AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 27, 2008, Vol.320


ナノ粒子からメソポーラス金属コンポジット(Mesoporous Metal Composites from Nanoparticles)

10ナノメートルスケールの細孔を持つ金属材料は大表面積電極や触媒などに活用できるが、多くの金属は高い表面エネルギーを有しているため、細孔が閉じてしまい表面積が小さくなってしまう。原理上は金属ナノ粒子を複合材料に混合することができるが、金属ナノ粒子の表面コート材のために複合材における金属の量が制限されてしまう。Warrenたち(p.1748)は、リガンド(配位子)に保護された白金ナノ粒子と結合可能なブロックポリマーを用い、高い金属粒子濃度でラメラ相や反転ヘキサゴナル相を得ることに成功した。熱分解により10ナノメートルの細孔を有する規則性の、かつ高伝導度の白金-炭素複合材料になる。薄いサンプルであればプラズマ処理により炭素をほぼ完全に取り除くことが可能であり、ポーラスな白金メソ構造を得ることができる。(NK)
Ordered Mesoporous Materials from Metal Nanoparticle–Block Copolymer Self-Assembly
p. 1748-1752.

その小惑星のあとで(After the Asteroid)

3500万年前、大きな小惑星が、北アメリカの大陸棚に衝突した。ここは、現在はチェサピーク湾のちょうど東にある Delmarva Peninsula の東南の先端になる。この衝突は、直径およそ 90km のクレーターを形成した。Gohn たち(p.1740) は、ボーリングによりそのクレーターから取り出した二つの掘削コアに基づく調査結果について述べている。衝突の数分以内で、巨大な花崗岩の塊が内部に向けて数km 急速に運ばれた。クレーターの頂上は多量の土石流で満たされ、海水は衝突時から現在に至るまでクレーター内の細孔に捉えられたままである。衝突時の高熱は近辺の岩石や堆積物を無菌の状態にしたにもかかわらず、クレータに捕えられた海水は、衝突直後から現在までの間、流し出されたことはなく、クレーターの最も深部において、海水には豊富な微生物が含まれていた。(Wt,tk,nk)
Deep Drilling into the Chesapeake Bay Impact Structure
p. 1740-1745.

光あれ(Let There Be Light)

非常に高エネルギーのガンマ線は、遠方の銀河において、物質が巨大質量のブラックホールに落ち込む際に生成されると考えられてきた。大きなガンマ線望遠鏡を利用して、MAGIC Collaboration (p. 1752)は、地球から50億光年以上離れた場所に極端に強いガンマ線源を見つけた。ガンマ線は、その途中で、宇宙拡大期の進化の途中で形成された、より古い星や銀河からの残存光と相互作用していると考えられるため、この銀河の外の背景光との独立した相互作用を測定できる。古い銀河の数が多いと、高エネルギーガンマ線は銀河から拡散した背景光との作用によって途中で止められてしまう可能性があったが、地球まで届いたということは銀河数が少なかったことを意味し、既知の銀河のカウント値と整合性がある。(Ej,hE,nk)
Very-High-Energy Gamma Rays from a Distant Quasar: How Transparent Is the Universe?
p. 1752-1754.

鳥類(Birds, Birds, Birds)

分類学上、鳥類の目や科の間の関係を確立することは困難なことで、それは形態学的な面での矛盾する系統発生学上の存在と比較的限られた数のトリDNA配列のサンプルしか利用できないためである。Hackettたち(p, 1763;Pennisiによるニュース解説参照)は、種に対して25キロベースの核DNA配列に関する系統発生解析を行ったが、この配列は鳥類にまたがる複数の染色体、遺伝子およびゲノムの非コード領域を代表している。多くの既に確立された関係がこの系統発生解析で支持されたが、一方驚くべき幾つかの結果が見出され、このことは鳥類の進化的関係は複雑であること、そして以前グループ化された種が密な関係種ではなく、特定の生活史の形質に関する二次的な相似進化を示していることを示唆している。(KU,nk)
A Phylogenomic Study of Birds Reveals Their Evolutionary History
p. 1763-1768.
EVOLUTION: Building the Tree of Life, Genome by Genome
p. 1716-1717.

電子リレーステーション(Electron Relay Station)

多くのタンパク質は、驚くほどの長距離にわたって速い電子移動を促進する。このような効率的な移動速度を説明する従来のメカニズムの一つは、ドナーからアクセプターへの経路に沿って存在する介在アミノ酸残基の過渡的な酸化/還元反応である。Shihたち(p. 1760;Bollingerによる展望記事参照)は、配位した銅のドナーとレニウムアクセプターの複合体の間にトリプトファンやチロシンおよびフェニルアラニンを持つ一連の遺伝子操作されたアズリン(azurin:電子伝達系に機能する含銅細菌タンパク質)変異体において、このタイプのリレーメカニズムに関する定量的な証拠を報告している。可視と赤外領域における過渡的な吸収スペクトルにより、介在するトリプトファンは電子移動を100倍以上加速させた。対照的に、チロシンとフェニルアラニンはいずれも同じ効果を示さなかった。このことは、この加速に必要な狭い範囲の中間的な酸化還元ポテンシャルの重要性を示唆している。(KU)
Tryptophan-Accelerated Electron Flow Through Proteins
p. 1760-1762.
BIOCHEMISTRY: Electron Relay in Proteins
p. 1730-1731.

細胞接触と極性を結びつける(Linking Cell Contact and Polarity)

初期胚の極性化により、原腸陥入や細胞の特殊化といった重要なパターン形成事象が可能となる。虫や哺乳類を含めた幾つかの動物において、細胞-細胞の接触が皮質のPARタンパク質の非対称性を誘発して初期胚を分極化する。Andersonたち(p. 1771)は、線虫の初期胚を分極化する細胞-細胞の接触とPARの非対称性を結びつける経路を同定した。この経路のキーとなるメンバーはPAC-1で、このタンパク質はRhoグアノシン三リン酸分解酵素-活性化タンパク質である。PAC-1は細胞接触部位に補充され、そして局所的にPARタンパク質を排除し、結果としてPARタンパク質を非接触表面へと制限している。次に、PARタンパク質は放射状の極性を誘発し、原腸陥入に必要な細胞骨格タンパク質を非対称的に配置する。(KU)
Polarization of the C. elegans Embryo by RhoGAP-Mediated Exclusion of PAR-6 from Cell Contacts
p. 1771-1774.

側線器官の発生(Developing the Lateral Line)

魚は側線器官を用いて圧力や水の動きの変化を感知し、食べ物や捕食者の接近を知る。NechiporukとRaible(p. 1774)は、遺伝学、細胞移植および生きた状態での可視化技術を用いて、ゼブラフィシュにおける側線器官の発生を調べた。ゼブラフィシュにおいて側線器官は、繰り返しの有毛細胞のクラスターの下にある前駆細胞の遊走ゾーンと共に前面から背後へと発生している。繊維芽細胞増殖因子のシグナル伝達が、このプロセスの幾つかの面:遊走、原基の析出および分化:に関与している。(KU)
FGF-Dependent Mechanosensory Organ Patterning in Zebrafish
p. 1774-1777.

βアレスチンの役割を拡大する(Expanding β-Arrestin's Remit)

βアレスチン・タンパク質は、Gタンパク質結合受容体の刺激後の不活性状態を回復するのを助けている。最近、Gタンパク質と構造的類似性をもっているが別様式でのシグナル伝達を行っているSmoothened(Smo)受容体など、他の型の受容体によるシグナル伝達における役割と同じような、アレスチンのポジティブなシグナル伝達の役割が明らかにされてきた。Kovacsたちは、培養細胞中のβアレスチン1と2が、Smoタンパク質のタグ付けされたバージョンとキネシン・モータータンパク質、Kif3Aとの複合体中に検出されたと報告している(p.1777、5月22日にオンライン出版; また、RohatgiとScottによる展望記事参照のこと)。βアレスチン1あるいは2が枯渇すると、受容体タンパク質中に豊富な「アンテナ」様の構造である一次繊毛へのSmoの局在化が抑制された。双方のアレスチンが枯渇するとSmo依存の転写活性化も抑制された。このSmo依存のβアレスチンとKif3Aとの相互作用が、Smoを一次繊毛へと輸送する仕組みと結び付いている可能性がある。(KF,KU)
β-Arrestin–Mediated Localization of Smoothened to the Primary Cilium
p. 1777-1781.
CELL BIOLOGY: Arrestin' Movement in Cilia
p. 1726-1727.

スプライソソームの機能を解剖する(Dissecting Spliceosome Functions)

多くの真核生物の遺伝子は、非翻訳イントロンの存在により幾つもの断片に分割されている。イントロンは、大きなRNAタンパク質複合体であるスプライソソームによって、転写されたRNAから切り出される。非常に良く似たエステル転移反応が、自己スプライシング・グループIIイントロンRNAによって実行されている。自己スプライシング反応は完全に可逆的である。潜在的にはより複雑であるスプライソソーム反応も、原則的には可逆的でなければならないが、そのことは実証されていなかった。このたびTsengとChengは、スプライシング反応で切り出されたRNA産物を遊離することのできないスプライソソーム変異体を用いて、一価イオンの非存在下ではスプライシングの第二のエステル転移反応が高効率で逆に進みうることを示した(p. 1782)。最初のエステル転移反応後に抑止されたスプライソソームは、こんどはKClの存在下で逆反応を実行することもでき、このことは、スプライソソームの多様な構成要素の機能についての問いを投げかけている。(KF)
Both Catalytic Steps of Nuclear Pre-mRNA Splicing Are Reversible
p. 1782-1784.

同じだが、違うように(Same But Different)

遺伝暗号は本質的に冗長性であって、同じアミノ酸を同義のコドンがコードしている。与えられたアミノ酸をコードするのに特定のコドンがどれだけ頻繁に使われているか、という条件では、あるレベルでの偏りが進化してきた。というのも、前後関係を考えると、特定のコドンの使用が、転写されたRNAの二次構造あるいは翻訳に影響を与えるからである。同様に、同義のコドンが互いに対になる多くの方法も特定の偏りを示していて(おそらくは同じような理由から)、これはコドン-対のバイアスとして知られている。Colemanたちは、ゲノムレベルでの同義コドン対の偏りが系の生物学にいかなる影響を与えているかを探求している(p. 1784; またEnserinkによるニュース記事参照のこと)。ポリオウイルス・カプシドタンパク質のDNA配列を再コードするように1つのアルゴリズムが設計されたが、これはもとのアミノ酸配列を維持しつつ、低比率あるいは高比率のコドン対を担うように再コードされた2種のキメラ系統のウイルスを産生するものである。後者においては境界性の効果が見られたが、低比率のコドン対を担うキメラウイルスは、翻訳を減らし、細胞に感染することもあまりできず、マウスにおける病原性を減少させる結果を示したのである。(KF)
Virus Attenuation by Genome-Scale Changes in Codon Pair Bias
p. 1784-1787.

解き明かされたヒトの移住(Human Migration Unraveled)

初期のヒト居住者の移動と人口統計を追いかけるこができれば、文化的遺物の意義を理解する助けになる。Gilbertたちは、約3000年前のヒトの髪の毛のサンプルを配列決定することで、グリーンランドの最古の居住者の1個体の、完全なミトコンドリアのゲノムを構築した(p. 1787、5月29日のオンライン出版)。現存するヒトミトコンドリアのゲノムと比較することで、この個体が現在のその地域の集団とは違って、東アジアの集団に関連していることが示唆された。つまり、はるか北方地域のヒトによる最初の占拠は、東アジアからの移住者によるものであって、そうした初期の居住者は次第により後から来たアメリカ内での移住によって置き換えられ、今あるようなエスキモーの集団になった、というわけである。(KF)
Paleo-Eskimo mtDNA Genome Reveals Matrilineal Discontinuity in Greenland
p. 1787-1789.

トラップ原子の測定法を獲得すること(Getting the Measure of Trapped Atoms)

光学トラップにおける単一原子とイオンを停止したり蓄えたりする能力は、精密測定から量子状態工学にわたる各種応用に貢献してきた。Yeたち(p. 1734)は、捕捉粒子の位置とエレルギー準位にかんしてどのくらいの制御がなされ、そしてその制御がいかにより高い精度へ貢献しているかを実証している近年の実験的研究についてレビューをしている。(hk)
Quantum State Engineering and Precision Metrology Using State-Insensitive Light Traps
p. 1734-1738.

微視的な性質から巨視的な性質まで(From Microscopic to Macroscopic Properties)

物質のモデル化やシミュレーションの長期的ゴールは、原子的レベルのデータから巨視的な機械的性質へと結びつけることである。金属の場合で言えば、転位の局所的挙動と金属の強度や剛性や延性を結びつけることである。Devincre たち(p. 1745; および、El-Azabによる展望記事参照)は金属結晶中の転位の森の中で、転位の滑りの3次元的な性質を詳しく調べた。彼らは転位のシミュレーションから直接決定できるパラメータで、3次元性を持たない定量的な平均自由経路(mean-free-path)の概念を案出した。これらのパラメータを利用して転位の方位や動きを計算することで、面心立方金属結晶が歪によって誘発された連続的な硬化中の挙動を表現できることを示した。(Ej,hE)
Dislocation Mean Free Paths and Strain Hardening of Crystals
p. 1745-1748.
MATERIALS SCIENCE: The Statistical Mechanics of Strain-Hardened Metals
p. 1729-1730.

チタン表面の欠陥を再評価する(Reassessing Defects on Titania Surfaces)

コピー数の変動、とりわけ遺伝子全体の重複に作用している進化の力は殆んどわかっていない。全ゲノムのタイリング配列と隠れマルコフモデルを用いて、Emersonたちは、キイロショウジョウバエの15の自然系統において、遺伝子重複および欠失に関わる多形性を検出した(p. 1629、6月5日にオンライン出版)。一般的に言って、コピー数の多形性は有害であった。欠失は重複に比べ、一般に頻度が少なく小規模で、翻訳領域では特に稀であった。重複の中では、翻訳領域をオーバーラップするタイプの変異が、完全な遺伝子重複や遺伝子間領域における重複よりも有害であった。更に、X染色体において生じる重複が、常染色体におけるそれよりもずっと有害であり、これはX染色体の進化が常染色体のそれとは異なった進行をしていることを示すものである。(KF)
The Role of Interstitial Sites in the Ti3d Defect State in the Band Gap of Titania
p. 1755-1759.

山岳地帯の森の生態系の変化(Mountain Forest Ecosystem Change)

気候変化に伴う植物の標高(高度)分布の最近の変化は、通常、分布境界の上限・下限によって測定される。Lenoirたちは、ヨーロッパの温和な森林によって覆われている標高全体における植物分布の変化を、伝統的な標高の範囲境界に焦点を当てる以上の見方で文書化している(p. 1768)。気候によってもたらされる変化は、分布限界だけでなく、種の存在する標高範囲内での分布の形に影響を与える点で重要である。気候変化に対する種の応答は、その受ける程度の点でも広い幅で変化するが、同じ生態学的(占める領域が同じ)また生物学的(生活史の系統)な特性を共有する種は、同様の変化パターンを示す。前世紀においては気候温暖化によって、植物の種毎の生育最適高度が平均して10年で29メートルの割合で上昇した。(KF,nk)
A Significant Upward Shift in Plant Species Optimum Elevation During the 20th Century
p. 1768-1771.

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