AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 6 2015, Vol.350


透明性への幻想的取り組み(A visionary approach to transparency)

白内障は,最も一般的な視力喪失の原因で,特に,増加の一歩をたどる現在の高齢者人口においてはそうである.目のレンズの主要なタンパク質成分であるクリスタリンが,レンズの曇りの原因となる凝集を始めると白内障が発生する.Makleyたちは,この凝集を逆行させる低分子が,通常は手術を要する白内障治療に対して治療可能性を持っているかどうか探求した(Quinlanによる展望記事参照).彼らは,温度依存性のタンパク質アンフォールディングに対する配位子の効果を監視測定する絞り込み方法を用い,可溶型のクリスタリンに結合し,安定化する幾つかの化合物を特定した.概念実証型研究で,これらの化合物の1つがマウスのレンズの透明性を改善させた.(MY,KU,kh)
【訳注】
・タンパク質アンフォールディング:折りたたまれて形成されたタンパク質の立体構造がほどけること
Pharmacological chaperone for α-crystallin partially restores transparency in cataract models. (Science, this issue p. 674; see also p. 636)

良過ぎることから身を守る(Protecting against too much of a good thing)

ジャガイモの粘性ピンク腐敗病は、細菌クロストリジウム・プニセウム(Clostridium puniceum)によって引き起こされるが、この細菌は酸素の存在下で増殖することができない。この細菌は、抗生物質として機能するクロストルビンとして知られるポリフェノール代謝産物を生成する。Shabuerらは、この細菌がさらにジャガイモ塊茎の好気性環境から身を守るためにクロストルビンを利用することを示している。(hk,kh,nk)
Plant pathogenic anaerobic bacteria use aromatic polyketides to access aerobic territory. (Science, this issue p. 670)

複雑な運動パターンを生み出す(Generating complex movement patterns)

脳の運動皮質における神経活動は、正確には何を符号化しているのだろうか。Griffinたちはサルにおいて、多数の筋肉と、脊髄の運動ニューロンに直接投射される運動皮質細胞から同時に記録をとった。皮質細胞はありふれた方向同調曲線を有しているにもかかわらず、別の皮質細胞が機能毎に脊髄細胞に結合して別の筋作用を生じていた。(Sk,kh)
Corticomotoneuronal cells are “functionally tuned”. (Science, this issue p. 667)

5価と6価の高価アメリシウムイオン(High fives and sixes for Americium ions)

あたながたは、おそらくウランとプルトニウムについて聞いたことがあろう。アメリシウム(Am)は、化学界以外では、そう広く議論されてはいないが、核廃棄物処理経路からのこの重い放射性元素の分離が、核燃料再処理研究の主要な目標である。問題は、3価の Amを類似の電荷を有するランタナイド・イオンから分離することの困難さにある。Daresたちは、電極に付加したテルピリジル配位子が、3価の Amイオンの5価と6価の状態への酸化反応を促進できることを示している (Soderquistの展望記事を参照)。次世代の原子炉用に Amを引き続き利用するために、より高い荷電状態のイオンは単離がより容易になるに違いない。(Wt,KU,kh,nk)
Electrochemical oxidation of 243Am(III) in nitric acid by a terpyridyl-derivatized electrode . (Science, this issue p. 652; see also p. 635)

旧世界の干ばつの歴史的な全体像(Historical perspectives on Old World drought)

将来の干ばつの気象予測モデルの意味を理解するためには、過去の干ばつの地域的なパターンを確立することが重要である。Cookたちは、年輪の復元に基づく、旧世界(北アフリカ、地中海地域、ヨーロッパ)の干ばつ地図帳を開発した。そのデータは、北半球が、いまだ明らかでない理由により、20世紀の前に異常に厳しく広範な干ばつを経験したことを裏付けている。(Sk)
(Sci. Adv. 10.1126.sciadv.15-00561 (2015))

光格子を分子で満たす(Filling a molecular lattice of light)

光格子中の冷たい原子は、通常はそれらの二つが同一の格子部位を占める場合にのみ相互作用する。より複雑な相互作用は、量子シミュレーションに適した系の可能性を拡大するであろう。有望な手法は、原子の代わりに極性分子を用いることである。それは、ずっと長い距離尺度で相互作用する。しかしながら、格子に分子を詰め込むのは難しい。Mosesたちは、ボーズ粒子である87Rb 原子とフェルミ粒子である 40K 原子を光格子中に導入し、それらを結合して分子とし、その分子を基底状態に持ってくることで、25%もの高い格子充填率を達成した。(Sk,kh,nk)
Creation of a low-entropy quantum gas of polar molecules in an optical lattice. (Science, this issue p. 659)

花はどのようにして雄花と雌花に分かれるのだろう(How flowers separate males and females)

多くの顕花植物の仲間は、雄性と雌性両方の機能を有する両性花を咲かせる。しかしながら、メロン、キュウリ、ウリを含む、ウリ科の大多数の仲間は、単性花を咲かせる。性発現におけるこの差を理解するため、Boualemたちは、雌花に発現したキュウリの遺伝子を同定した。この遺伝子における変異は、雄花のみに生じていた。この発見を性決定モデルと統合することにより、著者らは、どのようにして同じ植物で単性花が共存できるのかを説明している。(Sk)
A cucurbit androecy gene reveals how unisexual flowers develop and dioecy emerges. (Science, this issue p. 688)

共生生物はサンゴと一緒に働くよう適応している(Symbionts are adapted to work with corals)

多くのサンゴは,栄養や他の利益を提供すると考えられている,渦鞭毛藻類共生生物と相利共生の関係を作り上げてきた.この関係の根底にある遺伝的性質を調べるため,S. Linたちは Symbiodinium kawagutii(内部共生生物の渦鞭毛藻類に属する)のゲノム配列を決定した.このゲノムは,遺伝子数が増加しており,サンゴのゲノム中の遺伝子に対して相補性を示すマイクロRNAをコードしている.そのようなマイクロRNAは,サンゴの遺伝子制御に関与している可能性がある.さらに,サンゴと S. kawagutiiは,特定の栄養輸送体をコードしている遺伝子ホモログを共有しているらしい.この発見は,渦鞭毛藻類とサンゴの間で共生関係がどのようにして築かれ,維持されているかを解明するのに役立つ.(MY,kh)
【訳注】
・内部共生生物:他の生物の体内で共生する生物
・マイクロRNA:ゲノムから合成され、遺伝子発現の制御に関係する低分子のRNA
・栄養素トランスポーター:栄養素が細胞に取り込まれる際に,細胞膜中で通路として働くタンパク質の構造体
・遺伝子ホモログ:配列と機能が類似した遺伝子
The Symbiodinium kawagutii genome illuminates dinoflagellate gene expression and coral symbiosis . (Science, this issue p. 691)

RSウイルスを出し抜けば、おもしろいゲームになるか?(Outflanking RSV could we add one more line?)

RSウイルス(RSV)の感染症は、幼児にとって深刻な呼吸器疾患を引き起こす可能性がある。研究者たちは弱毒生ワクチンを作成するために努力しているが、それは自然感染経路を模擬するものであろうが、しかしウイルス複製を防ぐことは、また免疫応答を阻害することでもある。Karronたちは、人体中で細胞からのウイルス排出を減少させながら、防御免疫応答は強化される RSV ウィルスのあるタイプについて報告している。このワクチンを接種した幼児たちは、次の RSVの季節において症状を引き起こすことなく、RSVへの抗体を作った。(Uc,KU,nk)
【訳注】
・RSウイルス(Respiratory syncytial virus):RNAウイルスの一種で、隣接する細胞を融合して多核細胞のような構造物を形成する。この構造体をsyncytiaという。現在有効な治療薬もない。
A gene deletion that up-regulates viral gene expression yields an attenuated RSV vaccine with improved antibody responses in children. (Sci. Transl. Med. 7, 312ra175 (2015))

生命の樹の中で機能する(Function in the tree of life)

微生物群落の成分が、どのようにしてより広い環境と機能的に統合しているのだろうか? Martinyたちは、異なる環境や病状における微生物種の存在量のパターンが、いかにして進化の強い動機になりうるかを調べている。幾つかの環境変化では、タンパク質と補助因子の複雑な立体配置を必要とする、進化の過程で保存されてきた代謝を持つ生物体の生存が選択される。それらは、メタン産生微生物のような、長い進化的歴史を持っている。対照的に、抗生物質曝露後に生存するには、多くの無関係な生物体の中で無差別に交換可能な単一遺伝子を必要とするだけである。それ故、鍵となる要素(温度や光や栄養物であれ、抗生物質の量であれ)、及びその相補的代謝機構の進化の歴史に依存して、環境条件の変化は、微生物の生命の樹内でのいろいろな異なるレベルで予測可能な影響をもたらすだろう。(KU,kh,nk)
Microbiomes in light of traits: A phylogenetic perspective. (Science, this issue p. 10.1126/science.aac9323)

インスリン放出の時計仕掛け(The clockwork of insulin release)

健康な人において、血糖値は、幾つかの生理機構によってある狭い範囲内に維持される。それらのうちで鍵となる機構は、膵臓 β細胞によるホルモン・インスリンの放出であり、これは、食後にグルコース濃度が上がる時に生じる。インスリンに応答して、血糖は、筋肉のような燃料を必要とする組織に取り込まれる。β細胞は、自分自身の概日時計を持っているために、1日24時間ずっと刻々と変わるインスリン対する体の要求を予測することができる。この時計がインスリン放出をどうやって制御しているかは、不明であった。Perelisたちは、β細胞に特異的な転写エンハンサーの活性が、インスリン分泌小胞の組み立てと輸送に関与する遺伝子の周期的発現を制御していることを示している (Dibner and Schiblerによる展望記事参照)。(KU,kh,nk)
Pancreatic β cell enhancers regulate rhythmic transcription of genes controlling insulin secretion. (Science, this issue p. 10.1126/science.aac4250; see also p. 628)

ヒストンの変化に影響される世代(Generations affected by histone changes)

親世代の環境暴露は,祖父母世代のものでさえ,健康に有害な影響を子世代に遺伝することがある.その遺伝の機構は明確ではないが,中には DNAメチル化の変化を暗示した研究もある.マウスモデルにおいて,Siklenkaたちは,ある世代の精子形成の際にヒストン・メチル化の変化が、それに続く3世代で生存の低下や発生異常を来たすことを見出した(McCarreyによる展望記事参照).DNAメチル化の変化は観察されなかったが,精子中のRNAの変性や遺伝子発現の異常が子世代で測定された.従って,クロマチンが,世代継承される遺伝形質における分子記憶の仲介者として作用しているのかもしれない.(MY,nk)
【訳注】
・DNAメチル化:DNAの一部にメチル基が付加すること.DNA複製の際にも引き継がれ,遺伝子発現の決定や,癌疾患で重要な役割を果たしている
・ヒストン:真核生物の核内 DNAがその上に巻き付き,DNAを収納する役割を持つタンパク質
・ヒストン・メチル化:ヒストンを構成するタンパク質の側鎖の一部がメチル基で置換されること.これにより遺伝子発現の抑制や活性化が生じる
・クロマチン:DNAがヒストンに巻き付いて形成された複合体
Disruption of histone methylation in developing sperm impairs offspring health transgenerational. (Science, this issue p. 10.1126/science.aab2006; see also p. 634)

風変りな磁気構造を覗き見る(Peeking into an exotic magnetic structure)

磁気相互作用を持つ材料を冷却すると、磁気秩序状態を形成することが知られている。量子スピン液体 (QSLs)として知られている材料において、結晶格子の構造が、絶対零度においてすら、この秩序状態の形成を妨げる可能性がある。ハーバートスミサイト石は、 QSL材料候補として有力であると考えられているが、その基底状態の性質は研究されていない。Fuらはハーバートスミサイト石の核磁気共鳴シグナルのシフトを測定し、その基底状態がスピン・ゼロであり、エネルギーギャップにより第一励起状態とは分離されていると結論付けている (Furukawaによる展望記事参照)。これらの結果は、ハーバートスミサイト石が本当に QSLであることを示唆している。(NK,KU,kh,nk)
Evidence for a gapped spin-liquid ground state in a kagome Heisenberg antiferromagnet. (Science, this issue p. 655; see also p. 631)

腸内微生物相を安定にしているのは何だろう?(What makes the gut microbiome stable?)

伝統的に、私たちは,私たちに存在する微生物相を,安定で,無害で,協調的であると考えている.最近の実験研究は,人間の微生物相の安定性に帰すことができる不可欠な機能を解明しつつある.微生物相を操作して健康の増進を可能とするために,私たちは群落の構造・構成の理解が必要で,また,安定性を定量化し、予測するモデルを必要とする.Coyteたちは,群集生態学の概念や方法を腸内微生物相の集合体に応用した.独立に展開されたモデルは,次の驚くべき答に収束した.協調的な相互作用に系が支配される場合よりも, 競合的な相互作用の場合の方が, 種の高い多様性が安定的に存在する可能性が高い.(MY,kh)
【訳注】
・群集生態学:同一地域に生息する生物集団の関係を研究する生態学
The ecology of the microbiome: Networks, competition, and stability. (Science, this issue p. 663)

タンパク質複合体の構築にベストな近接距離(Proximity best for building protein complexes)

タンパク質サブユニットの合成と十分に機能的な複合体中へのそれらの組立は、一般に異なる二つのプロセスと考えられている。Shiehたちは、大腸菌におけるルシフェラーゼ複合体の合成と組立を研究した。オペロン中に並んだルシフェラーゼ・サブユニット LuxAと LuxBの組織化は、それらの同時局在化した合成を促進し、活性な酵素複合体に組み立てる。実際に、サブユニット間の結合は、それらがリボソーム上で合成されつつある際に生じ、サブユニット相互作用の順序を決めるのを助ける。(KU)
【訳注】
・オペロン:一つの転写因子によって同時に発現が制御される複数の遺伝子が存在するゲノム上の領域
Operon structure and cotranslational subunit association direct protein assembly in bacteria. (Science, this issue p. 678)

二酸化炭素を取り除く(Getting rid of carbon dioxide)

哺乳類では、赤血球が酸素を組織に運び、二酸化炭素を取り除く。この重要なプロセスの鍵となるのは、陰イオン交換体1(AE1)と呼ばれる膜タンパク質である。それが、炭酸水素塩(二酸化炭素から作られる)を塩素イオンとの交換で赤血球から取りだして輸送する。これが血液細胞内部の pHを下げることで、ヘモグロビンから酸素が遊離され組織に拡散する。Arakawaたちは、AE1の膜貫通陰イオン交換体領域の結晶構造を報告しているが、それは14個の膜貫通へリックスを含んでいる。この構造は、赤血球病に導く変異の効果を理解するための基礎を提供し、また、イオン輸送の仕組みへの洞察を与える。(KF,KU,kh,nk)
Crystal structure of the anion exchanger domain of human erythrocyte band 3. (Science, this issue p. 680)

離れた親戚も遺伝子機能を共有できる(Distant relatives can share gene function)

シロイヌナズナとケシ属のポピーは、およそ1億4千万年前に共通の祖先をもっていた。この進化的距離のせいで、それらの遺伝子の多くは機能を共有していても、それらの遺伝子が機能する仕組みは分岐してきたと予期される。しかしながら、Z. Linたちは、ポピーにおいて自家受精を妨げる一対の遺伝子が、シロイヌナズナで発現したら、同じ形質をもたらすことを見出した。この(受精しないという)不適合性は、シロイヌナズナに相対的に近い不適合な種のそれよりも、ポピーのものにずっと似ていた。つまり、植物の育種にとって興味深い不適合性という形質の、同様に長距離での伝達が、今回とは別の遠く離れた近縁種間でも有用である可能性がある。(KF,kh)
The Papaver rhoeas S determinants confer self-incompatibility to Arabidopsis thaliana in planta . (Science, this issue p. 684)

デング熱制御に向けた希望になるか?(Hope for dengue control?)

毎年、世界中のおよそ4億人が、その多くは子供だが、デング・ウイルスに感染する。ほとんどは症状が出ないか軽症だが、重篤なデング熱に陥った人は、死亡することがある。最近開発されたワクチンは希望を与えてくれるが、有効性はそこそこである。展望記事で、Wilder-Smithと Gublerは、それにも関わらず、このワクチンの使用が、大きな公衆衛生上の利点があると論じている。このワクチンは入院を減少させる可能性を示し、9歳から16歳までの子供にとって安全であるようだ。このワクチンを今ライセンスして、用いることは、デング熱からの公衆衛生上の負担を減少させることになりそうだ。それはまた、より効果的なワクチンに向けた研究が続く間、そのワクチンの使用から学ぶ機会をも提供するであろう。(KF)
Dengue vaccines at a crossroad. (Science, this issue p. 626)

電位感受性の刺激薬による制御(Agonist control of voltage sensitivity)

Gタンパク質結合受容体(GPCR)のあるものは、原形質膜の電位の変化に影響を受ける。Rinneたちは、刺激薬のコリンあるいはピロカルピンが結合したとき、脱分極が、M3ムスカリン・アセチルコリン受容体によるシグナル伝達を増強することを見出した。対照的に、刺激薬カルバコールあるいはアセチルコリンが結合したとき、脱分極は、M3受容体のシグナル伝達を減弱した。刺激薬のための結合ポケット中の重要な残基の変異は、カルバコール結合受容体の応答を切り替え、シグナル伝達が膜の脱分極によって増強されるようにした。そうした結果は、同じ GPCRの刺激薬である薬剤が違った効果をもたらす理由を説明する助けになる可能性がある。(KF)
The mode of agonist binding to a G protein-coupled receptor switches the effect that voltage changes have on signaling. (Sci. Signal. 8, ra110 (2015))
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