AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science July 24 2009, Vol.325


オニオオハシの熱交換器(Toucan Heat Exchanger)

オニオオハシ(学名:Ramphastos toco)は、体の大きさの約1/3にも相当する巨大な嘴によってすぐにそれとわかる。その嘴は、異性へのアピールであるとか、主食である果物採集への適応だと解釈されてきた。Tattersallら(p. 468)は、嘴は一義的に体温調節器官として機能しているのだ、という別な説明を試みている。オニオオハシは周囲環境に従って嘴への血流を変化させており、排熱(dump heat)のために効果的に嘴を冷却器として用いていることが、鳥の行動に影響を与えず詳細観察が可能な赤外線サーモグラフィー技術によって示されている。(Uc)
Heat Exchange from the Toucan Bill Reveals a Controllable Vascular Thermal Radiator
p. 468-470.

正のフィードバック(Positive Feedback)

気候と雲の間のフィードバックの効果が不確かであることは、世界的な気候予測をする上で最も大きな障害の一つである。Clement たち(p. 460)は、海面温度と雲と大規模な大気循環が東北太平洋地域で変化するかを調べた。雲による被覆の変化が海面温度の変化の第1の原因であるが、雲がこの温度変化に正のフィードバックを与えている。更に、広域の大気循環パターンが、曇りのパターンとも関連している。1つのモデルによると雲の被覆量と海面温度、および、20世紀の大気循環の間には、現実的な共変動を示した。(Ej,hE)
Observational and Model Evidence for Positive Low-Level Cloud Feedback
p. 460-464.

ひも理論と凝縮系(String Theory and Condensed Matter)

強相関電子系に関連する複雑な相互作用により、電子系における量子臨界や超伝導のような、”エキゾチックな振る舞い”が生じる。だが、こうした状態を記述しようとすると、通常の理論的なツールでは限界がある。ひも理論は、元はといえば重力や高エネルギー素粒子物理現象を解明するために発達した、高度な数学的アプローチである。ひも理論のある特性は、凝縮系(condensed matter systems)を記述するのに適切といえる。CubroviCたち(p.439;7月25日号電子版)は、ひも理論によるアプローチを採用し、そしてひも理論からフェルミ液体(Fermi liquid)の特徴的な特性を明らかにできることを示した。この定式化(formulation)は、凝縮系において現れるエキゾティック状態を記述する1つのアプローチを提供するものである。(TO,KU,Ej,nk)
String Theory, Quantum Phase Transitions, and the Emergent Fermi Liquid
p. 439-444.

スレオニンは不可欠(Threonine Required)

胚性の幹細胞(ES)は急速に分裂するため、急速な増殖を促進する代謝状態に存在している可能性を示唆させる。マウスのES細胞において通常の代謝物質の量を観察しながら、Wang たち(p. 435; および、7月9日号電子版)は、炭素代謝中にレベルの変化した代謝物質が関与していることを見つけた。メッセンジャーRNA のレベルを測定した結果、スレオニン脱水素酵素をコードしている遺伝子が異常に高く発現しているのが判明した。更に、増殖実験によってマウスのES細胞はアミノ酸スレオニンに決定的に依存していたことが分かった。(Ej,hE,KU)
Dependence of Mouse Embryonic Stem Cells on Threonine Catabolism
p. 435-439.

ブラックホールによるエネルギー増幅(Black Hole Energy Boost)

20以上の銀河が、可視光の1兆倍以上のエネルギーのフォトンを放射していることが知られているが、この放射がどこで発生しているのかはこれまで知られていない。これらの銀河は、活動性の銀河核を有する種類の中の一部であり、この銀河の中心には、超大質量のブラックホールがあると信じられている。このブラックホールから相対論的なプラズマジェットが現れ、銀河間の媒質に向けて数千光年にまで到達している。Acciari たち (p.444, 7月2日号電子版; Begelman による展望記事を参照のこと) は、近傍の活動性銀河であるメシエ87の、電波と超高エネルギーガンマ線の同時観測結果を与えている。超高エネルギーのフレア活動は、その銀河のコアで発生する電波フレアを伴なっていることを明らかにした。この発見は、活動性銀河からの最も高エネルギーの放射は、ブラックホールの直近にその起源があることを示唆している。(Wt,Ej,KU,nk)
Radio Imaging of the Very-High-Energy {gamma}-Ray Emission Region in the Central Engine of a Radio Galaxy
p. 444-448.

光り輝くコガネムシ(Bright Shiny Beetles)

チョウの翅や甲虫(コガネムシ)の体は美しい玉虫色であり、過去数世紀に渡ってニュートンを初め多くの頭脳明晰な人々の注意を引いてきた。ニュートンは、この色は薄膜が関与しているに違いないと理解していた。1911年、Michelsonは甲虫が金属性の色を呈することを記述し、1960年代の終わりには Neville と Caveney はこれらの金属的光沢をコレステロール液晶と関連させて議論した。Sharma たち (p. 449; および、Vukusicによる展望記事参照)は、金属質の緑色を呈する甲虫Chrysina gloriosaについて調べ、無偏光の光で照射したときは左円偏光だけを反射することを報告している。この甲虫の外骨格の基本となっている細胞構造は基本的には六方晶系で構成されており、局所的な曲率に依存して、ときどき5角形や7角形に変動している。このように同心性で入れ子状の弧状に並んだ細胞は実際コレステリック(あるいは、キラルネマティック)な液晶の分子配列に類似しているのである。(Ej,hE,nk,MN)
Structural Origin of Circularly Polarized Iridescence in Jeweled Beetles
p. 449-451.

バナナやブーメランをパッキングする(Packing Bananas and Boomerangs)

アキラルな分子を組み立てると、通常アキラルな領域が形成される。しかしながら、このような分子がバナナやブーメランのような形をしていると奇妙なことが起こる--その中心は平面から捩れて、左巻きか右巻きの螺旋をつくり、光を偏光するキラルな領域にパッキングされる(Amabilinoによる展望記事参照)。Houghたち(p.452)は、隣接する層のパッキングを乱すことでより複雑な状況にすれば、非常に局所的な位置と向きの規則性を持つ巨視的には等方的であるが、全体としてはキラリティを示す物質ができることを示している。第2の論文で、Houghたち(p.456)は、分子の化学的性質を変えて全体的なパッキングを更に高めることが出来れば、螺旋状のフィラメントが形成され、層構造にパッキングするような或る状況が作られることを示している。しかしながら、二つのタイプのパッキング間の乱れにより、巨視的にはキラルで、かつメソポーラスな構造が生じる。(KU)
Chiral Isotropic Liquids from Achiral Molecules
p. 452-456.
Helical Nanofilament Phases
p. 456-460.

小さな子ヒツジ(Little Lambs)

環境の変化において、生態学的動態と進化の動態は密接に絡み合っている。しかしながら、自然な条件下での表現型形質の動態の理解は未だ不足している。Ozgulたち(p.464;7月2日号電子版)は、生態学的応答及び遺伝子選択進化による過程からの影響との関連に注意して生物の表現型形質の動態を解析した。英国のセントキルダー島の野生ヒツジ集団(Soay sheep)においては、過去25年間に渡って平均的な体の大きさが大きく変動してきたが、平均すると徐々に小さくなっている。環境変化への生態学的応答がこの体重変化への主要なドライバーであり、進化的な変化の寄与は比較的小さい。ヒツジが小さくなったのは気候変動の結果、個体群の密度が子ヒツジの成長速度に及ぼす依存性の形が変更されてしまったからである。(KU,nk)
The Dynamics of Phenotypic Change and the Shrinking Sheep of St. Kilda
p. 464-467.

「ブタインフルエンザ」の病理学("Swine Flu" Pathology)

ブタ-起源の2009A(H1N1)インフルエンザウイルスによる病気の臨床スペクトルとその感染性は、完全には解っていない。Munsterたち(p.481;7月2日号電子版)とMainesたち(p.484;7月2日号電子版)は、ヒトインフルエンザに対して良く研究されたモデルであるケナガイタチを用いて、選定した2009A(H1N1)ウイルス単離体のその病変形成と感染性を代表的な季節性のH1N1と比べることで評価した。その結果は、多くの患者で観察された下痢や嘔吐を含めて、今まで見出された異常な症状の説明に役立つものである。結果はばらついてはいるが、2009A(H1N1)ウイルスは、高度に感染性の季節性H1N1ウイルスに比べると呼吸系の飛沫による感染はさほど大きくはないようだ。このことは、以前のパンデミックで観察されたような表現型を見る前に、哺乳類において更なるウイルス適応性が必要であることを示唆している。(KU)
Pathogenesis and Transmission of Swine-Origin 2009 A(H1N1) Influenza Virus in Ferrets
p. 481-483.
Transmission and Pathogenesis of Swine-Origin 2009 A(H1N1) Influenza Viruses in Ferrets and Mice
p. 484-487.

結びつくこと(Making Connection)

小胞体(ER)-ミトコンドリア結合は、カルシウムの恒常性、シグナル伝達、膜の生物発生、及びアポトーシスを含む多くの生理的プロセスに関係している。Kornmannたち(p.477,6月25日号電子版;Wiedemannたちによる展望記事参照)は、ERとミトコンドリア間のタンパク質性の結びつきを調べ、合成生物学と古典的な酵母細菌学を組み合わせて、二つの小器官を繋ぎとめているタンパク質複合体を見出した。大規模遺伝子相互作用のマップから、これらのER-ミトコンドリア結合は小器官相互のリン脂質交換に重要であることが示唆された。(KU)
An ER-Mitochondria Tethering Complex Revealed by a Synthetic Biology Screen
p. 477-481.

(ときには)みな一緒に(All Together Now (Sometimes))

多くの真核細胞の表面からは、運動性の繊毛や鞭毛が突き出ている。繊毛や鞭毛がいかに働いているかを理解することは、後生動物における繊毛細胞や、運動性微生物の生態と行動、さらに分子モーターとシグナル伝達の仕組みを理解するのに重要である。超高速ビデオ顕微法を用いて、Polinたちは、単細胞藻類Chlamydomonasrheinhartiiの鞭毛を2つもつ細胞が、細胞を前進させ続ける同期的拍動と急な旋回を可能にする非同期的拍動とを切り替えていることを発見した(p. 487; またStockerとDurhamによる展望記事参照のこと)。このランダムな進行は暗いところで生じ、細胞が散らばっていくことを可能にしており、原核生物における「直進しては方向転換する」行動が化学的勾配に沿っての移動を可能にするのと同様に、光に向かう運動を支持している可能性がある。(KF)
Chlamydomonas Swims with Two "Gears" in a Eukaryotic Version of Run-and-Tumble Locomotion
p. 487-490.

落ち着かせる薬(Keeping Calm)

ベンゾジアゼピンはもっとも多く処方されている抗不安薬であり、幅広い人々によって利用されている。しかし、ベンゾジアゼピンは鎮静作用や、耐性の発生、さらには長期投与後の禁断症状など、望ましくない副作用を引き起こすことがある。Rupprechtたちはこのたび、輸送体タンパク質(18-kD)リガンドであるXBD173が、動物と人間の双方にとって速効性のある抗不安薬であり、ベンゾジアゼピンのもつ有害事象も無く、臨床的に効果のある新たな抗不安薬としての有望なターゲットである、ということを発見した(p.490;6月18日号電子版)。(KF)
Translocator Protein (18 kD) as Target for Anxiolytics Without Benzodiazepine-Like Side Effects
p. 490-493.

止められた発生?(Stalled Development?)

ショウジョウバエの胚をパターン形成する発生上の制御遺伝子のほとんどは、活性化の前に、自分自身に結合しているRNAポリメラーゼII(Pol II)を停止させているらしい。ショウジョウバエの熱ショック遺伝子についての古典的研究は、停止したPolIIが、ストレスによる急速な誘導に対応できるようにそれら遺伝子を仕向けていることを明らかにしてきた。BoettigerとLevineはこのたび、停止されたPol IIにもう1つ潜在的機能が存在している証拠を提示している(p. 471)。停止した遺伝子はショウジョウバエの初期胚における遺伝子活性において同期的なパターンを作り出すので、胚の組織内の殆ど、またはすべての細胞が発現の開始時に新生転写物を現わすことになるのである。この同調性が、発生の際の転写の精度を高める役割を果たしている可能性がある。(KF)
Synchronous and Stochastic Patterns of Gene Activation in the Drosophila Embryo
p. 471-473.

主制御装置(Master Controller)

細胞小器官は、特化したプロセスの局所的制御を可能にしている。成長の促進のような、ある種の条件下では、小器官はその機能を変化させる必要がある。ミトコンドリアや小胞体の機能にとっては、遺伝子ネットワークの協調制御が必要だということが観察されてきた。このたびSardiello たちは、内部移行した巨大分子の分解に関与する主要な小器官であるリソソームを制御している遺伝子ネットワークを発見した(p. 473;6月25日号電子版)。多くのリソソーム遺伝子は、単一の転写制御因子TFEBによって制御されていた。TFEB自身は、リソソームが機能不全を起こすと活性化され、細胞中のリソソームの量だけでなく、ハンチントン病の患者に蓄積されてしまう変異タンパク質などの複雑な分子の分解能力をも制御することができる。こうした結果は、細胞障害を引き起こす巨大分子の異常な蓄積によって特徴付けられている、人間におけるリソソーム性の貯蔵障害の治療にも意義をもちうるものである。(KF)
A Gene Network Regulating Lysosomal Biogenesis and Function
p. 473-477.

[インデックス] [前の号] [次の号]