AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 7 2009, Vol.325


フィブリンに注目する(Focusing on Fibrin)

血管が損傷すると生化学反応が起きて血液タンパク質のフィブリンが重合し、出血を停止させ傷口の治癒を助ける。フィブリンはさらに循環器疾患の原因となる血栓のきっかけにもなりうる。恒常性を維持するためにフィブリン血餅は丈夫で、可塑性があり、そのため、血管のネットワークは分解して浸透性を保持できるようになっている。Brown たち(p. 741)はフィブリン血餅の性質を、マクロ的にそして単一線維として、更に分子スケールで調べた。比較的小さい歪みでこの線維は整列し、束を形成するが、大きな歪みではタンパク質が伸展する。全体の構造モデルを作ることで、フィブリンの分子的弾性や伸展性が説明できた。(Ej,hE)
Multiscale Mechanics of Fibrin Polymer: Gel Stretching with Protein Unfolding and Loss of Water
p. 741-744.

氷河の融解の証拠は細部に隠れている(The Melting Is in the Details)

海水準は氷床や氷河の融解・成長に従い、上がったり下がったりする。このことから、氷河全体の体積変化の概要が分かるが、個々の地域的な氷原がどのくらい海水準の変化に影響を与えているかは殆ど分からない。氷河期と退氷期における地域的な氷河構造の変動を知ることによって、氷河期の周期のメカニズムが明らかにされるだろう。Clarkら(p. 710)は、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum)の時代における最大氷河範囲を明らかにするために、5000以上の放射性炭素と宇宙線生成核種の露出年代のデータを集め、解析した。北半球と南半球の結果は大きく異なっていた。このことは、個々の地域的な氷床の発達が海水準にいかに影響を与えていたかを示している。また、日照が退氷期に強く影響を与えていたことを明らかにしている。(Uc)
The Last Glacial Maximum
p. 710-714.

二枚貝の歴史を極める(Honing Bivalve History)

背景絶滅(background extinction=地質時代を通じ平均的に起きる絶滅)と短期間の大絶滅との二つを合わせて、種の絶滅が生き残った種系列に及ぼす永続的影響は何であろうか? Roy たち(p. 733)は海洋性二枚貝の良好な化石について、白亜紀最後の絶滅を含む過去2億年分調べた。平均的な絶滅率(背景絶滅率)は特定の種系列では高い傾向となり、また背景絶滅率は、その種系列内で起きたそれ以前の絶滅の歴史に影響されていた。こうして、新生代の種は白亜紀最後の大絶滅を反映しているのである。(Ej,hE,nk)
Phylogenetic Conservatism of Extinctions in Marine Bivalves
p. 733-737.

トウモロコシの遺伝子修飾の体系化(Codifying Maize Modifications)

我々にとって最も重要な穀物の1つであるトウモロコシは、過去100年以上に渡って遺伝子研究の対象となっていた。2つの近交系(inbred lines)の交配は、一般的に優れた子孫ができ易く、これは雑種強勢と呼ばれている。農業にとっての重要な形質を制御する遺伝的座位を地図化する試みがなされてきた(Mackayによる展望記事参照)。Buckler たち(p. 714) および McMullen たち(p. 737)は、ゲノム構造の再構成に関連する遺伝子地図を作った。その結果、非常に広範な種において、非常に多くの小さな順応プロセスが一つ一つ追加構成されていることが分かった。近交系トウモロコシ中での開花時期の差は大きな効果を持つ少数の遺伝子で生じているのではなく、多数の量的形質遺伝子座の累積によるものであり、その個々は僅かな形質への影響を与えるだけである。(Ej,hE)
The Genetic Architecture of Maize Flowering Time
p. 714-718.
Genetic Properties of the Maize Nested Association Mapping Population
p. 737-740.

宇宙衝撃波(Cosmic Shock Waves)

宇宙線は、天空のすべての方向から地球に照射してくる高エネルギーの荷電粒子である。宇宙線の内でわれわれの銀河内部起源のものは、超新星爆発によって生ずる衝撃波で加速されると考えられている。Helderたち(p. 719, 6月25日号電子版; Raymond による展望記事を参照のこと) は、RCW 86(この爆発した超新星は、西暦185年に中国の天文学者により目撃されたとみなされている)によって発生した爆風の一断面の速度と衝撃波通過後のプロトン温度を測定した。衝撃波通過後のプロトン温度は、宇宙線の加速がないとして予測されていたものよりずっと低いものであった。これは衝撃波後部において、宇宙線による非熱的な圧力がガスの熱的な圧力を上回っていることを示している。(Wt,KU,nk)
Measuring the Cosmic-Ray Acceleration Efficiency of a Supernova Remnant
p. 719-722.

多値(3値以上)レベルの量子エミュレーション(Higher-Level Quantum Emulation)

情報を符号化するデバイスが量子コンピュータの心臓部である。この量子符号化は通常、“量子ビット(a qubit)”で取り扱われており、古典的コンピュータにおいて0と1で符号化される2値レベルビットに類似した2値レベルの量子系である。しかしながら、2値の量子エネルギー準位である必要はない。量子コンピュータの心臓部にあるデバイス中では3値(a qutrit:キュートリット)、あるいは一般にそれ以上のd値レベル(a qudit:キューディット)があっても良いはずである。Neeleyら(p. 722; Noriによる展望参照)は5値レベル量子デバイスを実証し、そのキューディットを用いて、量子スピンの操作に関与するプロセスをエミュレートすることができることを示している。多値レベルキューディットの採用により、ある種の計算タスクが簡易化され、また量子コンピュータそれ自体を実現するために必要とされる回路を簡易化する事で量子情報処理実現のポテンシャルを持つている。(hk,KU)
Emulation of a Quantum Spin with a Superconducting Phase Qudit
p. 722-725.

ひずみによる自己組織化(Stressful Self-Assenbly)

ある物質を組み立てる際に形状を制御する方法の一つは、設計どおりの変形を生じさせるように力を加えることである。Dietzたち(p.725;Liu and Yanによる展望記事参照)は、DNAらせん体の束を蜂の巣状の格子に配列するように設計しているが、そこでは束になった他のらせん体に比べて、らせん体の幾つかには塩基対が挿入されたり除去されたりしている。その挿入や除去によるひずみ応力により、数十nmの規模でらせん体の束が目的のものへと組みあがる。湾曲の向きと大きさの双方とも制御可能で、半径6nm程度のしっかりとした湾曲が得られた。四角い歯状のギアといった複雑な形も複数の曲線状のエレメントを組み付ける事で作ることができる。(KU)
Folding DNA into Twisted and Curved Nanoscale Shapes
p. 725-730.

一酸化窒素の無い条件下で(No NO)

植物によって作られる炭素5個のジエン化合物であるイソプレンは、大気中に遊離される最も多い非メタン系炭化水素であり、対流圏の化学に重要な役割を果たしている。イソプレンは又、大気エアロゾルの発生源として作用し、気候に影響を与えていると見なされている。Paulotたち(p.730;Kleindienstによる展望記事参照)は、イソプレンがどのようにして二次的な有機エアロゾルの形成をもたらしているかについて述べている。ラボ実験において、低濃度のNO条件下(例えば、人為的影響の極めて少ない植物繁茂の地といった条件)でのイソプレンの光酸化により、ジヒドロキシエポキシド(エアロゾルの前駆物質ではないかと疑われている化合物)が高収率で作られた。この発見は、対流圏でのイソプレンの化学に関するより謎めいた側面の幾つかを説明する助けとなるであろう。(KU)
Unexpected Epoxide Formation in the Gas-Phase Photooxidation of Isoprene
p. 730-733.

食物連鎖を解明する(Untangling Food Webs)

食物連鎖の安定性に影響する因子は保存や生態系の回復にとって重要である。Grossたち(p.747)は一般化されたモデリングの手法を用いて、食物連鎖を安定化する(或いは不安定にする)特性を明らかにするために数十億もの食物連鎖の複製体(replicate)を評価した。連結の強さの可変性が大きくなると、食物連鎖は比較的小さな食物連鎖においてのみ安定化し、大きくなると不安定化する。食物連鎖の安定性を高めるネットワークの連結パターンに関して、普遍的、トポロジカル的な規則が導かれた。即ち、食物連鎖上位の種が複数の被捕食種を食べ、食物連鎖の中間に位置する種は複数の捕食種に食べられときに食物連鎖の安定性が高まる。(KU,nk)
Generalized Models Reveal Stabilizing Factors in Food Webs
p. 747-750.

RNAの戦争(RNA Wars)

RNA干渉(RNAi)において、ダイサーエンドヌクレアーゼは低分子干渉性(si)RNAを作り、タンパク質R2D2の助けを借りてsiRNA-誘導サイレンシング複合体(RISC)中に運ばれる。ガイドとしてsiRNAを用いることで、RISC、そして特にそのアルゴナウテ(Argonaute)サブユニットは相補的RNAを分解のターゲットにする。RISC複合体の他の成分を同定するために、Liuたち(p.750)は、精製したショウジョウバエのダイサーであるR2D2とAgo-2を用いて、コアRISCの活性を再構成した。タンパク質C3PO(RISCの成分3プロモータ)--これはトランスリン(Translin)とトランスリン-関連因子X(Trax)のへテロ二量体からなる--は、この系及びin vivoにおいて、siRNAパッセンジャー鎖切断産物の除去を通してRISCを活性化するTraxエンドヌクレアーゼの活性と共に、RISC活性を高めることが見出された。(KU)
C3PO, an Endoribonuclease That Promotes RNAi by Facilitating RISC Activation
p. 750-753.

タンパク質の輸送を止める(Jamming Protein Translocation)

抗生物質は現代医学において極めて重要な薬剤であるが、その薬効についての理解は、いまだその途上にある。SecYは細菌性膜タンパク質で、タンパク質が膜を通過して分泌することが可能になる複合体の重要な成分である。Van Stelten たち(p. 753; および、Breukinkによる展望記事参照) は、大腸菌細胞中で、膜を通過できないタンパク質とタンパク質輸送複合体が混ざると動きが止まり、SecYタンパク質はタンパク質分解酵素FtsHによって分解され、その結果細胞死に至ることを見つけた。細胞はFtsHの阻害剤であるYccAを増やすことで保護される。タンパク質の翻訳を阻害する抗生物質もまた、SecY機構を混乱させ、SecYを分解し、こうして細胞死に寄与している。(Ej,hE,KU)
Effects of Antibiotics and a Proto-Oncogene Homolog on Destruction of Protein Translocator SecY
p. 753-756.

痛みの可塑的な知覚(Plastic Pain Perception)

カンナビノイド(CB)受容体に作用する薬剤と内在性カンナビノイドは、ある種の型の疼痛の治療に向けての潜在的可能性をもっている。脊髄では、それらは痛覚、すなわち疼痛や痛み刺激の知覚を抑圧すると信じられている。Pernia-Andradeたちはこのたび、痛みの刺激によって脊髄内に遊離される内在性カンナビノイドが、CB1受容体に作用することによって、痛覚を抑制するよりむしろ促進する可能性があることを発見した(p. 760)。内在性カンナビノイドは、脊髄の興奮性シナプスにおける伝達を抑圧するだけでなく、抑制性神経伝達物質の遊離をブロックすることで、結果として痛覚を促進することもあるのだ。(KF)
Spinal Endocannabinoids and CB1 Receptors Mediate C-Fiber--Induced Heterosynaptic Pain Sensitization
p. 760-764.

形がみえてくる(Taking Shape)

DNA組換えの仕組みは、ある種の病原体が、自分の遺伝子を再編成することによって自分自身の外表面のタンパク質を修飾することを可能にし、それによって免疫系によって繰り返し検出されることを回避することも可能にしている。CahoonとSeifertは、ヒト病原体である淋菌の単一遺伝的座位の抗原変異が、特異的なシス作動性DNA成分によって引き起こされることを発見した(p. 764)。この16-塩基対のDNA配列は、試験管内で風変わりなDNA構造を形成した。それはグアニン四重項(G4)というもので、他にはほんのわずかな生物学的過程にしか関与しないものである。このG4形成配列は、抗原変異をもたらす遺伝子変換反応の処理に必要である。こうした知見は、DNA組換えの仕組みの理解と、微生物の病変形成におけるその役割の理解、双方にとって意味あるものである。(KF)
An Alternative DNA Structure Is Necessary for Pilin Antigenic Variation in Neisseria gonorrhoeae
p. 764-767.

転移RNAの固定(Transfer RNA Fix)

正確なタンパク質合成には、転移RNA(tRNA)が正しいアミノ酸によってアシル化されることが必要である。アラニンをセリンあるいはグリシンに誤翻訳すると、明らかに特定の難問が生じることになり、それはアラニル-tRNA合成酵素(AlaRS)の編集領域によって正されなければならない。Guoたちはこのたび、アミノアシル化と編集の領域とは別の、第3の領域C-Alaが、AlaRS機能のキーとなる役割を果たしていることを示している(p. 744)。それは、アミノアシル化領域と編集領域双方のtRNAAlaへの結合を促進する核酸-結合モチーフを形成している。これら2機能の結合が、AlaRSの進化において重要であったらしい。(KF)
The C-Ala Domain Brings Together Editing and Aminoacylation Functions on One tRNA
p. 744-747.

細かな樹状突起の発火の違い(Fine Dendrites Fire Differently)

錐体神経細胞は、脳皮質中の基礎的計算単位である。その遠位房状樹状突起(distal tuft dendrite)は、表層-Iを通って、皮質間および視床皮質系の長距離の連合性入力を提供する水平線維によって、強く神経支配されている。Larkumたちは、2光子励起グルタミン酸放出法という直接的な樹状突起記録とモデル化とを用いて、層-5新皮質の錐体神経細胞の尖端房状樹状突起が基本の樹状突起のように、n-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)スパイクを産生するかどうかを調べた(p. 756)。NMDAスパイクは、遠位房状樹状突起中で誘起されることがあり、一方Ca2+スパイクは二分枝点(bifurcation points)において引き起こされることがあった。過分極に活性化された電流をブロックすると、それらNMDAスパイクは増強された。つまり、NMDAスパイクの産生は、薄い、基本的な、また房状の樹状突起、それらすべてにおける一般的原理なのである。(KF)
Synaptic Integration in Tuft Dendrites of Layer 5 Pyramidal Neurons: A New Unifying Principle
p. 756-760.

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