝子である。Turroたちは、骨髄線維症、出血、骨障害を有する9人の患者のSRC遺伝子における機能獲得型の変異を発見した。この変異は、SRC遺伝子がそれ自体を抑制するのを妨げた。この過剰活性酵素はまた、ゼブラフィッシュ・モデルと患者由来の細胞でのチロシンリン酸化を増強した。骨髄線維症の患者では、このSRC変異は、骨髄性と巨核球性のコロニーと異常な血小板産生の, 昂進した当然の結果であると考えられたのだが、これは、SRCキナーゼ抑制によって救えることがあるかもしれんない。こうした知見は、SRCファミリー・キナーゼの阻害剤で治療されている癌患者にみられる重篤な出血についての説明を提供するものだ。(KF,OK,hk)
Sci. Transl. Med. 8, 328ra30 (2016)

脳の信用割当て(Credit assignment in the brain)

生存に関係する手がかりを発見するため,生物体は,生存のための適切な手がかりを発見するためには,生物体は,手がかりが生じる短い間と,手がかりからの反応が戻るまでの長いこともある待ち時間との間をつなぐ必要がある.このいわゆる時間遅れ問題は,機械学習の主要な課題でもある.Gutigはスパイクしている神経細胞応答の表現法を開発した。神経細胞応答の微分は応答が最も急速に変わる方向を定義する.この開発から生じる学習規則を用いることで,出力スパイク数を手がかり数に一致させるよう神経細胞を訓練することにより,時間遅れ問題を解くことが可能となる.同じ学習規則は,教師なしニューラル・ネットワークに強力な学習能力を付与する.(MY,OK,nk,hk)
Science, this issue p. 10.1126/science.aab4113

もつかもたぬかが、DNA修復を決定する(To have or have not determines DNA repair)

細胞はおそらく、どんなコストをかけてもDNAを保護しようと試みる。しかし、Uphoffたちは、そうではない、なぜならそれではコストがかかり過ぎる、ということを示している。単一分子と単細胞との測定から、自身の発現をも制御しているDNA修復酵素Adaは大腸菌ではあまりに存在量が少ないために確率的変動の結果、このタンパク質をまったく含まない細胞が生じる場合があることが示された。そうした細胞は、変異原性の増加を経験することとなり、それは、順応のために遺伝的多様性を増加させる必要のある環境においては、有利さをもたらす。一方、そうしたDNAを変化させるタンパク質の大量の発現は、また有害である。(KF,OK,nk)
Science, this issue p. 1094

転写開始の場所の選択(Choosing where to start transcription)

RNAポリメラーゼ酵素複合体は、遺伝子のプロモータに結合し、2本のDNA鎖を分離させる。引き続いて形成される「転写バブル」は、RNA合成の開始に必要である。RNAポリメラーゼが、転写を開始する場所でいかにして正確なDNA塩基を選択するかは、はっきりしていない。Winkelmanたちは、細菌においては、開始点の上流のある調節領域が、RNAポリメラーゼの細菌における選択を助けることに関与していることを明らかにした。開始点の選択には、プロモーターの捩りこみも含まれ、そこでは、定常のRNAポリメラーゼが、活性部位を通じてDNAを解き戻し、引っ張り、転写バブルのDNAの捩りこみを行っている。(KF,nk,hk)
Science, this issue p. 1090

量子の無駄を減らす(Reducing quantum overhead)

量子コンピュータは、特定の課題においては古典的な古典的な対応物を上回ると期待されている。そのような課題の一つが大きな整数の因数分解であり、それは銀行カードのセキュリティーや、オンラインにおけるプライバシーを支える技術である。5個の閉じ込められたカルシウム・イオンから構成される小規模な量子コンピュータを用いて、Monz たちは、Shor の因数分解アルゴリズムの拡大可能版を実行している。再利用されるイオンの働きと拡張可能なアーキテクチャにより、その方法は以前のやり方よりも効率的である。このように、この方法は強力な量子コンピュータを、より少ない資材で設計する可能性を提供している。(Sk,nk,hk)
Science, this issue p. 1068

癌幹細胞は、見合う MET に出会ったか?(Have cancer stem cells MET their match?)

固形腫瘍は、腫瘍増殖と転移を活気づかせる高度に攻撃的な細胞のサブセットを含むと仮定されてきた。腫瘍を惹起するそのような細胞(TIC:従来は、「癌幹細胞」と呼ばれていたもの)の悪性の性質を選択的に殺し消滅させる薬剤の探索が進行している。Pattabiramanたちは、TICを誘発して、間葉系から上皮性への遷移 (MET)と呼ばれる表現型の変化を引き起こす化合物が、それゆえ、TICが腫瘍惹起能力を失わせる原因となる可能性があると仮定した。実際、プロテインキナーゼAのシグナル経路を活性化する薬剤は、TICの後成的再プログラムの引き金となり、それによって、細胞がより良性の上皮性様表現型を獲得する結果になる。(KF,nk,hk)
Science, this issue p. 10.1126/science.aad3680

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