AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 12 2008, Vol.321


組織の再構築(Tissue Remodeling)

臓器等が損傷を受けると、瀕死の細胞は置き換えられて臓器機能を維持しようとする。組織置換のモデルとして昆虫の変態を用いることで、Weaver and Krasnow(p.1496,7月31日のオンライン出版、およびGonzalez−Reyesによる展望記事参照)は、ハエの呼吸系を再構築する前駆細胞を調べた。ハエの器官のほとんどで、新たな組織はその器官と関係する未分化の前駆細胞に由来しており、これらの細胞は変態のときまで静止状態のままであり、変態の時点で増殖し遊走し、そして瀕死の細胞に置き換わる。個々の細胞を標識付けし、それを追跡することで、分化細胞由来の、かつ気道の局所的な領域を置き換える二番目の呼吸系前駆体の集団を同定した。これらの分化細胞は新たな細胞型としての再分化能力とともに、本質的に増殖能力と発生上の可塑性を持っている。このように、単純な上皮器官ですら、組織の置換には異なる前駆体と細胞戦略が必要とされる。(KU,Ej )
Dual Origin of Tissue-Specific Progenitor Cells in Drosophila Tracheal Remodeling
p. 1496-1499.
DEVELOPMENTAL BIOLOGY: Return to the Proliferative Pool
p. 1450-1451.

廃熱の利用(Recovering Wasted Heat)

廃熱、特に産業的スケールでの利用は一般的に、例えば液体の水を蒸気に変換するといったような作用流体を用いての熱輸送に依存している。このような方法での効率は大規模、かつ熱勾配が非常に大きいときに最大となる。車のエンジンからといったより小さなスケールでの廃熱の利用において、作用流体として電流を用いる熱電系がより魅力的である。熱電変換材料に関する最大の関心はその固有効率(パラメータZTで記述される)に集中しているが、Bell(p.1457)は、車やエレクトロニクス、及び暖房や冷却、電力発生といった他の応用において熱電材料を用いる際の技術課題や見通しをレビューしている。(KU)
Cooling, Heating, Generating Power, and Recovering Waste Heat with Thermoelectric Systems
p. 1457-1461.

極端な振る舞い(Extreme Behavior)

地球温暖化は降雨の量や分布に大きく影響を与えることが予想され、湿潤地帯はより湿潤に乾燥地帯はより乾燥すること、そしてトータルの降雨量はいたるところで増加することも予測されている。こうした予測される変化のもう1つの重要な側面は、極端に激しい降雨現象が発生する頻度である。なぜなら、数回の豪雨による影響力は、数多くの並みの降雨による影響力とはまるで違うからである。AllanとSoden(p. 1481, 8月7日オンライン出版)は、人工衛星による観測と気象モデルシミュレーションを使い、気候温暖化が降雨現象の頻度や強度にどのように作用するかを評価した。彼等は、気温が上昇すると豪雨の発生頻度がより高まり、寒冷化するとその頻度は下がること、そしてこれらの極端な状態は、モデルが示唆してきた起こるべき頻度よりも、更に多くなると報告している。この結果は、地球温暖化による降雨の変化の影響が、これまで想定されてきた影響よりも大きいという可能性を示唆している。(TO)
Atmospheric Warming and the Amplification of Precipitation Extremes
p. 1481-1484.

どう、判った?(GOTCHA?)

ありがたいことに、コンピュータにできなくて人間にできる仕事がいまだに存在する。人とコンピュータの差を記述するための命題はCAPTCHAと略称されている。これはCompletely Automated Public Turing test to tell Computers and Humans Apartのことであり、意味するところは、コンピュータと人を独立に識別するための完全自動の公開チューリングテスト(手続き論理によるテスト)、である。21世紀において一般的になったウェブの利用では、オンラインシステムが人間を騙して悪用されることがあってはならないが、そのための手段として上記チューリングテストは安全確保の1手段となる。Von Ahn たち (p. 1465,8月14日のオンライン出版、および、表紙参照)は、このアルゴリズムを変更し、OCR(光学的文字認識)によって自動認識されない歪んだ文字を人間の労力によって訂正することに役立てた。OCRでは、不均一な紙の伸び縮み、インクのかすれなど、様々な理由から文字認識に失敗するが、ウェブ上にこれらの認識失敗文字の画像を提示し、一般ユーザーに訂正を委ねる方法で、読み込まれた文書の入力の清書を行った。この際の正解は多数決を採用した結果99%を超える、専門家のレベルに達する正解率を得た。(Ej,hE)
reCAPTCHA: Human-Based Character Recognition via Web Security Measures
p. 1465-1468.

伸縮したり、曲げたり、そして結合したり(Bend Me, Stretch Me, Flex Me, Connect Me)

湾曲したり曲げたり、伸ばしたりできる弾力性のエレクトロニクスの開発における制限の一つは、特に回路間を相互接続可能とする導電性の弾力性材料の不足である。Sekitaniたち(p.1468,8月7日のオンライン出版)は、伸縮可能な、多層の単層カーボンナノチューブ-高分子エラストマーからなる複合材料の開発と、この物を有機トランジスターのアクティブマトリックスアレイへの組み込みに関して記述している。このエラストマーはかなりの大きな変形に対して、低抵抗と可逆的な伸縮性と共に卓越した機械的、電気的な特性を示した。(KU,Ej )
A Rubberlike Stretchable Active Matrix Using Elastic Conductors
p. 1468-1472.

タイタンの物語(A Tale of Titan)

タイタンは、それ自身の内部磁場を持っていないが、土星の磁場から大きな影響を受けている。最近、タイタンは土星の磁場の影響を受ける領域の外側を通過したが、これが カッシーニ探査機により観測された。これにより、Bertucci たち(p.1475) は、これまでとは劇的に異なる磁場環境を与えられて違いを比較することができた。タイタンの電離圏は、それの尾部における磁気リコネクションにより、土星の磁場が惑星間磁場に置き換えられたと思われるまでは、しばらくの間土星の磁場の「記憶」を留めていた。(Wt,tK,nk)
The Magnetic Memory of Titan's Ionized Atmosphere
p. 1475-1478.

ダイナミックな電子顕微鏡(Dynamic Electron Microscopy)

透過型電子顕微鏡(TEM)は、物質の構造変化を研究する卓越した装置である。この装置の分解能はかなり改良されてきたが、更なる課題は高速に生じる現象を高分解能で追跡することである。レーザーを用いて電子銃を放射することで、高速のスナップ撮影が得られる。Kimたち(p.1472)は、第2のレーザーを用いて薄い多層の箔にある反応を起こしこのダイナミックTEMを適用した。電子銃からの電子到着時間の遅延量を変えることで、二つの物質が混合して互いに反応する際の伝播する反応前面での局所的な冷却と相変化の観察が可能となった。(KU,Ej )
Imaging of Transient Structures Using Nanosecond in Situ TEM
p. 1472-1475.

恐竜の隆盛(Rise of the Dinosaurs)

生物の新品種が多様化するのは、類似した生態系を共有する他の類似の種に対する優位性によって競合力を持つからなのか、あるいは、歴史的な偶然性の所産なのか?Brusatte たち (p. 1485) は、2億3000万年前から2億年前の後期三畳紀における恐竜の勃興と拡散をまとめたが、従来恐竜は強者が弱者を置き換える古典的進化拡散パターンの代表例とみなされている。初めの3千万年間恐竜はもう一つの大きなグループである祖竜と並んで進化を続けたが、祖竜は生態学的には恐竜と似た地位を占め、恐竜よりも多様な形態変化を遂げたが進化速度は恐竜と殆ど同じで差を識別できないほどであった。三畳紀の祖竜の拡散は、全体として進化速度が減少し、体型の相違が増加している。これは体型の変化と特徴の進化が相関していないことを示唆している。つまり、進化の歴史を見ると、恐竜の盛衰は強者生存ではなく、偶然性が支配しているように見える。(Ej,hE,KU,nk)
Superiority, Competition, and Opportunism in the Evolutionary Radiation of Dinosaurs
p. 1485-1488.

心臓のダメージのコントロール(Damage Control for the Heart)

心疾患の多くの型は虚血性イベントで始まり、この期間に心筋が不適切な血液供給を受け、結果として組織への不可逆的ダメージがもたらされ、有害な代謝産物が蓄積されるいたることになる。げっ歯類モデルを研究することで、Chenたちは、ミトコンドリアの酵素、アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)と呼ばれるものが、虚血によって誘発されるダメージに対して最も抵抗性のある心臓において定常的に活性化していることを発見した(p. 1493)。ラットの心発作モデルでは、虚血発作の前にALDH2の小分子活性化因子(Alda-1)を投与することで、心臓ダメージの範囲が少なくなった。これはおそらく、細胞障害性アルデヒドの形成が減少したことによる効果であるらしい。つまり、Alda-1あるいは関連の化合物は、冠動脈バイパス外科手術などの血液が制限された状況で心臓ダメージを最小化するための治療に用いることのできる可能性がある。(KF,KU)
Activation of Aldehyde Dehydrogenase-2 Reduces Ischemic Damage to the Heart
p. 1493-1495.

.何を食べるかがあなたの立場を決める(You Are What You Eat?)

生態学的モデルは、生物多様性は種間での資源の分配から生じ、そのせいで独特の資源利用パターンを備えた新しい種がコミュニティーに侵入するのが可能になっている、と示唆している。しかしながら、そうしたモデルは、現実世界における種による資源利用の違いが、種のそれ以外の特徴(からだの大きさや増殖率、代謝率など)によってはっきり見えなくなるために、観察と実験での検証がなされていない。FinkeとSnyderは、アブラムシを攻撃する寄生スズメバチのグループ内での宿主-忠実度行動(自分の宿主を特定的に攻撃する)を活用して、そうした障壁を克服している(p. 1488)。 それぞれのスズメバチ種は、アブラムシの多くの種を攻撃する幅広い消費者であるのだが、個々のスズメバチは、自分がそこから生まれてきたのと同じ宿主種を攻撃することを好む。幾つかのアブラムシ種のそれぞれで、異なったスズメバチ種を飼養することによって、消費者たる種のアイデンティティーやその種の多さ、資源利用のパターンに合わせて独立に操作できる、消費者スズメバチコミュニティーが構築できた。アブラムシ資源の活用は、消費者の生物多様性が大きくなるにつれて明らかに改善されるが、それは、コミュニティーの構成要素となる複数の消費者スズメバチが、それぞれ違った資源ニッチを分担しているときに限ってのことである。つまり、生物多様性そのものではなく、種間の資源利用の違いこそが、消費者側におけるより高次の生物多様性における資源活用を高めることになっているのである。(KF,Ej )
Niche Partitioning Increases Resource Exploitation by Diverse Communities
p. 1488-1490.

ほら見える、もう見えない(Now You See It, Now You Don't)

それぞれの物体は多くの異なったイメージを目に投げかける。脳は、その物体についての異なった見え方を、いかにしてその物体の単一の表現にまとめ上げているのだろうか? 視覚系の処理のトップレベルである下側頭葉皮質(IT野)のニューロンが、個々の対象の存在を、たとえそれらが異なった位置に現れても、シグナル伝達しているのである。LiとDiCarloは、異なった物体を中心の位置とそれより3度下あるいは上に提示した際の、2匹のサルのIT野におけるニューロンの応答を記録した(p. 1502)。サルが視野にある特定の1つの位置へと速い眼球運動(サッケード,saccarde)をしたらいつでも、2つの物体の間でそのアイデンティティーを系統的に入れ替えることによって、ITニューロンの応答は、入れ替えられた位置にある物体に対してあまり選択的ではなくなり、さらにはその選択性を逆にするに至った。つまり、IT野における物体の表現は、短時間で変わりうるのである。(KF,Ej )
Unsupervised Natural Experience Rapidly Alters Invariant Object Representation in Visual Cortex
p. 1502-1507.

もつれを強めて検出(Entanglement Enhanced Detection)

通常の画像化手法では対象物に光を当てて照らし、その反射光を観察する。対象物の方向に1つの光子を発射すると、反射された光子の有無によって対象物が存在するかどうかが判明する。もし、対象物が熱雑音の背景光に埋まっていれば、対象物を識別するための最低限の光量(光子数)が必要である。Lloyd (p. 1463) は、理論的に、もし照射光に量子力学的にもつれた(entangled)光の対を使い、その対の一方は参照用にすると、対象物を検出する能力が増強される。その結果、ノイズに対する信号の比(S/N比)が大きく増強される。もつれの度合いがmビットであれば、増強率は2mに達する。(Ej,hE)
Enhanced Sensitivity of Photodetection via Quantum Illumination
p. 1463-1465.

断層を監視(Fault Monitoring)

大地震の最中やその間に、断層に沿って地震計は絶えず多様なノイズを検出している。Brenguier たち (p. 1478)は、これらのノイズを利用して、断層の性質が時間とともに変化している様子を示した。サンアンドレアス断層に沿ったカリフォルニアのパークフィールドの近くの5年に渡る地震計のデータを調べ、、異なる地震計間のノイズの相関から、著者たちは断層に沿って地震特徴の時間的変動に局地性変動があることを示した。サンアンドレアス断層に沿って、2004年のパークフィールド地震を含む2つの大地震の間で、地震波速度が大きく低下し、これが継続していることがわかった。時間とともに生じる緩慢な変化の観察も可能である。(Ej,hE)
Postseismic Relaxation Along the San Andreas Fault at Parkfield from Continuous Seismological Observations
p. 1478-1481.

miRNAの管理(Micro (RNA) Management)

ミクロRNA(miRNA)とは、ほとんどすべての真核生物に見いだされ、一群のトランスクリプトームを制御している小さな非翻訳RNAである。それは多くの細胞プロセスや発生過程で決定的役割を果たしていて、その機能が揺らぐと、劇的かつ有害な結果が生じうる。miRNAの合成と処理については多くが知られているが、定常状態がいかにして維持されているか、とりわけmiRNAがどのようにして分解されているかは、ほとんど知られていない。いくつかの小さなRNA処理酵素が、リボソームのまた転移RNAの代謝にも役割を果たしていることを知った上で、RamachandranとChenは、miRNAを分解する能力を求めて、関連したシロイヌナズナのエキソヌクレアーゼをアッセイした(p. 1490)。小さなRNA分解ヌクレアーゼ(SDN)のクラスが同定されたが、それは短い一本鎖RNAに特異的なものだった。そのSDNの変異は、生体内でのmiRNAの異常な高レベルと、広範囲の発生上の欠陥をもたらしたのである。(KF)
Degradation of microRNAs by a Family of Exoribonucleases in Arabidopsis
p. 1490-1492.

癌におけるミッシング・リンク(A Missing Link in Cancer)

タンパク質mTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)は、癌や心血管機能障害など、多くのヒト疾患において中心的役割を果たしているもので、医薬品業界においては、創薬に向けた大きな努力の標的になっている。mTORの活性化をもたらすシグナル伝達機構については多くが知られているが、タンパク質代謝回転を制御している仕組みは、現在のところわかっていない。Maoたちは、最近ヒトの癌における変異やロスの新たな主要標的として同定されるようになった腫瘍抑制タンパク質FBXW7が、プロテアソーム経路を介して、mTORと相互作用し、mTORを分解の標的としていることを実証した(p. 1499)。FBXW7は ハプロ不全のヒト腫瘍抑制遺伝子であるので、そのデータは、mTORシグナル伝達の制御についての洞察を提供するものであり、治療介入のための可能な戦略を示唆するものである。(KF)
FBXW7 Targets mTOR for Degradation and Cooperates with PTEN in Tumor Suppression
p. 1499-1502.

オープンな事例、閉じた事例(Open and Closed Case)

カルシウムによってトリガーされるシナプス小胞膜融合は、いわゆるSNAREタンパク質とSec1/Munc18様タンパク質によって駆動される。Gerberたちは、マウスの遺伝学を電子顕微法と電気生理学と組み合わせて、融合中にある、進化的に保存されてきたMunc18-シンタキシンの機能を研究した(p. 1507、8月14日オンライン出版)。Munc18-1と結合できないが、しかしSNARE複合体およびMunc18-SNARE複合体を形成する「オープンな」シンタキシン-1を発現する変異マウスにおいては、Munc18-1-シンタキシン-1複合体が、シナプス小胞をつなぎ止め、それら小胞の融合比率を制御するのに選択的に必須となる。つまり、生体内では、シンタキシン-1機能は、融合を触媒するにとどまらず、融合を制御するところまでいってしまうのである。(KF)
Conformational Switch of Syntaxin-1 Controls Synaptic Vesicle Fusion
p. 1507-1510.

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