AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science March 2 2012, Vol.335


変わらない花粉媒介者(The Constant Pollinator)

生態学において、強化(reinforcement)は、種が交雑種の形成を妨げ、種の境界を維持するプロセスであるが、根底にある遺伝的メカニズムは不明である。Hopkins とRausher (p. 1090,2月2日号電子版)は、不完全な雑種不稔性を示すフロックス(Phlox:しそ科類クサキョウチクトウ)と呼ばれる 2種の野生顕花植物間の強化について調べた。フラボノイド遺伝子の下方制御により、赤い花が産生し、そして色強度の座位と協調して花の色と色調を調整するように作用する。その結果、異なる花の色と模様が現れるが、それが例えば赤のような暗い色調の場合には交雑種はあまり繁殖しない。なぜならば、花粉媒介者である蝶はライトブルーの花の色の変異体を好む傾向にあるからである。もし、花粉媒介者が異なる表現型を持つ花よりもより頻繁に似たような表現型をもつ花を訪ねるならば、このことは異なる花の間の遺伝子流動を減らすことになるだろう。(hk,KU,nk)
Pollinator-Mediated Selection on Flower Color Allele Drives Reinforcement

酸の歴史(Acid History)

自然界のいかなる供給源と比較しても、人間活動は約50倍以上のCO2を大気に放出し続けているが、海洋はそれを吸収し続けている。やがては海洋中のこの膨大な過剰 CO2は海洋のpHを下げ、海洋性の石灰化生物に顕著な影響を及ぼすと予想されている。この結果の記録を良く知るために、過去を観察すること、すなわち、例えば地質学的歴史において火山活動のような巨大な自然現象により引き起こされる海洋酸性化といった他の事例を用いることで、現在のCO2の水準による海洋の反応を予測することがより容易になるであろう。Honischたちは(P.1058)、最終退氷から最大の大量絶滅に至るまで、地球の歴史において海洋のpHを変化させたであろう地質学的現象について述べている。人為的なCO2の海洋に注入される現在の速度は、過去のいかなる事例よりも急速であるが、ただし将来の海洋のpHが明確に影響を受けるかどうかは不明瞭である。(Uc,KU,nk)
The Geological Record of Ocean Acidification

ゆっくりした地球の過去(Earth's Sluggish Past)

ある種の元素は、鉄や珪素に対する親和性に基づいて、地球内部の別々の区画の中に仕分けされる。地球において急速な物質の降着と分化が進んでコアとマントルを形成した太陽系形成の初期段階では、タングステンやハフニウムのような元素は、その形成過程に乗っていった。Touboul たち (p.1065, 2月16日付け電子版; Bennettによる展望記事を参照のこと) は、マントルからの太古の火山岩内部のこれらの元素とその同位体の痕跡を研究することにより、太陽系が出来て最初の3千万年の間に、地球内部深くに永続性の強い182W の貯蔵庫ができたことを明らかにしている。その貯蔵庫が17億年以上にわたり存在していたことから考えると、マントルの混合度は低かったようだ。均一化が遅かったのは、実際、月を形成した大規模な衝突があった期間中でもマントルは均質化されていなかったほどであった。(Wt,ok,nk)
182W Evidence for Long-Term Preservation of Early Mantle Differentiation Products

高緯度での冷たいダスト(Cold Dust)

大気のダストは、大気の品質、大気や海洋の化学的性質、海洋生物、そして気候に影響を与える。そのため、その発生源を理解することは多くの分野で重要である。低緯度での高温、乾燥した砂漠地域はよく知られている発生源であるが、しかしダスト発生における高緯度地域の役割は考慮されてこなかった。Prospero たち (p. 1078)は、アイスランドの南にある島から得られた6年間の計測記録を示し、その記録から氷河アウトウォッシュ平原(溶けた氷河から堆積した土砂)やアウトバースト(氷河の崩壊)洪水に関係するダスト発生の頻繁に起こっている事象を明らかにしている。このダストの多くは南方向に運ばれて、北大西洋に沈殿し、この地域の海洋生産性を高める鉄分の重要な供給源になる。(TO,KU)
High-Latitude Dust Over the North Atlantic: Inputs from Icelandic Proglacial Dust Storms

樹木の退避場所(Tree Refugia)

寒帯の植物が、9000年前の氷河の退潮に伴って、以前氷河だった場所に何時、どのようにして拡大して行ったかについては長い間議論の的であった。氷河の後の寒帯植物の拡大モデルは南の退避地からの分散であるとの主張があるが、Parducciたち(p. 1083)は、今まで考えられていたよりずっと以前に、トウヒやマツがスカンジナビアの不凍地帯に存在していたことを示した。DNAのハプロタイプの解析によって、かつてスカンジナビアのみに見られたトウヒの残遺ミトコンドリア型が生き延びて、より一般的な東ヨーロッパからのトウヒと現在では共存していることが確認された。中部および北部ノルウェイの湖の掘削コアからの証拠によれば、不凍地帯はさておき、スカンジナビアのほとんどが氷で覆われていた22,000年ほど前に針葉樹が生存していたことが示唆された。(Ej,KU,ok,nk)
Glacial Survival of Boreal Trees in Northern Scandinavia

原子を解き放す(Setting Atoms Free)

プラズマ中では、ガス状の原子や分子は非常に多くのエネルギーを溜め込み、電子やあらゆる種類のより大きな荷電粒子に分解される。自由電子は、また、液体環境でもある程度は暴れまわる。というのは、それが局所的に反応性粒子を作り出し、それが周囲の溶媒と結合して様々な物質を作り出すからである。 Alexanderたちは(p.1072)、もし反応性の電子がそのような液体の表面に現われた場合に、何が起きるかを調べた。このような条件を作り出すため、重水素化グリセロールの薄いフィルムに、衝撃でイオン化させるためのナトリウム原子を衝突させた。そして、液体中の場合とは対照的に、溶媒由来の重水素原子が、それ以上の反応をする前にガスになって表面から逃げてしまうことを見出した。(Sk,nk)
Reactions of Solvated Electrons Initiated by Sodium Atom Ionization at the Vacuum-Liquid Interface

ランダムと方向付け(Random and Directed)

自然選択は新たな環境に適応するよう集団を促す;最初にコロニー形成する個体により与えられた原材料、或いは「創始者効果(founder effects)」が、集団の未来における形態形成に影響をもたらす。Kolbeたち(p.1086,2月2日号電子版;表紙参照)は、バハマ諸島のトカゲにおける選択と創始者効果の相対的な寄与を調べた。創始者のトカゲは森林で覆われたある島から捕獲された:これらのトカゲは広々とした樹幹の間を横切って疾走するために長い後ろ足を持っている。長い後ろ足のトカゲが藪で覆われた7っのより小さな島に放された。これらの島には、以前藪の生息地を動き回るのにより適した短い後ろ足をもつトカゲが棲んでいたが、2004年のハリケーン「フランセス」がこれらのトカゲを一掃した。数世代の後に、新しいトカゲ集団の総てはより短い後ろ足に進化することで新たな生息地に適応したが、しかし、創始者トカゲの祖先に由来する他の形態学上の特徴や遺伝的徴候を保持していた。このように、進化は選択によって形成されるものと同様に、恣意的なイベントの組み合わせによって起こる。(KU)
Founder Effects Persist Despite Adaptive Differentiation: A Field Experiment with Lizards

形状を変えるシグナル(Shape-Shifting Signals)

直交性のシグナル伝達系は、様々な発生過程を指示すると考えられているが、最初の形と最終的な形状とが同じ形状であるような組織は極めて少ない。シロイヌナズナの葉は動物の発生を複雑にする細胞遊走が無く、このことによって、Kuchenたち(p. 1092)は、様々な摂動のもとでの葉の成長の軌跡を追跡し、モデル化することが出来た。彼らのモデルのパラメータの値を変える事で、ハート形、長円形、及び卵形から楕円形に至る異なる葉の形状のアウトプットが得られ、そして発生過程を制御している遺伝子の予測が得られた。植物の成長端にある成長点は幹細胞の居場所であり、そして新たに分化する発芽と葉の源である。新しい葉は、ドーム形状の成長点のそばで突出部として最初出現する。これらの発生上のイベントはホルモンの制御下にあるが、それらはまた、成長点の物理的性質によって束縛されているらしい。Kierzkowskiたち(p. 1096)は、膨圧を変える、成長中のトマトの発芽頂端分裂組織に作用する物理的影響を調べた。植物組織の観察と結びついた数学的モデルは、成長点において多用な力学的刺激に応答する異なるゾーンを明示するのに有用であった。(KU,ok,nk)
Generation of Leaf Shape Through Early Patterns of Growth and Tissue Polarity
Elastic Domains Regulate Growth and Organogenesis in the Plant Shoot Apical Meristem

サルファ剤の結晶が示すもの(Sulfa's Crystal View)

スルホンアミド抗生物質(サルファ剤)は、70年以上に渡って感染症の治療に用いられてきた;しかしながら、耐性菌の出現により、臨床的有用性が損なわれてきた。サルファ剤は細菌の葉酸経路におけるキーとなる酵素、ジヒドロプテロイン酸合成酵素を標的としている。その酵素の結晶形においてその反応を行なうことで、Yunたち(p. 1110)はキーとなる中間体の構造を解析した。理論研究、および変異原性の研究と構造データとを結びつけることで、彼らは、ジヒドロプテロイン酸合成酵素の触媒作用に関する詳細なメカニズムを提案している。この酵素に結合したサルファ剤と共にこの構造の解明により、彼らは抑制がどのようにして起こるかを示し、そして耐性がどのようにして出現するかを示した。(KU,ok)
Catalysis and Sulfa Drug Resistance in Dihydropteroate Synthase

獲得と共有(Acquire and Share)

知識を獲得し、それを他人と共有するための比類のないヒトの能力を社会的認知が支えているという考えに異論を唱える人は殆どいないであろう。Dean たち(p. 1114; および、 Kurzban and Kurzban and Barrettによる展望記事参照) は、これら社会的、かつ、認知の心理学的プロセスが人間の子供や、オマキザルやチンパンジーにおいてどの程度まで発達し得るかを、3段階のパズルボックスを利用して比較した。段階につれてよくなるご褒美を目当てにして3〜4歳の人間の子供は、観察した行動を真似して第1段階から第3段階まで進み、自分達のグループの他のメンバーにどうやってその問題を解くかを教え、そして得られた報酬を共有した。これに比較して、オマキザルやチンパンジーは、第3段階に達するものはほとんど無く、どちらも人と同じ社会的認知の特性を示さなかった。(Ej,KU,nk)
Identification of the Social and Cognitive Processes Underlying Human Cumulative Culture

新人教師症候群(New Teacher Syndrome)

米国における高校の科学と数学の教師の雇用延長は最近の数十年で消えてしまい、いまや多くの生徒が新人教師に教わるようになっている。Henryたちは、ノースカロライナ州の公立学校から集められたデータを検証することで、教師の影響度を分析した(p. 1118)。)与える印象が薄い教師は教職を離れる傾向が大きく、教師の印象にもっとも大きく貢献するのは、教職について最初の3年以内にあるときだった。幾つかの科目(生物、化学、物理や幾何等)は、数学や科学などの科目よりも、圧倒的多数の新人教師に影響される。 (KF,KU,ok,nk)
The Effects of Experience and Attrition for Novice High-School Science and Mathematics Teachers

臨界領域の冷たい原子(Critically Cold Atoms)

例えば系の温度を下げることで水を氷に変えるというような古典的な相転移と異なり、量子相転移は絶対零度状態で起き、磁場や圧力を含むその他のパラメーターによって発生する。量子相転移点付近では、系の自己相似性ゆえに物理観測量がスケーリング則に従うという臨界領域が現れることが知られている。量子相転移や量子臨界は、通常固体状態で調べられているが、Zhangらは(p.1070、2月16日号電子版)は冷却原子ガスで満たされた光格子を用いて、2次元系における絶縁相から超流動相への量子相転移を調べ、状態方程式の特徴的なスケーリング則を見出した。この発見は、量子臨界研究を進展させるために必要な調整可能な系でのプラットフォームの構築に大いに貢献するであろう。(NK,KU,nk)
Observation of Quantum Criticality with Ultracold Atoms in Optical Lattices  

排他的なローミング(Exclusive Roaming)

多原子分子はどのようにして分解されるのだろう?何世紀にもわたって化学理論や実験で支持されてきた基本モデルは一連の内部再配列という考えに基づいており、そこでは一時的な高エネルギーの遷移状態の構造が生じ、そこからより低いエネルギーの生成物が作られる。過去十年で、遷移状態説と競合する解離機構がいくつかの分子で発見された。例えば、高エネルギーの遷移状態を通過する経路の傍に遷移状態を回りこんでロームするエネルギー的に到達可能な経路が存在する。Grubb たちは(p.1075; Jordan と Kable による展望記事参照)、NO3 から NO と O2 を生成する光誘発反応が、もっぱらローミングによって進行することを示した。二つの異なる電子状態でその生成物に至るまったく別の経路があるが、そのどちらも通常の遷移状態を通過しない。(Sk,KU,nk)
【訳注】ローミング:通常の鞍点遷移状態(TS)をバイパスする反応
No Straight Path: Roaming in Both Ground- and Excited-State Photolytic Channels of NO3 → NO + O2

裏の裏まで(Outside In)

巨大なデータ集合の獲得と解析は、生命システムが外部の手がかりに対して応答するよう動的に調整されている仕組みについての理解を深める方向に、我々を導いてくれる。このたび、2つの論文が、変化する栄養条件に対する細菌の応答について探求している(Chalanconたちによる展望記事参照のこと)。Nicolasたちは、100以上もの異なった条件に対する転写制御を測定した(p. 1103)。予期された以上に多量のアンチセンスRNAが産生されたが、シグマ因子と呼ばれる代替性のRNAポリメラーゼ・ターゲティング・サブユニットによって生み出されているらしかった。リンゴ酸からグルコースへの一次栄養の1つの遷移が、詳細にBuescherたちによって研究されたが、彼らは、RNAの存在量、生きた細胞内でのプロモーター活性、タンパク質の存在量、そして細胞内および細胞外での代謝産物の絶対的濃度をモニターした(p. 1099)。この事例では、細菌はリンゴ酸によって生きるにあたっては転写性の変化を抜きに素早く大きく応答したが、グルコースを使うように適応するのは非常にゆっくりであって、それは転写ネットワークのほとんど半分に変化が必要な転換であった。こうしたデータは、動的な制御系の進化の際に、なぜある種の調節性戦略が好まれたか、に関する最初の理解を提供してくれる。(KF)
Global Network Reorganization During Dynamic Adaptations of Bacillus subtilis Metabolism
Condition-Dependent Transcriptome Reveals High-Level Regulatory Architecture in Bacillus subtilis

経路の選択(Choosing a Path)

β2-アドレナリン受容体(β2AR)とは、多様なリガンドを認識し、細胞内でのシグナル伝達のきっかけとなるGタンパク質結合受容体である。β2ARはリン酸化されて、シグナル伝達を他の経路に振り向けるアレスチンに結合することができる。ある種のβ2ARリガンドは、Gタンパク質あるいはアレスチンのシグナル伝達をそれぞれ違うように活性化するという意味で「バイアスがかっている」。Liuたちは19F-核磁気共鳴分光法を用いて、リガンドの種類に応じた立体構造変化を検討し、「バイアスがかった」リガンドが、2つの立体構造—Gタンパク質結合状態とアレスチン結合状態—の間の平衡における異なったシフトの原因となっていることを発見し、それによって、薬理学的リガンドの理にかなった設計の基礎を提供している(p. 1106,1月19日号電子版; またSprangとChief Elkによる展望記事参照のこと)。(KF)
Biased Signaling Pathways in β2-Adrenergic Receptor Characterized by 19F-NMR
[インデックス] [前の号] [次の号]