AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 31 2009, Vol.325


連星の起源(Genesis of Binary Stars)

原始ガス雲の崩壊に関する数値シミュレーションは、宇宙で最初に形成された明るい天体は、孤立した大質量星であったことを示している。Turk たち (p.601, 7月9日号電子版) は、単一の原始雲が二つの高密度のコアに崩壊する可能性のあることを示している。3次元計算により、宇宙論的に真実性の高い初期条件から開始して、原始ガス(水素とヘリウムと小量の重水素とリチウムから構成されている)と暗黒物質の進化を追跡している。これによると、これらのコアは、進化が進むと連星系を形成する可能性のあることを示唆している。(Wt,nk)
The Formation of Population III Binaries from Cosmological Initial Conditions
p. 601-605.

漁業のために闘う(Fighting for Fisheries)

世界の漁業の将来に関する論議では、一方では完全に崩壊することを予測する者とこの見解に異議を示している者とがいる。この議論に加わっていた人々は今や全世界の漁業における最新の傾向について徹底的かつ定性的な再調査に力を合わせている。Wormたち(p.578)は、海洋捕獲漁業とそれを支える生態系の全世界的な再生を示している証拠を評価している。再生のために管理されてきた海域とそうではない海域とを対比することで、個別の魚群資源(individual stocks)から生物種や群集、そして大きな海洋生態系に至るまでの衰えや回復をたどる道筋を明らかにしている。漁業や生態系の再生に最も良い結果をもたらす解決策には、世界各地の大規模および小規模な漁業の双方の管理が必要である。(TO,nk)
Rebuilding Global Fisheries
p. 578-585.

超平坦な純粋金属フィルム?(Perfectly Flat?)

光が表面電子と相互作用するプラズモンの特性を利用したデバイスはセンサー、通信、エネルギー変換素子としての大きな潜在能力が期待される。プラズモンは金属表面に発生する電磁波の一種で界面に沿って伝搬するが、これを高精度で制御するためには精密なパターン形成が課題である。通常の蒸着やドライエッチングによるパターン形成では界面が粗れすぎている。Nagpal たち(p. 594)は、精密なパターン形成したシリコンの鋳型を除去する方法で、溝や出っ張り、ピラミッド、尾根、孔を有する超平坦な純粋金属フィルムを得た、得られた表面プラズモンは完全平面フィルムの理論限界に近い距離を伝搬した。(Ej,hE)
Ultrasmooth Patterned Metals for Plasmonics and Metamaterials
p. 594-597.

分子ふるい作成の最適化(Optimizing Molecular Sieve Production)

微細孔を有するアルミノケイ酸塩鉱物は小さな分子を濾過したり分離できるため、分子ふるいとして知られている。この分離効率は部分的には分離される物質の形や大きさの選択性に依存しており、欠陥があると拡散が容易になり、分離性能が劣化する。特定の空隙率を創り出すために、特定の構造ができ易い材料を利用して多孔性膜を作るが、この材料は長時間の加熱処理によって自身を除去する必要があり、この加熱のために欠陥が生じていた。Choi たち(p. 590) は、ケイ酸塩1系のゼオライトにおいて、熱処理を急速に行うと欠陥密度が激減することを見つけ、これによってキシレン異性体のような極めて類似した化合物のろ過分離効率を改善することを示した。(Ej,hE,KU)
Grain Boundary Defect Elimination in a Zeolite Membrane by Rapid Thermal Processing
p. 590-593.

マントルの酸化を追跡する(Tracing Mantle Oxidation)

地球のマントルの化学組成は地殻構造の条件によって変化する。たとえば、沈み込み帯の近くの熔融玄武岩はプレートが生まれる海嶺のような発散型プレート境界のマグマに比べ酸化の度合いが大きい。Kelley と Cottrell (p. 605; およびHirschmannによる展望記事参照)は、異なる地殻構造環境で熔融した岩石を非常に高感度のシンクロトロン分析法によって調べた。Feの酸化状態は水の含有量と移動性微量元素濃度とともに増加した。このように、水分を含んだ沈み込み帯では、形成分離した溶融物質が沈み込み帯上方のマントル酸化度を上昇させる。これがマントルの酸素フガシティー(oxygen fugacity)が場所によって異なることの説明になるであろう。(Ej,hE,og,nk)
Water and the Oxidation State of Subduction Zone Magmas
p. 605-607.

スルホニル尿素の作用を大きくする(Expanding Sulfonylurea Mechanisms)

スルホニル尿素は糖尿病の治療に用いられる薬で、アデノシン三リン酸-感受性のカリウムチャネルを通して作用し、脾臓からのインスリンの分泌を促進する。Zhangたち(p.607)は、スルホニル尿素の有益な効果が得られる別のメカニズムに関して報告している。スルホニル尿素はEpac2の活性を変える物質のスクリーンにおいて同定されたが、このEpac2は低分子量のグアニンヌクレオチド三リン酸分解酵素Rap1に対するグアニンヌクレオチド交換因子である。Epac2を欠いたマウスはスルホニル尿素への応答性が小さくなる。このことは、Epac2が糖尿病治療の薬剤開発における有用なるターゲットであることを示唆している。(KU)
The cAMP Sensor Epac2 Is a Direct Target of Antidiabetic Sulfonylurea Drugs
p. 607-610.

幼児の柔軟な言語学習能力(Young and Flexible)

幼児はどのように言語を理解し話すことを学習するのか?毎年何百万の子供達がこの能力を身に付けるにもかかわらず、このことは未だに深い科学の謎になっている。更にこの学習能力には明らかに限界がない。バイリンガルの家庭で育った子供達は、一つの言語だけを学ぶ子供達と同じくらい早く二つの言語を身に付ける。KovacsとMehler(p. 611, 7月9日にオンラインで公開)は、バイリンガルの家庭かそれとも単一言語だけを話す家庭で育ったかという点を対比させて、言葉を習得する以前の一歳の子供達の認識能力の柔軟性について評価している。バイリンガルグループの子供は、整合しない言語的情報の扱いに関して印象的な能力を示した。すなわち、二つの異なる言語に生まれつきさらされている子供は二つの異なる文章構造、AABとABA、を左側からや右側から見たりして関連づける能力があった。一方、単一言語のみを話す者はより単純なAAB構造を関連づけられたのみであった。(Uc,KU,nk)
Flexible Learning of Multiple Speech Structures in Bilingual Infants
p. 611-612.

お互いの無関心を維持する(Maintaining Mutual Ignorance)

我々の腸には数兆に及ぶ細菌がコロニー形成しており、注意深く作られた区画により免疫系を活性化させない。このような区画形成により、我々の免疫系はこれらの微生物に「無関心(ignorant)」で、それ故に、区画形成が失われると、コロニー形成している細菌への免疫応答が生じるだろうということが提唱されてきた。細胞が微生物を検知すると、パターン認識受容体が発現する。例えば、Toll様受容体はこれら微生物のパターン特異性を認識する。Slackたち(p.617)は、Toll様受容体-依存性のシグナル伝達がマウスの腸での区画形成を維持するのに必要であることを示している。Toll-依存性のシグナル伝達が無いと、腸の細菌は体全体に撒き散らされ、マウスは細菌に対する高力価の抗体応答を開始する。この抗体応答は極めて機能的に重要であり、腸の微生物に対する全体的な無関心さが失われたにもかかわらず、マウスはこの細菌に抗毒性を示す。かくして、自然免疫の非存在下で、適応性の免疫系が宿主と細菌の相利共生が維持されるような形で補償している。(KU)
Innate and Adaptive Immunity Cooperate Flexibly to Maintain Host-Microbiota Mutualism
p. 617-620.

神経地図のマッピング(Mapping the Neuronal Map)

脊椎動物においては、感覚性情報は、脳内の神経地図として組織分布的に表現されている。この神経地図は脳内にいかにして形成されているのだろう? およそ半世紀前、Roger Sperryは「化学親和仮説(chemoaffinity)」を提唱したが、それによれば、標的上にある位置の手がかりが軸索投射部位を決定し、そのことによって組織分布的な神経地図が確立されるという。しかしながら、組織分布的地図形成の分子機構については、いまだに議論の余地が残されていた。Imaiたちはこのたび、組織分布的地図が、軸索が標的に到達する前に、軸索-軸索の相互作用によって形成されることを報告している(p. 585、7月9日号電子版;またMiyamichiとLuoによる展望記事参照のこと)。マウスの嗅覚系では、地図の組織分布は、軸索中に発現される誘導受容体Neuropilin-1およびそれへの反発性リガンドSemaphorin-3Aの発現レベルによって決定されている。そして、組織分布的な組織化は、標的である嗅球の非存在下においても生じている。こうした知見は、標的だけが神経地図の組織分布を決定するとしていたSperryのモデルが、再考されるべきだと示唆するものである。(KF)
Pre-Target Axon Sorting Establishes the Neural Map Topography
p. 585-590.

ストレス後の脳の再結線(Brain Rewiring After Stress)

慢性ストレスは、主に副腎皮質ステロイドの遊離を介して、脳ネットワークの経時的な構造調節を通じて、実行行動に影響を与えている。空間参照や作業記憶、行動の柔軟性におけるストレス誘発性の欠陥には、海馬と内側前頭前野双方におけるシナプスと樹状突起の再編成が関わっている。しかしながら、慢性ストレスの行動選択戦略への影響ははっきりしていない。Dias-Ferreiraたちは、動物が自らの選択結果に基づいて適切な行為を選択しているかどうかに慢性ストレスが影響しているのか検証し、慢性の予測不可能なストレスにさらされたラットが急速に習慣性の戦略を用いる方向にシフトしていくことを発見した(p. 621)。慢性的にストレスを受けている動物にみられる行動戦略におけるシフトは、そうした行動の根底にある連合性および感覚運動性の皮質線条体系における結合の劇的かつ多岐にわたる変化に対応しているのである。(KF)
Chronic Stress Causes Frontostriatal Reorganization and Affects Decision-Making
p. 621-625.

ゆっくりとパッケージを解く(Gradual Unpacking)

真核生物のDNAは、染色質の主要成分を形成しているヌクレオソーム上にパッケージされている。このパッケージに用いられる物質は、DNAを扱うことが必要なさまざまな機構、たとえば、複製や組換え、修復や転写複合体などのゲノムへのアクセスの障壁となっている。Hodgesたちは、酵母のRNA重合酵素II三元伸長複合体が、そのパスにおいて直接単一ヌクレオソームに出遭ったとき、いかに対処しているかを単一分子技術を用いて分析している(p. 626; またOtterstromとvan Oijenによる展望記事参照のこと)。この重合酵素はヌクレオソーム表面からDNAを積極的に剥ぎ取ることはせず、DNAがヌクレオソームからゆらぎながら離れ、少しずつ進んで、ヌクレオソームが不安定になるまで、忍耐強く待つのである。ある条件下で、不安定になったヌクレオソームは、DNAからすっかり失われるのではなく、むしろ重合酵素の後にあるDNAに渡し戻されることがあるのだ。(KF)
Nucleosomal Fluctuations Govern the Transcription Dynamics of RNA Polymerase II
p. 626-628.

電子の崩壊(Electron Breakdown)

電子は電荷とスピンを持っており、通常、これらは電子に束縛されている。しかしながら、一次元ワイアのような強い相互作用をもつ多体電子系において、電荷とスピンは分離するはずであるというようが以前から理論付けされていた(朝永-ラッティンジャー流体理論)。これまでは、この分離を実験により垣間見ることはあったが、疑問点がまだ残されている。Jompolたち(p. 597)は、一次元ワイアーのアレーと二次元電子ガスの間のトンネル電流を詳しく調べた。彼らは、その結果がスピン-電荷の分離を示す明らかな証しであると主張している。(hk,KU,nk)
Probing Spin-Charge Separation in a Tomonaga-Luttinger Liquid
p. 597-601.

単球の貯蔵所をモニターする(Monitoring Monocyte Reservoirs)

単球とは免疫系の細胞であって、組織障害や炎症の部位に補充され、そこで感染の解決を助け、組織修復にとって重要な役割を果たす。骨髄と血液は一次貯蔵所であり、障害後にそこから単球が動員されると信じられている。Swirskiたちはこのたび、脾臓もまた、単球の重要な貯蔵所であり、虚血性の心筋損傷の際にそこから補充されることを実証している(p. 612; またJiaとPamerによる展望記事参照のこと)。脾臓中の単球は血液由来の単球と表現型において非常によく似ていて、損傷した心臓へと動員され、そこに補充されているすべてのうちの大部分を占めることになる。化学誘引物質、アンジオテンシンIIが、単球の脾臓からの動員と損傷した組織への移動の最適化にとって必要とされる。(KF)
Identification of Splenic Reservoir Monocytes and Their Deployment to Inflammatory Sites
p. 612-616.

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