AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 27, 2007, Vol.316


免疫系を微細に調整(Micromanaging the Immune System)

マイクロRNAs(miRNAs) は、豊富に存在する小さなRNA種であり、多くの生物学的プロセスにおける主要な制御因子として出現した。Rodgiguezたち(p.608;Couzinによる展望記事参照)は、miRNA-155欠損のマウスが自発性の肺炎症を起こし、更にT細胞やB細胞の機能と同様に抗原提示において付随的な欠陥を持っていることを観察した。同じmiRNAの研究において、Thaiたち(p.604; Couzinによるニュース記事参照)は、似たようなT細胞とB細胞の欠陥を観察しており、これによりT細胞-仲介の抗体産生に必要とされる胚中心の最適以下の応答に帰結する。二つの研究は、このようなmiRNAがどのようにしてその作用を仲介しているかに関する幾つかの証拠を提供しているが、次の重要なステップはその正確なるメカニズムと関与している決定的なターゲット遺伝子を同定することである。(KU)
Requirement of bic/microRNA-155 for Normal Immune Function
p. 608-611.
GENETICS: Erasing MicroRNAs Reveals Their Powerful Punch
p. 530.
Regulation of the Germinal Center Response by MicroRNA-155
p. 604-608.
GENETICS: Erasing MicroRNAs Reveals Their Powerful Punch
p. 530.

ナノスケールの構造を解明する(Solving Nanoscale Structure)

多くの材料において、十分に大きな、高品質の結晶を成長させることが出来れば、その結晶構造を決定するに当たって多くの手段があり、ある場合にはそのプロセスは完全に自動化されている。しかしながら、本質的にナノスケール(ゼオライトの中の籠(cage)のような)であったり、或いは完全には結晶ではないような構造的特徴を有する材料において、結晶構造解析上の位相問題が大変難しくなる。BillingeとLevin(p.561)は、この領域における最近の進展をレビューし、そしてバルク面と局所面の詳細の双方を調べる広範囲にわたる直接、間接的な手法からの結果が全体として全てのデータを無矛盾に説明する「複合モデリング」という立場が有効であることを主張している。(KU,nk)
The Problem with Determining Atomic Structure at the Nanoscale
p. 561-565.

光の届く海中最深層での消滅(Disappearing in the Twilight Zone)

海中での日のさす上層で作られる有機炭素のほとんどは、より深層へと死んだ生物体(dead organisms)が運び、リサイクル(再ミネラル化)される。しかしながら、海中の「たそがれ層」、すなわち光の強さが光合成には不足するが検知可能な程度には残っている1000mより浅い深さ、においてこの沈降有機炭素がそこにいる生物により消費されると炭素の再ミネラル化の最終効率が低下する。この中間領域での再ミネラル化つまり炭素沈降率がどのくらいかは大変不確かである。Buesselerたち(p.567;表紙参照)は、既存のものよりより忠実に沈降してくる粒子を捕集できる中性の浮揚沈降物捕獲装置(neutrally buoyant sediment traps)を用いた。既存のものは捕獲装置が固定点につながれており、海流による強い横向きの流れにさらされてしまう。沈降する粒状の有機物質の輸送効率は、調査された二つの場所で2倍以上も異なっている;このような差異は現在の生物地球化学モデルでは殆んど考慮されていない。(KU,nk)
Revisiting Carbon Flux Through the Ocean's Twilight Zone
p. 567-570.

ダイナミン無しの生命(Life Without Dynamin)

ダイナミン1(Dynamin)とは神経特異性GTP分解酵素であり、シナプス小胞膜のエンドサイトーシスの再利用に関っている。Ferguson たち (p. 570; Robinsonによる展望記事も参照)は、ダイナミン 1 を欠損したマウスを遺伝子改変により作ったところ、驚いたことに機能的にはシナプスを持っており、出生後の生存率が限られていた。しかし、これらダイナミン1ノックアウトマウスのシナプスは分枝された 尿細管の原形質膜陥入を持ち、これがクラスリンで被覆されたピットでキャッピングされていたが、これはダイナミン1のクラスリン被覆小胞切断における提案された役割と整合性がある。さらに、強い刺激のあと、シナプス小胞エンドサイトーシスは激しく痛めつけられるが、この刺激が停止すると効果が再開する。この発見によって制限付のシナプス小胞エンドサイトーシスを支持する、ダイナミン1非依存性メカニズムの存在が明らかになった。(Ej,hE)
A Selective Activity-Dependent Requirement for Dynamin 1 in Synaptic Vesicle Endocytosis
p. 570-574.
NEUROSCIENCE: How to Fill a Synapse
p. 551-553.

ヒドロゲナーゼを模倣する(Mimicking Hydrogenase)

ヒドロゲナーゼ酵素は活性部位における2つの金属中心(鉄、または、鉄とニッケルのいずれか)の協力により、H2を水素イオンと電子に解離する。これに対し、効率的な合成の水素切断触媒は1つの金属中心を含むものが多く、ヒドロゲナーゼの効率の根底にあるメカニズムについては、大まかに理解されている程度だ。Ogo たち(p. 585; およびRauchfussによる展望記事参照) は、ルテニウムとニッケルの中心からなる活性部位モデルの合成によりメカニズム面を強化した。このモデルは室温での水中における不均一にH2を切断するという酵素の本質的特長を復元している。この反応は水素イオンを遊離し、その後に常磁性の水素化物で架橋されたNi-Ru複合体を残す。この構造は著者たちによって中性子回折で決定された。(Ej,hE,KU)
A Dinuclear Ni(µ-H)Ru Complex Derived from H2
p. 585-587.
CHEMISTRY: A Promising Mimic of Hydrogenase Activity
p. 553-554.

もつれの突然死(Sudden Death of Entanglement)

量子情報処理は、その構成要素である量子ビット(キュビット)や、もつれ状態の形成、コヒーレンス性の維持などに依存している。多体系の量子的な特性は、コヒーレンス状態の喪失の結果として一様に減衰する。このコヒーレンス状態の喪失は、環境との不可避的な結合から生ずるものであり、これらのキュビットのコヒーレンス時間を延長するために、多くの努力が注がれてきた。しかしながら、Almeida たち (p.579; Eberly と Yu による展望記事を参照のこと) は、各キュビットのコヒーレンス性がほんの僅か部分的に低下するような特別な状況下でも、もつれは突然に、そして、完全に失われる可能性があることを示している。これらの結果は、未来の量子情報ネットワークの設計と運用において、考慮すべき重要なことであろう。(Wt)
Environment-Induced Sudden Death of Entanglement
p. 579-582.
PHYSICS: The End of an Entanglement
p. 555-557.

ストレス応答の核心(The Heart of Stress Responses)

マウスの心臓では2つのミオシン重鎖(MHC)遺伝子が相反するように発現している;βMHCは胚で発現するが、一方αMHCは出生後に上方制御される。心臓のストレスはこの割合をβMHCの方向にシフトさせるが、心機能としては負の効果を示す。以前の研究から、マイクロRNA (miRNAs)が心臓成長と機能の制御を受け持っていると推定されている。Van Rooij たち(p. 575, および、3月22日号オンライン出版) は、αMHC遺伝子のイントロンの1つでコードされたmiR-208が胚で発現するβMHCの心臓特異的制御因子であるが、αMHCは出生後に上方制御されることを示した。心臓ストレスは心臓のストレスや甲状腺機能低下症に応答してこの割合をβMHC発現方向にシフトさせる。miR-208のコード領域の除去によってβMHC発現が抑制され、心臓のストレス応答が減少する。このように、miR-208は甲状腺シグナル伝達を通じてβMHC発現を制御しており、これは甲状腺受容体の共制御因子であるTHRAP1の発現を抑制することによって制御しているものと思われる。(Ej,hE)
Control of Stress-Dependent Cardiac Growth and Gene Expression by a MicroRNA
p. 575-579.

火山放出の温室効果ガスが地中に埋まっていた(Volcanic Release of Buried Greenhouse Gases)

約5500万年前の暁新世-始新世の温度最大期(PETM :Paleocene-Eocene ThermalMaximum)は、2-3000年の期間に急激に温室効果ガス(二酸化炭素あるいはメタン) を放出しため、全世界の気温が5度から10度上昇した。しかし、この突然の現象のきっかけは不明であった。Storeyたち(p.587; Kerrによるニュース記事参照)は、PETMを示す海洋性セクションの上に重なる火山層と、グリーンランドと欧州においておそらく約30万年以内で噴火した大規模な一連の火山活動(volcanic sequence)の最盛期における火山灰との年代測定を行った。この大規模な噴火活動は、北大西洋が開き始めた(opening)頃である。それらの年代は誤差の範囲で等しく、PETMの時期は火山活動の連続の時期とオーバーラップする。炭素質堆積物(carbonaceous sediments)への大量の玄武岩(basalt)の貫入は、メタンあるいは二酸化炭素を大量に放出したと考えられ、このことはおそらくPETMの原因の少なくとも一部を説明している。(TO,KU)
Paleocene-Eocene Thermal Maximum and the Opening of the Northeast Atlantic
p. 587-589.
GEOCHEMISTRY: Humongous Eruptions Linked to Dramatic Environmental Changes
p. 527.

利己的遺伝子、厚かましい遺伝子型(Selfish Genes, Pushy Genotypes)

過去数年間、デング熱やマラリアの伝染能力のうんと低い遺伝子導入した蚊が開発されたが、これは単独の「効果器」を持つ導入遺伝子作用に基づいている。この遺伝子型は素晴らしいことであるが、病原体媒介している自然界の蚊の中で、低媒介性の蚊の数が遺伝メカニズムにより増加するのでなければ、実際的な役には立たない。Chen たち(p. 597, および3月29日号オンライン出版、また、3月30日のEnserinkによるニュース記事を参照)は、非媒介性遺伝子型を効果的で速やかに増加させるメカニズムの可能性を示した。必須の母系から供給されたRNAと接合子発現性遺伝子によって救出されるRNAに対して、RNA干渉を使って母性効果的利己推進型要素をショウジョウバエ中に作り出した。この修飾は導入後たった10世代で固定化される可能性があり、これによって野生の昆虫集団が病気を伝染できない種類に置き換えられる方法が可能になるかも知れない。(Ej,hE,nk)
A Synthetic Maternal-Effect Selfish Genetic Element Drives Population Replacement in Drosophila
p. 597-600.

マウスでヒト白血病をモデル化する(Modeling Human Leukemia in Mice)

マウスモデルは、20年間にわたって白血病研究にとっての頼みの綱であり、この病気の原因となったり、この病気を抑制したりする遺伝子の生理的役割について、多くの重要な洞察を提供してきている。しかしながら、それらマウスモデルの限界の一つは、そこでの白血病がヒトの造血細胞からではなくマウスに起因してしまうことから、その病気を引き起こすヒト細胞型の解析が妨げられてしまうところにある。Barabeたちは、MLL(混合系統の白血病)融合癌遺伝子を発現している原始的なヒト造血細胞から急性の骨髄リンパ系白血病を引き起こす、新しいマウスモデルを創り上げた(p. 600)。これらマウスの白血病はヒトのそれと同じ多くの特色を示した。著者たちは、白血病を引き起こす細胞を同定し、病状が悪化していくにつれてのその進行を調べた。(KF)
Modeling the Initiation and Progression of Human Acute Leukemia in Mice
p. 600-604.

ラジカルの開発(Radical Development)

最近、キラルなアミンは、アルデヒドやケトンへのエナンチオ選択的に多様な範囲の官能基を付加するのに有用な触媒であることが明らかにされてきた。一般に、この触媒はCOの位置で基質と反応し、その反応性を増強することで、求核試薬として(イミニウム形成を介して)、あるいは求電子試薬として(エナミン形成を介して)振舞うようになる。Beesonたちはアミン触媒と共に一電子酸化剤を用いて、これら2つの極の中間にあたるラジカルを創り上げたが、これは効率的により極性の小さな炭化水素試薬と反応するものである(p. 582、3月29日オンライン出版)。特に、彼らはアルデヒドへのアリル基の高度に選択的な非対称性のα-付加反応を達成し、また非対称性のα-アリール化に向けた準備段階的な結果も示している。(KF)
Enantioselective Organocatalysis Using SOMO Activation
p. 582-585.

血液の供給を維持する(Maintaining the Blood Supply )

幹細胞と、後には前駆細胞も、それが生きている間は定常的に血液を再供給し続けるのだが、骨髄移植が成功するかどうかは、まさにそうした細胞が正着するかどうかに依存している。Guptaたちはこのたび、ヒトの血球新生経路にあるそれら初期細胞が機能するために必要となる、Novというタンパク質を同定した(p. 590)。Novに関するこれまでの研究は、腫瘍抑制や創傷治癒、更に血管新生においての機能についてしか述べていなかった。(KF)
NOV (CCN3) Functions as a Regulator of Human Hematopoietic Stem or Progenitor Cells
p. 590-593.

変化に対する異なる応答(Differential Responses to Change)

生物が、遺伝的なあるいは環境のゆらぎにいかにして応答しているかを理解するには、生物学的情報についてのさまざまなレベルでの定量的測定が必要になる。Ishiiたちは種々の技術を用いて、成長速度や遺伝的欠失に対する大腸菌の応答を調べ、遺伝子発現やタンパク質レベル、代謝産物濃度、更には反応流動(reaction fluxes)などを測定した(p. 593,3月22日オンライン出版; また、Sauerたちによる展望記事参照のこと)。環境の変化に対して、大腸菌は酵素発現のレベルを制御して、代謝産物のレベルを安定にしておくことによって応答しているが、メッセンジャーRNAとタンパク質のレベルは、ほとんどの遺伝子破壊株に対する応答において変化しなかった。その代わり、代謝ネットワーク構造における変化があるらしく、ほとんどの代謝産物のレベルを安定に保っている。(KF)
Multiple High-Throughput Analyses Monitor the Response of E. coli to Perturbations
p. 593-597.
GENETICS: Getting Closer to the Whole Picture
p. 550-551.

抗原経路の計画者(An Antigenic Route Planner)

抗原ペプチドは、T細胞に対して、2つのソースから提示される。1つは、細胞内で産生されるタンパク質として(ウイルスに感染した細胞あるいは腫瘍細胞などの場合のように)、もう1つは、細胞外プールからである。後者の状況では、抗原提示細胞(APC)上のクラスII主要組織適合抗原(MHC)分子はCD4+ヘルパーT細胞に対してペプチド断片を提示し、一方MHCクラスI分子は交差提示として知られるプロセスにおいて、CD8+T細胞に対してペプチド類を提示する。Burgdorfたちは、同じ細胞外抗原からのペプチド類を提示するためのこれら2つの経路が,APCによる抗原取り込みのモードによって決定されることを明らかにした(p. 612)。クラスIの制限された提示においては、表面マンノース受容体が安定な初期のエンドソーム区画へ抗原を送るが、そこでペプチド類がMHCクラスI分子に出会うこともある。対照的に、同じ抗原の飲作用は、それをクラスIIのMHCによって提示されるようにリソソーム区画へ方向付けたのである。これら知見は、APCがT細胞応答の複数の異なった方式をいかにして活性化し、調整しているかに関する質問を解決する助けになるであろう。(KF)
Distinct Pathways of Antigen Uptake and Intracellular Routing in CD4 and CD8 T Cell Activation
p. 612-616.

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