AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science February 17 2012, Vol.335


ナノロボットによる配達(Nanorobots Deliver)

DNAアプタマー(aptamer)は、標的タンパク質に強い結合親和性を持つ短鎖DNAであり、そのため配達用の媒体に載せて積み荷を遊離するトリガーとして利用できる。Douglas たち(p. 831) はこの考えを用いて、DNA折り紙の「ナノロボット」を設計した--これはより短かい「止め金」鎖との結合により長いDNA鎖を操作することで作られた複雑な形状をした構造体。このロボットは金のナノ粒子とか蛍光標識された抗体の断片等の積荷を運搬することが可能である。これらのナノロボットは特定の細胞表面タンパク質に応答して開くように設計されており、細胞のシグナル伝達をトリガーする分子を遊離する。(Ej,KU)
A Logic-Gated Nanorobot for Targeted Transport of Molecular Payloads

超分子重合体を説明する(Supramolecular Polymers Explained)

高分子は個々のユニットが化学的結合によって繋がったものであるが、超分子重合体は各ユニットが水素結合や静電相互作用のような可逆的な結合によって形作られている。これまでの超分子重合体科学は集合体の基礎的性質を研究することが主体であったが、近年超分子重合体の特異な性質を有効活用するための機能付加の研究が活発化している。Aidaらは(p.813)、様々な分野への応用につながりそうな超分子重合体の特異な性質について報告している。材料分野では、加工性や自己修復性が、バイオ医薬の分野では動的機能性や生分解性が、階層的集合体や電子系では電荷移動の指向性が注目されているという。(NK,nk)
Functional Supramolecular Polymers

リチウムの生涯(Life of Li)

リチウムは、主に陸のケイ酸塩鉱物中に存在しているので、海の堆積岩にあるリチウム同位元素の変動はケイ酸塩風化と海底の新しい堆積物の形成のその程度を反映しており、そしてその変動は地質学的時間に渡っての気候や地殻構造上(tectonic)の力によって大きく支配される。世界中の海の8つのボーリング掘削地点から得られた堆積物のコアの解析から、Misra とFroelich(p. 818、1月26日号電子版;表紙を参照;Paytanによる展望記事参照)は、海水のリチウム同位元素組成の6千8百万年にわたる記録を作成した。その記録はリチウム同位体比における段階的変化を明らかにしている。このことは、地殻構造の隆起に関するいくつかの強烈なエピソードが陸の風化速度と海への堆積物運搬を増加させたこと示唆している。地球の歴史における特異点、例えば恐竜が絶滅したその時代の周辺でのその記録における急激な揺れは、海洋化学における大きな変化を暗示するものであるが、しかしそのメカニズムは謎のままである。(hk,KU)
Lithium Isotope History of Cenozoic Seawater: Changes in Silicate Weathering and Reverse Weathering

駆動力(Driving Forces)

地球の構造プレートの運動を支配する物理特性を全地球スケールで精密に予測することは困難である。大規模な地殻力学のモデルは、頻繁に改良されてより強力なものになってきているが、プレートを駆動する力については、まだ議論が残されている。Ghosh と Holt (p.838) は、表面のプレートの運動やプレート境界の変形、プレート間の応力場が、高い精度で測定値と一致する全地球的地殻力学モデルを与えている。このモデルは、マントルの抗力によりプレートの運動が引き起こされる領域や、この抗力がプレートの運動に抗う領域を同定できる。また、マントルの抗力と応力場に寄与するリソスフェアの浮力の相対的な大きさに基づいて、このモデルは絶対粘度の大きさをも定量化している。これまで地球内部でのその値を予測するのは困難さにおいて悪名高い問題であった。(Wt,KU,nk)
Plate Motions and Stresses from Global Dynamic Models

欠損遺伝子の探索(Defective Gene Detective)

病気を引き起こす遺伝子の同定は、ヒトゲノムの配列決定の主たる目的の一つである。しかし、よくゲノムやエキソームの配列決定の第一の同定の目標にされる機能欠失型変異型遺伝子と推定されたものが、真の遺伝子の変異ではなく配列決定のエラーであったということがしばしば生じている。MacArthur たちは(p.823; Quintana-Murci による展望記事参照)、ヒトゲノムの中の機能欠失型変異型遺伝子の正確な広がりを確認するため、追加したヨーロッパ人を含めて、1000ゲノムプロジェクトからのゲノムを広範に検査し、平均的な人物はおよそ100個の真の機能欠失型変異型対立遺伝子を持ち、そのうちのおよそ20個はその人の中で2つのコピーを持つことを見出した。多くの既知の病因性遺伝子が正常な人から見つかったため、臨床的な配列決定のプロセスは、有力な原因となる対立遺伝子の同定方法の再評価が必要である。(Sk)
【訳注】
エキソーム(exome):ゲノム中のタンパク質をコードしている領域
A Systematic Survey of Loss-of-Function Variants in Human Protein-Coding Genes

量子計算に向けて(Toward Quantum Computing)

量子コンピューターは、従来のコンピューターが解法に多大な時間にかけていた問題を解決できると考えられている。物質の非可換状態(nonabelian state)では、量子情報を位相幾何学的に貯蔵しており、そのことにより環境による摂動に影響を受けない。この異常な性質を有すると期待されている物理系は、占有率(filling factor)ν = 5/2における分数量子ホール状態である。Tiemannたちは(p.828、1月26日号電子版)核磁気共鳴を用いて、5/2状態のスピン分極を計測し、そして完全に分極していること--非可換状態と一致する知見である--を見出した。そのことにより位相幾何学的に障害を受けにくい量子計算が可能だという希望を持続させている。(Uc,KU,ok,nk)
Unraveling the Spin Polarization of the ν = 5/2 Fractional Quantum Hall State

植物からプラスチックへ(From Plant to Plastic)

石油は先ず第一に燃料に使用されるが、プラスチックの生産にも用いられる。したがって、もしバイオマスが世の中の炭素原料として、石油に代わって(今日のプラスチック製品の主要な基本成分である)エチレンやプロピレンを得る手段になれば有益である。有名な Fischer-Tropsch (FT) 触媒は、ガス化したバイオマスを一連の炭化水素誘導体に転換できるが、エチレンやプロピレンは全体の生成物の分布のほんのわずかしかできない傾向にある。今回、Torres Galvis たちは(p.835)、比較的不活性な支持体(カーボンナノファイバーやα-アルミナ)上の鉄系触媒により、FTプロセスが安定して軽オレフィンを生成するように作用することを実証した。(Sk)
Supported Iron Nanoparticles as Catalysts for Sustainable Production of Lower Olefins

色素体の起源(Plastid Origins)

藻類のシアノフォラパラドキサ(Cyanophora paradoxa:C.paradoxa)で代表される灰色植物(glaucophytes)は、紅色藻類や緑藻類の推定上の姉妹グループであり、これらは共に光合成真核生物である植物界の基礎となるグループを構成している。C.パラドキサのゲノムの解析から、Priceたち(p. 843;Spiegelによる展望記事参照)は、このスーパーグループの祖先の色素体に関するユニークな起源を実証しているが、その色素体は、ミトコンドリアゲノムの遺伝子の中身と同様に、糖代謝や醗酵に関与する遺伝子において祖先の多様性の殆どを保持している。さらに、C.パラドキサの核遺伝子のほぼ3.3%は、ラン藻の祖先のシグナルを持っており、そしてデンプン合成に関与するキーとなる遺伝子はクラミジアのようなエネルギー性寄生虫に由来している。急激な放散、遺伝子水平伝播による網状の進化、遺伝子分岐の速い速度、損失、及び置換によって、進化的なシグナルがこのスーパーグループ内で拡散し、それが恐らく進化的歴史の解明が以前困難だったわけを説明するものであろう。(KU,nk)
Cyanophora paradoxa Genome Elucidates Origin of Photosynthesis in Algae and Plants

寒さへの適応(Adapting to the Cold)

カリウムチャネルのゲート開閉は温度に敏感であるが、このことはこれらのチャネルが極端な寒さで効率的に機能するように適応しなければいけないことを示唆している。GarrettとRosenthal(p. 848,1月5日号電子版;Ohmanによる展望記事参照)は、南極のタコと熱帯のタコからの遅延整流性のカリウムチャネルに対するコード配列がわずか4っの位置で異なるのみで、そしてアフリカツメガエルの卵母細胞中で発現させると、機能的に同一のチャネルを与えることを示している。温度応答における変化は、実際に広範なメッセンジャーRNA編集に由来している。特に、南極のタコのポアにおけるイソロイシンをバリンへとコード変化させるRNA編集が、大きくゲート開閉の動きを加速した。(KU)
RNA Editing Underlies Temperature Adaptation in K+ Channels from Polar Octopuses

一酸化窒素から補体系へ(From NO to Complement)

マラリア寄生虫プラスモディウムが蚊の中で成虫になるためには、その生殖段階であるオーキネートは蚊の中腸上皮を横切り、そして蚊が原虫を排除するための補体系であるチオエステル-含有タンパク質1(TEP1)によって検知され、溶解されることを回避しなければならない。Oliveira達.(p. 856, 1月26日号電子版)は、オーキネート侵入の際に中腸細胞に誘導されるキー酵素として、蚊のヘム‐ペルオキシダーゼ(HPX2)とニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド・燐酸(NADPH)酸化酵素 5 (NOX5)の還元型を発見した。それらは一酸化窒素合成酵素とともに、タンパク質のニトロ化を仲介する。HPX2-NOX5系は、一酸化窒素の毒性を高め、 蚊が効果的な抗マラリア原虫反応が起こすために重要である。上皮のニトロ化とTEP1が媒介する溶解は、寄生虫死滅において連続して起こり、そして上皮のニトロ化は蚊の補体系のカスケード反応の促進を助けているらしい。(TO,KU)
Epithelial Nitration by a Peroxidase/NOX5 System Mediates Mosquito Antiplasmodial Immunity

フラゲリンが料金所(Toll)で捕まる(Flagellin Takes Its Toll)

免疫系は、侵入してきた細菌に由来する保存された分子性断片に結合することによって、細菌感染を認識している。それら細菌決定要因の分子性模倣物は、ワクチンの免疫原性を増強する潜在的な可能性がある。Yoonたちはこのたび、鞭毛細菌の運動性にとって決定的な、サルモネラ菌のフラゲリン(Salmonella flagellin)のD1/D2断片の結晶構造を、ゼブラフィッシュのToll様受容体5(TLR5)(フラゲリンに結合して免疫系が反応するようシグナル伝達をしている宿主受容体)の外部ドメインと共に報告している(p. 859)。2つのTLR5-フラゲリン・ヘテロ二量体は、2:2の尾から尾へのシグナル伝達複合体へと二量体化していた。ヒトのTLR5の変異の解析と利用によって、ゼブラフィッシュからヒトにいたるまで保存されているこのシグナル伝達機構が確認されたのである。(KF,KU)
Structural Basis of TLR5-Flagellin Recognition and Signaling

教員の運命(Faculty Fates)

STEM(科学、技術、工学、数学)における学問的キャリアには、性別に依存して異なっている可能性があるのではという課題がある。。KaminskiとGeislerは、様々な学問分野における14の大学の終身在職権のある教職員の定着率を分析した(p. 864)。大学のカタログや学部のウェブサイト、その他の公開された情報ソースを利用して、終身在職権のあるSTEM分野の教職員およそ3000人の学問的キャリアを追跡したのである。女性が男性より2年ほど早く離れていく数学科を例外として、一般に、女生と男性は同じ比率で定着、昇進していた。(KF,KU)
Survival Analysis of Faculty Retention in Science and Engineering by Gender

脂質検知性のGタンパク質共役受容体(A Lipid-Sensing GPCR)

スフィンゴシン1-リン酸(S1P)は、Gタンパク質-結合受容体サブタイプ1(S1P1)に結合して、血管系と免疫系の制御に関与するシグナル経路を活性化するスフィンゴ脂質である。Hansonたちは、拮抗物質であるスフィンゴ脂質模倣物との複合体中のS1PRの結晶構造を決定した(p. 851)。その受容体への細胞外環境からのリガンドのアクセスは閉鎖され、らせん体IとVIIの間のギャップが膜内からのリガンドのアクセスを提供している可能性がある。この構造情報が、変異原性と構造活性の関連性データと一緒になって、シグナル伝達を調節するその分子認識イベントへの洞察を提供してくれるのである。(KF)
Crystal Structure of a Lipid G Protein-Coupled Receptor
[インデックス] [前の号] [次の号]