AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 27 2015, Vol.347


植物の防御が害虫の防御を回避する(Bypassing a plant's defense for pest defense)

コロラドジャガイモカブトムシ(Colorado potato beetles)は、ジャガイモの葉を食べて、作物の収量を台無しにする。そのカブトムシは耐性を進化させているので、ますます殺虫剤が役立たずになる。Zhangたちは RNA干渉を用いて、このカブトムシを殺した(Whyardによる展望記事参照)。目的を達するには、植物自身の RNA管理機構を避けるために二本鎖 RNAの産生を色素体に移す必要があった。そうすると、昆虫自身の RNA干渉機構が、ありふれてはいても不可欠な二つの遺伝子を不活性化した。(KU,kh)
Full crop protection from an insect pest by expression of long double-stranded RNAs in plastids (Science, this issue p. 991; see also p. 950)

交配の栓がマラリア原虫の成長を促進する(Mating plugs promote malaria parasites)

ある種のマラリア媒介蚊のオスは、交尾後にメスに栓をして、後からやってきたオスが交配するのを妨げる。この交配の栓は、またメスの子宮内にステロイドホルモンを送り込む。このホルモンのパルスが卵の産生を促し、そして産卵を刺激する。それは、また蚊の免疫応答を抑制し、マラリアのような原虫が邪魔されずに育つことが可能となる。Mitchellたちは、栓が最近の進化の上で獲得されたものであることを発見した(Alonzoによる展望記事参照)。南アメリカのハマダラカはこのような栓を全く欠いているが、一方アフリカとインドの種はホルモンに満ちた複雑な栓を持っている。最も精巧な蚊の栓が、またマラリア感染率が最も高い地域で見出されているということには、それなりの必然性がある。(KU,ok,kh,nk)
Evolution of sexual traits influencing vectorial capacity in anopheline mosquitoes (Science, this issue p. 985; see also p. 948)

COの酸化を捕まえる(Catching CO oxidation)

ルテニウムの表面に吸着された一酸化炭素(CO)がCO2に酸化される際に形成される遷移状態の詳細が、超高速に励起して精査する方法によって明らかにされてきた。Ostrom たちは、表面を急速に加熱するレーザーパルスにより、CO と吸着酸素原子との反応を開始した後、酸素のX線吸収分光を用いて電子構造の変化を調べた。彼らは、密度汎関数理論と量子振動子モデルと整合する、遷移状態の立体配置を観察した。(Wt,KU,ok,kh)
Probing the transition state region in catalytic CO oxidation on Ru (Science, this issue p. 978)

ねじって構造化した光(Light with twist and structure)

メビウスの帯は、単一の面だけで構成される三次元構造である。紙の輪をハサミで切断し、ねじりを加え、紙の端をもう一度つなぎ合わせることで容易に作ることができるが、これらの構造は位相数学および幾何学の観点で興味深い数学的特性を有している。Bauerたちは液晶を用いて、レーザービームの波面を操作し、光ビームの偏光特性を実際に「切り取ってねじる」ことにより、メビウスの帯の光学バージョンを作成した。(Sk,kh)
Observation of optical polarization Mobius strips (Science, this issue p. 964)

温暖化の停滞の終わりが近づいている?(Is the end of the warming hiatus nigh?)

最近の気候変動のうちどれが温暖化ガス排出によって生じているものなのか、そして気候システムの自然変動はどの程度だったのだろうか? Steinmanたちは、観察結果と数多く集めた気候モデルを組み合わせて、北半球の気候を過去150年間にわたって評価した(Boothによる展望記事参照)。その期間におけるいくつもの時点のおいて、太平洋の十年規模振動と大西洋の数十年規模振動は、気温のトレンドを生じさせるような特別大きな役割を担っていた。それらの影響が組み合わさることによって、温暖化の「停滞」として知られている、21世紀初頭から始まっている温暖化の見かけ上の休止状態が引き起こされている。近い将来に気温が上昇傾向を再び取り戻すので、この休止状態は終わることが予測されている。(Uc,KUkh)
Atlantic and Pacific multidecadal oscillations and Northern Hemisphere temperatures (Science, this issue p. 988; see also p. 952)

イギリスへの小麦の初期の移動(Early wheat movement into Britain)

イギリスとヨーロッパにおける新石器時代への移行は,人々の暮らしの狩猟採集から農耕への変化により特徴づけられていた.しかしながら,この移行の初期段階は十分には分かっていない.Smithたちは,新石器時代以降ずっと水面下にあった8000年前の遺跡の考古学的遺物を調べた(Larsonによる展望記事参照).見つかったものの中に,イギリスで確認された最初の農耕より2000年前の小麦(あるいは小麦の近縁種)の証拠が含まれている.交易が農耕の採用に先行したのかもしれない.(MY,kh)
Sedimentary DNA from a submerged site reveals wheat in the British Isles 8000 years ago (Science, this issue p. 998; see also p. 945)

粘液:大事なのは質だ(Mucus: It's the quality that counts)

嚢胞性線維症(CF)や他の肺疾患を患う患者では,気道の粘液が伸縮性に富んだもちもち状になり、取り除くのが大変困難になり,気道閉塞や肺感染症に至ってしまう.今回,Yuanたちは,CF患者の粘液の生物物理的特性が、白血球一つである好中球の酸化ストレスのために変化していることを示している.この対策として,彼らは,チオール修飾された炭化水素とムチンジスルフィドとの架橋結合を標的とし,CF患者の痰に対して活性な即効性の粘液溶解薬を作った.彼らの発見は,CFおよび関連する炎症性肺疾患を処置する治療方法としての粘液溶解薬の使用を後押しするものである.(MY,KU,nk)
Oxidation increases mucin polymer cross-links to stiffen airway mucus gels (Sci. Transl. Med. 7, 276ra27 (2015))

燃料電池技術用の無金属触媒(Metal-free catalysts for fuel cell technology)

近年,アルカリ燃料電池用途に無金属触媒が作られてきた.Daiたちは,酸性の高分子電解質膜を用いた燃料電池(燃料電池の主流技術)に無金属触媒を用いることに成功した.この実用的な燃料電池で,窒素ドープしたカーボンナノチューブとそのグラフェン組成物により,酸素が触媒還元された.カーボンに基づく触媒は,活性および耐久性とも優れた結果を示し,金属ベースの触媒に対する安価な代替えとなる.このような取り組みは,燃料電池の製造コストを劇的に下げる可能性を秘めており,燃料電池の商用化への扉を開くことになるであろう。(MY,ok,nk)
N-doped carbon nanomaterials are durable catalysts for oxygen reduction reaction in acidic fuel cells(Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1400129 (2015))

細胞中にエボラウイルスの侵入を導く(Channeling Ebola virus entry into the cell)

西アフリカにおけるエボラウイルスの最近の激増により、抗ウイルス療法の必要性に注目が集まっている。戦略の一つは、宿主細胞に入り込むエボラウイルスの能力を阻止する事であろう。細胞はエボラウイルスの粒子を飲み込み、それが次にエンドソームと呼ばれる構造の中に入って細胞内に移動する。Sakuraiたちは、エボラウイルスがうまく侵入するためには、エンドソーム膜の二つのポアチャネル(two-pore channels:TPC)と呼ばれるカルシウムチャネルを必要としていることを報告している(Falzarano and Feldmannによる展望記事参照)。エボラウイルスは、TPCを欠いた細胞や、あるいは TPC阻害剤で処理された細胞に入ることができなかった。TPCを治療的に阻止することで、マウスの50%が通常なら致死的なエボラウイルスの感染症を生き残ることができた。(KU,nk)
Two-pore channels control Ebola virus host cell entry and are drug targets for disease treatment (Science, this issue p. 995; see also p. 947)

システムに基づく解を求める(Seeking systems-based solutions)

持続可能な解決策が無ければ、世界で最も急を要する環境問題は現状固執か、さもなければ悪化するであろう。持続可能性という目標を達成するには、経済学から生態学に至るあまりに多くのファクターが関与しており、一つの、またはいくつかの可変因子を同時に、研究した場合でさえも、その問題の主要な部分を、しばしば見過ごしたりする。Liuたちは、持続可能性を評価する筋道の立った方法を提供し始めている、システム解析に基づく研究をまとめて紹介した。ある一つの解決が予期せぬ結果をどのようにして作り出すのかを含めて、多次元にまたがるある問題に関して、人間と自然が結合した(システム[註]の)構成要素をさらに統合することが、地球規模での持続可能性を求める、有効な政策を開発するのに必須である。(KU,ok,kh,nk)
【註]
・ここでいうシステムとは、たとえば、社会的な生態システムや人間環境システムを指す
Systems integration for global sustainability (Science, this issue 10.1126/science.1258832)

ショック!宇宙での粒子加速(Shocking! Particle accelerators in space)

荷電粒子の高エネルギーへの加速現象は、プラズマ物理に基づく幾つかの競合する理論が存在し、長年に渡り不可解な課題とされてきた。多くの理論は乱流(turbulence)を考慮しているが、その役割は理論によって様々である。例えば、衝撃理論においては不安定な衝撃層から発生する乱流の重要性に重点を置き、一方で乱流再結合理論においては複数の再結合サイトの相互作用に重点を置いている。Matsumotoらは、高速な非相対論的衝撃の転移層において、電子がどのように加速されるのかを大規模 PIC (particle-in-cell) シミュレーションにより検討している(JiとZweibelの展望記事参照)。驚くべきことに、彼らは、衝撃が十分に強力な時、荷電粒子(このケースでは電子)は多層構造からなる乱流衝撃層内の乱流再結合によって加速されていることを見いだした。(NK,KU,nk)
Stochastic electron acceleration during spontaneous turbulent reconnection in a strong shock wave (Science, this issue p. 974; see also p. 944)

プロモーターとエンハンサーの挙動を解明する(Uncaging promoter and enhancer dynamics)

細胞の分化を理解するには、遺伝子発現の制御のタイミングを理解することが重要である。Arnerたちは遺伝子発現のキャップ解析(cap analysis of gene expression :CAGE)を用いて、多くのヒトとマウスの細胞型における遺伝子エンハンサーとプロモーターの活性を解析した。エンハンサーのRNAが最初に転写され、その後に転写制御因子のRNAが転写され、そして最後に転写制御因子でない遺伝子が転写される。(KU,nk)
【脚注】
・プロモーター:DNA上でRNAポリメラーゼの結合領域で、そこから転写が始まる
・エンハンサー:増強構造、DNA上で遺伝子の転写速度を高めるが、プロモーター活性をもたない塩基配列
Transcribed enhancers lead waves of coordinated transcription in transitioning mammalian cells (Science, this issue p. 1010)

小型の駆動装置をより効果的にする(Making small actuators more effective)

液晶分子は、外部電界に応じて局所的に配向する。長鎖の液晶分子を互いに架橋させると、局所的配向の変化により大きな体積変化を引き起こすことが可能である。Ware たちは、平面から三次元構造にその形状を変化させることが可能な、効率的な微小駆動装置を作成した(Verduzco による展望記事参照)。それぞれの体積要素内の液晶分子が異なる好ましい向きとなるようにパターン形成することにより、彼らは体積変化の微調整に成功した。(Sk,kh,nk)
【訳注】
・体積要素:最小単位の立体
Voxelated liquid crystal elastomers (Science, this issue p. 982; see also p. 949)

mRNA修飾が多能性を制御する(mRNA modification regulates pluripotency)

幹細胞が胚性の多能性状態から特定系列の細胞に向けて進んでいく際、分子スイッチが細胞多能性を維持する転写制御因子ネットワークを破壊する。Geulaたちはこのたび、多能性因子の転写物上に存在するメッセンジャーRNA(mRNA)の修飾化合物、N6-メチルアデノシン (m6A)が、この遷移を駆動していることを示した。メチル化が mRNA転写物を不安定化し、その翻訳効率を制約し、それによって、本来の多能性のタイムリーな消滅が促進される。この m6Aメチル化は哺乳類の発生においても決定的であつた。(KF,kh)
m6A mRNA methylation facilitates resolution of naive pluripotency toward differentiation (Science, this issue p. 1002)

偽りのプロモータの下流効果(The downstream effects of false promotion)

染色体の端にある特殊な DNA配列は、テロメアと呼ばれ、テロメラーゼという名のそれ専用の酵素によって補充される。ヒトの腫瘍のサブセットは、テロメラーゼのサブユニットをコードしている TERT遺伝子のプロモータ領域に変異を持っている。Borahたちは、尿路上皮(尿路)癌から得られた細胞中の TERTプロモータ変異の下流の効果を探求した。その変異は、異常に高レベルの TERT mRNAや TERTタンパク質及びテロメラーゼ活性と、そしてより長いテロメアに関連していた。臨床サンプルを使った小規模な研究で、TERT mRNAの高レベルがより攻撃的な尿路上皮癌のマーカーでありことが示唆された。(KF,nk)
TERT promoter mutations and telomerase reactivation in urothelial cancer (Science, this issue p. 1006)

抑制された遺伝子は抑圧されたままに(Keeping repressed genes repressed)

Hox遺伝子は細胞と組織にそれらの位置固有性を与える。Hox遺伝子発現の空間パターンを正確に維持することは、後生動物発生の際にきわめて重大である。転写制御因子 CTCFが、染色質構築の制御に関与している。Narendraたちは、CTCFタンパク質結合部位が、活動的な Hox遺伝子発現領域と抑制されたHox遺伝子発現領域を、お互いに隔離されていることを 示した。これが、異質染色質を含む抑制された Hox遺伝子を、活動的な染色質の浸食的な伝播から保護している。CTCFタンパク質は活動的および抑制された染色質領域を組織化して、別々の構造的領域にしているらしい。(KF,kh)
CTCF establishes discrete functional chromatin domains at the Hox clusters during differentiation (Science, this issue p. 1017)

なくした鞭毛を取り戻す(Losing and then regaining flagella)

遺伝子制御因子の機能の変化に順応する能力は、構造遺伝子の場合とは違って、進化的変化の重大な側面である。Taylorたちは、蛍光菌(Pseudomonas fluorescens)における鞭毛形成の中心的制御因子を変異させた。彼らは次に、変異した鞭毛のない菌を移動能力を回復させるように強い淘汰圧の下に置いた。変異した細菌は、失われた鞭毛と、それによる移動能力を4日以内に回復した。2つのステレオタイプの変異が進化的に関連した制御因子を転換し、これが正常な窒素取り込みを制御して、鞭毛生合成を制している。この変異は選ばれた制御因子のレベルを増加させ、次いで、鞭毛経路に向けてのその特異性を変化させた。(KF,KU,kh)
Evolutionary resurrection of flagellar motility via rewiring of the nitrogen regulation system (Science, this issue p. 1014)

炎症を減らす痒み(Itching to reduce inflammation)

キナーゼ p38は、多様な炎症性皮膚障害において活性化されるが、p38活性をブロックする薬剤は毒性をもたらすことがある。E3ユビキチンリガーゼ Itchを欠くマウスは、皮膚が痒くなる。Theivanthiranたちは、それらマウスにおける p38の αアイソフォームを研究した。Itchを欠くマウスの皮膚細胞は、より多くの活性 p38αとより高レベルの p38α結合タンパク質 Tab1をもっていた。正常なマウスから得られた皮膚細胞では、Tab1は Itchによる分解の標的とされる。Itchを欠くマウスの皮膚炎は、Tab1-p38αの相互作用をブロックするペプチドの注入後に減少したが、これは炎症性障害における p38αを標的とする新たな代替案を示唆している。(KF)
The E3 ubiquitin ligase Itch inhibits p38α signaling and skin inflammation through the ubiquitylation of Tab1 (Sci. Signal. 8, ra22 (2015))

ペロブスカイト中での平衡のとれた電荷担体の拡散(Balanced carrier diffusion in perovskites)

有機-無機ペロブスカイトに基づく太陽電池の効率的な動作のためには、正と負の電荷担体が長距離にわたり、平衡をとって輸送される必要がある。Dongたちはトップシード溶液成長法を用いて、三ハロゲン化有機鉛ペロブスカイト:CH3NH3PbI3 のミリメータースケールの単結晶を得た。かすかな光照明の下での電子とホールの拡散距離は3mmを超え、たっぷりの太陽光照明の下でも175μmを超えた。(Sk,kh)
【訳注】
・トップシード溶液成長法:原料組成物を溶解した高温溶液表面から種結晶を接触させ、種結晶を回転させながら溶液を徐冷し、過飽和状態として種結晶上に単結晶を成長させる方法
Electron-hole diffusion lengths > 175μm in solution-grown CH3NH3PbI3 single crystals (Science, this issue p. 967)

炭素から作られた高耐久性触媒(An enduring catalyst built from carbon)

水を,その組成元素である水素と酸素に分解するのに,通常は金属触媒の助けが必要である.今回,Liuたちは,炭素と窒素から構成された無金属の混成物質が,かなりの領域の可視光を利用して,単独で水分解反応を促進できることを示した.この光触媒は,水を水素と過酸化物に分解することで知られているある物質(C3N4)に,過酸化物が第一物質を損傷してしまう前に過酸化物を分解するもう一つの物質(CDot)と組み合わせた.太陽エネルギー貯蔵構想で類似体を最適化して実際に実用化していく上で,この混成体の頑強な安定性は良い前触れとなる.(MY,kh)
Metal-free efficient photocatalyst for stable visible water splitting via a two-electron pathway (Science, this issue p. 970)
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