AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 5, 2008, Vol.321


精密天文学に向かって(Toward Precision Astronomy)

動的な宇宙(膨張する宇宙)においては、観測者からさらに遠方に向かい、いっそう速く離れていく天体のスペクトルラインのドップラーシフト、あるいは、赤方偏移、およびこのようなシフトそれ自体の時間変動を調べることが期待されている。しかしながら、速度変動の大きさを決定することは、これまで未達成の精密さ --- 一年に1cm/secより小さなレベル--- が要求される。Steinmetz たち (p.1335; Lopez による展望記事を参照のこと) は、光ファイバーによって生み出されるレーザー周波数コムを用いると、どのようにこの状況が変わりうるかを示している。彼らは、原理確認実験としてこのような等間隔の波長のコムと天文学的な観測(太陽)とを組み合わせて、スベクトル波長の精密な測定と校正を行っている。(Wt,nk)
Laser Frequency Combs for Astronomical Observations
p. 1335-1337.
ASTRONOMY: The Universe Measured with a Comb
p. 1301-1302.

降雨を和らげる(Moderating Rainfall)

エアロゾルは降雨を増加させることもあるし、減少させることもあるが、なぜ場合によって逆の方向に作用するのだろう?Rosenfeld たち(p.1309) はエアロゾルの降雨の減速剤としての役割をレビューし、見かけ上、反対方向の矛盾する効果を説明する概念モデルを提案した。空気が非常にきれいで少量のエアロゾルしか含まない場合、それらが雨粒の核となって早期に降雨を起こすため、大量の雨を降らせる長寿命の雲の発生が阻害されるが、他方、汚染のひどい雲であれば、雨になる前にエアロゾルのもや層の影響で微物理過程(microphysical)と放射(radiative)の組合せ効果によって、雲から多くの水分を蒸発させる。このように、エアロゾル濃度が中程度のとき降雨が最も効果的に起きる。(Ej,hE,nk)
Flood or Drought: How Do Aerosols Affect Precipitation?
p. 1309-1313.

循環にもどる(Back in Circulation)

23,000年前から19,000年前の最終氷期期間の地中海地域の気候は、今日よりもずっと寒かったことが知られているが、当時の主要な大気循環パターンは十分には知られてなかった。Kuhlemann たち(p. 1338, オンライン出版、7月31日号)は、氷が通年で存在するという意味の山岳氷河の平衡線高度、古代動物相、地域的な海面温度に関する文献データと新しいデータを総合して、大気の3次元的温度構造を再現した。このデータによって、北極冷気がたびたび侵入し、北西地中海に冷気を流し込んでいたことが明らかになった。異常に急激な垂直方向の温度勾配が、中部地中海で生じ、これから局地的対流による降雨があったらしい。1500年から1900年の間の小氷河期によく見られたような大気循環をしていたらしい。(Ej,hE,nk)
Regional Synthesis of Mediterranean Atmospheric Circulation During the Last Glacial Maximum
p. 1338-1340.

氷の損失量の限界(Putting Limits on Ice Loss)

グリーンランドや南極の氷床の周辺部からの氷の損失量は、高速に流れ出る氷河の放出と、海面に流れ出す氷塊の分離の動的な強制力によって生じているらしい。しかし、氷床の動力学についてはほとんど解ってないため、そのモデルでは正確なプロセスを表現することは不可能であった。個々の氷の源泉を見積もるという作業の代わりに、 Pfeffer たち(p. 1340) は、海面の多様な上昇速度を見積もるために必要な、グリーンランドと南極から出る氷河の氷の放出量がどの程度必要であるかを計算し、これらの放出量の信頼性を評価した。2100年までに2メートル以上の海面上昇はありそうもないが、もっと現実的な値として80センチから2メートルの間なら妥当性があるだろう。(Ej,hE)
Kinematic Constraints on Glacier Contributions to 21st-Century Sea-Level Rise
p. 1340-1343.

翻訳領域のスペース、時間および記憶(Coding Space,Time and memory)

計画を立てたり、自由に回想したり、問題解決といった知的な作業は、活性化に関する中枢神経系の自己組織化配列に依存していると考えられており、未来のことや過去のことの認知表現を可能にしている。類似の認知内容は似たような組み立て配列で示され、異なる認知内容は別の組み立て配列で識別されているはずである。この仮説に関する実験的な証明には大規模な組み立ての記録が必要である。Pastalkovaたち(p.1322:Millerによるニュース記事参照)は、動物が回転車を走っている際の記憶課題に関する遅延時間の間に、個々の時間ポイントが海馬神経細胞の或る特定の配列の発火によって特徴付けられ、時間を通して高度に特異的な活性化の配列を形成している。学習の間、複数の外部事象の時間的な順序は適切な神経細胞の表現を機械的に選択しているが、一方自由な回想や行動計画では海馬系固有のダイナミクスが配列相同性を決定している。(KU)
Internally Generated Cell Assembly Sequences in the Rat Hippocampus
p. 1322-1327.

脂肪酸の合成酵素に着目(Focus on Fatty Synthase)

構造上の研究により、脂肪酸やポリケチド、或いは非リボソームペプチドの合成に関与する大きな酵素系の理解が進んだ。Maierたち(p.1315、Smith and Shermanによる展望記事、および表紙参照)は、ブタの脂肪酸合成酵素(FAS)に関して報告しているが、7つの触媒領域のうちの5つ、2つの非酵素領域、および様々なリンカーが含まれている。その構造は、リンカー領域と触媒領域がどのように組織化されて反復性の脂肪酸の伸長に必要な柔軟性を与えているかを示している。モジューラポリケチド合成酵素と同じく、哺乳類のFASは「メガ合成酵素」として作用し、領域を変える生成物の挿入や、或いは削除を調節することで多様な生成物の形成を可能にしている。(KU)
The Crystal Structure of a Mammalian Fatty Acid Synthase
p. 1315-1322.
BIOCHEMISTRY: An Enzyme Assembly Line
p. 1304-1305.

転写制御の進化を追う(Tracking Evolution of Transcription Regulation)

生物情報学的アプローチは遺伝子の非翻訳調節エレメントの進化に関する洞察を与えるもので、これにより似たような遺伝子のセットから多様な発現結果がもたらされる(Wrai and Babbittによる展望記事参照)。最近のコンピュータを用いた幾つかの成果により、ヒトにおいて急激に進化した保存された非翻訳配列が同定されたが、しかしながらこれらの機能が進化の過程で変化したものかどうかは知られていない。Prabhakarたち(p.1346)は、HACNS1(human−accelerated conserved noncoding sequence)と呼ばれる非翻訳エレメントを非ヒト霊長類の相同分子種とともに用いて、トランスジェニックマウスの胚を作った。HACNS1は発生中の親指と手首の付け根を含めて、発生中の手と腕の接合部でレポーター遺伝子の発現を促進させた。配列の変化が同定され、チンパンジーのエンハンサーの発現パターンを「ヒト化」するらしい。Hongたち(p.1314)は、潜在的な転写制御因子の結合部位のクラスターを調べたが、この場合ショウジョウバエにおける転写制御因子Dorsalと既知の補助因子による制御の標的である。幾つかの二次的な、或いは「影の」エンハンサーが遺伝子発現パターンを持ち、主要なエンハンサーの発現パターンと重なり、そして核となる発現パターンを損なうことなく進化するらしい。(KU)
GENETICS: Enhancing Gene Regulation
p. 1300-1301.
Human-Specific Gain of Function in a Developmental Enhancer
p. 1346-1350.
Shadow Enhancers as a Source of Evolutionary Novelty
p. 1314.

膜分離のエスコート(ESCRT) (ESCRTing Membrane Scission)

いわゆるESCRTタンパク質は、多小胞体の生物発生やレトロウイルスの発芽、細胞質分裂などのさまざまな細胞過程および病的過程を触媒するのに関与しているとされてきた。これらの過程には、新たに形成される2つの膜-外被構造を分離するという、よくみられる最終的な器官脱離段階を必要とする、形態的に類似した膜イベントが含まれている。膜器官脱離を含む発芽段階が、いかにして触媒されているかについては、ほとんど知られていない。間接的な証拠からは、ESCRT-IIIが最終段階で重要な役割を果たしていることが示唆されている。とくに、ESCRT-IIIのサブユニットであるドミナントネガティブCHMP3は、ヒト免疫不全ウイルス1型の発芽と細胞質分裂とを抑制している。細胞質分裂には小胞形成が必要ないことから、ESCRT-IIIは膜器官脱離の段階を制御しているらしい。Lataたちは、電子顕微法による、別のヘテロマーなESCRT-III組立形成の証拠を提示している(p. 1354;8月7日にオンライン出版)。その構造は、芽の首の内側または分裂細胞間にある中央体に結合することができ、膜器官脱離を制御することができた。(KF)
Helical Structures of ESCRT-III Are Disassembled by VPS4
p. 1354-1357.

トランス-スプライシングの正常な対応物(The Normal Side of Trans-Splicing)

ヒトの腫瘍はしばしば、2つの別の遺伝子を融合して、その結果、タンパク質産物が発癌性となるキメラのメッセンジャーRNA(mRNA)をもたらすような、染色体再編成をみせるものである。Liたちは、腫瘍における染色体再編成によって産生されたキメラmRNAがときどき、トランス-スプライシングによって健康な組織内に産生されるキメラmRNAの、恒常的に発現されるバージョンを表していることを示唆している(p.1357; またRowleyとBlumenthalによる展望記事参照のこと)。(7;17)染色体転座を有するヒト子宮内膜間質肉腫において大量に発現されるJAZF1-JJAZ1キメラ性転写物を調べて、著者たちは、思いがけず、同じキメラ性転写物が、正常な子宮内膜の間質細胞に、それが(7;17) 染色体転座を欠いているにもかかわらず発現していることを発見した。この正常細胞では、こうしたキメラ性転写物は、独立に転写されたJAZF1およびJJAZ1のRNA前駆体の間でのトランス-スプライシングによって生じ、機能がわかっていないキメラタンパク質へと翻訳されていた。トランス-スプライシングは哺乳類細胞では稀なイベントと考えられてきたが、こうした結果から、腫瘍における染色体再編成によって産生される多くのキメラ性mRNAについての正常なRNA対応物を探すことによって、これ以外の例が見つかるかもしれないということが示唆される。(KF)
A Neoplastic Gene Fusion Mimics Trans-Splicing of RNAs in Normal Human Cells
p. 1357-1361.
MEDICINE: The Cart Before the Horse
p. 1302-1304.

質だけでなく、量も重要(Quantity, Not Just Quality, Matters)

直腸結腸癌は、世界における癌関連死の主要な原因の1つである。事例の20から30%は、その病気の家族歴のある個人に生じるので、何らかの遺伝要因が、実質的にリスクに貢献していると考えられている。Valleたちはこのたび、そうした要因の1つが、以前から直腸結腸癌病変形成に関与しているとされてきた鍵となるシグナル伝達タンパク質をコードする、ある遺伝子の発現レベルで継承されている変動であると報告している(p. 1361;8月14日にオンライン出版)。合衆国のコーカサス人種集団内で、直腸結腸癌を有する個人は、コントロール集団よりも、5倍から10倍も、トランスフォーミング増殖因子βのI型受容体をコードしているTGFBR1遺伝子の生殖系列アレル特異的発現を示しやすい。アレル特異的な発現は、生涯におけるTGFBR1発現の適度な、しかし生物学的に意味のある減少をもたらすらしく、これによって結局は、直腸結腸癌のリスクが増加することになる。つまり、病気のリスクへの遺伝的寄与には、遺伝子の機能を無効にしたり変えたりする変異だけでなく、遺伝子の発現レベルのベースを変化させるような微妙な変化も含まれるのである。(KF)
Germline Allele-Specific Expression of TGFBR1 Confers an Increased Risk of Colorectal Cancer
p. 1361-1365.

隕石の酸素同位体成分の解明(Explaining Meteorite Oxygen Isotope Composition)

原始的隕石は、3種の酸素同位体の相対的存在量の変動幅が広い。この変動は、一般に自己遮蔽の結果であり、これは原始惑星星雲において最も豊富に存在する酸素源であるCOからの16O原子による光吸収によると説明されている。17Oと18Oを含むより重いCO分子の同等の解離により、質量に依存した形の分画が生じる。Chakraboryたち(p.1328)は、原始太陽系におけるCOの解離を模擬したシンクロトロン放射光の実験でこのプロセスを調べた。彼らはその実験において、自己遮蔽からの予想に反する波長で起こる大きな分画を見出した。その代わり、このデータは、分画が解離前の励起状態におけるスピン-軌道結合を反映していることを示唆している。(KU,Ej,tk)
Experimental Test of Self-Shielding in Vacuum Ultraviolet Photodissociation of CO
p. 1328-1331.

本当の触媒の活性箇所(The Active Part of Real Catalysts) 

工業的に用いられている触媒の多くは、酸化物支持体と金属ナノ粒子で構成されいる。この構成のために、バルクな金属にくらべて表面積が大きくなり金属触媒の活性が高くなる。金属原子がより多く表面に存在するため、より小さい粒子はより高い活性を示すことができるのである。しかし、酸化物支持体との(欠陥や酸素欠乏箇所で)電子相互作用が存在する場合、触媒活性に寄与できる金属粒子の数が減ってしまう場合がある。Herzingたち(p1331)は、一酸化炭素の低温酸化に用いられる酸化鉄支持体上の金ナノ粒子の中に触媒活性が大きく異なる2つの種類があることを発見した。試料準備プロセス(乾燥プロセス)によってその活性は変わるという。原子レベルからナノ粒子まで様々な形態の金を観測できる高分解能顕微鏡を用いて、触媒活性が二重層金ナノ粒子の有無に強く依存することをつきとめた。この結果は以前報告された触媒モデルの結果と一致している。(NK)
Identification of Active Gold Nanoclusters on Iron Oxide Supports for CO Oxidation
p. 1331-1335.

イルスへの抵抗戦略(Viral Resistance Strategy)

宿主のウイルスへの抵抗因子の性質を理解することは、抗ウイルス性免疫への重要な洞察を提供してくれる。ある種の宿主遺伝子は、Friendレトロウイルス感染症に対してマウスを保護することが知られているが、そうした因子の1つである、ウイルス血症を軽減し、FV-特異的中和抗体の出現を促進する 「Friendウイルス(FV) 遺伝子3からの回復」(R fv3)の同定は、これまでつかみどころがなかった。Santiagoたちはこのたび、R fv3をコードする常染色体性遺伝子が、体細胞突然変異および抗体クラススイッチにおけるその役割についてだけでなく、抗ウイルス活性でも知られるデオキシシチジン脱アミノ酵素ファミリーのメンバー、マウスのApobec3であることを示している(p. 1343)。おそらく、ヒトのApobec3も、ヒト免疫不全ウイルス1型に対する効果的な体液性免疫応答の促進において同様の役割を果たしている可能性がある。(KF)
Apobec3 Encodes Rfv3, a Gene Influencing Neutralizing Antibody Control of Retrovirus Infection
p. 1343-1346.

Wnt受容体のシグナル伝達(Wnt Receptor Signaling)

Wnt糖タンパク質は、発生から癌にいたるまでの幅広い範囲で、重要なシグナル分子として作用している。Pan たちは、Wntのその受容体への結合が細胞内の生化学的シグナル伝達を惹起する仕組みにおけるミッシング・リンクを記述している(p.1350)。彼らは、ヒト細胞におけるWntシグナル伝達に必要な成分をスクリーンして、ホスファチジルイノシトール-4-リン酸5-キナーゼI型(PIP5KI)を同定した。活性化後に、Wnt受容体LRP6はセリンおよびスレオニン残基上にリン酸化されるが、PIP5KIはこのイベントにとって必要とされたのである。乱された(dishevelled)Wntシグナル伝達成分である裏打ちタンパク質がPIP5KIと相互作用し、縮れた(frizzled)Wnt受容体タンパク質が、ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸 [PtdIns (4,5)P]のWnt-依存的な形成に必要とされた。ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸の蓄積が、LPR6の凝集と結果的なそのリン酸化にとって必要であるらしかった。(KF)
Wnt3a-Mediated Formation of Phosphatidylinositol 4,5-Bisphosphate Regulates LRP6 Phosphorylation
p. 1350-1353.

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