AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 29, 2008, Vol.321


色とりどりの通信(Rainbow Signals)

多くの微生物は酸化還元活性色素を抗生物質として分泌し、その作用によって競争相手の他の微生物を殺す。実際、人類や他の生物はこの自然の成果を利用して自分を感染から防御するように適応してきた。しかし、これらの物質は単なる消毒薬ではなく、いくつかは、金属を取り込むなどの、特別な機能を有する物質を含んでいる。Dietrich たち(p. 1203) は、シュードモナス菌と放線菌類の2つの細菌のフェナジン(phenazine)類と呼ばれる抗菌色素を分析し、この色素は微生物コミュニティの構造を制御する信号伝達分子として重要な働きをすることを見つけた。これらの菌類では、内因性の抗生物質であるピオシアニンが転写因子のSoxRを活性化させる。大腸菌(Eschrichia coli)では、SoxRはスーパーオキシドのストレス応答を制御する。実際、多くの微生物では酸化還元性の低分子を生成し、酸化ストレスとは無関係に遺伝子発現や発生の重要な役割を果たすらしい。(Ej,hE)
Redox-Active Antibiotics Control Gene Expression and Community Behavior in Divergent Bacteria
p. 1203-1206.

偏光したカニ星雲(Polarized Crab Nebula)

中性子星を含むパルサー系は、粒子を巨大エネルギーにまで加速する。このエネルギーは、典型的には地球上の最も強力な加速器の百倍以上にまで達する。この系がどのように働くのか、そして、どこで粒子は加速されるのかは、厳密には明らかではない。Dean たち (p.1183; Celotti による展望記事を参照のこと) は、かに星雲 ---深宇宙において、もっとも劇的な光景のひとつであるが--- の近くから偏光したガンマ線放射を検出した。その結果は、電気ベクトルの偏光方向が中性子星のスピンの軸と同じ方向に並んでいることを示している。これは、偏光した光子の原因である高エネルギー電子のかなりの部分が、特定の方向(ここではパルサーの自転軸)によくそろったパルサー近くのジェット構造のなかで生成されていることを示している。これらの発見は、この種の強力な宇宙の粒子加速器を明らかにする強力な診断ツールを与えてくれる。(Wt,nk)
Polarized Gamma-Ray Emission from the Crab
p. 1183-1185.
ASTRONOMY: Life After Death
p. 1164-1165.

自然の山火事の過去と現在(Wildfire Past and Present)

自然発火による火事が生じるためには大気中の酸素がどのくらい必要か?自然発火による山火事の痕跡である木炭は地質年代を通じて普遍的に見られるが、もう一つの酸素の存在量に関する直接の証拠はほとんど無かった。大気中の酸素の進化に関して知られていることのほとんどはモデル計算からきており、それらの説の中には、2億5100万年前〜6500万年前の中生代の一定期間に酸素濃度は10%程度に低下したと唱えるものもある。ちなみに、現在では21%である。 Belcher たち(p. 1197) は、20℃大気圧、酸素濃度9〜21%の実験室での燃焼実験から、大気中の酸素濃度が15%以下では火事は安定的に存在できないことが解った。この結論と中生代の自然発火火事の限界値を比べ、中生代における大気中酸素レベルが10%〜12%になったことは無かったと結論した。(Ej,hE,nk)
Limits for Combustion in Low O2 Redefine Paleoatmospheric Predictions for the Mesozoic
p. 1197-1200.

クリーンなH/F スワップ(A Clean H/F Swap)

合成フッ化炭素の多くの応用においては、その不活性という特性を活用しており、これはその強力なC-F結合が素になっている。しかしながら、それは裏返すとこの化合物が廃棄物の流れに加わった時に、 環境中で自然分解しにくいということである。この物質は大気中での温室効果エネルギー吸収が強大であるので、化学的安定性に対する懸念が深刻な問題となりつつある。DouvrisとOzerov(p. 1188; Perutzによる展望参照)は、溶液中の珪素(Si)と炭素(C)を中心にもつ陽イオンを強固に安定化する塩素化やブロム化されたカルボランによるH/F交換反応(hydrodefluorination:C-F結合からC-H 結合への交換)を生じさせる効果的な触媒反応の系を示した。彼らは、カルボラン中でトリアルキルシランとフッ化炭素を混合することによって、恐らくシリルカチオンとカルボカチオンによる連続引き抜き反応により、炭素(C)上のF 置換基を珪素(Si)上のH 置換基に交換している。金属触媒による脱フッ素化反応とは異なり、このプロセスは芳香族部位よりも脂肪族部位でより選択的に交換反応をおこなう。(hk,nk,KU)
Hydrodefluorination of Perfluoroalkyl Groups Using Silylium-Carborane Catalysts
p. 1188-1190.
CHEMISTRY: A Catalytic Foothold for Fluorocarbon Reactions
p. 1168-1169.

ゆっくり湧き出る電子(Electrons Sprung Slowly)

銃弾の方が矢よりもより高い損傷を与えられるのと同様、突入する分子によって引き起こされる表面化学反応の効果も分子の突入速度に比例する。Nahlerらは(p1191)この通説に反する驚くべき報告をしている。高度に振動励起されたNO分子の場合、セシウムを単層コートした金表面への突入速度が遅い方がより多くの(効果的に)電子を解離させることができるという。NO分子の電気親和力はN-O結合の距離に依存し、伸張過程において外側限界にある電子が引力を受け、収縮過程で放出されるというモデルで実験結果を説明できる。電子放出は表面からの臨界距離に達したときに生じるため、遅い並進速度のほうが電子移動に必要な時間を十分に稼ぐことができる。(NK)
Inverse Velocity Dependence of Vibrationally Promoted Electron Emission from a Metal Surface
p. 1191-1194.

海山と地震(Seamounts and Earthquakes)

沈み込みプレートを横切る地形は、大きな沈み込みゾーンの地震の広さと分布にどの程度関わっているのか?たとえば、どこで地震が始まりどこで止まるのか、不均質な地形が地震の大きさを大きくしているかどうか、と言ったことに対して?このような地震に影響を与えると思われる最大の要因は、代表的には海面下にある海山であるが、これらが大地震を増強するのか抑制しているのかは今までは不確かであった。Mochizukiたち(p. 1194; von Hueneによる展望記事を参照)は、長い地震記録を有する一連の海山が沈み込んできている日本海溝を調査した。地震活動度は、沈んでいく海山の前面では強くなっているが、海山が通り過ぎた 後の地帯では低下している。2つのプレート間での相関はあったとしても弱いことが想定される。(hk,Ej,nk)
7 Earthquakes
p. 1194-1197.
GEOPHYSICS: When Seamounts Subduct
p. 1165-1166.

蜜と匂いによる交配戦略(Sweet Scent of Outcrossing)

花の匂いと花蜜に影響する花化合物は、花粉媒介をつかさどる昆虫を魅了することで植物の交配を助長すると想像されてきたが、この実験事実となると極めて稀であったし、忌避物質の機能については知られてなかった。Kessler たち(p.1200,表紙およびRagusoによる展望記事参照) は、この遺伝学的な根拠と野生のタバコの花粉媒介者の選択性に関する進化の結果を、誘引剤や忌避物質に影響する化学、遺伝学、遺伝子組換え、博物学、野外実験などからの2次的生成物の組合せと操作を使って研究した。その結果、花粉媒介者を花に引き寄せるには魅惑的匂いが必要であることがわかった。また、植物はニコチンのような毒性の物質を含む花蜜を利用し、特定の蜜の媒介者が飲み過ぎないで、より多くの媒介者に提供できるような戦略を採用しているらしい。このように、花の化合物は花粉媒介者を引き寄せると同時に拒絶する二重の役割を演じている。この両方の戦略によって植物の生殖は最適化している。(Ej,hE)
Field Experiments with Transformed Plants Reveal the Sense of Floral Scents
p. 1200-1202.
PLANT SCIENCE: The "Invisible Hand" of Floral Chemistry
p. 1163-1164.

古代都市の知恵(Ancient Urban Wisdom)

ヨーロッパ人到達以前のアマゾン地区には多くの人がもっと高密度に住んでいた。リモートセンシングと考古学的手法を組合わせて利用し、Heckenberger たち(p. 1214) は、ブラジルアマゾンの上部シング 川 盆地には、格子状に道路で結ばれた町、村、部落などが分布し、都市のような景観を示すプレコロンビア期の社会が存在していたことを示した。居住者たちは注意深く、多世代の資源を創造し管理することによって、高度に生産的で多様な農産物を栽培していた。この事実は、現代のこの地域で行われているトウモロコシやダイズに集中した大規模単品種農業の試みに対して、持続可能性のある発展への教訓となるであろう。(Ej,hE,nk)
Pre-Columbian Urbanism, Anthropogenic Landscapes, and the Future of the Amazon
p. 1214-1217.

チャネルを開く(Channel Opening)

大腸菌の機械感覚性チャネル、MscSは、低浸透圧性ショックを生き延びることができるように、膜の張力に応答してイオンの流出を許す。このたび2つの論文が、チャネル開閉の分子基盤についての洞察を提示している(GandhiとReesによる展望記事参照のこと)。Wangたち(p. 1179)は、開構造中でのMscSチャネルの結晶構造を決定しており、Vasquezたちは、脂質二重層中の開構造についての電子常磁性共鳴測定結果を得ている(p. 1210)。以前に決定されていた閉状態の構造との比較は、機能的データあるいは計算結果と併せて、チャネル開閉の原因となる膜貫通へリックスの運動のモデル化を可能にした。(KF)
BIOCHEMISTRY: Opening the Molecular Floodgates
p. 1166-1167.
The Structure of an Open Form of an E. coli Mechanosensitive Channel at 3.45 Å Resolution
p. 1179-1183.
A Structural Mechanism for MscS Gating in Lipid Bilayers
p. 1210-1214.

筋萎縮性側索硬化症患者からの幹細胞(Stem Cells from ALS Patients)

幹細胞は、損傷した細胞の置換と、病気のプロセスについての研究への道を開くことという2つの期待を抱かせる。後者の道は、特異的な患者に適合するように、あるいは特異疾患を反映するよう導かれた細胞から利益をえるものである。Dimosたちはこのたび、家族性型の筋萎縮性側索硬化症(ALS)に付随する遺伝的変異を担っている2人の高齢患者から得られた皮膚試料から、誘導多能性細胞(iPS細胞)を樹立した。(7月31日オンライン発行されたp. 1218; またBrownによる展望記事参照のこと)。誘導多能性細胞は、柔軟性において幹細胞に似ているが、続いて、培地中で分化細胞へと誘導された。とくに興味深いのは、運動ニューロンに似た細胞、すなわち筋萎縮性側索硬化症の進行につれて非常に苦しめられる細胞型、への誘導であった。(KF, hE)
【訳者追記】この記事については、8月1日号(Vol.321)の「ALS研究で幹細胞がブレークスルー」を参照してください。
Induced Pluripotent Stem Cells Generated from Patients with ALS Can Be Differentiated into Motor Neurons
p. 1218-1221.
DEVELOPMENTAL BIOLOGY: Neuron Research Leaps Ahead
p. 1169-1170.

生きているヒトの脳中のアミロイド-βペプチド(Amyloid-b in Living Human Brain )

アルツハイマー病には、非常に多くの関心が向けられてきているが、アミロイド-βペプチド(Ab)が、そうした注目の多くの中心になってきた。しかし、そのAbが老人斑の主要な成分であるという発見以来の20年を越える研究にも関わらず、そうしたプラーク型と神経毒性効果が生じているらしいヒト脳の細胞外間隙中での、Abの濃度あるいは制御については、実質何もわかっていない。このたびBrodyたちは、生きているヒトの脳の中でのAbの濃度を測定結果を提示し、Abが神経学的状態に合わせて動的に制御されていることを示している(p. 1221)。これらの知見は脳を損傷した患者の脳内微小透析を用いて得られたもので、脳障害やアルツハイマー病の将来の病態生理学的および薬力学的研究に寄与することになるだろう。(KF)
Automatic Mental Associations Predict Future Choices of Undecided Decision-Makers
p. 1100-1102.
PSYCHOLOGY: The Unseen Mind
p. 1046-1047.

光と鏡(Light and Mirrors)

光学的干渉計は、高精度計測のための基本的道具であって、機器設定に用いられる光の波長よりも短い変位を記録することができる。干渉計中の光は、しかしながら、鏡に「圧力」をかけることになり、システムそれ自体の変位をもたらすことになる。KippenbergとVahalaは、この光と鏡との「反作用」関係が厳密に調べられる最近の研究をレビューし、この効果の新規な応用だけでなく、基礎科学への発展の可能性についても論じている(p. 1172)。(KF,Ej)
Cavity Optomechanics: Back-Action at the Mesoscale
p. 1172-1176.

抑えられた超新星(Subdued Supernova)

巨大質量の星が崩壊してブラックホールを形成する際に生み出される活動的超新星は、強力なγ線バーストを生み出す。一方、より小さな星の爆発は、通常、より弱いX線を生み出す。この1月、新しい超新星が、弱いX線バーストを追いかけることで検出された。Mazzaliたちは、この事態の進化は、これまでの超新星とは違うということを示している(7月24日オンライン発行されたp. 1185)。最初、その星の光の変化曲線はよりエネルギーの大きい超新星に似ていたが、その後ヘリウムラインが現れてきたことから判断すると、爆発の外側での密度は低下した。これはエネルギーのより少ない爆発に見られるものである。つまり、この例はこれ以前の観察結果や複数のモデルを結び付ける可能性がある。爆発している星はわれわれの太陽の30倍の初期質量をもち、その物質のおよそ4分の1は、そのイベントによって射出されてしまうらしい。(KF,nk)
The Metamorphosis of Supernova SN 2008D/XRF 080109: A Link Between Supernovae and GRBs/Hypernovae
p. 1185-1188.

溶液中のVDAC-1構造(VDAC-1 Structure in Solution)

真核生物では、電位依存性イオンチャネル(VDAC)が、ミトコンドリア外膜を横切っての代謝産物の拡散を促進している。ヒトにおけるそのアイソフォーム、VDAC-1の閉鎖は、ミトコンドリアのアポトーシスを導く。Hillerたちは、洗浄性ミセル中でのVDAC-1の核磁気共鳴溶液構造を決定した(p. 1206)。既知のβ-バレル構造は、偶数個の鎖をもっているが、VDAC-1は、最初と最後の鎖が平行な対形成をする19個の鎖のバレルをもっている。化学シフトデータが、基質NADHとコレステロールの相互作用部位と、またチャネルを開きアポトーシスを抑制する抗アポトーシス性タンパク質Bcl-x[L]の相互作用部位とをマップ化するために用いられた。この構造は、既存の生化学的および生物物理学的データを再分析する枠組みを提供するものである。(KF)
Solution Structure of the Integral Human Membrane Protein VDAC-1 in Detergent Micelles
p. 1206-1210.

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