AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 30 2015, Vol.350


テナガザルはあなたの従兄弟(Meet your gibbon cousin)

類人猿(ヒト上科)は2つのグループ(ヒト,チンパンジー,ゴリラのような大型類人猿のヒト科と,テナガザルのような小型類人猿のテナガザル科)に分けられる.これらの2つの系統は,類人猿のルーツが出現した後,類似性をほとんど共有していないので,かなり短期間ですっきりと分岐したものと考えられていた.Albaたちは,ヒト科とテナガザル科の両方の特徴を含む中新世の新発見類人猿について記述している(BenefitとMcCrossinによる展望記事参照).すなわち,初期のテナガザル科とヒト科の系統は,以前に想定されていたよりも(多くの関係を持ちながら)ゆっくりと分岐した可能性がある.(MY,bb)
Miocene small-bodied ape from Eurasia sheds light on hominoid evolution (Science, this issue p. 10.1126/science.aab2625; see also p. 515)

リチウム空気電池の問題を解決する(Solving the problems with Li-air batteries)

リチウム空気電池は、電池のエネルギー密度の可能な理論限界に近づきつつある。重量あたりのエネルギー密度は、従来のリチウムイオン電池のおよそ10倍も高密度である。そして、自動車では、ガソリンエンジンと比肩しうる航続距離まで十分な動力を供給できるであろう。しかし、リチウム空気電池の設計は、これまで挑戦的な課題であった。Liuたちは、この残された挑戦課題を工夫して克服した。すなわち、彼らは、電極の不動態化を回避し、溶媒の低い安定性を逆にうまく利用し、過酸化物による致命的な問題を取り除き、無視できるほどの少ない劣化で高い出力を維持することに成功し、さらに、大気中水分を取り除くという問題さえも回避することができた。(Wt,KU,nk,kh)
Cycling Li-O2 batteries via LiOH formation and decomposition (Science, this issue p. 530)

岩盤の風化が丘を作る(Bedrock weathering runs to the hills)

岩盤の割れは岩石の土壌までの崩壊を推し進める.土壌は岩盤の変化過程の観察を困難にする.St. Clairたちは3次元応力モデルと地球物理学的測定と組み合わせ,岩盤の浸食速度が地形の変化を映し出していることを示した(Andersonによる展望記事参照).地震波反射断面および電磁断面は,岩盤の割れ密度地図の作成を可能にした.これらの断面は地表高の変化を反映し,こうして,岩と土壌の境界領域を研究する方法を提供している.(MY,kh)
【訳注】
・地震波反射断面:測定された弾性波の速度の地中分布を可視化した断面図のこと,土や岩盤の割れ箇所は速度が低下する
・電磁断面:測定された電気抵抗値の地中分布を可視化した断面図のこと,水のしみこみ箇所等では抵抗値が小さくなる
・(地球の) 境界領域:地表に近い環境であって, その中の岩石・土壌・水・空気と生命体を含む複雑な相互作用が, 自然な生息場所を調整し, 生命維持資源の入手可能性を決定する.
Geophysical imaging reveals topographic stress control of bedrock weathering (Science, this issue p. 534; see also p. 506)

導電性磁壁の可視化(Visualizing conducting domain walls)

金属が相転移を経て、絶縁性になるときに、時々磁気的秩序状態になることがある。多少の金属性は、磁壁と呼ばれている磁区の境界に沿って存続することは可能であるが、この問題を実験で直接取り扱うことは困難である。Maらはマイクロ波インピーダンス顕微鏡を用いて、低温磁性絶縁相における材料 Nd2Ir2O7のコンダクタンス分布を図にすることで、それを成し遂げた。磁壁は、高いコンダクタンス領域としてその画像中に明確に現れた。(hk,nk)
Mobile metallic domain walls in an all-in-all-out magnetic insulator (Science, this issue p. 538)

摩擦作用によるかゆみを制御する回路(A circuit controlling mechanical itch)

化学作用で引き起こされるかゆみの理解と手当について、かなりの進歩がなされてきた.しかしながら,摩擦作用で引き起こされたかゆみの原因となる機構については、ほとんど分かっていない.Bouraneたちは,ニューロ・ペプチド Yを発現する抑制性脊髄介在ニューロンの数を減らすことで,摩擦作用によるかゆみのモデルを作った.これはマウスに対し,摩擦作用で引き起こされるかゆみ類似の行動を選択的に増加させた.対照的に,化学作用で引き起こされるかゆみや疼痛の行動は影響されないままだった.(MY,kh)
【訳注】
・神経ペプチドY:36アミノ酸からなるペプチド神経伝達物質
・抑制性脊髄介在神経細胞:感覚神経から伝わった刺激を受け取り,刺激抑制性の神経伝達物質を運動神経に伝える脊髄中の神経細胞
Gate control of mechanical itch by a subpopulation of spinal cord interneurons (Science, this issue p. 550)

レトロウイルス広がりの拡大風景(A close up view of retrovirus spreading) |

ウイルス感染は通常、少数のウイルス粒子が組織の特定の部位で宿主に入ることから始まる。しかし、HIVのような全身感染症を引き起こすウイルスが、どうやってより広範囲に広がるのだろうか? Sewaldたちは、レトロウイルス・マウス白血病ウイルス (MLV)と HIVが、マウスのリンパ節内をどのようにして広がるかを可視化した (Hopeによる展望記事参照)。リンパ節においてリンパ流出腔に満ちている特異的マクロファージが、まず炭水化物・結合タンパク質 CD169を用いてウイルスを捕獲した。これらマクロファージが次に、そのウイルスを Bリンパ球の B1サブクラスに移動させ、この B1サブクラスがさらにリンパ節内を遊走し、ウイルスを更に広範囲に撒き散らした。(KU,nk)
Retroviruses use CD169-mediated trans-infection of permissive lymphocytes to establish infection (Science, this issue p. 563; see also p. 511)

肺炎治療中に「morfs」を抗凝固する(Anticoagulant "morfs" into pneumonia therapy)

肺炎は、肺の細胞死をもたらすことがあるが、感染が細胞生存率を減少させる機構は、未だ不明である。Zouたちは、あまりよく知られていないタンパク質である Morf4l1が、肺炎に罹ったマウスにおいて細胞死の引き金を引くことを見出した。Morf4l1(通常は短寿命のタンパク質である)の半減期は、肺炎の状況によって増加した。抗凝固薬アルガトロバンは、Morf4l1の有害な作用のみならず半減期の延長をも妨げ、結果として実験室で肺炎に罹ったマウスの生存を伸ばした。(KU,nk,kh)
Mortality factor 4 like 1 protein mediates epithelial cell death in a mouse model of pneumonia (Sci. Transl. Med. 7, 311ra171 (2015))

実験室と現場での推定値を比べる(Comparing lab and field estimates)

スイスの高校生と東ヨーロッパの季節労働者が、共通に持っているものはなんだろうか? 前者が教室で封筒に質問状を詰めることを課せられる時、そして後者が英国で果物をもぐために雇われる時、いずれも彼らの仲間がいる場合により頑張って働くということだ。HerbstとMasはこのような35の、制御された条件下で行われた実験もしくは現場で収集されたデータに基づく実証的研究の研究結果を再分析した(CharnessとFehrによる展望記事参照)。面白いことに、彼らはその波及効果の大きさを見出した。つまり、他の作業者がそばにいようといまいと、作業者はどの位、より一生懸命働くかどうかについては、同程度であった。(Uc,nk,kh,ok)
Peer effects on worker output in the laboratory generalize to the field (Science, this issue p. 545; see also p. 512)

素早い分娩を保証する、STAT!(Ensuring a speedy labor, STAT!)

羊膜は、胎児を取り囲む膜の一つである。羊膜中では、コルチゾールが酵素 COX-2の活性を増強し、この酵素は、分娩を可能にする、子宮平滑筋の変化の引き金を引くプロスタグランジンを産生する。Wangたちは、活発に仕事をしていた女性の満期産, あるいは帝王切開による分娩からの羊膜線維芽細胞を研究に用いた(ZannasとChrousosによる「焦点」記事参照)。彼らは、グルココルチコイド受容体が転写因子 STAT3と相互作用して、COX-2をコードする遺伝子の転写を促進し、コルチゾールによって誘発されるプロスタグランシン産生を増幅していることを発見した。(KF,nk,kh)
Phosphorylation of STAT3 mediates the induction of cyclooxygenase-2 by cortisol in the human amnion at parturition (Sci. Signal. 8, ra106 (2015))
Glucocorticoid signaling drives epigenetic and transcription factors to induce key regulators of human parturition (Sci. Signal. 8, fs19 (2015))

政策の設定,リスクの理解(Setting policy, knowing risks)

政策立案者は,提案された事業や政策のコスト,リスク,利点を評価するためにしばしば公的な分析を委託する.この方式は, 商業用原子力発電のリスク見積もりから,環境リスクの優先度設定,発電用技術の比較,処方薬の利点とリスクの比較検討まで多岐にわたる.米国では,すべての主要な連邦規制に対して分析が必要とされる.Fischhoffは, いかにそのような分析がこのプロセスに固有の科学的および倫理的な判断によって制限されるのか,またいかに分析を作りだす側とそれを使いたい側の協力が必要であるのかについて概説している.(MY,nk,kh)
The realities of risk-cost-benefit analysis (Science, this issue p. 10.1126/science.aaa6516)

染色体に蓋をする酵素複合体(Chromosome-capping enzyme complex)

テロメアは我々の染色体の末端に蓋をし、保護する。テロメラーゼ複合体は、テロメアDNA反復配列の維持を助けている。テロメラーゼは、一つの RNAといくつかのタンパク質サブユニットから成っている。Jiangたちは低温電子顕微法とX線結晶解析法を用いて、テトラヒメナ・テロメラーゼ複合体の構造を決定した。このテロメラーゼは3つの部分複合体から作られ、それらは、7つの既知のサブユニットに加えて従来知られていない2つのタンパク質サブユニットを含む。この構造はまた、テロメラーゼ触媒コア中の RNA成分の経路を明らかにする。(KF,nk,kh)
Structure of Tetrahymena telomerase reveals previously unknown subunits, functions, and interactions (Science, this issue p. 10.1126/science.aab4070)

冷却することで不規則性の効果を観測する(Cooling to see the effects of disorder)

強力な外部磁場中で、超電導体薄膜は一般には絶縁的になる。不規則性の存在が、この相転移に影響を与えることがある。理論家たちは、不規則性が、いわゆるグリフィス特異性(そこでは、系の振舞いが臨界磁場以上で形成される少数の超電導性の島によって決定される)を引き起こすと提案した。Xingらは、極低温にて計測された輸送データーの解析により、ガリウム薄膜中においてそのような特異性の徴候を観測した(Markovic による展望記事を参照)。この状況では熱揺らぎが系を均質化するほどに強くないため、このように希少な島の形成が可能となった。(NK,KU,nk,kh)
Quantum Griffiths singularity of superconductor-metal transition in Ga thin films (Science, this issue p. 542; see also p. 509)

脳構築のための回路(Circuits for brain building)

脳は、回路で構成されている。ChenとKriegsteinは、どのように特定の一つの回路が、発生中のマウスの脳と成熟したマウスの脳で異なって機能するかを分析した(Spitzerによる展望記事参照)。この回路は、脳の間脳を皮質に接続する。発生初期に、この回路は興奮性であり、それが接触する皮質ニューロンが、樹状突起とシナプスを作るやり方に影響を与える。その後、脳構築の基本部分がしかるべく収まった後、この回路は抑制性の機能に切り替わり、脳がてんかん様の活性に陥らないよう助けている。(KF,kh)
A GABAergic projection from the zona incerta to cortex promotes cortical neuron development (Science, this issue p. 554; see also p. 510)

大腸菌の利点(The benefits of Escherichia coli)

感染症や腸のダメージは、マウスにおいて重篤な筋の消耗や脂肪損失の引き金を引くことがある。どうしてそれが起きるかは、不十分にしか分かっていない。Palaferri Schieberたちは、彼らのマウスコロニー中に保護的な大腸菌系列を発見した。腸内にその大腸菌でコロニー形成され、かつ食中毒のサルモネラ菌あるいは肺の病原体 Burkholderiaで感染されたマウスは、やせ衰えることがなかった。その大腸菌を持たない、同様に感染されたマウスは致死状態になった。保護的な大腸菌は自然免疫機構を刺激し、筋・シグナル伝達経路が感染によってダメージを受けないよう守った。つまり、友好的な大腸菌は、その宿主が病原体に耐え、生き延びることを可能にした。(KF,KU,kh)
Disease tolerance mediated by microbiome E. coli involves inflammasome and IGF-1 signaling (Science, this issue p. 558)

ウイルス性癌遺伝子が宿主のタンパク質 STINGを除去する(Viral oncogenes remove the host's STING)

子宮頚癌の原因であるヒト・パピローマウイルス (HPV)のような、癌を引き起こすウイルスは、ヒト癌の12%の原因となる。ウイルスが癌を引き起こすことのできる一つの方法は、宿主内の腫瘍抑制タンパク質を標的にすることである。Lauたちは、DNA腫瘍ウイルスがまた、宿主の免疫系を妨害することを報告している。HPVとヒト・アデノウイルス由来の癌遺伝子は、タンパク質 STINGに結合した。このタンパク質は、細胞内 DNAを検知し、それに対して防御する cGAS・STING経路の主要成分である。このようにして、ウイルスは宿主の抗ウイルス性免疫を破壊して店開きし、アンラッキーな少数の人に対して、最終的に癌を引き起こす。(KU,nk)
DNA tumor virus oncogenes antagonize the cGAS-STING DNA-sensing pathway (Science, this issue p. 568)

バタフライ効果を逆転する(Reversing the butterfly effect)

1970年代に、「ブラジルにおける一匹のチョウの羽ばたきが、テキサスで大竜巻を起こすのか?」は、大衆の心に届く刺激的なセミナーの表題であった。その逆転とは何か? 気候変動がチョウの集団にどのような影響を与えているのだろうか? Palmeたちは、23種のチョウと131種のガの数に対する40年間の気候変動の影響をより明瞭に解析するために、予測先導役として分類種に注目することから分類群に注目する方法へと拡張した。英国全体に亙って、それぞれの種に属する虫の数の変化は、その半分以上が種毎に異なる気候への曝され方と種の気候感受性を反映していた。この発見は、チョウに関する気候変動の影響についての21世紀初めの仮説を見直す必要があることを示唆している。温暖化傾向から利益を得ると考えられた多くの種で、実際にはその種に属する虫の数が減少するだろう。(KU,nk,kh,ok)
【訳注】
・バタフライ効果:蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるという, カオス理論の予測困難性・初期値鋭敏性の標語的・寓意的表現
Individualistic sensitivities and exposure to climate change explain variation in species' distribution and abundance changes (Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1400220 (2015))
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