AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 17 2009, Vol.325


砂の中を泳ぐ(Swimming Through Sand)

砂は固体の粒子から成るが流体の様に振る舞うこともある。もし、あなたが砂の中を泳ぐ必要があったならどうしますか?腕と脚を使って推力を作り出しますか、それとも、体をできるだけ引き締めてくねくねうねらせて進みますか?Maladen たち(p. 314)は、砂トカゲが砂に潜る時の様子をx線でその動きを映像化した。砂トカゲは腕を使って泳ぐのではなく、腕は体にぴったりつけて、体全体を使って大きな振幅の進行波を作り、これによって推進していた。モデル化によって、液体でもなく、固体でもない媒体中を進むトカゲの推進方法の説明ができる。(Ej,hE,nk)
Undulatory Swimming in Sand: Subsurface Locomotion of the Sandfish Lizard
p. 314-318.

複数光子の多重衝突(A Multiple Photon Pileup)

量子光学分野は、熱源から放射される2つの独立した光子が束にる傾向があるという観測から始まった。同じことが多くのボソンに対しても言える。しかしながら、数が増えていくと、ボソンの統計と相関は実験的にどのように進化していくのだろうか?Assmannたち (p. 297)は、光電変換で発生する電子ビームを高速偏光させて、極めて短い光パルスの波形観測あるいは分光などを行うストリークカメラ技術を開発した。このカメラは光子数を識別でき、検出器側での光子間の高次の相関を計測することができる。この結果は、独立した光子の数が増えるに従って、束になる傾向がより強くなるということを示し、予想された「光子数nの階乗」依存性が立証された。(hk,KU)
Higher-Order Photon Bunching in a Semiconductor Microcavity
p. 297-300.

縁に生きる(Living on the Edge)

最近、形態的な絶縁体とでも言える物質状態が報告されているが、これは物質のバルクな状態は絶縁体であるが表面は金属状態を示し、フェルミ表面形態で保護されている。Roth たち(p. 294;および、Buttikerによる展望記事を参照) は、表面の電流が試料の周縁部においてエッジ状態とでも言える状態を持つことを示した。これは量子スピンホール効果の理論とも一致し、高磁場における2次元電子ガス中の電流輸送と類似している。(Ej)
Nonlocal Transport in the Quantum Spin Hall State
p. 294-297.

揺すると壊れない(Shaking Prevents Breaking)

振動によって分子結合を励起すれば、直感的には引き続き起きる化学反応において結合が切れる可能性が増すと考えられる。W.Zhang たち(p. 303)は、 F + CHD3反応の詳細な分光学的研究において、全く逆の結果を得た。C-H伸縮振動を励起すると、常にDFとCHD2が生じるが、これはCHに振動が存在しないとき、もっと高い収率でHF と DFが生じるのとは対照的である。この効果の根底にあるメカニズムは不明であるが、この現象によって比較的単純な分子の反応動力学においても、予期しない複雑さが含まれていることが分かった。(Ej,hE,nk)
CH Stretching Excitation in the Early Barrier F + CHD3 Reaction Inhibits CH Bond Cleavage
p. 303-306.

失読症と学習を解剖する(Dissecting Dyslexia and Learning)

それなりの努力をしても読解の学習が困難であるのが失読症と見なされている。Gabrieli (p. 280; および、表紙を参照)は、失読症の原因に関する最近の研究をレビューした。神経画像処理の研究において、失読症初期にこれに気付き、早期に介入することで失読症の症状を和らげることが期待されている。学習は多くの場から成り立っている。人間は唯一、学校や教育課程といったしっかりとした教育の場を利用している動物である。子供も乳児も、このような学校教育以外で、しばしば複雑な社会的相互作用から多くのことを学んでいる。Meltzoff たち(p. 284)は、人々が経験する多様な学習内容について調査し、近年の神経科学やロボット工学の発展によって、どのような学習が新たに形作られるかを考察している。(Ej,hE,KU)
Dyslexia: A New Synergy Between Education and Cognitive Neuroscience
p. 280-283.
Foundations for a New Science of Learning
p. 284-288.

降りていく(Stepping Down)

地球環境は過去520万年間で著しく変化したが、この期間に永久氷床が北半球で発達し、氷河期のサイクルがおよそ4万年ごとの周期からこの50万年の間の10万年周期が支配的なものへと変化した。これらの変化に関する最も大きな疑問の一つは、この変化が緩やかで一様な寒冷化の傾向に対する「閾値」を超えたことによる応答なのか、あるいは、別々の寒冷化の事象に対する応答を表しているのかということである。Sosdian と Rosenthal (p.306) は、北大西洋の深海温度の記録を与えている。これによると、300~250万年前と120~85万年前との2回はっきりした寒冷化が起きた。彼らの記録と深海の酸素同位体の記録とを結びつけると、地球規模の寒冷化による効果と氷床のダイナミクスの効果を区別することができる。(Wt,KU,nk)
Deep-Sea Temperature and Ice Volume Changes Across the Pliocene-Pleistocene Climate Transitions
p. 306-310.

経済的なネアンデルタール人のDNA配列の決定(Economic Ancient DNA Sequencing)

大昔のDNAの解析は入手可能な配列決定に必要なDNA試料の不足により制限されることが多い。Briggsたち(p.318;Pennisによるニュース解説参照)は、古代のDNA配列の修復に関する一つの方法を記述している。この方法は、直接的なPCRに基づく方法に伴う多くの困難性を回避しながら、ショットガン法による配列決定のコストを大きく抑えるものである。彼らは5つの完全な、及び一つのほぼ完全なネアンデルタール人のミトコンドリアDNAゲノムを復元したが、単純なショットガン法では、一部のDNA解析から判断するため、解析精度が低く、ネアンデルタール人全体の傾向を見るために必要な「変動幅」が大きく出てしまう。これは現実的なコストで実現するためにはやむ終えないことであったが、そのために、従来、人口を大きめに推定していた。彼らの方法によるミトコンドリアDNAの多様性の解析から(現在人の1/3)、ネアンデルタール人の実質的な人口は現代のヒトや類人猿よりも遥かに少ない人口であったことを示唆している。(KU,Ej)
Targeted Retrieval and Analysis of Five Neandertal mtDNA Genomes
p. 318-321.

蛾と蝙蝠の戦い(Moths Battling Bats)

多くの夜に飛行する昆虫は攻撃してくる蝙蝠の超音波を聞くと、回避行動をとる。蛾の中には、回避行動の際に超音波を発信するものがいる。この超音波に関する3っの機能が提唱されている:蝙蝠をびっくりさせる、味がまずいと警告する、蝙蝠の超音波システムを「混乱(jam)」させる、この3っである。Corcoranたち(p.325)は、特殊な濃密な一連の超音波信号を発信するヒトリガ(tiger moth)調べ、そして超音波を発信する蛾と発信しないようにした蛾を用いた際に示される蝙蝠(big brown bat)の迎撃行動を調べた。もし、蛾の音波が蝙蝠の驚きを誘うものであれば、初めて聞いた蝙蝠は最初攻撃をためらうが、しかしながら次にはその音に慣れて、結果として攻撃を完遂する。対照的に、蛾の音が警告を示す音であれば、初めて聞いた蝙蝠は最初音を発信している蛾の攻撃を行うが、味がまずいことを知り、その後の飛行においてそのような蛾を捕獲しなくなる。実験において、蝙蝠の殆どは間違いなく音を発信しない蛾の方を捕獲し、音を発信する蛾の捕獲を完璧に回避する。蝙蝠の最初の飛行から最終飛行の間で、捕獲に関する確率が増減したという証拠はなく、蛾の音が蝙蝠の超音波システムを効率的に混乱させていることを示唆している。(KU)
Tiger Moth Jams Bat Sonar
p. 325-327.

分泌性アミロイドの多様な機能(Plethora of Secretory Amyloids)

タンパク質凝集とアミロイドの形成は、アルツハイマー病、パーキンソン病及びⅡ型糖尿病等数十の病理学的状態と関係している。更に加えて、機能的な働きをするアミロイド系も僅かながら知られている:キノコ状のプリオン、細菌性タンパク質のカーリ(curli)、カイコ卵殻の絨毛膜タンパク質、及び哺乳類の皮膚の色素沈着に関与するアミロイドタンパク質Pmel-17等。Majiたち(p.328,6月18日号電子版)は、内分泌ホルモンのペプチドとタンパク質が分泌顆粒中にアミロイド様の状態で貯えられていることを提唱している。かくして、アミロイドの折りたたみ構造は基礎的な、大昔からの、進化的に保存されたタンパク質構造のモチーフを示すもので、正常な細胞や組織の生理学に寄与する多様な機能を行っている可能性がある。(KU)
Functional Amyloids As Natural Storage of Peptide Hormones in Pituitary Secretory Granules
p. 328-332.

冷酷な殺し屋RIP(The Grim RIPper)

細胞はアポトーシスとネクローシス(necrosis:壊死)として知られている異なるプロセスにより細胞死を迎える。アポトーシスの制御についてはネクローシスよりもよく理解されている。TNF(tumor necrosis factor:腫瘍壊死因子)で処理された細胞のネクローシス制御に関与する遺伝子産物のスクリーンにおいて、D.-W.Zhangたち(p.332:6月4日号電子版)はタンパク質キナーゼRIP3を同定した。TNFとアポトーシスを抑制するカスパーゼ阻害剤で処理された細胞において、7つの代謝酵素がRIP3と相互作用しており、そのうちの幾つかはミトコンドリアと関係している。活性酸素種の生成はTNF誘導のネクローシスに必要であり、RIP3の欠乏により活性酸素種の生成が減少した。このように、RIP3はエネルギー代謝と細胞死の機構を結びつけるようなメカニズムに関与しているようだ。(KU)
RIP3, an Energy Metabolism Regulator That Switches TNF-Induced Cell Death from Apoptosis to Necrosis
p. 332-336.

ハエの腸における生得的免疫(Innate Immunity in the Fly Gut)

キイロショウジョウバエは、扱うのがたやすく、また順応性の免疫系を欠いていることもあった、生得的免疫(自然免疫)を研究するのに重要なモデル系である。自然免疫を制御している遺伝子群を同定するため、Croninたちは、経口病原性微生物である霊菌(Serratia marcescens)に感染したハエについて、RNA干渉スクリーニングを行った(p. 340;6月11日号電子版)。腸における免疫と、細菌を食べ死滅させるために決定的なマクロファージ様細胞と血球の制御に関与している遺伝子が同定された。数百の遺伝子が、細菌感染症への感受性あるいは抵抗性のいずれかを強化するのに関わっていた。さらに、細菌感染後の腸の幹細胞中でJAK/STATシグナル経路が活性化され、おそらく大部分は腸の幹細胞恒常性の制御を介して、結果として感染への感受性増強が生じたのであった。(KF)
Genome-Wide RNAi Screen Identifies Genes Involved in Intestinal Pathogenic Bacterial Infection
p. 340-343.

反復への抵抗(Resisting Repeats)

筋緊張性ジストロフィーを含む一群の病気は、RNAへ転写される際に他の細胞プロセスにとって有毒となりうる、ゲノムDNA中の単純な反復の拡張によって引き起こされる。この有毒な反復を負わされたRNAの効果を和らげることは、病気の症状の解放にもつながりうる。Wheelerたちは、筋緊張性ジストロフィー・タンパク質キナーゼメッセンジャーRNA(mRNA)に見出された拡張反復に対して相補的な、アンチセンス・モルフォリノオリゴヌクレオチドを開発した(p. 336;またCooperによる展望記事参照のこと)。このモルフォリノは、試験管内で反復に結合し、また、不適切に結合され隔離されたRNAスプライシング因子Muscleblind-like 1を置き換えた。筋緊張性ジストロフィーのあるin vivoでのマウスモデルでは、モルフォリノの局所注射によって、いくつかの遺伝子の代替性mRNAスプライシング、その中には筋特異的なクロライドチャネルであるCIC1が含まれる、を含む、筋肉における多数の細胞の欠損が正され、結果として筋緊張症がはっきりと減少するにいたったのである。(KF)
Reversal of RNA Dominance by Displacement of Protein Sequestered on Triplet Repeat RNA
p. 336-339.

下痢の生態学(Ecology of Diarrhea)

ロタウイルスは世界的な罹患率と死亡率上昇の原因であるだけでなく、その感染が乳児の生命にとって恐ろしい損害を与えているにも関わらず、その疫学は不十分にしか知られていない。新らしいワクチンが利用できるようになり、世界的展開に先駆けて合衆国で導入されるようになったが、それは予期しない効果を病気のダイナミクスに与える可能性がある。Pitzerたちはデータを分析し、ワクチン接種前および接種期間におけるロタウイルスの疫学を記述するモデルを開発した(p. 290; またMedleyとNokesによる展望記事参照のこと)。生態学的解析からは、出生率は流行の時期を気候の変化によるよりもうまく予想できたこと、また出生率の変化は何年にもわたっての変化を説明できたこと、が明らかになった。しかし、ワクチン接種された乳児の数が増すにつれて、集団中の感受性をもった個体も減っていき、それによってロタウイルスの地理的伝播速度の年毎の波にも影響がでてくるようである。(KF)
Demographic Variability, Vaccination, and the Spatiotemporal Dynamics of Rotavirus Epidemics
p. 290-294.

結合する銅の表面状態(Coupled Copper Surface States)

周期的に配列した量子ドットは新しい電子状態を作るが、これは閉じ込め効果により作られた状態のカップリングによる。Lobo-Checaたち(p.300)は、量子ドットの規則的な配列において銅の電子表面状態が変化することを示している。銅表面に形成された有機のオーバーコート層は直径1.6nmの孔を有しており、これがその表面状態をトラップしている。これらのトラップされた状態間のカップリングは光電子放出実験で明らかにされ、狭い離散的な電子バンドが形成されている。(KU)
Band Formation from Coupled Quantum Dots Formed by a Nanoporous Network on a Copper Surface
p. 300-303.

シミュレーションモデルの挙動(Model Behavior)

Bolling-Allerodと呼ばれる温暖気候の開始時期とされる、最終退氷期における初期温暖化が約14,500年前に突然始まった。今日まで最も詳細な数値シミュレーションは中程度複雑性モデルを使っており、より洗練された大気・海洋結合型全球気候モデル(CGCMs)は用いていなかった。実際的・技術的な難題を克服するために、Liu たち(p.310;TimmermannとMenvielによる展望記事を参照) は、CCSM3(最新技術である海洋大気結合型CGCM)を用いたシミュレーションを行った。従来の研究では、Bolling-Allerodは大西洋における深部海水循環のモード間の非線形分岐によって引き起こされたのだ、とされている。一方、このシミュレーションは、その発生原因は北大西洋領域表層への氷河融解水流入の中断によって引き起こされた過渡応答であった、と結論している。(Uc,Ej)
Transient Simulation of Last Deglaciation with a New Mechanism for Bølling-Allerød Warming
p. 310-314.

セレノシステインの作り方(Making Selenocysteine)

ヒトにおいては、セレノシステイン(sec)が唯一、それ自身の転移RNA(tRNA)合成酵素を欠き、その同族tRNA上で合成されるアミノ酸である。このプロセスは、セリンとtRNAsec のミスチャージング、セリンのリン酸化、そしてそれに続く、セレノリン酸塩をセレンドナーとして用いる酵素SepSecSによるリン酸化セリンのセレノシステインへの転換を含んでいる。Paliouraたちはこのたび、ヒトにおけるSepSecSやリン酸化セリン、チオホスフェイトtRNAsecの複合体の結晶構造に基づいた、セレノシステイン形成についての洞察を、生体内および試験管内の活性アッセイと一緒に提示している(p. 321)。tRNAsecのSepSecSへの結合は、ピロキシダール・リン酸塩ベースの触媒作用のために、tRNAsecに付着したリン酸化セリンを適切に向けさせるのに必要である。 (KF,KU)

【訳注】

The Human SepSecS-tRNASec Complex Reveals the Mechanism of Selenocysteine Formation
p. 213-217.

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