AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 15 2011, Vol.332


それをよく混ぜ合わせて(Mixing It Up)

海洋表面上の風の作用と、冷却や結氷、蒸発のような海洋水の物質密度変化を引き起こすプロセスは、海流を生み出し、エネルギーを海洋に移動させる。しかしながら、海洋は、どこまでも速く循環し続けることはできない。なぜならば、このエネルギーは乱流の生成により散逸するからである。D'Asaro たち (p.318, 3月10日付け電子版, Ferrari による展望記事を参照のこと) は、強い海流(Kuroshio)内部の海洋境界面からの観測結果を与えており、これは、境界面では大きい乱れから小さい乱れへとエネルギーが移動し、相当の割合でエネルギーが散逸している可能性があることを示している。これらの発見は、海洋循環とその気候への影響の精密なシミュレーションを実施するのに助けとなるであろう。(Wt,nk)
Enhanced Turbulence and Energy Dissipation at Ocean Fronts
p. 318-322.

アデノシン受容体の活性化(Adenosine Receptor Activation)

G-タンパク質-結合受容体 (GPCR) は膜貫通タンパク質で、外部シグナルと細胞応答の間の重要な守衛として作用している。拡散性のリガンドによって活性化される GPCR はダイナミックな動きをするが、構造上の研究において、GPCRは一般的にそれらを不活性な状態で安定化する拮抗物質と一緒になって結晶化されていた。Xuたち (p. 322,3月10日号電子版) は、強力な活性化物質に結合したヒトA2Aアデノシン受容体の高分解能の結晶構造に関して報告しており、これにより活性化についての構造上の基礎に関する洞察が与えられる。(KU)
Structure of an Agonist-Bound Human A2A Adenosine Receptor
p. 322-327.

きつく巻かれた波(Tightly Wound Wave)

円偏光において、光が空間を伝播する際に電磁場のベクトルは回転する。その結果としての螺旋パターンはキラルとなり、そして結果的に、キラルな光の電磁場は一つのキラル分子に対しては、その鏡像異性体とは異なる相互作用をする。しかしながら、大部分の小さな分子に対しては、光の分極はその原子の大きさより遥かに大きな空間的スケールで変化し、それ故に鏡像異性体による吸収の差は相対的に弱いものとなる。Tang and Cohen(p. 333)は、スーパーキラル光と名づけたより鋭敏に回転する偏光パターンを作り、これにより通常の円偏光に比べて鏡像異性体の識別において10倍以上の能力を示した。(KU,nk)
Enhanced Enantioselectivity in Excitation of Chiral Molecules by Superchiral Light
p. 333-336.

グラフェンの香り(The Flavor of Graphene)

グラファイトの単一原子層であるグラフェンは、量子ホール効果等の二次元系に特異的な多くの現象を示す。しかし、電荷の自由度に加えて、グラフェンは、所謂スピンと谷 (合わせて、香り(flavor)と呼ばれる) の自由度をも持つ。Abaninたち (p. 328;Castro Netoによる展望記事参照) は、ディラックポイント、或いは中性点 (このポイントにおいてチャージキャリア密度がゼロになる) に近いグラフェン試料の非局在応答を測定した。垂直磁場の下でデバイスの端を流れる電流への応答として、もう一方の端での大きな電圧降下が観測されたが、これは長距離作用の香り電流(flavor current)が現れたと考えると説明がつく。(KU,nk)
Giant Nonlocality Near the Dirac Point in Graphene
p. 328-330.

いくつかの原子を捕捉する(A Few-Atom Trap)

原子はフェルミオンに分類される陽子、中性子、電子から構成されている。これまで自然界に存在する元素を用いた研究により、多くのことが解明されてきたが、フェルミオン物性を制御できるようにするためには人工的な原子の方が望ましい。Serwaneらは(p.336)、緻密に制御された光双極子トラップの量子準位に捕捉された最大10個までのフェルミオンからなる冷却原子を創出した。磁場によってフェルミオン粒子の相互作用を制御することが可能であり、また2個のフェルミオンからなる系の場合、その変化量も観測できるという。(NK,nk)
Deterministic Preparation of a Tunable Few-Fermion System
p. 336-338.

自転車の安定性、再び(Bicycle Stability Revisited)

自転車に乗ることができるようになるには練習が必要だが、実験によれば、乗っている人がいなくても転倒せずにハンドルを自己安定制御出来ることが示されていた。自転車は親しみのある乗り物ではあるが、その挙動を説明するメカニズムは非常に複雑であり、安定性の裏にどのような背景が潜んでいるかを知るには近似が必要である。Kooijmanたちは(p.339)、線形安定度計算と、逆ースピンする車輪によってジャイロ効果をキャンセルし、車輪が接地している箇所の背後をハンドルの回転軸が通るような自転車を製作することにより、自転車の制御を再検証した。このような自転車でさえも安定して進むことができた。他の要素、例えば自転車の質量の分布も同様に、制御と安定性に重要な役割を担っている。(Uc,KU,nk)
A Bicycle Can Be Self-Stable Without Gyroscopic or Caster Effects
p. 339-342.

DNAで瓶の形状を形成する(Capturing Bottles in DNA)

ナノメートルサイズの微小で複雑な形状を形成するために、DNA塩基対を利用する方法が知られている。Han たち(p. 342; および表紙を参照)は、任意の閉じた形状に対し、まずその形状を環状の輪郭線に分解し、次にこれら輪郭線をなぞるように曲がる二重らせんを設計することで、その形状を作成する方法を述べている。隣接する輪郭線に沿ったDNAが、適当な交叉点によって結合される。70ナノメートルの高さのナノメートルサイズのフラスコを含む複雑な形状が構築できた。このような設計手法は単純な幾何学的考察に基づいており、固有の歪みを有していたとしても高効率でその形状を作ることができる。(Ej,KU,nk)
DNA Origami with Complex Curvatures in Three-Dimensional Space
p. 342-346.

テレポートする猫(Teleporting Cats)

量子もつれ状態同士の強い相関性と、量子状態の重ね合わせになる能力 (例えば、シュレーディンガーの猫が生きている状態と死んでいる状態の共存) との二つは、量子力学の良く知られた特性である。両者は量子情報処理のプロトコルの開発に或る役割を演じ、そして情報を安全かつ瞬時に伝搬させることができる。Leeたち (p. 330; Grangierによる展望記事参照) は、スクイジング(squeezing)、光子抜き取り(photon subraction)、もつれ状態、及びホモダイン検波を結びつけて、光の非古典的な波束のテレポータを形成した。これらの「猫」状態の制御と操作は、量子情報科学の複雑でロバストなプロトコル生成に有用とさるであろう。(hk,KU,nk)
Teleportation of Nonclassical Wave Packets of Light
p. 330-333.

言語の起源(The Origin of Language)

人間の集団はアフリカから広がりはじめたとき、一連の遺伝的ボトルネックを潜り抜けてきたと考えられている。そのたび毎に親元からの小さな群れが遺伝的変異の小さい新しい集団を創始して移動を続けたのである。Atkinsonは (p.346)、世界中の言語の音素 (言葉を区別する知覚的に分離できる音の要素) の数を研究することにより、このような集団遺伝学的ボトルネックを通じて言語に何が生じたのか解析した。最も大規模の音素の総目録はアフリカで見つかり、最も小規模なものは南アメリカとオセアニアで見つかった。音素の多様性における地域的な変動からの推測により、言語は中央アフリカと南アフリカに起源をもつことが示された。(Uc,KU,nk)
Phonemic Diversity Supports a Serial Founder Effect Model of Language Expansion from Africa
p. 346-349.

女王対道化師(Queens vs. Jesters)

種-種間の相互作用、あるいは種とその環境との相互作用は、種分化や絶滅を引き起こす重要な要因だろうか? Ezardたち(p.349)は、浮遊性有孔虫に関して、その化石記録を調査し、種の生態の特徴を捉え、物理的環境との相互作用を詳しく調べることにより、そのマクロな進化のダイナミクスを精査した。異なる生態を持つ種は、種分化や絶滅の割合がはっきりと異なっており、そして特有の生態のその優性(dominance)は環境の変化と共に変動した。絶滅は、多様性-依存性よりも環境変化によってより強く形成されるようである。また、その逆に種分化は、多様性-依存性によって促進されるようである。(TO,KU)
Interplay Between Changing Climate and Species' Ecology Drives Macroevolutionary Dynamics
p. 349-351.

用意、放電、スタート!(Ready, Discharge, Go)

ザリガニの脳では、歩行開始の数秒前にニューロンのスパイク発火率の増加が記録され、ひとたび歩行が開始された直後にはそれに伴ってスパイク発火率の減少が記録される。しかしながら、このいわゆる準備の発火のためのシナプスの仕組みと、このスパイク活性の産生にどんなタイプのニューロンが関与しているかは、はっきりしていない。KagayaとTakahataは、外部からの刺激によって引き起こされる歩行ではなく、随意的歩行の開始の際に歩行脚の電気筋運動活性に先立ってザリガニの脳で発火している細胞のクラスを同定した(p. 365)。歩行の間ずっと活動しているニューロンや、主として歩行終了時に発火するニューロンなど、それ以外のニューロンのクラスもまた同定された。(KF)
Sequential Synaptic Excitation and Inhibition Shape Readiness Discharge for Voluntary Behavior
p. 365-368.

糸状仮足の形成の仕組みと機能の評価(Assessing Filopodia Form and Function)

発生の際に、ショウジョウバエ細胞は、発生に影響を与えるモルフォゲンを産生している他の細胞の方向に突出していく糸状仮足を形成する。Royたちは、発生中のショウジョウバエ胚細胞の画像を検討し、特定の複数の増殖因子受容体がそれぞれ別の糸状仮足と細胞質小胞へと分別されていることを示唆した(p. 354; またAffolterとBaslerによる展望記事参照のこと)。特定の条件下で、蛍光標識された増殖因子受容体を過剰発現した細胞は、それぞれ特異的方向に糸状仮足を向かわせ、違った受容体の型ごとに別の糸状仮足が分離された。この受容体分別の仕組みの性質をさらに研究すれば、発生を制御しているシグナル伝達機構の解明につながる可能性がある。(KF)
Specificity of Drosophila Cytonemes for Distinct Signaling Pathways
p. 354-358.

適切な経路を探して(Seeking the Right Pathway)

トランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)シグナル伝達の活性化は、結合組織障害であるマルファン症候群(MFS)における大動脈瘤の発生を促進する。トランスフォーミング増殖因子βシグナル伝達を抑制する薬剤、ロサルタンが、この病気に対して臨床治験中である。多くのサイトカインと同様、TGF-βは、複数の細胞内シグナル伝達経路を活性化する。大動脈疾患への関わりでは、TGF-βは、「標準的な」Smad経路を介して作用しているものと想定されてきた。Holmたち(p. 358)とHabashiたち(p. 361)はこのたび、シグナル伝達タンパク質ERK1/2を含む「非標準的な」TGF-β経路がMFSマウスにおける大動脈疾患の顕著な要因であること、またロサルタンがその治療効果を発揮するのもその経路を介してであるということを明らかにした。MFSの患者のERK1/2活性化状態の分析は、ロサルタンの用量の最適化を助ける可能性があり、また非標準的経路を特異的にターゲットにする薬剤を大動脈瘤に対する可能な治療法として、探索していく利点もありそうである。(KF)
Noncanonical TGFβ Signaling Contributes to Aortic Aneurysm Progression in Marfan Syndrome Mice
p. 358-361.
Angiotensin II Type 2 Receptor Signaling Attenuates Aortic Aneurysm in Mice Through ERK Antagonism
p. 361-365.

制御されたアクセス(Controlled Access)

ギ酸塩(formate)は、広範囲の細菌種において、キーとなる代謝産物であり、かつ調節分子である。能動輸送プロセスとして提唱された事象において、ギ酸塩は、中性あるいは高pHでは受動的に搬出され、低pHでは移入される。搬出と移入の双方とも、内在性膜タンパク質FocAによって仲介されている。従来、高pHにて決定されたFocAの構造は、各単量体中にオープンな基質チャネルを有する五量体というものであった。このたび、Luたちは、pH4.0でのFocAの構造を報告している(p. 352)。各単量体のN末端は、3種の高次構造を採ることができ、うち1つはチャネルのゲート開閉を行なう高次構造であった。この3種の高次構造を介する、単量体の協調した周期によって、活動的取り込みの仕組みが提供されえたのである。(KF)
pH-Dependent Gating in a FocA Formate Channel
p. 352-354.

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