AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 4, 2008, Vol.321


“蜜の壷”(The Human Honeypot)

自然保護区へ寄せられる世界的な資金投入が保護区への人間の移動を誘導している(いわゆる“蜜の壷”仮説)し、その結果、保護努力の効果を減じていることが、保護論者や経済学者や開発関係者の間での懸念材料であった。Wittemyer たち(p. 123)は、アフリカやラテンアメリカの45カ国にまたがる306の保護区について、ここでの人口増加率は、これらの国の平均増加率の約2倍であることを明らかにした。保護区の周囲での高い人口増加率は、保護区への国際的献金、および献金の結果生ずる保護区に関する仕事やサービスの増加と相関があり、そして残念なことには、その地区での森林伐採の加速を伴っている。 しかし残念なのは、この地区で森林の伐採が加速していることである。(Ej,hE,nk)
Accelerated Human Population Growth at Protected Area Edges
p. 123-126.

過去の生物多様性の再評価( Reassessing Past Diversity)

過去の生命の多様性、そしてそれが時間と共にどのように変化してきたのかを評価するためには、個々の化石の精密な研究と多様な種類の化石を広範囲に扱う研究の双方を数多く集めたデータ集を総合することが必要である。Jack Sepkoskiが早くに行った奮闘の成果によると、彼の持つ海洋無脊椎動物の最初と最後の出現のデータは、カンブリア大爆発の次に続く、特に約1億年前からの多様性の増加を示している。Alroyたち(p. 97; Kerrによるニュース記事参照)は、生物分類の属レベルや類レベルを決定できる300万以上の標本(specimens)の新たな編集(compilation)を分析した。より以前の分析と対照して、そのデータは、ジュラ紀に生物の多様性が増加したことを示しており、そして新生代における多様性の増加は、より初期の時期に比べて特に高くないことを示唆している。(TO,nk)
Phanerozoic Trends in the Global Diversity of Marine Invertebrates
p. 97-100.

トランジスターナノフィルム(Transistor Nanofilms )

単壁カーボンナノチューブのエレクトロニクスへの適用を可能とするには、金属性ナノチューブから半導体性ナノチューブを抽出し、基板上に高密度に整列されたパターンに半導体だけを沈積させる方法が必要とされる。これらのステップは個々に、あるいは小規模には達成されていたけれども、その方法は大規模な製作には適合できない。LeMieuxたち(p. 101; Serviceによるニュースを参照)は、シリコン基板をシラン単分子膜で処理することで--シラン単分子膜は選択的に半導体性のカーボンナノチューブを吸着する--、彼らはカーボンナノチューブの溶液をスピンコーティングによりナノフィルムを生成したが、そこではナノチューブが整列され高密度に付与されていることを示している。このナノフィルムはオンオフ比100,000以上等の優れたトランジスター動作を示している。(hk,KU)
Self-Sorted, Aligned Nanotube Networks for Thin-Film Transistors
p. 101-104.

二重パルサーのテスト(Test of the Double Pulsar)

大質量天体が互いに近接して相手の周りを周回しているとき、一般相対論と強い重力のもとでは、それらの自転角運動量と公転角運動量とは相互に作用する。この相互作用は、それぞれの天体の歳差運動を引き起こす。この影響や他の関連する効果をテストすることは、二つの大質量天体の方位と回転を詳細に観察することが必要なため、これまで難しかった。 Breton たち (p.104) は、最近発見された二重パルサーがこのようなテストを可能とすることを示している。この系の幾何的な関係では、地球から見たときひとつのパルサーが他のものを掩蔽して、伴星からの電波放射の一部を遮断するようになっている。この遮断により、それの方位と回転に関する情報を得ることができる。4年間のデータは、相対論的な結合があることを確認するものであり、一般相対論と強い重力の理論との新しい試験方法を与えるものである。(Wt,nk)
Relativistic Spin Precession in the Double Pulsar
p. 104-107.

有機薄膜成長の過程(Steps in Organic Film Growth)

無機薄膜の成長過程においては、原子はレイヤー間の階段状の欠陥であるステップエッジを下っていくのではなく上っていく様子が時々観測されている。ステップエッジを下がっていくこの活性化の現象はEhrlich-Schwoebelバリアと呼ばれる障壁によって説明されている。Hlawacekらは(p.108)、有機エレクトロニクスや発光ダイオードに使われるよな分子(本研究では棒状分子パラセキシフェニル)の複雑な成長過程において、このバリアが作用しているのかを調べた。様々な厚さの薄膜の成長過程を原子間力顕微鏡により解析し、0.67 eVのバリアがあり、分子層が形成される初期段階では、このバリアが緩和することが明らかとなった。このように薄膜の成長過程は一層ずつ成長する初期の段階から、階段の端部での島状成長に変化する。遷移状態理論の計算により、原子膜成長とは大きく異なり、ステップエッジで棒状分子が曲げられている事が示唆された。(NK,KU,Ej)
Characterization of Step-Edge Barriers in Organic Thin-Film Growth
p. 108-111.

水と氷(Water and Ice)

氷床の表面で溶けた水は、氷床の底部に急速に供給され、氷と地表の界面の潤滑材となり、氷の動きを促進させる。地球規模の温暖化がどの程度極地方の氷床の融解を加速し、その結果海面の上昇速度にどのように影響しているのか?Van de Wal たち(p. 111) は、グリーンランド氷床の西の縁部に関する16年間のデータを示し、週単位では溶解水の生成量と氷床の移動速度に相関が見られるが、年単位では、両者の正のフィードバックは存在しないことを示した。このことから、溶解水が氷床内部の排液機構によって処理され、年単位の氷床の移動速度は主として氷の厚さと表面の勾配に依存していることが推測できる。(Ej,hE,nk)
Large and Rapid Melt-Induced Velocity Changes in the Ablation Zone of the Greenland Ice Sheet
p. 111-113.

生命の系統樹に向けて(Toward the Tree of Life)

真核生物全体に渡って系統分類学的分布を数量化することによって価値あるデータにするために、Sanderson (p. 121)は、完全な生命の系統樹を再構築することに取り組んでいる。入手可能なデータは、実質的に真核生物の全グループに分布しており、これには既知の種の10%が含まれているが、最もよく知られている遺伝子配列の情報はパッチ状にしか得られていない。驚くことではないが、情報の密なクレイドは哺乳類や他の脊椎動物、あるいは、顕花植物のような目立った代表的な生物相であるが、実験的モデル生物を中心とするその他生物も含まれている。真核生物における系統発生におけるギャップをつなぐため、特に多様性の大きい、かつ、研究が不十分なグループの協調した収集努力も必要である。(Ej,hE)
Phylogenetic Signal in the Eukaryotic Tree of Life
p. 121-123.

乳幼児突然死症候群のメカニズムとは?(A Mechanism for Sudden Infant Death Syndrome?)

セロトニン神経伝達の欠陥は、生後1年の間での第1位の死をもたらす乳幼児突然死症候群(SIDS)に関係していると考えられている。Auderoたち(p.130)は、セロトニン1A自己受容体(Htr1a)の過剰発現の結果として、セロトニン自己抑制の増強されたマウスにおける散発性の死の表現型に関して記述している。セロトニン作動性フィードバック制御の欠陥により、自律神経性の急性発症と死を大きく促進させた。今日まで、SIDS研究のほとんどは呼吸と心血管の欠陥に集中していた。しかしながら、この新しい知見は、SIDSが徐脈(緩慢な心拍数)と低い体温の双方を含む広範囲な交感神経性の不正常さと関係していることを示唆している。(KU)
Sporadic Autonomic Dysregulation and Death Associated with Excessive Serotonin Autoinhibition
p. 130-133.

ワードを拡げる(Spreading the Word)

シナプスの受容末端である個々の樹状突起棘は、拡散性の低分子を区画化している。特に、棘におけるCa2+シグナルはシナプス-特異的である。しかしながら、シナプスは拡散性のシナプス後因子を通して微妙な仕方で相互作用しており、このことは個々のシナプスで活性化されるが、しかし他のシナプスにも伝播する分子シグナルの存在を示唆している。Harveyたち(p. 136、6月12日のオンライン出版)は2光子グルタミン酸解放(uncaging)を用いて、Ras活性化を2光子蛍光寿命イメージング法により可視化しながら長期増強--記憶に関する電気生理学的関係--を誘発させた。Ca2+-依存性のRas活性化は10マイクロメートルの樹状突起長にわたって拡がり、拡散によって近くの棘に侵入した。短く伸びた樹状突起に沿っての隣接するシナプスは、このようなシグナルの下流への伝播により同時制御されている可能性がある。(KU)
The Spread of Ras Activity Triggered by Activation of a Single Dendritic Spine
p. 136-140.

卵から胚になるための自己貪食(Autophagy from Egg to Embryo )

自己貪食(autophagy)とは、新生児の飢餓期間における自己-栄養システムとして重要な、細胞内バルク分解システムである。Atg5というのが自己貪食にとって決定的な遺伝子であって、それをノックアウトしたマウスは、出生時には正常に見えるが、その後まもなく死んでしまう。そういうわけで、自己貪食というものは、哺乳類の胚形成の間は重要でない可能性があると想定されてきた。このたびTsukamotoたちは、自己貪食が哺乳類の胚の移植前(preimplantation)発生にとって必須であることを実証している(p. 117)。受精後には、母系性タンパク質が急速に分解され、接合子のゲノムによってコードされた新しいタンパク質が合成される。母系あるいは父系由来のAtg5の非存在下では、自己貪食 は卵から胚への遷移期間において不可欠なのである。(KF)
Autophagy Is Essential for Preimplantation Development of Mouse Embryos
p. 117-120.

ラットよ走れ(Rat Run)

海馬の背側および腹側の機能は空間的情報処理に関しては別々になっていて、背側海馬が空間情報に特化しており、腹側の海馬は恐怖条件付けや防御的応答に特化している、という長らく信じられてきた見方があった。しかし、このたびKjelstrupたちは、海馬の長軸全体にわたって場所細胞が存在しており、腹側部は皮質の関連する感覚野から、ほとんどあるいはまったく入力を得ていない、ということを明らかにした(p. 140;またHasselmoによる展望記事参照のこと)。18メートルの長さの記録トラックでは、海馬の3分の1にあたる背側の場所細胞は0から1メートルまでのフィールドの幅に対応していて、海馬の腹側の端になると5から15メートルにまで拡大しているのである。海馬中でのこうした空間的規模の増加は、ほぼリニアーである。ラットの典型的行動圏はおよそ30から50メートルであり、空間的スケールの徐々の増加で、ラットの空間的環境全体を低分解能で表現するには、おそらく十分なのである。(KF)
Finite Scale of Spatial Representation in the Hippocampus
p. 140-143.
NEUROSCIENCE: The Scale of Experience
p. 46-47.

張力下のミオシン(Myosins Under Tension)

ミオシンIは、頭が1つのミオシン分子で、真核細胞における膜のダイナミクスと構造を制御する役割を果たしている。もっともよく特徴がわかっているその機能は、聴覚を担う機械感覚性イオンチャネルを感作させるため、それに張力を提供することである。ミオシンIは、張力を感じ、負荷の変化に応答することで、その運動性の性質を変えることによって機能していると考えられている。Laaksoたちは単一分子測定法を用いて、ミオシンIの運動活性の特徴を明らかにした(p. 133)。アクチンからのミオシンIの脱離の際の75倍も低い割合で、小さな抵抗負荷(2ピコニュートン以下)が結果として生じ、その運動特性を劇的に変化させることとなった。この鋭敏な感受性は、ミオシンIが分子性力覚センサーとして機能しているというモデルを支持するものである。(KF)
Myosin I Can Act As a Molecular Force Sensor
p. 133-136.

抑制、タイミング、そして皮質における計算(Inhibition, Timing, and Cortical Computation)

海馬のCA1領域には、比較的均一な錐体細胞が、GABA作動性の抑制性介在ニューロンの非常に不均一なグループと共存している。どうして、そのように高度に構造化された神経細胞機構があり、なぜ、興奮性の錐体神経細胞ではなくそうした介在ニューロンが細胞の多様なクラスを形成しているのかは、不明なままである。KlausbergerとSomogyiは、海馬のネットワーク組織化の細胞的基礎についてレビューしている(p. 53)。GABA作動性介在ニューロンシステムの多様性が、神経活動の空間的な、また時間的な特異性を提供している。この介在ニューロンの多様性と、その結果としてもたらされる介在ニューロンの異なったタイプと主細胞の間のシナプス作用の動的なタイミングとが、複雑な振る舞いの根底にある皮質における計算のための細胞の要求を表している可能性がある。(KF)
Neuronal Diversity and Temporal Dynamics: The Unity of Hippocampal Circuit Operations
p. 53-57.

陽イオンのクローズアップ(Cation Close-Up)

層状の、複水酸化物(二種の金属酸化物からなる高次化合物)は陽イオン性の格子骨格(通常はMg2+とAl3+の結合した物)中に移動性の陰イオンを取り込むので、これらの化合物は陰イオン交換により触媒プロセスや地球化学的プロセスにとって興味深いものである。このような物質の正確な構造研究は、同じようなサイズのマグネシウムとアルミニウムを回折パターンで識別するのが難しく、また閉じ込められた水によって核磁気共鳴(NMR)スペクトルの線幅がブロードになり立ち遅れていた。Siderrisたち(p. 113)は、固体状態の1H NMR分光測定において極めて高速のマジック角回転法(magic angle spinning:MAS)を用いることでこの壁を乗り越えた。25Mgと27Alからのデータの助けを借りて、彼らは十分に規則的に分布したMg2+とAl3+の構造を解明し、更に含水無機化合物の構造解析にこのMASの有効性を指摘している。(KU,tk)
Mg/Al Ordering in Layered Double Hydroxides Revealed by Multinuclear NMR Spectroscopy
p. 113-117.

生物学的発振器の創造(Generating a Biological Oscillator)

生物学的機能を制御している生物学的回路の多くの構成要素はこれまでも記述されてきたし、研究者はいまや、それら構成要素がいかに一緒に作用しているか、またなぜ制御ネットワークが特定のやり方で結合しているかを探求することが可能になっている。Tsaiたちは、単純なネガティブ・フィードバック・ループで発振器を作れるのに、心臓や細胞周期のペースメーカーのような生物学的発振器がネガティブとポジティブの両方のフィードバックを含んでいるということを記述している(p.126)。こうした型のいろいろな回路の特性をモデル化すると、「ネガティブ+ポジティブフィードバック」方式の方が生物学的アプリケーションには向いていることが確認される。この回路デザインは、発振器の出力の振幅を変化させることなく、頻度を制御することを可能にする。ネガティブフィードバックだけだと、発振器は機能範囲がずっと制限されてしまうのである。たとえ周期変動の頻度が調整される必要がなくても、より複雑な回路には利点があるように見える。それはより広い範囲の酵素濃度や動力学的定数値においての発振行動を可能にし、進化の際の適応性に寄与する可能性があるのだ。(KF)
Robust, Tunable Biological Oscillations from Interlinked Positive and Negative Feedback Loops
p. 126-129.

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