AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science November 6 2009, Vol.326


名馬も単なる馬だ、当たり前だけど(A Horse Is a Horse, of Course)

馬の家畜化は人間の歴史と密接に関連している。Wade たち(p. 865)は、ウマ (Equus caballus)の遺伝子の配列決定と一塩基多型地図について報告している。 ウマは有蹄動物の奇蹄目に属している。解析の結果、ウマの11番目の染色体上 に進化上新規なセントロメア(動原体)の存在が明らかになり、これが未成熟であるにも かかわらず機能的には完全なセントロメアで、動原体性サテライト配列を欠いて いることが明らかになった。この発見によって、ウマの品種内や品種間における遺伝子的多様性の性質が明らかになり、家畜化されたウマのメスの祖先はかなり多 数に上るが、一方オスはごく少数であることが明らかになった。(Ej,hE,KU,nk)
Genome Sequence, Comparative Analysis, and Population Genetics of the Domestic Horse
p. 865-867.

クラスター電子工学と触媒作用(Cluster Electronics and Catalysis)

多くの実用的な触媒は酸化物の支持体の上に小さな金属クラスターを持ってお り、この金属のサイズによって触媒の活性が異なる。このような変動を生じさせている 競合しあう効果のいくつかを選び出すために Kadenたち(p. 826)はパラジウム(Pd)クラスターのサイズ 別に並べ(単原子から25原子まで)、 二酸化チタンのルチル結晶表面上に析 出させた。エックス線光電子放出と温度をプログラム化したCOの酸化反応の測 定を行った結果、電子エネルギーに関連していることが判明した。これはPdの 3d電子結合エネルギーを反映している。イオン散乱実験によれば、クラスターは 単層または2重層の平坦なアイランド (島)を形成している。(Ej,hE,nk)
Electronic Structure Controls Reactivity of Size-Selected Pd Clusters Adsorbed on TiO2 Surfaces
p. 826-829.

表面化学のシミュレーション(Simulating Surfaces)

現代の化学計算は、気相反応のモデリングにおいて実験値に匹敵、もしくはそ れを超えるような正確さを示すことがある。しかし、最も普通に見られる触媒 反応で発生している表面結合反応は、理論構成が非常に難しい問題である (Hasselbrinkによる展望記事参照)。Diazたちは(p.832)、標準的な密度汎関 数法を修正することにより、反応障壁の大きさが1kcal/mole内で、広く研究さ れている銅と二水素の解離吸着現象について予測できたことを示している。相 補的な研究としてShenviたちは(p. 829)、金属表層の多電子状態間の遷移をモデル化するために効率的な 計算法を採用した。そして、小分子の振動 ・回転に対する一酸化窒素の散乱の複雑な依存性を説明することに成功した。(Uc,nk,nk)
Chemically Accurate Simulation of a Prototypical Surface Reaction: H2 Dissociation on Cu(111)
p. 832-834.
Dynamical Steering and Electronic Excitation in NO Scattering from a Gold Surface
p. 829-832.

見えない質量は説明されたか?(Missing Mass Explained?)

宇宙内部における、銀河と銀河団の運動と分布とは、望遠鏡を通して直接的に 見えるものよりずっと多くのものがあることを示唆している。 あるいは、われわれの重力に対する理解に欠陥があるため、宇宙の中で観測され た質量分布から推測される重力場と、観測された重力場との間に不整合が生じた のだろうか。Ferreira と Starkman (p.812) は、見えない質量の問題を 解くために修正された重力の理論が生き残れるものかを吟味した。修正された 重力理論は存立可能ではあるが、さらに複雑になり、重力相互作用する見えな い要素を内包することになる。しかし、我々それによって知る世界は まだ今見える通りの世界ではないのだ。 (Wt,nk)
Einstein’s Theory of Gravity and the Problem of Missing Mass
p. 812-815.

窒素過剰(Nitrogen Overload)

陸上生態系における必須栄養素の循環は、人類の活動によって変化を受けてき ている。Elserたちは(p.835)、ノルウェー、スウェーデンそして米国の湖沼の 相対的な解析結果について報告し、水圏生態系、例えば湖沼においても同様で あることを示している。窒素とリンのどちらが植物プランクトンにとって増殖 制限要因なのかは、人為的要因で発生した大気中の窒素堆積によって影響を受 けるのだ。大気中窒素からの注入量が高い場合には、湖沼の植物プラン クトンにとって常にリンが増殖制限要因となる。なぜなら、窒素とリンの比率 が原条件に対して大きく変化してしまうためである。この事実は、窒素含有量 が低い湖沼では窒素量が植物プランクトンの増殖を制限していることと対照的である。 このような効果は、未開地の離れ た地域の湖沼ですら観察される。これは地球規模の生物の栄養素循環において、人類活 動が間接的、更には非常に広い範囲に影響していることを示している。(Uc,KU,nk)
Shifts in Lake N:P Stoichiometry and Nutrient Limitation Driven by Atmospheric Nitrogen Deposition
p. 835-837.

からみあった虹(Entangling Rainbows)

量子もつれは量子情報処理の心臓部である。将来、実用的な量子情報処理システ ムは複数の異なる周波数で動作する量子コンポーネントを連結したものになる であろう。Coelhoらは(p.823、9月17日号電子版)、3つの異なる周波数の 光線の量子もつれを達成する手法を提案している。異なる周波数の光線間でもつれ状態を交換する技術は、 複数の異なる動作周波数からなる次世代量子情報 処理プロトコルに応用できるであろう。(NK,nk)
Three-Color Entanglement
p. 823-826.

絶滅した受粉媒介者(Long-Lost Pollinators)

白亜紀初期(1億4000万年前)の被子植物の隆盛は、ハエやミツバチ、ジガバチ (wasps)などの受粉を行う昆虫の種々の共進化を伴っている。Renたち(p.840; OllertonとCoulthardによる展望記事参照)は、シリアゲムシ(scorpionflies)の 3つの科がジュラ紀中期(1億7000万年前)という早い時期に、裸子植物の花蜜 を摂食する特別な口の部位を進化させていたことを示している。 こうした昆虫やそれらと関係する植物の構造の特殊化や多様化は、かれらも また受粉に関与していたことを示唆している。 これらの昆虫の科は、後に被子植物が支配し始める白亜紀において絶滅する。(TO,nk)
A Probable Pollination Mode Before Angiosperms: Eurasian, Long-Proboscid Scorpionflies
p. 840-847.

蝶のアパルトヘイト(Butterfly Apartheid)

Heliconiusチョウは擬態性のカラーパターンに地域的な差があり、これが近縁 種の交配と関連していることから、生態学的な種の分化が進行中である可能性 がある。Chamberlain たち(p. 847)は、エクアドルにおいて、カラーパターン の類似性に基づく近縁種の交配の結果、Heliconius cydnoとこれと亜種の多 形集団の間には、生殖隔離が存在することが判明した。さらに、これら の形質は羽のパターン構成と視覚に影響を与える色素を制御している単一 の遺伝子によって影響を受けているようだ。このように、これらのチョウは種 が分離する初期段階にあり、これが生態学的形質で引き起こされ、種分化のイ ベントが観察可能となる。(Ej,hE)
Polymorphic Butterfly Reveals the Missing Link in Ecological Speciation
p. 847-850.

遺伝子治療により脳病の進行を遅らせる(Slowing Brain Disease with Gene Therapy)

映画「Lorenzo's Oil」で描かれた遺伝性の脳脱髄疾患、X連鎖副腎白質ジスト ロフィー(ALD)は、通常適合ドナーからの骨髄移植により治療される。この治 療は、ミエリンを産生する細胞中で分化する骨髄細胞を導入することで病気の 進行を遅らせる。Cartierたち(p.818;Naldiniによる展望記事参照)は、適合 ドナーのいない二人の若い患者に遺伝子治療に基づいた別の方法をテストした 。レンチウイルスベクターを用いて、生体外で患者の造血幹細胞中にALD遺伝 子の野生型のコピーを導入した。次に、その修飾された細胞を患者の背中に注 入した。移入された遺伝子の発現は、2年後でも患者の血液細胞中で検出され 、そして二人の患者は神経学的な改善が見られ、病状進行の緩やかさは骨髄移 植で見られたものと同じ程度であった。(KU,nk)
Hematopoietic Stem Cell Gene Therapy with a Lentiviral Vector in X-Linked Adrenoleukodystrophy
p. 818-823.

植物防御に関する細菌性のトリガー(Bacterial Trigger of Plant Protection)

自然免疫は、病原性微生物に対するホスト植物を守るために急速に活性化され る。米タンパク質XA21(このタンパク質は細胞表面に存在するキナーゼ領域を 持つ受容体であると考えられている)は、幾つかの系統のザントモナス細菌の 感染に応答して植物の防御を活性化する。Leeたち(p.850)は、細菌のタンパク 質AvrXA21をコードしている遺伝子を同定したが、植物の受容体XA21がこの細 菌のタンパク質に応答している。この194個のアミノ酸からなるタンパク質が 米の防御応答をトリガーするために分泌され、かつ硫酸化される必要がある。 植物と動物の双方において、受容体XA21と他の免疫応答受容体の間で類似性が 存在する。(KU)
A Type I-Secreted, Sulfated Peptide Triggers XA21-Mediated Innate Immunity
p. 850-853.

Coccoの死(The Death of Cocco)

Emilian huxleyiは単細胞植物プランクトンの仲間、鞭毛藻類コッコリソフォ ア(coccolithophore)の一種で、大発生を起こして、その炭酸カルシウムの 蕾の芽鱗を撒き散らすことで海洋の炭素サイクルに介在している。E huxleyiは 溶解性のウイルスに日常的に感染し死んでいるが、それはプランクトンの大発生 を急激に停止させることがある。 Vardiたち(p.861)は、感染に鋭敏であったり、或いは抵抗性のあるE huxleyi において、スフィンゴ脂質に基づく「軍備競争(arms race)」がホスト‐ウイ ルスの相互作用中の細胞の運命を制御していることを見出した。この脂質は活 発な感染における生物マーカとしても役立ち、海洋におけるウイルスとウイル ス介在プロセスのその役割、及び活性を定量化するのに役立つであろう。この 情報は、このようなプランクトン種の生物地球化学的な影響を評価する際にも 有用であろう。(KU,Ej,nk)
Viral Glycosphingolipids Induce Lytic Infection and Cell Death in Marine Phytoplankton
p. 861-865.

適度なものを選ぶ免疫学(Goldilocks Immunology)

T細胞は胸腺にあって、侵入してくる病原体に反応する一方、自己は無視する よう注意深く調整されている。これは、自己-ペプチド鎖を発現する主要組織 適合抗原(MHC)とT細胞受容体との間の相互作用を介してなされている。適度 な選択プロセスが実行されるのは、自己-ペプチド鎖MHCに対して応答しない、 あるいは強く応答しすぎるT細胞が除去される一方、「ちょうどぴったり」な 相互作用をするようなものが生存を許される場合である。その結果、特定の 外来性ペプチド-MHC複合体に対して高度に特異的なT細胞が残ることになる。 「ちょうどぴったり」な相互作用からの生存シグナルの受容(ポジティブ選択) と、応答しすぎる細胞の除去(ネガティブ選択)は、胸腺中で空間的かつ時間的 に分離されており、T細胞がどの段階でその高度なペプチド-MHC特異性を獲得 するのかは、はっきりしていない。単一のペプチド-MHC複合体を発現するマウ スを用いて、Wangたちはこのたび、その単一複合体さえあれば、広範囲の特異 性があるCD8+T細胞レパートリーの選択に十分であることを示している(p. 871)。 重要なことに、そうした細胞によるペプチドMHCの認識は高度に特異的であり、 ペプチド-MHC特異性は胸腺中でのポジティブ選択の際に獲得されることを実証 するものであった。(KF)
A Single Peptide--MHC Complex Positively Selects a Diverse and Specific CD8 T Cell Repertoire
p. 871-874.

砂漠の調整行為(Desert Balancing Act)

生態系の栄養素収支を見積もることは、その前提となる栄養素の流れに影響を 与えるプロセスや生命体の多様さのために、しばしば困難になる。例えば砂漠では、 生育のための制限栄養素である窒素は、生物的活動から 発生する2酸化窒素のような微量ガスの形で失われていくと考えられている。 McCalleyとSparks(p. 837)は、モハーヴェ砂漠(Mojave Desert)からの 調査結果を示しているが、太陽照射による高温(50℃を越える)が微生物の活動を抑制しているが、 そのかわりにそれが窒素の大部分を追い払っていることを示した。 現在あるいは将来、気候変動が不毛地域の生態系における窒素の 非生物的放出を増加させる時には、砂漠の窒素収支を再評価する必要がある。(TO,KU,nk)
Abiotic Gas Formation Drives Nitrogen Loss from a Desert Ecosystem
p. 837-840.

小さな分子性のタンパク質分解酵素活性化因子(Small-Molecule Protease Activator)

ヒトタンパク質分解酵素は多数の生物学的過程を制御している。そのほとんど は不活性酵素前駆体として貯蔵されていて、上流プロセスまたは自己-タン パク質分解によって活性化される。Wolanたちは、アポトーシス性プロカスパ ーゼ-3および-6を活性化する小分子を同定した(p. 853)。それらカスパーゼは ホモ二量体で、その化合物は活性部位の一つをおそらく競合的に抑制しつつ、非 占有部位による自己切断を促進するon-状態のある高次構造を安定化させてい るらしい。このようなことから、機能的かつ機構的な研究を促進するに違いな い、他の酵素前駆体に対応する別の小分子活性化因子を発見することも可能か もしれない。(KF)
Small-Molecule Activators of a Proenzyme
p. 853-858.

凍えるウイルス貯蔵庫(Shivering Viromes)

その凍えるような評判とは裏腹に、南極大陸には真水の池や湖が存在していて、 南半球の夏の間にほんの数週間だけ開水面が見られることがある。 それら水たまりの生態系は、予期されるように、極度の季節 性条件に対処できるよう特殊化されている。メタゲノム法によって、 Lopez-Buenoたちは、リビングストン島のLimnopolar湖のウイルス・コミュニ ティーを調べ、予想外に豊かな遺伝的多様性を見出した(p. 858)。 従来知ら れていなかった一本鎖DNAウイルスからなる有力なグループが発見され、おそ らく彼らの宿主である藻類が日照時間の増加につれて繁殖し始めるにつれ、春 の氷の融解後に一本鎖DNAから二本鎖DNAウイルスへの驚くべき遷移が観察され た。この多様なウイルスは、宿主生物が冬季における熱と光の極度の欠乏下で 生き抜くことを助けることにつながるような特殊化した遺伝子を分かち与えて いる可能性がある。(KF,nk)
High Diversity of the Viral Community from an Antarctic Lake
p. 858-861.

自己更新するマクロファージ(Self-Renewing Macrophages)

自己複製の能力は前駆細胞集団に付随していて、分化によって失われる。Aziz たちは、マウスの単球と転写制御因子MafBおよびc-Mafを欠くマクロファージ とを、増殖因子であるマクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)の存在の下で 培養する場合、この規則の例外となることを発見した(p. 867)。そうした条件 下では、MafB/c-Mafを欠く細胞は、成熟細胞の表現型と機能とを維持しながら、 連続的に分割し続けることができる。予想外のことだが、それら試験管内での 培養細胞をマウスに移植すると、それらは分割し続けるにも関わらず腫瘍を誘 発せず、むしろそれら自身を組織の中に取り込ませ、正常なマクロファージ機 能を採り入れたのである。誘導性多能性幹細胞KLF4およびc-Mycの自己複製能 力に関与する2つの遺伝子を抑制すると、MafB/c-Mafを欠くマクロファージの 自己更新能力が抑制された。生体内に再導入された際に形質転換をもたらさな い分化細胞集団のそのような長期増殖には、わくわくさせるような治療上の可 能性があるのだ。(KF)
MafB/c-Maf Deficiency Enables Self-Renewal of Differentiated Functional Macrophages
p. 867-871.

[インデックス] [前の号] [次の号]