AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 6 2015, Vol.347


栄養素に蹴り飛ばされる炭素(Carbon kicked out by nutrients)

河川に過剰な栄養分が加わることによって、水生生態系からの炭素量の損失が生じる。窒素とリンが藻類の成長を活発化させ、藻類が陸上の炭素を吸収して、バイオマスを生成する。しかしながら、最終的にはそれ以上の炭素が大気に放出される。Rosemondたちは、米国における森林河川の水源において、数年間にわたる観測結果をモニタリングした。このような河川のうちいくつかは、いまやたくさんの河川や湖沼において一般的となっているレベルで付加された、過剰な窒素とリンを含んでいた。河川の生態系を正しく管理するためには、炭素損失と栄養汚染の両方を考慮にいれる必要がある。(Uc,KU,ok,kh,nk)
Experimental nutrient additions accelerate terrestrial carbon loss from stream ecosystems (Science, this issue p. 1142)

分子論的「ゴー」のシグナルが彼らの秘密を暴く(Molecular "go" signals reveal their secrets)

ケモカインとは、細胞が体内をどう動くかを指令するタンパク質である。例えば、ケモカインは、免疫細胞が侵入してきた病原体の位置を突き止めるのを助け、また免疫細胞が発生器官内部において確実に自らを正しい場所に位置決めするようにする。細胞は彼らの表面にあるGタンパク質結合受容体を通してケモカインを検出する;しかしながら、これらのタンパク質がどのように相互作用しているかという分子論的詳細は不明である(Standfussによる展望記事参照)。Qinたちは、ウイルスのケモカイン vMIP-IIに結合したケモカイン受容体 CXCR4の結晶構造を解明した。Burgたちは、CX3CL1のケモカイン領域に結合したウイルスのケモカイン受容体の結晶構造を解明した。幾つかの疾病におけるケモカインの役割を考えると、これらの結果はこれからの薬剤設計に役立つであろう。(KU,kh,nk)
Crystal structure of the chemokine receptor CXCR4 in complex with a viral chemokine (Science, this issue p. 1117; see also p. 1071)
Structural basis for chemokine recognition and activation of a viral G protein-coupled receptor (Science, this issue p. 1113; see also p. 1071)

明らかにされた脳細胞の多様性(Cellular diversity in the brain revealed)

哺乳類の脳には非常に沢山の細胞が存在する.そこには,かなりの異なる細胞型が存在するが,どれにせよ1つのカテゴリーに属する細胞の多くはよく似た見かけになる傾向があ.Zeiselたちは,マウスの脳細胞のトランスクリプトソーム【訳注】を分析し,見た目以上に多種類あることを示した.同じような種類の介在ニューロンが脳の異なる領域で見つかった.どれも同じクラスと思われた希突起膠細胞【訳注】が,その分子的特徴から半ダースのクラスに区別された.血管と関係する小膠細胞【訳注】は,よく似た血管周囲のマクロファージから区分された.こうして,その細胞中で発現する RNAによって、脳の複雑な解剖学的微小構造を明らかにすることが可能となった.(MY,kh,nk)
【訳注】
・トランスクリプトソーム:ゲノムから転写されるmRNAの総体で,同一ゲノムでも組織ごとに異なる総体となる
・希突起膠細胞:中枢神経系中に存在する神経膠細胞の1つで,ミエリン(髄鞘)形成に関与する
・小膠細胞:脳脊髄中に存在する神経膠細胞の1つで,マクロファージ同様の食作用を持ち,神経組織の病変の修復に関与する
Cell types in the mouse cortex and hippocampus revealed by single-cell RNA-seq (Science, this issue p. 1138)

雑音の量子的芸術に耳を傾ける(Listen to the quantum art of noise)

金属中の電子は微小な磁場を生じる熱雑音の影響を受けている。量子エレクトロニクスの応用にとって、そのような雑音や磁場は有害である。Kolkowitz たちは、ダイアモンド中の単一欠陥のスピン特性が、そのような雑音を調べるために使えることを示した。この発見は、どのように雑音が発生するのかについての洞察を提供し、それは高感度の量子エレクトロニクス回路における雑音の有害な影響を軽減する助けになるかもしれない。(Sk,kh,nk)
Probing Johnson noise and ballistic transport in normal metals with a single-spin qubit (Science, this issue p. 1129)

ハツカネズミと人間,そしてサルの脳(Of mice, men, and macaque brains)

ヒトの脳は独自の進化の軌跡を表現している.ヒトの脳がどうして今のようになったのかをより良く理解するため,Reillyたちは,マウス,サル,ヒト間での遺伝子発現の違いが何処にあるかを特定しようとした.彼らは,胚大脳皮質中での後成的な標識を比較し,これにより,大脳皮質の発生に関与する生物学的経路中での遺伝子制御がどう違うかが明らかとなった.(MY,kh,kh,nk)
Evolutionary changes in promoter and enhancer activity during human corticogenesis (Science, this issue p. 1155)

一つのものの光を四つ見つけ出す(Finding four for the light of one)

ものが二重に見えたら心配になる人もいるだろう。でも、四重に見えたら?それがまさに、天文学者たちが期待し続けていたことである。Kelly たちは、今回、宇宙望遠鏡の鋭敏な目を使って、同一の遠方の超新星の四つの像を検出した。超新星は、それと我々の間にあるもう一つの銀河の、はるか彼方に位置しているらせん銀河の腕の中から明るい光を放っている。この間にある銀河は、超新星やその宿主銀河からのひかりを屈曲させて、複数の像にするのに十分な質量を有している。この作用は時空の曲がりに依存しており、レンズの効果を果たしている銀河中の発光物質と暗黒物質に関する洞察を提供してくれるであろう。(Sk,kh,nk)
Multiple images of a highly magnified supernova formed by an early-type cluster galaxy lens (Science, this issue p. 1123)

ペンキ状の頑強な撥水性の塗膜(A robust paintlike repellent coating)

超疎水性材料は,しばしば特別な表面構造,あるいは皮膜処理に依存している.しかしながら,これらの表面は摩耗による損傷を受けたり,油状物質で汚れたりする.Luたちは,紙,布,ガラスを含むさまざまな硬い表面や柔らかい表面上へのスプレー塗布や浸漬塗布が可能な,表面処理された二酸化チタンナノ粒子の懸濁液を考案した.塗膜は,こすり,引っかき,表面汚染への耐性を示した.(MY,KU)
Robust self-cleaning surfaces that function when exposed to either air or oil (Science, this issue p. 1132)

政治的な選択は経済資本をもたらす(Political preferences provide economic capital)

民主的な政府がより長く続くことが経済成長に有利に働き,それがまた経済成長が民主主義を安定化させる.しかしながら,この関係は所与のものなのか? Fuchs-SchundelnとSchundelnは,100以上の国から20年以上に渡る個人レベルのデータを集めた.実際,民主主義制度で過ごした時間が長くなるにつれて,民主主義に対する支持は増加した.(MY)
On the endogeneity of political preferences: Evidence from individual experience with democracy (Science, this issue p. 1145)

中枢神経系(CNS)における免疫シグナルを解読する(Interpreting immune signals in the CNS)

実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)を有するマウスは、多発性硬化症のモデルを提供する。これらのマウスにおいて、炎症誘発性サイトカインインターロイキン17(IL-17)を分泌する Tヘルパー細胞のサブセットは、中枢神経系(CNS)に入り込む最初の免疫細胞の一つである。Huangらは、キナーゼ p38αが、EAEを有するマウスにおいて IL-17依存的シグナル伝達を仲介することを見出した(GaffenとMcGeachyによるフォーカス記事参照のこと)。疾病の症状は、アストロサイトなどの CNS細胞中で p38αの欠乏しているマウスで軽くなったが、p38αを抑制する脱リン酸酵素不足のマウスにおいて悪化した。(hk,KU)
【訳注】
・多発性硬化症:神経線維を覆っている髄鞘の障害により、脊髄等の神経中枢に発生する病気
Integrating p38α MAPK immune signals in nonimmune cells (Sci. Signal. 8, ra24; see also fs5 (2015))
Control of IL-17 receptor signaling and tissue inflammation by the p38αMKP-1 signaling axis in a mouse model of multiple sclerosis (Sci. Signal. 8, ra24; see also fs5 (2015))

免疫系が戦闘に備えるやり方(How the immune system readies for battle)

遺伝子発現は、RNAのレベルとタンパク質のレベルの双方で密に制御されているが、特に動的な応答の際の、個々の段階の定量的寄与はほとんど分かっていない。実際に、RNAのレベルの変化がタンパク質レベルの制御に実質的に寄与しているかどうかに関して多々議論がなされてきた。Jovanovicたちは、免疫学的樹状細胞の刺激の際にタンパク質発現差の時間的挙動に関するゲノムスケールのモデルを構築した(Li and Bigginによる展望記事参照)。新たに刺激された機能には、特異的な RNAの発現上昇と、それに伴なってそれらの RNAがコードしているタンパク質レベルの増加を含んでいた。一方、必須の機能は、タンパク質のレベルにおいて転写後に制御されていた。(KU,ok,kh,nk)
Dynamic profiling of the protein life cycle in response to pathogens (Science, this issue 10.1126/science.1259038; see also p. 1066)

爆発する星と逃げ出す星と(Stars that blow up and bug out)

恒星が銀河系外に逃げ去るような速さで移動する時は、そのスリングショット機構の原因として、しばしば銀河中心にある超大質量ブラックホールに目が向けられる。しかしながら、すくなとも一つの超高速度星にとっては、銀河中心が原因ではない。Geierたちは、小型のヘリウム星である US 708の軌道を遡り、ある連星系に別の原因があると推測している。このシナリオでは、US 708は、連星系の相方のタイプ Ia 超新星への物質供給の役割を果たしており、そして、この超新星は、US708を銀河系からの放出に十分なほどの速度で振り回していた。この星の風変わりな過去を知ることで、それ固有の来歴とともに、すべてのタイプIa 超新星の特性について知ることができる。(Wt,kh,nk)
The fastest unbound star in our Galaxy ejected by a thermonuclear supernova (Science, this issue p. 1126)

単一のタンパク質分光(Single-protein spectroscopy)

ダイヤモンドにおける単一の窒素空孔(NV)中心のスピンは、非常に感度の高い磁場センサーである。Shiらは NV中心を用いて、大気圧下で電子スピン共鳴による窒素酸化物で標識されたタンパク質の検出に成功した。電子と窒素スピンとの間の相互作用の強さと超微細な相互作用の詳細情報から、スピン標識とNV中心との相対的位置関係と配向が明らかになった。この発見は、ダイヤモンド表面上のタンパク質の動的な挙動も明らかにしている。(NK,KU,ok)
Single-protein spin resonance spectroscopy under ambient conditions (Science, this issue p. 1135; see also p. 1072)

GETを正しい膜に入れる方法(How to GET to the right membrane)

疎水性の膜貫通領域(TMD)をもつ膜タンパク質は、実質上細胞生理のすべての面で決定的役割を果たしている。サイトゾル中で合成された後で、このTMDは正しい膜を標的として、そこに挿入されないといけない。GET経路というのは、真核生物すべてにわたって保存された小胞体への2つのターゲティング(targeting)経路のうちの一つである。中心的なターゲティング因子 Get3がどのようにして TMDを認識し、それが膜にうまく挿入されてしまうまで凝集しないよう防いでいるのか、明きらかでない。このたび、Matejaたちは、機能的ターゲティング複合体が、単一の TMDに結びついたGet3二量体からなることを示している。らせん状の疎水性 TMDは、Get3二量体の大きな疎水性溝の奥深くに結合する。この溝はTMD結合の際にわずかに閉じることで、溝の口にかぶさる動的な蓋を形成している。(KF)
Structure of the Get3 targeting factor in complex with its membrane protein cargo (Science, this issue p. 1152)

太陽系外惑星での生命体の兆候に関する探索(The search for signatures of life on exoplanets)

太陽系外惑星における生命の存在性を示す化学的特徴に関して地球中心的な見方("terracentric" view)は素朴に過ぎるかも知れない。太陽系外惑星に関して現在の我々のレベルは、それらをただ同定していくというよりもそれらの特徴付けを行う初期段階にあることから、これら遠い世界の生命体の確実な証拠を探すための最も良い方法は何かという疑問が生じる。 Seager and Bainsは、惑星大気における生物学的兆候の研究における現在の理論と今後の機会を報告している。彼らは、地球上での生物活動に特徴的なものよりも、広範囲の低分子揮発性化合物に対する探索が、今後よりベターな方法となるであろうと主張している。(KU,kh,nk)
(Sci. Adv. 10.1126/sciadv.15 00047 (2015))

核膜孔の被膜のクローズアップ(A closeup view of the nuclear pore's coat)

細胞質と核の間の交通を仲介する核膜孔複合体(NPC)の正確な分子構造は、この細胞内構造のサイズと複雑さのせいで、確かめるのが難しかった。このたび、Stuweたちは、遺伝子工学的に作られた抗体断片存在下で出芽酵母の、ほぼ400-キロダルトンの大きさの無傷の被覆ヌクレオポリン複合体(coat nucleoporin complex:CNC)の結晶構造を記述している。この結晶構造をヒト NPCの断層撮影法による再構築結果に結び付けると、4つの積み重なったリング内に CNCのコピー32個が配列されていることが確認され、高次オリゴマー形成の詳細が原子に近いレベルで明らかになった。(KF,KU)
【訳注】
・ヌクレオポリン:核膜孔複合体を形成するタンパク質の総称
Architecture of the nuclear pore complex coat (Science, this issue p. 1148)

抗うつ薬を心臓にも与えてみる(Taking antidepressants to heart)

薬剤の転用(repurposing)、すなわち既に食品医薬品局(FDA)に認可されている薬剤を新たな病気に用いることは、お金と時間の節約につながる。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)である、抗うつ薬パロキセチンはまた、心不全に寄与する酵素 GRK2も抑制する。Schumacherたちはこのたび、パロキセチンが、マウスの心筋梗塞後に見られた心臓損傷を妨げ、あるいは逆転させることを報告している。そうした効果はその SSRIの作用とは別ものであって、既に心不全の治療に用いられてきたβアドレナリン受容体遮断薬によって増強される。(KF)
Paroxetine-mediated GRK2 inhibition reverses cardiac dysfunction and remodeling after myocardial infarction (Sci. Transl. Med. 7, 277ra31 (2015))

抗生物質耐性に対抗する(Countering antibiotic resistance)

病気の原因となる多くの細菌は、一つ或いはより多くの抗生物質に対して耐性をもち、それが治療を難しくしている。しかし、現在新たな抗生物質が薬剤として利用が認められることはほとんどない。展望記事において、Perrosは、グラム陰性菌の基礎的特徴をよりよく理解することが、新たな抗生物質の開発にとって、とりわけ重要であると論じている。迅速診断法の進展は、患者を適切な薬物療法で処置することを助けているし、大いに標的化された抗生物質の開発の助けにもなる。第2の展望記事で、Bakerは、低所得国において、どのようにして抗生物質耐性が日常の現実となっていったかを時間を追って記述している。たとえば、腸チフスの原因となる細菌における薬剤抵抗性は広まり過ぎて、抗生物質以前の時代の状況に戻るかも知れない。新たな薬剤があれば助けになるが、抗生物質の利用法を大きく変えることがなければ、その効果は短期間にとどまるだろう。(KF,kh,nk)
A sustainable model for antibiotics (Science, this issue p. 1062)
A return to the pre-antimicrobial era? (Science, this issue p. 1064)
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