AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 24 2012, Vol.335


永続的耐性(Enduring Tolerance)

宿主生物は感染している間、複数の防御戦略を展開している。病害抵抗性、つまり免疫系が病原体負荷を減らすプロセスは、恐らくもっとも良く知られおり、また確かに最も良く研究されかつ理解されているメカニズムである。他の防御戦略は、病原体回避から病原体-誘発細胞組織損傷に対する耐性と全体的な病原体負荷に対する抵抗性まで範囲が広い。Medzhitovたち(p. 936)は、耐性の概念をレビューし、特に動物において、それが宿主防御に関して見過ごされたきたメカニズムであることを示唆している。(hk,KU,nk,ok)
Disease Tolerance as a Defense Strategy

グラフェントランジスタのためのトンネル障壁(Tunnel Barriers for Graphene Transistors)

集積回路においてトランジスタ作用を実現するためには、ゲート材料が高い電荷キャリア移動度を有するとともに、デバイスがスイッチオフの状態で電力を浪費しないような効果的な電流障壁の手段も必要である。グラフェンは高い電荷移動度を示すが、伝導帯と価電子帯の形が電子のトンネル効果を許すもので、「オフ」状態で低電流を達成するのは困難であった。Britnell たち (p. 947, 2月2日電子版) は、層状材料である六方晶系の窒化ホウ素か二硫化モリブデンのどちらかからの薄いトンネル障壁を作り、それをグラフェンシート間に挟み込んだ形の電界効果型トランジスタを作り上げた。これらのデバイスは、室温でのオン・オフのスイッチング比として、二つの材料それぞれに対し、50 および10,000 の値を示している。(Wt,KU)
Field-Effect Tunneling Transistor Based on Vertical Graphene Heterostructures

パラ結晶(Paracrystalline)

アモルファスシリコンは、これまで連続したランダムなネットワークモデルを基に研究が行われてきた。ランダムネットワークモデルでは、原子の長距離規則性は無く、いくつかの原子は欠陥の一種であるダングリングボンドを形成する4回転対称以下の配位を有するとされている。TreacyとBorisenkoは(p.950;Gibsonの展望記事参照)ゆらぎ電子顕微鏡を用いて、局所的な構造の違いがあることを明らかにし、この測定結果を解釈するためにはモデル中に結晶規則性を考慮する必要があると報告している。具体的には、1〜2ナノメートルスケールの局所的に結晶構造領域を有するパラ結晶構造を導入すべきであるとしている。(NK)
The Local Structure of Amorphous Silicon

温暖化と体の縮小(Warming and Shrinking)

ほとんどの哺乳類では、個体のサイズは、温暖な地域ほど小さく、寒冷な地域ほど大きくなる傾向にある。Secord たちは(p.959; Smith による展望記事参照)、体のサイズの変化を見るために、過去の気候変化(暁新世・始新世境界温暖化極大期)の間に堆積したウマ類の化石の、きめ細かな175,000年間の記録を調べた。同時代の哺乳動物種の歯から採取された酸素同位体を用いて当時の環境温度を突き止めることで、温暖化していた130,000年間にウマ類の体のサイズの明らかな減少が生じ、その後その期間の終わりに気候が寒冷化するのに伴い、明らかな増大が生じたことがわかった。これらの結果は、過去において温度が直接、体のサイズに影響したことを、そして我々の現在の気候変化においても影響し続けている可能性を示している。(Sk,KU)
Evolution of the Earliest Horses Driven by Climate Change in the Paleocene-Eocene Thermal Maximum

どんなに乾いていたか(How Dry They Were)

降雨量の不足は、古代マヤ文明の崩壊にどれほど寄与したであろうか? Medina-Elizalde と Rohling は(p.956)、3つの湖の記録とユカタン半島の石筍を分析し、その地域が西暦800年から1000年の間に受けた降雨量の変化を定量化した。この期間には10年に達するほどの日照りが偶発的に生じ、文明が没落した200年間に合計40%も減少した。たぶん、それは夏期の台風による降雨量の減少の結果である。この発見は、ある気象モデルから予想される、降雨量のわずかな減少に対するこの地域の過敏さに脚光を当てる。(Sk,nk)
Collapse of Classic Maya Civilization Related to Modest Reduction in Precipitation

経費の支払い(Cashing Up)

開発途上経済圏の小ビジネスは、現金あるいは、資産や原材料のような資本の投入によって利益を得て、その結果が瞬時的な効果として表われるのか、あるいは、持続的な拡大になるのだろうか?De Mel たち(p. 962)は、スリランカのビジネス所有者(事業主)をランダムに抽出し、これに対して1回きりの現金や資本を融通し、5年後にビジネスがどうなっているかを調べた。所有者が男性である場合は、企業は生き延びてより高い利益を出す傾向が高いが、他方、女性のビジネス所有者の場合は顕著な効果は見られなかった。著者たちは、ビジネス所有者が男性の場合、資本移転された資本はビジネスの成長に利用され、女性所有者の場合は現金流出(cashed-out)が増え、そして家計用に転用される傾向が強いと述べている。(Ej,KU,ok)
One-Time Transfers of Cash or Capital Have Long-Lasting Effects on Microenterprises in Sri Lanka

繊毛病を識別する(Distinguishing Ciliopathy)

繊毛は、かって進化上の残遺物であると考えられてきたが、しかしその構造的欠損がシグナル経路やジュベール症候群(Jpubert syndrome)と言ったヒト疾患において重要なことが明らかになった。遺伝子TMEM138及びTMEM216のいずれかが表現型的に識別不能な繊毛病の患者で変異していることが見出されている。興味深いことに、配列相同性の欠如にもかかわらず、これらの遺伝子は脊椎動物の進化の際に、常に頭部-尾部の配置で整列していた。これらの遺伝子により発現したタンパク質は、異なる繋ぎ止められた小胞を標的にし、この小胞が繊毛組立のために繊毛タンパク質を別々に運んでいる。Leeたち(p. 966,1月26日号電子版;Chakravarti and Kapoorによる展望記事参照)は、これら隣接した遺伝子の協調した発現が、非翻訳遺伝子間領域における共進化した調節エレメントに依存しており、このエレメントが二つの遺伝子産物の役割を統合していることを示している。この発見は、患者の遺伝子型の識別不能な病変形性を説明するだけでなく、配列に無関係な遺伝子の進化的クラスター形成が発現と機能の協調したコントロールとどのように関係しているかを説明するものである。(KU)
Evolutionarily Assembled cis-Regulatory Module at a Human Ciliopathy Locus

発生における細胞死(Death for Development)

細胞死は、組織の彫り込み(足や手の5本指各々の隙間をあける)のためだけでなく、動物発生や嚢胚形成(gastrulation)のためにも重要である。ある種の無脊椎動物では細胞死にはアポトーシスが必須であるが、マウスの場合、アポトーシスをもたらすキーとなるアポトーシスエフェクターが無くても、マウスは若干の欠陥を示したが、大人へと成長した。この驚くべき観察結果は、Blum たち(p. 970; Link と Saldiによる展望記事参照)の研究に刺激を与えた。彼らは、線虫カエノラブディティス・ エレガンスのポリグルタミン反復タンパク質によって仲介される、非アポトーシス性の発生上の細胞死プロセス(developmental cell death)を発見した。この細胞死の形式は脊椎動物の発生の際生じる細胞死、特にポリグルタミン依存性の神経変性(neurodegeneration)に伴う細胞死に形態学的に類似している。(TO,KU,nk,ok)
Control of Nonapoptotic Developmental Cell Death in Caenorhabditis elegans by a Polyglutamine-Repeat Protein

ネットワークのネットワーク(Networks of Networks)

食物網(food web)で代表される定量的ネットワークは、生態学的コミュニティーの構造を調査する重要な方法であった。しかし、これまで生物種の小さな部分集合しか取り込むことができない。Pocock たち(p. 973)は、生態ネットワークの7つの異なるタイプを関係付け、ネットワークのネットワークを形成した。彼らは、ネットワークが種の消失に対する頑強性(robustness)の面で異なるが、ネットワークは強く共変動(co-vary)しないこと、すなわちあるネットワークで起こることは、他のネットワークで起こることと関係がない ことを発見した。調査研究されたネットワークは、英国南西部における農業生態系から見つけだされ、生息環境(habitat)において生物多様性がかなり悪化していた。この研究は、農業生態系や他の系における生態的機能の修復のために、どの種が潜在的なターゲットなのかを明らかにした点で成功を収めている。(TO,KU,ok)
The Robustness and Restoration of a Network of Ecological Networks

飛んで行った(Winging It)

種間での多様な表現型を説明する遺伝子は、ほんの少しのモデル生物で同定されているに過ぎないため、表現型の多様性に関する遺伝学の展望や理解に制約がある。スズメバチ、Nasonia、の翅の大きさの表現型の多様性に関する研究において、Loehlin and Werren (p. 943)は2種の近縁種間の形態学的差を遺伝子学的に同定し、そして調節エレメントの変化が如何に進化して、単一遺伝子である、不対様(unpaired-like:upd-like)(機能的に保存されたシグナル伝達遺伝子)の発現を変えたかを示した。全体として、比較的急速だが小規模な変化を通して、顕著な形態的変化が行なわれたことが明らかになった。(Ej,KU)
Evolution of Shape by Multiple Regulatory Changes to a Growth Gene

ほんの一瞬のホールディング(A Fraction of Folding)

タンパク質がフォールド(折り畳み)状態とアンフォールド(開いた)状態の間で相変態する際に、エネルギー障壁を乗り越えなければならない。分子ダイナミックシミュレーションでは、トータルのフォールディング時間のごく僅かの時間、1マイクロ秒以下の障壁交差時間という鋭い転移が観測されている;しかしながら、しかしこれまで、単一分子の実験でこの時間幅に到達することは不可能であった。Chungたち(p. 981)は、高速にフォールディングするタンパク質に対して転位経路の時間測定が可能な、そしてゆっくりフォールディングするタンパク質にはその上限を下げることが可能な単一分子蛍光実験に関して記述している。フォールディング速度は10,000倍ほど異なるが、転位経路時間は5倍以下異なるだけで、その説明にはエネルギー地形理論が適用できる(KU,nk,ok)
Single-Molecule Fluorescence Experiments Determine Protein Folding Transition Path Times

警告音を鳴らす(Sound the Alarm)

侵入してきた病原体由来のタンパク質の小さな断片、あるいは核酸が免疫細胞上のパターン認識受容体によって検出されると、自然免疫反応が起動する。このことが順応性免疫系の細胞を活性化し、双方の反応(応答)が一緒になって、感染が除去されることになる。感染はまた、組織損傷の結果として、宿主からの「危険に付随した分子パターン」すなわちalarmin(危険信号分子)の遊離を誘発する。これらも次いで起こる免疫応答にとって重要であるのかは、あまりはっきりしていない。Bonillaたちは、マウスにおいては、最適な細胞障害性CD8+ T細胞応答と抗ウイルス性免疫にとって、alarminであるインターロイキン-33(IL-33)が必要であると報告している(p. 984,2月2日号電子版)。ウイルスに感染した、IL-33あるいはその受容体を欠くマウスにおいて、シグナル伝達CD8+ T細胞が成長し、複数のサイトカインを産生し、さらに細胞障害性の能力を獲得するために、IL-33が必須である。こうした結果は、内在性物質、つまり病原体由来の分子とは独立したものもまた、抗ウイルス性免疫には必要であることを示していたのである。(KF,KU)
The Alarmin Interleukin-33 Drives Protective Antiviral CD8+ T Cell Responses

雨が降れば(When the Rain Comes)

雨滴が落ちる際の、雨滴と周囲の空気との間に働く摩擦力は、落下速度に制限を与えるような抗力を発生させる。この抗力によって、落下する雨滴周囲の剪断領域内部で運動エネルギーのいくばくかは散逸し、PauluisとDiasによれば(p. 953;Friersonによる展望記事参照)、この効果は大気のエネルギー収支の重要な要素となっている。衛星からのデータを用いて、彼らは、降雨によるエネルギー散逸は大気乱流によるエネルギー散逸効果と同程度であることを見出した。これはつまり、水理学的循環の強化分と同等のレベルであることを意味する。この強化分は気候温暖化の結果として生じていると広く考えられているので、降雨のエネルギー散逸は大気循環の強さに影響を及ぼしているのであろう。(Uc,KU,nk)
Satellite Estimates of Precipitation-Induced Dissipation in the Atmosphere

ボツリヌスの防御を突き破る(Piercing Botulinum's Defense)

ボツリヌス神経毒(BoNT)は、筋肉の麻痺を引き起こす毒である。酸性の腸内では、経口摂取されたBoNTは、毒複合体の前駆体内にあって守られている。この毒は、中性の血流内に吸収された際に遊離される。Guたちは、無毒の非赤血球凝集タンパク質との複合体中にある、毒複合体の機能的に最小な前駆体の構造を2.7オングストロームの分解能で提示している(p. 977; またAdlerによる展望記事参照のこと)。この構造と、生化学的研究とが一緒になって、その複合体構造がpHによっていかに制御されているか、また、生物製剤の経口投与のための輸送媒体の開発のガイドにおいて、そして経口BoNT中毒の阻害剤の設計においていかに有益であるかを示している。(KF,KU)
Botulinum Neurotoxin Is Shielded by NTNHA in an Interlocked Complex

相手方を束縛する(Curbing the Other Side)

脳の2つの半球は、脳梁を介して結び付いている。しかしながら、この経路とその機能はまだじゅうぶんに理解されていない。Palmerたちは、光学的遺伝子技術、カルシウム-イメージング、それに電気生理学的方法を組み合わせて、生体内と試験管内で、ラットの新皮質第5層の錐体神経細胞の発火頻度の半球間抑制についての細胞性機構を研究した(p. 989)。彼らは、この型の抑制には、皮質のトップ層における介在ニューロンが関与していることを発見した。その層は、相乗的に補充された活動的な樹状突起電流を、活動電位のバックプロパゲーションによって抑制しているのである。この機構は、錐体神経細胞の樹状突起中の特定のイオンチャネルに作用している、γ-アミノ酪酸B型受容体に仲介されたメカニズムに依存している。(KF)
The Cellular Basis of GABAB-Mediated Interhemispheric Inhibition
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